2026.9.28

「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」開幕レポート。観光をしながら「観光」という行為をアーティストとともに考える

神戸・六甲山上に点在する各施設を舞台にした芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート2026 beyond」が開幕した。会期は11月29日まで。その見どころをレポートする。

文・撮影:安原真広(編集部)

六甲ガーデンテラスから神戸市街を望む。わにぶちみき《Walking Scapes - 解像度 -》(2026)
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 兵庫県神戸市の六甲山で、芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」が開幕した。会期は11月29日まで。

 本芸術祭は、2010年に六甲山を舞台にスタート。毎年開催され、今年で17回目を迎えた。主催は六甲山観光と阪神電気鉄道。総合ディレクターを六甲山観光の山川佳乃が務め、エリア・キュレーターとして小國陽佑(特定非営利活動法人芸法 理事長)、高見澤清隆 (インディペンデント・キュレーター)、堀江紀子(インディペンデント・キュレーター)、鷲尾英玲奈(六甲山観光株式会社)が名を連ねる。本稿では各エリアの作品を紹介する。

六甲ケーブル/天覧台

 観光や登山で六甲山上へ向かう人々にとっての玄関口である六甲ケーブルは、ふもとの「六甲ケーブル下駅」と山上の「六甲山上駅」のあいだをつなぐ路線だ。六甲山上駅の駅舎は1932年に竣工しており、アール・デコ様式のモダンな建築は近代化産業遺産にも登録されている。

ニシハラ★ノリオ×北園組《とびだせ!! オレの部屋》(2026)。ケーブルカーと写真が撮れる撮影スポットとして機能する
ニシハラ★ノリオ×北園組《とびだせ!! オレの部屋》(2026)の映像作品。本芸術祭の見どころをミュージカル調で紹介

 造形作家のニシハラ★ノリオと、音楽家兄妹の北園組は、山上とふもとの両駅に作品を展開した。北園組は兄の優が作詞・作曲した楽曲と、妹のあかねがガイドに扮して出演する映像を組み合わせて上映。芸術祭の各会場をミュージカル調で紹介している。ここに、ニシハラ★ノリオによる立体作品が組み合わされ、観光地らしいフォトスポット《とびだせ!! オレの部屋》(2026)ができあがった。

 ケーブルカーを降りた六甲山上駅には、神戸の市街を眼下に望める眺望施設「天覧台」が付属している。ここでは、井上涼、ジュン・グエン=ハツシバ、宮嵜浩の作品が展示されている。

宮嵜浩《借景のヴァニタス》(2026)。屋外展示となっており、テーブルの皿の上では植物やゴミが美しく盛りつけられている

 宮嵜浩は屋外にあるベンチとテーブルに《借景のヴァニタス》(2026)を展開。六甲山で採取された植物や、都市から発生するゴミをテーブルの上に食器とともに盛りつけた。自然豊かな六甲の「生」の象徴である植物と、都市から廃棄される「死」であるゴミを、眼下の神戸市という大都市を見ながら食卓で「味わう」ことができる。

ジュン・グエン=ハツシバ《2つの山の会話 — 葬送にて —六甲山とバヴィ山が語る—》(2026)。展望台の一角をアカマツの姿で占めた

 日本人の母とベトナム人の父をもつアーティスト、ジュン・グエン=ハツシバは、《2つの山の会話 — 葬送にて —六甲山とバヴィ山が語る—》(2026)を天覧台の屋上スペースで展開。天覧台を昭和天皇が訪れていたという歴史を踏まえ、昭和天皇が第二次世界大戦の降伏文書に署名し、またホー・チ・ミンがベトナム独立宣言に署名した、1945年9月2日という日付に着目。母と父、それぞれの故郷の国の山である六甲山とバヴィ山の対話を、巨大なアカマツの姿に仮託して表現した。

井上涼《じーっと! つぶさに! 妖精ウォッチング》(2026)。街に住む妖精たちの生活を覗き見るような映像作品

 歌とアニメーションで美術のおもしろさを伝えるNHK Eテレの番組『びじゅチューン!』をはじめ、自作のアニメーションと楽曲による映像作品を制作してきたことで知られる井上涼。天覧台の屋内にある休憩スペースで上映される《じーっと! つぶさに! 妖精ウォッチング》(2026)は、架空の街に住む妖精たちの姿を覗き見ながら歌で紹介する作品だ。天覧台から見下ろした神戸の街で生きる無数の人々がきっと持っている、一人ひとりのユニークなエピソードを想像させる仕掛けといえるだろう。

兵庫県六甲山ビジターセンター/バンノ山荘

 天覧台からバスで10分ほどの場所にある、神戸の市街地や神戸空港などを一望できる「兵庫県六甲山ビジターセンター」。そのテラスには、Ryuichi Onoによる風を利用したキネティック・インスタレーション《RADIO ROKKO 山と海の対話》(2026)が展示されている。港町・神戸を象徴する船を想起させる帆をイメージしたこのオブジェは、振動板の機能を持ち、風が吹くたびに「街の声」を発生させる。

Ryuichi Ono《RADIO ROKKO 山と海の対話》(2026)。帆船のマストのような布が視覚的にも風の存在を感じさせる
朱志康《対話》(2026)。フレームに大量の紙垂が付けられ立方体をなしている

 朱志康は、日本の紙垂を使って立方体をつくり上げた作品《対話》(2026)をビジターセンターの庭園に設置。内部に入ることが可能で、鑑賞者はこの神聖な領域のなかで、神的なものとの対峙を試みる仕組みとなっている。

 ビジターセンターの徒歩圏内には六甲の伝統的な別荘地がある。戦前からこの地に立つ「バンノ山荘」は、長いあいだ空き家となっていたが、2023年以来、本芸術祭の作品発表の舞台として利用されている。

古巻和芳《道行き/ skywalker No.31》(2026)。森のなかの道を歩いているとロープの上に絶妙なバランスをとる女性像が表れる。

 山荘までは深い森の中の道を歩くことになるが、この道中で見ることができるのが古巻和芳による作品《道行き/ skywalker No.31》だ。森の中に張られたロープの上に設置された女性像は、郷土玩具の「ヤジロベー」のように、その手に持ったバランサーによって、糸の上に定立している。薄暗い森のなかをひとり、危ういながらも進み続ける人間を応援する作品にも思えてくる。

鈴木泰人《アシ・オト》(2026)。バンノ山荘の本邸の前にはこの邸宅の記憶を司るものが配置された
鈴木泰人《アシ・オト》(2026)。バンノ山荘のハナレでの展示。家具や残置物を使ってインスタレーションを展開

 鈴木泰人は《アシ・オト》(2026)をバンノ山荘の本邸とハナレを中心に作品を展開した。鈴木はこの山荘にまつわる家族や関係者と対話や交流しながらリサーチを実施。本邸では山荘に残されていた「場の記憶」をつかさどるものを戸外に並べ、屋内の記憶を周辺の環境と一体化させた。いっぽうのハナレでは、食器や家具を組み合わせたインスタレーションを屋内で展開。ものや場所にひもづいた記憶を、空間として提示している。

ROKKO森の音ミュージアム/新池

 オルゴールをはじめ、自動演奏楽器の音色を鑑賞できるコンサートを毎日開催しているROKKO森の音ミュージアムは、季節の植物や音の展示を体感できる「SIKIガーデン~音の散策路~」を擁し、四季の自然も散策しながら楽しめる。本芸術祭ではこのSIKIガーデンの各所に作品を展示している。

ROKKO森の音ミュージアムの自動演奏オルガン
Daisy Balloon《Between》(2026)。水上に植物のようにバルーンが並び、風がふくと揺れる

 バルーンを用いて様々な表現を行うユニット・Daisy Balloonは、庭園の入口にある池に、光によって色彩が変化するバルーン作品《Between》(2026)を展開した。ヒツジグサが花を咲かせるこの池に、風によって植物のように揺れるバルーンを配することで生命と非生命のあわいが表現されている。

モジャヒド・ムサ《Assemblages of an Uncertain Tomorrow》(2026)。不思議な静物が台座のうえで隊列をなす

 バングラデシュのアーティスト、モジャヒド・ムサは、近代化が進む同国社会の不確実性や、人々の記憶、自身のアイデンティティに目を向け、自然と自分を取り巻く世界を表現するアーティストだ。拾い集めた素材と自国から持ち込んだテラコッタを組み合わせ、架空の動物の群れを庭園内につくり上げた。

さわひらき《shadow step》(2024-)。内部に入ると映像を見ることができる

 さわひらきの《shadow step》(2024-)は、2024年より屋外に設置され続けている作品だ。当初はカメラ・オブスクラの構造を利用し、外部の景色を構造物の中に投射するものだったが、毎年アップデートされており、今年は建屋の内部に能登半島沖地震で倒壊した建物の柱を立てた。柱にはモニターが取りつけられており、架空の建物の内部を飛行機が飛ぶ映像が流されており、被災して不在となった家と、その内部に存在したはずの物語を見る者に感じさせる。なお、本作は今年が最後の展示になる予定であり、体験する最後のチャンスとなる。

平澤賢治《The Stirrings of a New Planet》(2017/26)。子供の頭部をサーモグラフィーによって撮影した印象的な写真が緑のなかに映える

 サーモグラフィーを用いた写真作品を制作する平澤賢治の《The Stirrings of a New Planet》(2017/26)は、庭園の自然あふれる風景のなかに、生まれたばかりの自身の子供の頭部や、胎内での様子を熱で捉えたサーモグラフィー写真を展示。生命の原初的な姿を自然の一部とつなぎ合わせた。

奈良美智《PEACE HEAD》(2020)。奈良が手で制作したサイズのものをディテールそのままに大型の屋外彫刻にしている

 なお「SIKIガーデン~音の散策路~」には、ほかにも草間彌生《南瓜》(2014)や奈良美智《PEACE HEAD》(2020)といった、誰もがその名を知るアーティストの作品も見ることができるので、ぜひ作品を見つけてみてほしい。

Shohei Takasaki《Untitled(August 24 2026 / A circle)》(2026)。湖上に人物の隊列が生み出された

 ROKKO森の音ミュージアムから徒歩数分の場所にある、50メートル四方ほどの大きさの小さな池「新池」。Shohei Takasakiはこの水上に、上空から見て「∞」の形になるようにパネルを立て、そこに連なる人物像を描いた。日々の生活の連なりが歴史になっていった、そんな人間の営みを感じさせる作品だ。

六甲高山植物園

 ROKKO森の音ミュージアムから歩いて5分ほどの距離にある六甲高山植物園。ここは山上の冷涼な気候を生かし、世界の高山植物や寒冷地植物、山野草など約1500種を栽培する植物園だ。同園内の各所でも作品が展示されている。

阿部文香《猪は山を嗅ぎ、 人は山を語る。そして 山は私たちを見る。》(2026)。なめした猪に、その眼球をレンズにして撮影した写真をプリント

 光や有機素材を用いて作品を制作する阿部文香は、六甲山で駆除されたイノシシのなめし革を支持体とする作品《猪は山を嗅ぎ、 人は山を語る。そして 山は私たちを見る。》(2026)を植物園のビジターセンターの天井から吊り下げた。革にはイノシシの死後すぐ、濁る前に取り出した眼球の水晶体を使って撮影した写真をプリント。害獣として問題となっているイノシシの姿と、この動物が見ていたであろう景色を重ね合わせた。

則松夏凜《FLORA OF MIAKNVA ―ミアクンバの植物―》(2026)。架空の植物を描いた植物画が、天井からの吊り下げや壁面などで展示されている

 同じくビジターセンターでは、則松夏凜が《FLORA OF MIAKNVA ―ミアクンバの植物―》(2026)を展示。会場に並ぶのは、機械植物が生えている架空の大陸「ミヤクンバ」で記録された植物画や風景スケッチ、文字記録だ。さらに六甲山植物園開園の契機となった、日本の植物分類学の草分けである牧野富太郎の『大日本植物図』(1910-11)もともに展示することで、未知の植物に向けた想像力と、分類という行為の興味深さが提示される。

田口一枝《Rokko Prism》(2026)。水面の反射と併せて作品を成す
斉藤七海《ディスコ》(2026)。池のなかのには作家本人の顔の

 屋外でも田口一枝が池の中に設置した光の反射を扱うインスタレーション《Rokko Prism》(2026)や、自然に溶ける作家自身の願望を表現した斉藤七海《ディスコ》(2026)、六甲山の石を浮かせることで石の神聖を前景化する松井照太の《石のさいだん》(2026)などが展示されている。

松井照太《石のさいだん》(2026)。石を浮遊させ祈りの場のような空間を創出していた

開発さんの小屋

「アスレチックパーク GREENIA」の第3駐車場に隣接するパークの入口にある売店跡は、開発好明が単独で作品を展示する「開発さんの小屋」となっている。

開発さんの小屋の外観。山頂の小屋にサーフショップのような看板が設置されている

 開発は会場内部に砂を敷き詰め、ベンチやサンダルを用意し、さらに記念撮影用の「顔ハメ」も設置。遠く瀬戸内海を望むこの場所に、遠景としての「ビーチ」をインスタレーション《六甲ビーチ》(2026)として出現させた。

開発好明《六甲ビーチ》(2026)。小屋のなかにはビーチを模して砂が敷き詰められた

六甲ガーデンテラス/自然体感展望台 六甲枝垂れ

 「六甲ガーデンテラス」は、六甲山の山頂付近・標高約880メートルに位置する日本有数の眺望スポット。夜になると神戸市街の夜景を望むために多くの人が訪れる場所だ。

わにぶちみき《Walking Scapes - 解像度 -》(2026)。神戸市街の眺望をドットによって分解した作品

 展望デッキでは、風景から色を抽出し抽象化を突き詰めた風景画を描く画家・わにぶちみきが《Walking Scapes - 解像度 -》(2026)を屋外展示している。アクリル板を支持体に六甲山からの眺望をドットで描き、眼下の風景を借景するように展示した。本作により、多くの人が記念撮影をするこのデッキが、風景を「借りる」とはどのようなことなのかを思索する場にもなっている。

四方謙一《景色が削り出される》(2026)。覗き込むことによって、風景画万華鏡のように分解される

 場の構造に興味を持つ四方謙一も、六甲山からの眺望を利用した作品《景色が削り出される》(2026)を設置した。展望台にステンレスを削り出した巨大な万華鏡を設置し、神戸の風景を鏡面にいくつも反射させ架空の都市がそこに出現するような体験を提示している。

reiko tsubota《夕暮れをずらす》(2026)。夕日が鏡面に反射することで、太陽の一をずらそうとする作品

 reiko tsubotaは、駐車場横の空きスペースで《夕暮れをずらす》(2026)を展示。本芸術祭の公募大賞に選ばれた本作は、斜面に設置された鏡面で構成された作品で、夕日の光を周囲に反射させ「ずらす」ことで、時間の経過や地球の自転の摂理について問いかける作品となっている。

自然体感展望台 六甲枝垂れ、手前の鳥の作品は木村崇人《風と渡り鳥》(2026)

 ガーデンテラス横の小高い丘にある「自然体感展望台 六甲枝垂れ」は、六甲山上でもっとも標高の高い展望台とされており、三分一博志によるヒノキの枠組みに囲われた六角形の建築が印象的な施設だ。

岩谷雪子《六甲に生きる植物たち》(2026)。「六甲枝垂れ」の底部に植えられた植物

 施設の窓ガラスや通路の壁際、内部のベンチの肘掛け、水盤などには岩谷雪子による、六甲の植物が展示されている。本作《六甲に生きる植物たち》(2026)は、岩谷が植物を選び抜き、会場内で新たな環境を構築するように再構成した。

大東真也《魂の行方》(2026)。廃材の瓶を加工したガラスや六甲産の石を使用している

 また、施設内では廃棄予定のラムネ瓶のガラスなどを変形させた大東真也の有機的な立体作品《魂の行方》(2026)が、施設の外では渡り鳥の群れをいくつもの風見鶏で表現した木村崇人の《風と渡り鳥》(2026)が展示されている。

風の教会

 安藤忠雄の設計で知られる「風の教会」(1989)は、本芸術祭にあわせて通常非公開である館内を会期中限定で公開。礼拝堂では棚田康司の作品《届かない橋を渡る》(2026)が展示されている。

棚田康司《届かない橋を渡る》(2026)。礼拝堂に足を踏み入れると作品の少女と目が合う

 一木から彫り出された花を持つ木彫の少女像が、台座の上の立ち来訪者と向き合っている。また、少女と向かい合った壁面にも、着彩されていない木彫の少女像が設置された。詩人・茨木のり子の強く生きる姿と言葉を像に投影したという本作が、コンクリートに囲まれた安藤建築のなかで生きる力とは何かを問いかける。

加治聖哉《山犬/猪》(2026)。山犬とイノシシが距離を保ちながら配置されている
伊藤大寛《Angel Dust ~骨まで溶けるような熱いキスをして~》(2026)。着想源はグスタフ・クリムトの《接吻》(1908頃)だという
野田満《Monster Tree》(すべて2026)。一見すると小高い丘だが近づけばこれが巨大な切り株であることがわかる

 教会の周囲の空き地にも屋外展示作品がある。ここでは加治聖哉の建築現場の端材で動物の姿を制作した《山犬/猪》や、伊藤大寛のふたりの人物が溶け合うような彫刻《Angel Dust ~骨まで溶けるような熱いキスをして~》、巨大な切り株に六甲の開発の歴史を投影した野田満《Monster Tree》(すべて2026)などを、ランドスケープのなかで堪能することが可能だ。

旧六甲スカイヴィラ

 風の教会から徒歩5分ほどの場所にある「旧六甲スカイヴィラ」は、閉館した宿泊施設だ。客室から廊下、浴場にいたるまで、館の全館を使用して展示がおこなわれる。

鴻崎正武《六甲雲上神戸獣楽譚》(2026)。神戸人形と神戸だるまの要素を組み合わせ「キメラ」としてつくられた
鴻崎正武《六甲雲上神戸獣楽譚》(2026)。屛風と立体作品

 玄関を入ってすぐのエントランスでは、屏風画、立体、映像によって構成された鴻崎正武による巨大インスタレーション《六甲雲上神戸獣楽譚》(2026)が展開されている。鴻崎は神戸の郷土玩具「神戸人形」と「神戸だるま」を組み合わせ、異形の姿を立体や平面に表した。文化の混在と時間の混濁が、神戸という都市の持つ力につながっていく様を表現したという。

伊藤幸久《Go far》(2026)。並べた椅子とドラムリールが車に見立てられている

 彫刻家・伊藤幸久は、絨毯敷きのレクリエーション等で使われていたであろう大部屋で、樹脂製の塑像とリール、照明、小道具などを組み合わせたインスタレーション《Go far》を展開。教習所に通い始めたことで、幼いときからいまに至るまでの様々な「移動」にまつわる記憶を、道路に見立てたリールと塑像の演技で表現。照明の電源もこのリールを経由して供給されている。鑑賞者が移動できる空間に、ひとりの人間のなかに閉じ込められていた記憶と時間を表現した作品だ。

梅沢和木《ボスラッシュ2026》(2026)。机の上に置かれているのがこの「プレイルーム」の備品だった玩具

 梅沢和木は、かつて「プレイルーム」と呼ばれていた和室空間の襖や床の間に平面作品を展示。インターネット上の膨大な画像をコラージュし、そこにペイントを加える「遊び」を空間全体で表現した。また、室内のテーブルには、この部屋に保管されていた子供が遊ぶことができる玩具が整然と置かれており、これらを手にとって遊ぶだけでなく、机上の写真をもとに玩具を元の位置にパズルのように戻すという新たな遊びの提案も行われている。

荘禾《速処/Faraway》(2026)。小さな人物や人が黒い支持体に描かれている

 台湾在住のアーティスト、荘禾(チュアン・ホー)は、かつて浴場だった空間で「見えざる確かな存在」をテーマに、アニメーションとドローイングを用いた作品を展開。半透明のスクリーンに海の景色を投影する《着作是海/Seen as the Sea》と、極めて小さく描かれた人や動物が動き出すことで鑑賞者の記憶を呼び起こす《速処/Faraway》(ともに2026)を暗闇のなかで対峙させた。

 ほかにも旧六甲山ホテルを改修したレストラン「六甲山サイレンスリゾート」も会場となっている。

 六甲山観光と阪神電気鉄道という企業を主催に、観光地・六甲の魅力を再発見することを目的に毎年開催されてきた「神戸六甲ミーツ・アート」。純粋に景観や自然を楽しむことに加えて、都市生活者が休暇に訪れる「観光地」という近代的な価値を、アーティストの視点を通して改めて考えることができる芸術祭となっている。