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2026.4.26

「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。」(大阪中之島美術館)開幕レポート。三者三様の「過剰性」、その先にある「消滅美術館」とは?

大阪・中之島の大阪中之島美術館で、森村泰昌、ヤノベケンジ、やなぎみわの3名による初の大規模展「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。」が開幕した。会期は7月20日まで。会場をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

第1室「博覧会は子供の領分」では、ヤノベによる作品群が圧倒的な物量をもって立ち現れる
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 大阪・中之島の大阪中之島美術館で、森村泰昌(1951〜)、ヤノベケンジ(1965〜)、やなぎみわの3名による初の大規模展「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。」が開幕した。会期は7月20日まで。担当は同館学芸員の大下裕司。

 森村、ヤノベ、やなぎは、いずれも関西を拠点に国際的な活動を展開してきたアーティストだ。本展は、森村の呼びかけにヤノベ、やなぎが応答するかたちで実現した。「驚異の部屋」とは、15〜18世紀のヨーロッパにおいて貴族や知識人が築いた博物陳列室を指すが、現代の大阪という地で、この3人が生み出す「驚異の部屋」とはいったいどのようなものなのか。

プロローグとして展示室の前に設置された彫刻作品。左から、森村泰昌、ヤノベケンジ、やなぎみわ

 展示室入り口で「プロローグ」として鑑賞者を迎えるのは、3人の共同制作を思わせる立体作品だ。これは本展が三者による共演であることを示すと同時に、各々が独自の旗を掲げ、同じ場所に立ちつつも三者三様の立場を貫くという、本展のスタンスを表明している。

三者三様の「過剰性」を目の当たりにする

 続く展示は「第1室」から「第5室」までの5章構成。各部屋では、個展形式の展示や三者が近年取り組んでいるテーマ、そして本展の核心に触れるコンセプトが展開される。第1室から第4室にかけて、観客は「見知らぬ都市の散歩者」として、迷宮のような空間を巡ることになる。

第1室「博覧会は子供の領分」。ヤノベによる代表作から新作までが圧倒的な物量をもって現れる
壁面には特殊メイクによって100歳の姿となったヤノベの肖像も

 まず第1室「博覧会は子供の領分」では、同館の6メートルに及ぶ天井高を活かし、ヤノベによる巨大かつ膨大な作品群が床や壁面を埋め尽くしている。ヤノベによれば、この部屋のコンセプトは「100歳のヤノベケンジによる回顧展」だという。「アトムスーツ・プロジェクト」や「サン・チャイルド」「サン・シスター」、そして「SHIP'S CAT」といった代表的なシリーズに加え、最新作も展示。その光景は、文字通り「驚異の部屋」を体現する圧倒的な熱量に満ちている。

第2室「広場にパノラマ絵画奇譚」入り口にあるネオンサイン
「M式・大阪八景」シリーズの開設を行う森村。各作品はかつて看板絵を手掛けていた絵師たちの協力のもと描かれた。作品前にある立札のQRコードを読み取ることで、森村による各スポットへの語りを聞くことができる

 第2室「広場にパノラマ絵画奇譚」では、セルフポートレイトで知られる森村泰昌の世界が広がる。自身のルーツである大阪の風景をたどる新作シリーズ「M式・大阪八景」は、セルフポートレイトを映画の看板絵として描き起こしたものだ。かつて存在した風景と都市の記憶を増幅させる装置としての看板絵。圧倒的なサイズと絵具の厚み、力強い筆致によって、森村の記憶にある大阪の風景が物質感をもって立ち現れる。

第3室「坂道のオード(讃歌)」では、やなぎによる2つの舞台シリーズ「黄泉平坂」「オオウバユリ」の記録映像や関連作品が並ぶ。
やなぎによる舞台シリーズ「黄泉平坂」のスケッチ

 写真や演劇プロジェクトを軸に活動するやなぎは、第3室「坂道のオード(讃歌)」で作品を展開する。『古事記』の神話を題材とした「黄泉平坂(よもつひらさか)」、そして北の大地に自生する「オオウバユリ」を軸とした「大姥百合(おおばゆり)」の2シリーズを中心に、舞台映像や関連する彫刻、スケッチを展示。写真、彫刻、演劇が交差するやなぎの総合的な実践の深化が見て取れる。

 三者三様の展開を見せるこれらの部屋に共通するのは、ある種の「過剰性」だ。圧倒的な物量、サイズ、つくり込み、そして表現に対する飽くなき欲望。この過剰さは、一歩間違えれば鑑賞者を圧迫しかねないが、本展では三者が自身の過剰さを俯瞰したうえで、絶妙なバランスで「旗を振る」、ベテランならではの技量と感性が光っている。

第4室「迷宮を紡ぐ厳粛な綱渡り」の展示風景。手前はヤノベケンジ《八卦連環 天》(2024)

 第4室「迷宮を紡ぐ厳粛な綱渡り」では、再び3人が集結し、それぞれの最新プロジェクトを紹介する。森村は木谷千種の《浄瑠璃船》(1926)を原画とした新たなビジュアル世界を提示し、ヤノベは新作「八卦連環(はっかれんかん)」シリーズ全8本を初公開。刀匠・河内國平との協働による太刀作品も目を引く。やなぎは、世界各地の女性の船首像を撮影したシリーズを新作とともに展示し、征服と神話をめぐるイメージの解体と再構築を試みている。

「消滅美術館」とは何か。

 第4室までの盛りだくさんの内容にひとつの区切りを感じながら第5室に足を踏み入れると、光景は一変する。そこに広がるのは、真っ白な展示室に置かれた、真っ白な絵画と真っ白な展示台。ここで観客は、タイトルにある「消滅せよ」という言葉の意味に直面する。最終章である第5室「絶望するな。では、失敬。」は、当初の計画にはなかった「消滅美術館」という発想が組み込まれた、本展の核心部となる。

第5室「絶望するな。では、失敬。」の展示風景。ここでは、「消滅」という言葉の核心が提示される
森村泰昌による絵画作品(と言われている)

 やなぎが「エア展示」と言い表すこの空間では、講談師、ダンサー、パントマイム俳優など、18組のパフォーマーによる「語り」が、会期中毎日5回、各回約15分にわたって繰り広げられる。目に見える造形物が消失した空間で、身体と言葉だけが浮上するとき、我々は何を受け取るのだろうか。

映像作家・林勇気によるドキュメンタリー映像《Frame》。2年にわたって行われてきた本展の企画会議の様子が記録されている

 三者の過剰さがあらわになった部屋を経てたどり着く「消滅美術館」。それは、日頃いかに我々が視覚情報に依存しているかを突きつける。鑑賞者の目の前にある美術館という概念は消えるものの、脳内には一人ひとりの異なる作品が表れ、目に見えない美術館が立ち上がっていく。「消滅せよ。」という挑発的な言葉は、美術館という制度や美術史の権威性に対する根源的な問いかけにも感じられる。

 三者が掲げた旗の向かう先、そして美術館という存在の行方。自らの表現を極めたアーティストたちが、最後にあえて「消滅」を提示する。その意味について深く考えさせられる展覧会であった。

 なお、大阪・北加賀屋のモリムラ@ミュージアム(M@M)では、関連展「森村泰昌 BEKKAN 別館―もうひとつの『驚異の部屋の私たち』」も開催されているため、あわせて足を運んでみてはいかがだろうか。