2026.9.24

朱志康インタビュー:六甲山の風と出会う神聖な空間──《対話》に込めた精神世界とは

神戸・六甲山上の様々なエリアを舞台に開催される芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」(8月29日〜11月29日)。山歩きをしながら作品を楽しみ、同時に六甲山の豊かな自然環境にも浸れるイベントとして、多くの人に愛されている。16回目となる今年、台湾からひとりの作家が初出展を果たした。建築、アート、デザインなど幅広い分野で活躍する朱志康(しゅ・しこう)だ。朱は兵庫県立六甲山ビジターセンター(記念碑台)の芝生の庭に、《対話》という立方体の作品を展示している。金属製のフレームを無数の紙垂(しで、*1)で覆った神秘的な作品だ。その制作意図や作品に込めた思い、そして自身について作家に話を聞いた。

聞き手・構成=小吹隆文 撮影(*を除く)=里永愛 通訳=游耀州

朱志康、「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」にて
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紙垂に囲まれた空間で精神世界と向き合う

──朱さんの作品《対話》を拝見しました。展望台の芝生の庭に白い立方体が出現し、その表面は無数の紙垂で埋め尽くされている。風が吹くと紙垂が揺らいで深い味わいが感じられました。

朱志康 謝々(ありがとうございます)。この作品は、以前に日本を旅行した際に神社に出かけて、そこで紙垂を見て感動した経験がもとになっています。紙垂に興味をもち、インターネットで調べるだけでなく、詳しい方にも教えていただいたことで、その意味への理解が深まり感動が一層大きくなりました。世俗の場所と神聖な空間を分ける「結界」という概念が非常に興味深く、日本文化を象徴するものだと思ったので、作品のモチーフとして取り入れることにしたのです。

兵庫県立六甲山ビジターセンター(記念碑台)に展示された朱志康による《対話》(2026)
作品について語る朱志康

──紙垂は縄に挟むなどして飾ることが多いのですが、この作品では立方体の表面を覆うように配置されています。作品の内部に入れるのも特徴的ですね。

朱 私は建築やデザインの仕事をしていることもあって、日頃から空間をすごく敏感に感じています。今回は紙垂を使って神聖な空間をつくろうと思い、そこから立方体のイメージに至りました。外から眺めるだけでなく、中に入って作品と対話してほしい。だから作品の一隅に小さな入り口を設けたのです。

 私の思いとしては、人と紙垂だけのピュアな空間をつくりたかった。風が吹くと紙垂が揺らいでとても美しいです。また、作品の底部に照明が仕込んであり、日が暮れるとライトアップされるので、夕方以降の鑑賞もおすすめします。

夜間の展示風景。ライトアップされた作品の姿が暗闇に浮かび上がる 写真提供(*):朱志康空間規劃

──作品のサイズについても知りたいです。約3メートル四方の立方体の大きさはどこから導き出したのですか。

朱 日本の茶室、数寄屋建築からインスピレーションを得ました。作品の中に入る入り口も茶室のにじり口を意識しましたが、観客を深くかがませるのは申し訳ないので、少し大きめにしています。茶室では主人と客が座って対話します。今回の作品は座る前提ではありませんが、茶室で誰かと向き合うときのように体験してほしいと思っています。《対話》というタイトルには、人間と神様の対話、あるいは自分自身の内面との対話という意味を込めました。

 じつは昨日、「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」の会場のひとつである「風の教会」に行きました。建築家・安藤忠雄さんの初期の代表作です。キリスト教の方はあの空間に入ると信仰心が刺激されるのではないでしょうか。私も特別な空間を生み出すために紙垂を用いてはいますが、特定の宗教ではなく、自分が信じている神様との対話の場がつくれればと考えています。

──朱さんはスピリチュアルな要素を大切にされているのですね。

朱 私はいろいろな作品を手がけてきましたが、すべてに関連性があると思っています。例えば、2021年に台湾南部の屏東で開催された「落山風藝術祭」に出展した《海からの祝福》(2021)は、海岸の砂浜に教会の形をしたフレームがあり、そこに無数の白い布が巻き付けられて風に揺らいでいます。2016年のヴェネチア建築ビエンナーレでは、「都市の歴史の流れ」をテーマに銅を用いた立体のインスタレーションを制作し、時間とともに生じる錆などの変化を山水的な価値観で表現しました。その頃から神様との対話というテーマが高まってきたのだと思います。

──台湾にも紙垂と類似した神具があるのでしょうか。

朱 いえ、ありません。台湾には木製で赤い三日月形のポエというものがあり、それを2枚セットで投げて、どんな形になるかを見て神様の返事を読み取ります。いつでも神様と対話できるし、尋ねるとすぐに返事が返ってきます。人間と神様のあいだに境がなく、距離が非常に近いのが特徴です。

──じつはこのインタビューの前に、ある登山客から面白い話を聞きました。裏六甲(六甲山の北側を地元の人はそう呼ぶ)の登山道に「シュライン・ロード」と呼ばれるコースがあり、そこには石仏や祠、鳥居、神社などが点在していると。その方はシュライン・ロードを通って山上に着いたら朱さんの作品に出会ったものだから、作者もそれを知っていてこの場所に作品をつくったのではないかと言うのです。

朱 いいえ。会場近辺の神社やお寺には参拝しましたが、シュライン・ロードのことは知りませんでした。でも、不思議な縁を感じるエピソードですね。

*1──神社や神棚で見られる、しめ縄、玉串、御幣などに挟んで垂らした白いジグザグの紙片。

風と共鳴する空間

──展示場所について、なぜ記念碑台に作品を設置しようと思ったのですか。ちょうど各会場のハブのような位置にあり、多くの人が訪れやすいという地理的優位性もあるかと思います。

朱 それもありますし、眺望の良さもありますが、一番期待しているのは風です。ここは少し高台になっているから、風がよく通ると思ったのです。紙垂が風にそよぐ様子や、その際に発生する音も作品の重要な要素です。また、毎朝ここに来ると霧がかかっていて、紙垂の白と共鳴して神秘的な雰囲気が感じられます。

作品内では、風に紙垂がそよぐたび心地よい音に包まれる
作品内では、風に紙垂がそよぐたび心地よい音に包まれる 写真提供(*):朱志康空間規劃

──制作にあたって、何か困難はありましたか。

朱 地元の台湾で展示をするときはトラブルがあっても対応できます。が、海外の展示ではそうはいきません。今回とくに気を使ったのは紙垂です。約3ヶ月も野外で展示を行うので、風雨に耐えられる紙素材を探すのが大変でした。設置の際も紙垂が切れたり破れたりしないか気を使いました。風が強く吹くと紙垂の向きが一方に偏ったりします。現地で設置作業をしていくなかで、これらの一つひとつ問題を解決していきました。

──日本での展示や活動の経験はまだあまり多くはないようです。日本の建築やデザイン、アートについて、どのような印象をお持ちですか。

朱 日本には大好きな建築家が何人もいて、日本を旅行するたびに彼らの建築を見て回ります。具体的には、妹島和世さん、安藤忠雄さん。おふたりの仕事から見える、純粋な形や洗練されたデザインに惹かれます。私は装飾的なものよりも簡潔明瞭なデザインが好きです。《対話》でも、簡潔な仕事をしようと心がけました。

作品の周囲を眺めたり、小さな入り口から中に入って風を待ったりと、思い思いに鑑賞する人々

芸術とデザインを越境する表現とは

──展示作品について教えていただき、ありがとうございます。続いてご自身についてもお聞きしたいです。朱さんが現在のようなお仕事をしたいと思ったのはいつ頃ですか。

朱 私は小さい頃から絵を描くのが好きで、國立臺灣藝術大學(国立台湾芸術大学)では美術を専攻し、山水画を描いていました。しかし、だんだん考えが変化して、美術家はどこまで行っても個人の仕事で、主観的すぎるのではないかと思うようになりました。そして大学院では實踐大學のデザイン学部に進学し、プロダクトと建築のデザインを修了したのです。

 芸術のなかには、一般の人が見ると全然わからないものがあります。でも私は人に伝わるものがやりたかった。誰が見ても感動できるものが良い芸術だと思います。そのせいか、設計やデザイン関係の人から「あなたの作品は芸術ですね」と言われ、芸術関係者からは「これはデザインかな」と言われます。最初に勤務した設計事務所でも、社長や上司に同じようなことを言われていました。

──芸術とデザイン、2つの要素がせめぎあう揺らぎのなかに朱さんの作品の本質があるのですね。

朱 とくに建築の仕事では、実験性の強いものをやりたいと思っています。しかし施主には最初なかなか理解してもらえないことが多い。求められるのは実用性です。そこで芸術の理念や手法について説明することが、施主を納得させるのに役立っています。

──朱さんの実験的な建築が実現した、具体的な事例はありますか。

朱 2018年に台湾の高雄で手掛けた「無関実験書店」では、室内を真っ暗にして一冊一冊の本にスポットライトを当てています。普通の本屋は書棚にたくさんの書籍が並んでいますが、ここでは一冊の本とひとりの人間が向き合うのです。本と自分だけがそこに存在し、空間すらなくなってしまうような感覚を得られます。皆が当たり前と認識している常識を疑い、体験の本質をテーマにしたデザインです。

無関実験書店 撮影(*):李國民
一冊ずつの本にスポットを当てることで、暗闇のなかに本が浮かび上がるようなコンセプトだ 撮影(*):李國民

 もうひとつ挙げると、2015年に開業した中国四川省・成都の複合文化施設「方所書店 成都店」。面積約5000平米、天井高約9メートルの巨大な地下空間で、玄奘三蔵法師が経典を取得した洞窟に着想を得て設計をしました。大きな書棚が幾重にもそびえ立ち、壮大で神秘的な雰囲気を放っています。この文化施設は、同年の「Architectural Digest」で「世界で最も美しい書店15選」のひとつにも選ばれました。

経典が保管された洞窟を思わせる「方所書店 成都店」 撮影(*):李國民
「方所書店 成都店」のエスカレーター 撮影(*):李國民

──ありがとうございます。最後に、今後の展望などを教えてください。

朱 日本で作品を展示するのは今回が初めてです。「神戸六甲ミーツ・アート 2026 beyond」の存在はインターネットで偶然知ったのですが、それが作品を展示する機会にまで発展して嬉しく思っています。ひとりでも多くの方に私の作品世界を体験していただければと思います。そして今後も日本で同様の機会があれば、積極的にトライしていきたいと思っています。