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2026.9.16

マルタン・マルジェラ「物が完全に死んでしまうことはない」。前橋国際芸術祭2026に際して語る、変容と再生

2008年にファッション界を離れ、現在はビジュアルアーティストとして活動するマルタン・マルジェラ。26年春には東京の九段ハウスとタカ・イシイギャラリー 京都で作品を発表し、今秋には前橋国際芸術祭2026に参加する。日常のなかで見過ごされてきた物への眼差し、身体の存在と不在、不完全さや手仕事への愛着、そして「変容」。マルジェラはいま、何を見つめ、作品へと変えているのか。前橋国際芸術祭2026の開幕に先立ち、本人にメールインタビューを行った。※9月17日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

聞き手・構成=編集部

マルタン・マルジェラ《PODIUM》(2024)木、人工毛皮 150-200×366×244 cm Courtesy of the artist
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九段ハウスから前橋へ。場所によって変容する作品

──今年4月の九段ハウスでの個展では、1927年に建てられた邸宅の各部屋に作品を配置し、建築そのものがもつ時間や生活の痕跡と作品が呼応するような展示が印象的でした。前橋国際芸術祭2026では、東京、そして京都での展示を経て、作品が新たな会場構成のもとで紹介されます。場所が変わることで、同じ作品の意味や見え方はどのように変化すると考えていますか。また、今回の前橋という場所のために、どのような展示を構想していますか。

マルタン・マルジェラ(以下、マルジェラ) 前橋国際芸術祭2026では、前橋市内の3会場と、高崎市の1会場で作品を展示します。

 大型作品《PODIUM》(2024)は、アーツ前橋に展示されます。パフォーマンス用の金属製ステージ全体を人工毛皮で覆った作品です。《BUS STOP》(2020)も同様に、金属とプレキシガラスでできた実物大のバス停を人工毛皮で覆うことで変容させています。この2つの工業的な構造物は、官能的な生き物へと姿を変えます。

 《BUS STOP》は、ほかの作品とともに、まえばしガレリアに設けられる2つ目の展示空間で紹介します。通りから直接作品を見ることのできる建築で、私の作品を自然光のもとで展示するのは今回が初めてです。

 前橋で展示するもうひとつの作品が《NAIL CLIPPINGS》(2024)です。この作品だけは閉ざされた暗い部屋に置き、ドラマティックなスポットライトで照らします。

《NAIL CLIPPINGS》(2024)漆仕上げのブロンズ サイズ可変 Courtesy of the artist

 3つ目の会場となる「Shop rin art association」では、《TOPS & BOTTOMS》(2023)と題した5点の石膏彫刻を展示します。古代ギリシア・ローマ彫刻の石膏像に、典型的なランジェリーや下着のかたちを切り抜いた作品です。しかし実際の下着とは異なり、これらの彫刻は裸体を覆うのではなく、むしろ露わにします。

《TOPS & BOTTOMS》(2023)複合プラスター 113 x 39 x 39 cm Photo by "We Comment Art" Courtesy of the artist

 別のフロアでは、これらの作品の制作に使用した素材も展示します。その周囲には、2026年4月に刊行した17冊のブックレットからなるカタログ『MARTIN MARGIELA IN JAPAN 2026』を配置します。掲載されている写真のほとんどは、私自身がiPhoneで撮影したものです。

 さらに前橋での展示の延長として、高崎市の「rin art association」でもインスタレーションを行います。ここではさらに多くの作品を暗闇のなかに配置し、それぞれの作品を照らす光によって、親密な雰囲気をつくり出します。

《TOPS & BOTTOMS》(2023)複合プラスター 110 x 39 x 39 cm Photo by "We Comment Art" Courtesy of the artist

──九段ハウスについて、あなたはかつての家族邸宅が持つ「私的な空気感」に惹かれたと述べています。また2000年には、恵比寿の歴史的な邸宅にMaison Martin Margielaの店舗を開き、浴室やキッチンを含む家全体を使ってコレクションを見せていました。美術館のような制度化された展示空間ではなく、「家」のような親密な空間で作品を見せることには、あなたにとってどのような意味があるのでしょうか。

マルジェラ 2026年春に日本で私の作品を紹介するにあたり、生活の痕跡が残る歴史的な邸宅の親密な空間で、すべての作品を見せたいと考えました。

 最初の会場となった東京の九段ハウスに続き、京都では伝統的な歴史ある邸宅を拠点とするタカ・イシイギャラリー 京都で展示しました。こうした空間に作品を置くことで、歴史と現在とのあいだに非常に興味深い対話が生まれました。

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」展より、《Dust Cover》(2021)合成皮革、木材 137 x 170 x 77 cm Photo © Nils Edström

──前橋国際芸術祭は、美術館の内部だけではなく、商店街や歴史的建築、公共空間など、街の日常そのものを舞台とする芸術祭です。あなたの作品もまた、日常のなかで見過ごされがちな物や状況への観察から生まれています。こうしたあなたの制作姿勢と、前橋という都市の環境とのあいだに、どのような接点を感じていますか。 

マルジェラ 前橋の街のいたるところから感じられる、再生の気配や生まれ変わっていく感覚に、私は強く心を動かされました。

 それはある意味で、「物が完全に死んでしまうことはない」という私自身の制作に対する考え方とも重なっています。かつて経済的な衰退に直面したこの街が、強いヴィジョンを持つ人々の手によって再び活気を取り戻しつつある。そのことを、とても素晴らしいと感じています。

見過ごされた物、不在の身体 

──あなたは「私はつねに観察者であり、日常的な物や状況から強いインスピレーションを受けている」(「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」展プレスリリースより、以下すべて同じ)と語っています。何かを観察しているとき、それが作品になりうると感じるのはどのような瞬間なのでしょうか。ある物や状況が、あなたにとって「見るに値するもの」へと変わる契機について教えてください。

マルジェラ それまで見過ごされていた物が私に語りかけ、私の目や感覚を目覚めさせる。その瞬間に、私はその物を変容させるためのインスピレーションを得ます。

《INTERIOR Ⅰ》(2021)ベルベット・ラミネート加工を施したキャンバスにオイルパステル、木箱、ポリウレタンフォーム 185 x 250 x 30 cm Courtesy of the artist

──あなたは「ファッションの時代と同じ興味や強迫観念をいまも持ち続けているが、人間の身体はもはや唯一の表現媒体ではない」とも述べています。現在のあなたの作品において、身体はどのような存在なのでしょうか。直接表象される身体だけではなく、不在の身体や、身体が残した痕跡にも強い関心があるように感じます。

マルジェラ そうですね。人間の身体は、これまでもずっと尽きることのないインスピレーションの源であり続けています。その存在はさまざまなかたちで感じ取ることができますが、私にとって、必ずしも身体そのものを正確かつ完全に描写する必要はありません。

 例えば、私が室内や階段のイメージをつくるとき、そこに人の姿が描かれることはありません。それでも、つい先ほどまで誰かがそこにいた、あるいはもうすぐ誰かがやって来る──そんな瞬間を想像することはできるでしょう。

──そして、「不完全さやパティナ(*1)、未完成の美」への深い愛情について語っています。一般的に作品制作では「完成」がひとつの到達点と考えられますが、あなたにとって作品が完成したと判断するのはどのような瞬間なのでしょうか。あるいは、作品は完全には「完成」しないものだと考えていますか。

マルジェラ 私は不完全さとパティナを心から愛しています。作品が本当に完成したのはいつなのか、それを判断するのはとても難しいことです。作品によっては、いつまでも手を加え続けることができてしまいますから。

 しかし同時に、どこで手を止めるかを見極めることも重要です。たったひとつ手を加えただけで作品全体を台無しにし、それまで作品が持っていた純粋さを失わせてしまうこともあるからです。

*1──素材の表面に長い年月をかけて現れる自然な経年変化や風合いのこと。 

《GREY STEPS Ⅰ&ⅢⅠ》(2023)木枠に張ったキャンバス上のカーペット 191.5 x 111.5 cm Courtesy of the artist

手仕事の痕跡と、作品が残す「問い」

──技術的なサポートが当たり前になった現在でも、あなたは可能な限り「手仕事のプロセス」を見せたいと語っています。デジタル技術やAIによってイメージや物がますます容易に、そして滑らかに生成される現在、手でつくることや、制作の痕跡を残すことにはどのような意味があると考えていますか。

マルジェラ 私は昔からDIYが好きで、自分の手でものをつくることに大きな喜びを感じてきました。だからこそ、ときに忘れられがちな、私にとって大切なそうした側面を作品のなかで見せることに誇りを感じています。

 テクノロジーではなく、人の手が介在した痕跡を感じてもらえることに、私は心を動かされます。もちろん、それは必要なときにテクノロジーを使うことを拒んでいるという意味ではありません。

──あなたは「答えを示すよりも、問いを投げかけたい」と語っています。いま、アーティストとして作品を通してもっとも問いかけたいことはなんでしょうか。そして前橋で作品を見る観客には、どのような問いを持ち帰ってほしいですか。

マルジェラ 私は、人から「なぜ?」と尋ねられることが好きです。その問いから、その人が作品を前にして何を感じ、何に驚き、何に疑問を抱いたのかを知ることができるからです。自分の作品が観客を引き込み、そうした反応を引き出すことができたとき、ひとつの達成感を覚えます。

 来場者には、作品を前にしたときの感情を鮮明に覚えていてほしい。そして、その記憶を大切に持ち帰ってもらえたらと思っています。

《VANITAS》(2024)シリコーン、天然毛 27 x 27 x 27 cm Courtesy of the artist