2025.9.4

「Kiaf SEOUL 2025」開幕レポート。不況が叫ばれるいまだからこそ、東アジアのアートの中心地を確固たるものに

「韓国国際アートフェア」(Korea International Art Fair SEOUL、通称「Kiaf SEOUL」)が、今年も開幕した。会期は9月7日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

会場風景
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 韓国を代表するアートフェア「韓国国際アートフェア」(Korea International Art Fair SEOUL、通称「Kiaf SEOUL」)が、今年も開幕した。会期は9月7日まで。会場の様子をレポートする。

 今年も、Kiafの会場となっているのはソウルの大型展示場・COEX。今年は世界20ヵ国から175のギャラリーが集まった。Art of Nature Contemporary(香港)、The Bridge Gallery(パリ)、hide gallery(東京)、h-u-e(釜山)、021Gallery(大邱)、Primo Marella Gallery(ミラノ)、LWArt(東京)、NUMBER 1 GALLERY(バンコク)、Window Fourteen(ジュネーブ)、yoonsungallery(大邱)、Galerie Zink(ゾイバースドルフ)、SISTEMA GALLERY(モスクワ)など、21のギャラリーが初参加している。

会場風景

 206ギャラリーが参加した前回と比べてギャラリー数は減っており、世界的なアートマーケット低迷の影響が推察されるが、ディレクターのユニス・ジュンは本フェアとソウルのマーケットについて、次のように語り自信をのぞかせた。

 「たしかに世界のアートマーケットは低迷期にありますが、こうした状況だからこそ、ソウルのような個性あるローカルマーケットがその強さとしなやかさを示す好機だと考えています。ソウルは政府による支援、積極的なコレクター、そしてKiafやFriezeといった主要イベントを有しています。こうしたプラットフォームが韓国のアーティストやギャラリーと国際的なアートシーンとのつながりを生み出し、韓国の現代美術の多様性と暑さを紹介できていると自負しています。不確実な時代にあっても、私たちの最優先事項は韓国のアーティストの長期的な認知度を高め、ソウルを年間を通じてアートを楽しめる都市として確立させることです。この取り組みを続けることで、ソウルのアートマーケットは今後も力強さを保ち、国際的な存在感をさらに強めていけると確信しています」。

会場風景

 会場で印象に残ったブースをいくつか紹介していきたい。80年代より世界の現代美術を韓国国内に紹介してきた、ソウルと釜山に拠点を持つクジェギャラリー(KUKJE GALLERY)は、国際的に高い評価を受けるウーゴ・ロンディノーネを個展形式で紹介。人工的な着色の作品群によって表現された、山や月を想起させる風景はブース内を静謐な空間として成立させていた。

クジェギャラリーのブース風景より、ウーゴ・ロンディノーネの作品

 米・ヒューストンのアート・オブ・ザ・ワールド・ギャラリー(Art of the World Gallery)も著名アーティストの作品を多く持ち込んだ。なかでも、あらゆる対象をふくよかに描くことで知られる、コロンビアを代表する芸術家、フェルナンド・ボテロの絵画は、多くの人が足を止めて見ていた。

アート・オブ・ザ・ワールド・ギャラリーのブース風景より、フェルナンド・ボテロの作品

 ソウルの東山房(DongSangBang Gallery)は現代美術から李氏朝鮮時代の美術までを広く紹介するギャラリーだ。今回のフェアでは、沈師正、鄭敾、柳德章といった李氏朝鮮後期に活躍した文人画家たちの山水画や花鳥図を展示しており、近現代美術を中心とした本フェアでも異彩を放つとともに、朝鮮美術のアイデンティティを問いかけているようでもあった。

東山房のブース風景より

 韓国の現代美術の国際的な評価を牽引してきた単色画(ダンセッファ)を数多く紹介してきたソウルのウェルサイドギャラリー(WELLSIDE GALLERY)。会場では、単色画の代表的作家のひとりであり、2023年に世を去ったパク・ソボが最晩年に描いた鮮やかな色彩の作品が目を引いた。ほかにも李禹煥(リ・ウファン)、ユン・ヒョングン、ソン・サンキといった、20世紀の韓国美術において重要な役割を果たした作家の作品が並ぶ。

ウェルサイドギャラリーのブース風景より、右がパク・ソボの作品

 多くがオーソドックスなグループ展形式でブースを展開するなか、個展形式でアーティストの作家性を押し出すギャラリーはその個性が際立っていた。ドイツ・ベルリンのギャラリーゾン(Galerie Son)は、ベルリン拠点のアーティストであるシュテファン・エルスナーを韓国で初紹介する。ベルリンの壁崩壊前の東西ドイツ国境地帯で制作を行うなど、ドイツの分断と自身の葛藤をテーマとした作品を生み出してきたエルスナー。会場には冷戦期の東西ドイツ国境で掲げられていた「あなたはアメリカの区域を離れます」の標語が書かれた看板を支持体とした作品などが強烈な印象を与えていた。

ギャラリーゾンのブース風景より、シュテファン・エルスナー

 ソウルのギャラリーセジュル(GALLERY SEJUL)は、点や線を描いた韓紙を積み重ね、その時間や労力を物質感あふれる立体として表現する車季南(チャー・キーナム)を紹介。モノトーンの塊が時間の蓄積という重厚感を会場に持ち込む。

ギャラリーセジュルのブース風景より、車季南の作品

 韓国および国外の現代美術作家を紹介してきた、ソウル拠点のギャラリーウン(Gallery Woong)。キャンバスを立体の構造物として再解釈し、麻地を張ることで発生している力の緊張関係を作品で表現するキム・ヨンジュを個展形式で見せている。アクリル絵具からパステルまでを様々に使いわけ、表情豊かなテクスチャをつくり出していることも作品のおもしろさにつながっていた。

ギャラリーウンのブース風景より、キム・ヨンジュの作品

 昨年、日本からは18のギャラリーが参加したが、今年は8ギャラリーに留まるなど、時流の変化を感じる結果となった。いっぽうで、日本から初参加したギャラリーもあり、なかでもLWArtは現在は店舗を持たず、国際展を中心に出展企画を行うという独自の戦略を行っていることが特徴だ。会場では新埜康平をはじめとしたアーティストを紹介し、新たなコレクターに対するプレゼンテーションを行っていた。

LWArtのブース風景より、新埜康平の作品

 また、会場では 「Kiaf HIGHLIGHTS」の表示があるギャラリーに注目してみるものいいだろう。「Kiaf HIGHLIGHTS」は出展者が応募した新進アーティストを特集するもので、Kiaf委員会が応募作品を精査し、最終候補10名を決定している。候補作を出展しているギャラリーには「Kiaf HIGHLIGHTS」の表示が付けられており、数多のアーティストが紹介されるフェアを見るうえでの、ひとつの指標となる。

Lucie Chang Fine Artsのブース風景より、余晓(シャオ・ユウ)の作品

 加えて、会場の各所で作品を展示する特別展「Reverse Cabinet」も本フェアの見どころのひとつと言える。ソウルのイルミン美術館のチーフキュレーターでありキュレーション・プラットフォームWESS共同ディレクターのユン・ジュリと、東京のオルタナティブスペース「The 5th Floor」共同ディレクターの岩田智哉がキュレーションを担当。日韓国交正常化60周年を記念し、韓国からドン・ソンピル、ユム・ジヘ、チョン・グムヒョン、オ・カイ、日本からは竹村京、髙橋銭の作品が展示されている。

展示風景より、ユム・ジヘの作品

 破損したものを絹糸で縫い直すことで修復する竹村京は、韓国で真贋が定かではない破損した骨董品を手に入れ、本展のために修復。何が偽物で、何が本物なのか、その問いを超えて修復という行為が共通の言語として機能している。

展示風景より、竹村京の作品

 ドン・ソンピルはアニメ、マンガ、ゲームをはじめとするキャラクターの図式化された表情や、それらを愛好する人々の蒐集行為に着目するアーティストだ。会場ではフィギュアの入ったケースや、象徴的な表情を埋め込まれた人物の顔の立体、モニターとソファなどを組み合わせたインスタレーションを展開した。

展示風景より、ドン・ソンピルの作品

 オ・カイは、都市を歩く中でスマートフォンで撮影した風景の断片を集め、三次元の複合的な彫刻として再構築する「Half Sticky」シリーズを展示。眼の前を通り過ぎていく無数のイメージを具現化させている。

展示風景より、オ・カイの作品

 不況が頻繁に囁かれるようになった現代のアートマーケットにおいて、それを追い風とするためにさらなる存在感を示そうとしているKiaf SEOUL 2025。東アジアのアートマーケットにおいて、確固たる地位を得ようとするこの都市の現在形が垣間見えるフェアとなっている。