2025.9.2

海に浮かぶ唯一無二の宿「guntû」。極上の船旅を約束するこだわりとは?

「せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿」をコンセプトにした、17の客室を持つ泊まれる客船「guntû(ガンツウ)」。穏やかな瀬戸内海を周遊しながら、船内で思いのままに過ごすことのできるこの客船が、今年8月に初の大阪航路を運航する。その船内の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

©︎guntû
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 瀬戸内国際芸術祭 2025岡山芸術交流 2025、そして新たに誕生したひろしま国際建築祭 2025が開催されるなど、今瀬戸内エリアは大注目を集めている。そんな瀬戸内海を周遊しながら、洗練され落ち着いた船内に宿泊することができる宿がある。「guntû(ガンツウ)」だ。

©︎guntû

 「guntû」は「せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿」というコンセプトをもとに、建築家・堀部安嗣の設計デザインによってつくられた泊まれる客船。2017年10月の就航以来、広島県尾道市のベラビスタマリーナを母港とし、西は山口県上関沖から東は香川県小豆島沖までを2泊または3泊で周遊する。出港後は一度もほかの港に着岸せず、夜は錨を下ろして島の沖合や湾で一夜を過すという、海の上での穏やかな時間を過ごすための体験設計が徹底されている。

 設計を担当した堀部は、1967年神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコースを卒業後、1994年に堀部安嗣建築設計事務所を設立した。その後「牛久のギャラリー」で第18回吉岡賞、「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。今年10月に初開催となる「ひろしま国際建築祭2025」にも参加が決定している。

 そんな堀部により設計されたguntûは、瀬戸内でとれる青色の小さなイシガニの愛称が名前の由来となっており、備後地方の方言が用いられている。このイシガニのように永く愛される存在になるように、また瀬戸内の伝統、文化、自然を豊かな滋味として味わってもらえるようにという思いが込められている。

 guntûの船内に入る前に、まずは船体の外観デザインについて触れたい。瀬戸内の風景と馴染むように設置された切妻屋根と、シルバーの船体が特徴だ。海や空の色を反射して、船体が海と一体となって見えるようにという意図からボディカラーが選ばれた。

©︎guntû

 船内は3階層に分けられている。入るとすぐにエントランスがあり、1階から3階までがひとつの階段でつながった吹き抜け空間が広がる。

船内風景より、エントランス空間の様子。
船内風景より、エントランス空間の様子。木漆工芸作家・関健一が仕上げた花台が乗客を迎える。

 いわゆる絢爛豪華な装飾で飾るのではなく、まるで旅館のような居心地の良い洗練された空間を目指した船内には、その美意識があらわれた5タイプからなる全17室の客室が、1階と2階に用意されている。

 船内に10室用意がある「テラススイート」では、海が間近に感じられるソファルームがある。さらに海側にガラス張りの浴室がついており、船内にいながら海のすぐ側でひとときを過ごすことができる。

船内風景より、「テラススイート」の様子。ソファルームが備え付けられている。
船内風景より、「テラススイート」の様子。海側を向くように設置されたベッド。

 続いて「テラススイート 露天風呂付き」は、名前の通り露天風呂が備わった客室だ。船上の風を感じながら湯船に浸かることができるようになっているが、ほかの船や島に近づく際は雨戸やブラインドを閉め、プライベートも守られるようなつくりとなっている。窓のすぐ側にベッドがあるのも特徴のひとつで、朝起きてすぐに眼前に広がる海を堪能できる。

船内風景より、「テラススイート 露天風呂付き」の様子。海の側にベッドが置かれている。
船内風景より、「テラススイート 露天風呂付き」の様子。船上の風を感じながら露天風呂に入ることができる。

 guntûで唯一3名で使用できるのが「テラススイート プレステージ」だ。「テラススイート」を2部屋つなげてできたこの客室は約90平方メートルの広さとなっており、「3名で宿泊したい」という声を反映させて今年7月に新しく誕生した。3種類のテラススイートのなかで最上位客室となっており、室内にはプライベートのドライサウナが備わっている。部屋付きのお風呂は内風呂と露天風呂の2種類があり、露天風呂の方はサウナにあわせて水風呂にすることもできる。室内にはスタッフが選書した本が並んでいる。

船内風景より、「テラススイート プレステージ」の様子。サウナ後の水風呂として利用することもできる露天風呂。
船内風景より、「テラススイート プレステージ」の様子。スタッフが選書した本をゆっくり読むこともできるスペース。

 もっとも広いテラスを有するのは、「グランドスイート」。船内に2室用意されたこの客室は、全面窓になっており、海の上にいながら縁側でくつろいでいるかのような感覚を覚える。通常船では大きな窓を使用することはできないが、およそ時速18キロメートルほどのゆっくりとしたスピードで走る船だからこそ、海を見渡すことのできる大きな窓の設置が実現した。

船内風景より、「グランドスイート」の様子。大きな窓があり、船上でありながら縁側でくつろぐような体験ができる。
船内風景より、「グランドスイート」の様子。海に向かって設置されたベッド。
船内風景より、「グランドスイート」の様子。海が見えるシャワールームと洗面所。

 そして船内に1室しかない「ザ ガンツウスイート」は2階にある。船首の前方を独占する場所に位置しており、進行方向の景色を一望できるようになっている。通常船首のもっとも高い場所には操舵室があるが、guntûにおいては客室の方が上にあり、操舵室は1階に設置されている。左右にはテラスもついており、それぞれに露天風呂とソファがついている贅沢な空間だ。

船内風景より、「ザ ガンツウスイート」の様子。
船内風景より、「ザ ガンツウスイート」の様子。ベッドから海を見ることができる。
船内風景より、「ザ ガンツウスイート」の様子。客室の右側にはソファがついている。
船内風景より、「ザ ガンツウスイート」の様子。
船内風景より、「ザ ガンツウスイート」の様子。

 これら客室に共通して、いくつかのアートワークが設置されている。アーティスト・尹熙倉(ユンヒチャン)の作品はguntûのために制作されたもの。瀬戸内海を囲む23ヶ所の海岸や島、河口で集めた砂を焼いて制作した24点の作品が船内の各客室にある。尹と知り合いだった堀部が、客室空間を完成させるラストピースとして設置することを決定した。

船内風景より、アーティスト・尹熙倉(ユンヒチャン)の作品。

 ほかにも陶芸家・伊藤環によるマグカップや、京都の花屋・みたてによる寄せ植えなども室内に置かれており、細部までこだわり抜かれた心地よい空間づくりが行われている。

船内風景より、陶芸家・伊藤環によるマグカップ。
船内風景より、京都の花屋・みたてによる寄せ植え

 2階には、客室以外にスパエリアも併設されている。檜の浴槽とスチームサウナ/ドライサウナが備わる浴場やジムが用意されており、客室の外でも存分にguntûでの時間を楽しむことができる。宿泊者それぞれの過ごし方にあわせて利用可能時間が朝6時から23時までと長めに設定されているのも嬉しいポイントだ。

船内風景より、檜の浴槽がある浴場
船内風景より、浴場にあるドライサウナの様子。時間によって男湯、女湯が変わるため、スチームサウナ/ドライサウナどちらも体験可能。
船内風景より、ジムの様子。

 さらに、海水や海泥、海藻などを用いた自然療法であるタラソテラピーなどを受けられるトリートメントルームもあり、自分をケアするための特別な体験をすることもできる。

船内風景より、トリートメントルームの様子。
船内風景より、タラソテラピー専用のバスルームの様子。

 3階に上がるとダイニングエリアが広がる。22席が用意されたダイニングでは、「お好きなものを、お好きなだけ」を食事の基本と考え、四季折々の素材の良さを存分に感じられる食事をいただくことができる。朝食・昼食・夕食の時間帯ごとに、瀬戸内ならではの食事やドリンクを楽しめる。

船内風景より、ダイニングの様子。

 また、6席のみのカウンターでは、海を一望しながら新鮮な魚を使った鮨を堪能することも可能だ。ここで使われる器や酒器は、淡路島を拠点に活動する陶芸家・大前悟のものが使われている。

船内風景より、鮨カウンターの様子。

 船首側にはカフェ&バーもある。朝の7時から23時まであいており、朝に海を眺めながらコーヒーを飲んだり、食前/食後にゆっくりお酒を嗜むことも可能。さらにその先にオープンデッキが続いているため、好きなドリンクを片手に、船首で瀬戸内の風を感じることもできる。

船内風景より、カフェ&バーの様子。
船内風景より、オープンデッキの様子。

 ゆっくりとした時間を過ごすために設けられたスペースのなかで、guntûならではの雰囲気を感じられる場所のひとつと言えるのは「縁側」だろう。船の上に縁側があるというのは珍しく感じられるが、長く続くそのスペースでは不思議とリラックスすることができ、本を読んだり寝転んだりと、思い思いの過ごし方ができる。お寺の縁側をイメージしており、本来庭に広がるはずの枯山水の代わりに、本物の水である海を見せる設計は、日本文化への敬意を感じるとともに、guntûにしかできないことのようで興味深い。

船内風景より、縁側の様子。

 guntûの特徴である屋根は、先を少し曲げることで外から光を取り込む工夫がされている。天井から吊るされる人工的な光ではなく、できるだけ自然光を生かすつくりとなっている部分にも、船内の心地よい雰囲気をつくり出すための意匠を感じる。ロゴマークとなっている「guntû」のuは船体をイメージしており、その上につけられた「^」はこの屋根から着想を得ている。

 そして、18席の椅子が置かれているラウンジでは、瀬戸内に関する歴史書や写真集を閲覧することができる。また空間内の中央にかけられた掛け軸は、季節や航路にあわせてかけ変えられる。

船内風景より、ラウンジの様子。
船内風景より、ラウンジの様子。
船内風景より、ラウンジにかけられた掛け軸。大阪航路にあわせて選ばれた12代目堀内宗完のもの。

 guntû全エリアに共通する特徴的なつくりは、木材を使用していることだろう。船に木材を使用することは、火事などの危険性の観点から大変ハードルが高くなっている。本来、不燃加工された木材として使用許可がおりている4種類の木材しか使用できないはずだったが、コンセプトを体現する滋味深い美しさを求めた結果、堀部は新たに7種類の木材の使用許可を取り、合計11種類の木材で船体をつくりあげた。

 guntûを実現するために様々な課題が生じたが、なんと構想からわずか2年足らずで完成させている。建造を担当した常石造船の長年培ってきた船に対する豊富な知識と経験が、この短期間での実現を叶えた大きな理由のひとつであることは間違いない。

船内風景より、ラウンジの様子。11種類の木材が使われた船内は、木の温もりに包まれるような空間となっている。

 そんなguntûが、今年の8月に初めて特別航路として、大阪航路を運航した。瀬戸内海は日本最大の内陸海で、安定した気候や穏やかな波が特徴だが、大阪航路での運航を実現するえうえで問題は生じなかったのだろうか。

 そもそもこのプロジェクトは、大阪港エリアを活性化したいという行政の想いとguntûの航路テーマが重なって始まった。せとうちの歴史を紐解きながら特別航路のアイディアを生み出すguntûは、もとより北前船に着想を得た航路も検討していたため、この時期にあわせてプロジェクトが始動。年間を通じて比較的波が穏やかで、陸岸に囲まれており外海の影響が少ない水域である「平水区域」用につくられたこの船は、同じく平水区域である大阪湾にも、ルール上運航させることは可能である。しかし既存の発着港から航路を伸ばすと一度区域を外れてしまうなどの課題もあり、最終的には船体のみ明石海峡を越境させ、新たに航路を引くことで実現させた。

©︎guntû

 新航路を開拓するためには、地元の人々の協力も欠かせない。新しい航路の企画実現も担うguntûの支配人・中山裕章は、その土地にしかない手つかずの魅力を提案するためには、地元の人々との連携が重要だと語る。地元の食材を使ったり、停泊中のアクティビティで地元の人々が実際に生活をする場所を訪れたりと、guntûでの体験にはその哲学が随所に感じられる。2017年から約8年の歳月をかけて少しずつ築き上げてきた地元を巻き込む取り組みが、一層この船の上での時間を豊かなものにしているのは間違いないだろう。

 唯一無二の存在を目指すというguntûは、アートや建築を含めホットな瀬戸内エリアで、今後も様々な展開を見せるに違いない。瀬戸内をつなぎ新たな魅力の発掘を続けるguntûの、今後の動きにぜひ注目してほしい。

©︎guntû