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2025.8.30

マーク・ブラッドフォードが描く「歩き続ける」社会的抽象──韓国初の大規模個展からたどる、暴力・移動・連帯の記憶

ソウルのアモーレパシフィック美術館にて、マーク・ブラッドフォードの韓国初となる大規模個展「Keep Walking」が開催されている。都市の残骸を素材に抽象と社会批評を交差させてきたブラッドフォードの20年以上にわたる創作活動を、作家自身の言葉とともにたどる。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より Courtesy of the artist and the Amorepacific Museum of Art. Photo by Kyoungtae Kim
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 ソウルのアモーレパシフィック美術館にて、アメリカを代表する現代美術家マーク・ブラッドフォードの個展「Keep Walking」が開催されている。本展はブラッドフォードにとって韓国初の個展であり、アジアにおける過去最大規模の展示でもある

 1961年、ロサンゼルス・サウスセントラルに生まれたブラッドフォードは、自身の生い立ちや地域コミュニティとの関係を出発点に、ビルボード紙、フライヤー、美容院のペーパーなど都市空間から回収した素材を用いて、重層的な抽象作品を制作してきた。「貼り重ね」「削り取り」「引き裂き」「コラージュ」といった手法を通じて生み出される彼の表現は、「ソーシャル・アブストラクション(社会的抽象)」と呼ばれ、人種、ジェンダー、階級、抑圧の構造といった現代社会の深層に切り込んでいる。

 本展では、2000年代初頭の代表作《Blue》や《Niagara》(いずれも2005)から、観客が実際にその上を歩くことができる床面インスタレーション《Float》(2019)まで、約40点の大型ペインティング、映像、そして本展のために制作された新作が展示されている。

《Float》(2019)の展示風景 Courtesy of the artist and the Amorepacific Museum of Art. Photo by Kyoungtae Kim

 なかでも、美術館の建築空間に呼応して制作された新作《Here Comes the Hurricane》(2025)は、2005年にアメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナと、その後の政府の対応の不備、そしてアメリカのクィア史における伝説的存在ウィリアム・ドーシー・スワンの人生と抵抗を重ね合わせた作品群である。19世紀に奴隷として生まれたスワンは、アメリカ史上初めて自らを「ドラァグクイーン」と名乗った人物であり、ボールルーム・カルチャーの先駆者でもある。

《Here Comes the Hurricane》(2025)の展示風景 Courtesy of the artist and the Amorepacific Museum of Art. Photo by Kyoungtae Kim

 展示室の壁面に広がる黒地の壁紙には、ハリケーンの水が引いた後に家々に残された「水位の跡」を思わせる金属的な風紋が描かれ、そのなかにスワンの幽霊のようなシルエットが浮かび上がる。壁面の平面作品には、アメリカのボールルーム・カルチャーを象徴するアーティスト、ケヴィン・JZ・プロディジーの楽曲「Here Comes the Hurricane Legendary Katrina」のリリックがステンシルで重ねられており、見過ごされてきた歴史の層を呼び起こす。

《Here Comes the Hurricane》(2025)の展示風景 Courtesy of the artist and the Amorepacific Museum of Art. Photo by Kyoungtae Kim

 ブラッドフォードは「私はその空間に、歴史の幽霊がたくさんいるように感じます。悲劇の記憶を空間に留めることが大切だと思っています」と語る。

 「Train Table」シリーズもまた本展のために制作された新作のひとつであり、1910年から70年にかけて600万人以上の黒人が南部から北部・西部へと移動した「グレート・マイグレーション」に着想を得ている。歴史的な鉄道時刻表をモチーフとし、地名や数字が幾層にも重ねられた画面は、地図のような視覚的構造をもちながら、移動の物理性だけでなく、心理的・政治的な断絶やずれも示唆している。

「Train Table」シリーズより、《The Air Was Worn Out》(2025) mixed media on canvas
© Mark Bradford. Courtesy the artist and Hauser & Wirth.

 ブラッドフォードはこう語る。「私たちが『移民』や『移動』を語るとき、異性愛的な家族を前提とした『大きな物語(グランド・ナラティブ)』が語られがちです。でも実際には、クィアの人々が政治的な迫害から逃れるために移動せざるを得ないケースが、いま、かつてないほど増えています」。

 このシリーズのなかでも、赤が滲みピンクへと変化していく色彩が印象的な一点《Pink Lady》(2025)では、ピンクがナチス政権下でゲイ男性を示すために用いられた「ピンク・トライアングル」の記憶と重なりつつ、異性愛的な家族を中心とした従来の「移民神話(migration narrative)」を脱構築する色として提示されている。

「Train Table」シリーズより、《Pink Lady》(2025) mixed media on canvas
© Mark Bradford. Courtesy the artist and Hauser & Wirth

 「女性やクィアの人々は、暴力や迫害から逃れるために、同じ都市の中ですら迅速に移動せざるを得ないことがある。そうした小さく切実な移動の物語も、移民の歴史の一部なのです」と語るように、ブラッドフォードはこの作品を通して、「移動」をめぐる想像の枠組みに揺さぶりをかけている。

 このような作品が作家の個人的な経歴をいかに反映しているのかについて、ブラッドフォードは「美術手帖」のインタビューで次のように振り返っている。

 私は1970年代、黒人コミュニティのなかでクィアであり、ゲイとして生きてきました。所作や話し方が“フェミニン(女性的)”だと見なされ、“シシー(女々しいやつ)”と呼ばれることもあった。それは社会が「この身体は攻撃してもいい」というサインを出していたようなものであり、この身体で生きている限り、つねに暴力の対象になり得たのです。

 私は7歳の頃からそれを肌で感じていました。怖くはなかったが、自分の身体がいつも危険にさらされていることはわかっていた。誰も助けには来ない。つまり1970年代という時代では、“身体”が何を意味し、社会にどう扱われるかが、すべてを決定していたのです。

 1980年代に入ると、エイズの流行が始まった。当初は名前もなく、情報も支援もなく、コミュニティからは拒絶され、教会では「これは神の怒りだ」と説かれた。「あなたたちは罰を受けている。だから死ぬのだ」と。

 アメリカでは周囲の人が次々と亡くなっていった。そして死とともに「カミングアウト」もやってくる。まだ多くの人がクローゼットの中にいた時代。亡くなった人の家族には「病気です、ゲイです、そして亡くなりました」とすべてを一息で伝えなければならなかった。

 ある日、800ドルで車を売り、そのお金を持って旅行代理店に向かった。「400ドルで行ける場所はどこか」と尋ねると「ヨーロッパなら行ける」と言われた。「どこでもいい」と答え、もっとも安かったフランクフルトかアムステルダムのどちらかを選ぶよう言われた。目を閉じて指をさし、それでアムステルダム行きが決まった。それが、私の旅の始まりでした。

 展覧会の中盤には、ブラッドフォード自身の身体をかたどった彫刻作品《Death Drop, 2023》(2023)が展示されている。ポーズは、ボールルーム・カルチャーにおいて自らの存在を誇示するパフォーマンス「デス・ドロップ」を再現したものだ。一見華やかで祝祭的な振る舞いに見えるが、ブラッドフォードはそこに、黒人や性的マイノリティの人々が暴力によって「倒されてきた」歴史を重ねている。

展示風景より、中央は《Death Drop, 2023》(2023)
Courtesy of the artist and the Amorepacific Museum of Art. Photo by Kyoungtae Kim

 彫刻とともに展示されているのは、ブラッドフォードが12歳のときに制作した『デス・ドロップ』という同じタイトルの映画からの静止画である。「思春期の頃、私の友だちはほとんど女の子でした。一緒にブラックスプロイテーション風の創作ごっこをして、悪者を蹴散らすような映画を自分たちで撮って遊んでいた。外の世界が暴力的になっていくなかで、私はその暴力を内面化し、想像の世界に逃げていた。創造性が花開いたのは、まさにその時期でした」。

 展覧会の最後には、初期の映像作品《Niagara》(2005)が静かに流れている。音のない3分17秒のこの映像では、南ロサンゼルスの路上を歩く隣人メルヴィンの背中を、カメラが黙々と追う。1953年の映画『ナイアガラ』のワンシーンを、ブラック・クィアの視点から再構成した作品であり、「歩くこと」そのものが、尊厳と抵抗のメタファーとして描かれている。

Niagara(スチール) 2005 Video, color, no sound / 3 min 17 sec
© Mark Bradford. Courtesy the artist and Hauser & Wirth

 「私はつねに、自分を歓迎してくれる空間を見つけてきました」と語るブラッドフォード。「この展覧会を通して、どんな背景を持っていても、どんな身体であっても、ここにいていいと感じてほしいのです」。

 暴力、移動、抑圧、そして連帯といった主題を扱いながらも、ブラッドフォードの作品は、痛みとともにある喜び、分断のなかでのつながりを、静かに、しかし確かに体現している。