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2026.4.25

ロン・ミュエクとは何者なのか。ミュエクと展覧会を制作してきたチャーリー・クラークの言葉で探る

オーストラリア出身の現代美術家、ロン・ミュエク(1958〜)の大規模個展が、カルティエ現代美術財団との共催により、森美術館で開催される。会期は2026年4月29日〜9月23日。リアリティを追求した巨大な人体彫刻で知られるミュエクは何を考え、どのように作品を制作してきたのか。25年以上にわたりミュエクとともに展覧会を制作してきた本展のアソシエイト・キュレーター、チャーリー・クラークに話を聞いた。※4月26日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

聞き手・構成・翻訳=五十嵐千夏

ロン・ミュエク《マスクⅡ》(2002)ミクストメディア 77×118×85 cm 個人蔵 「ロン・ミュエク」(韓国国立現代美術館ソウル館、2025)展示風景より 撮影=ナム・キヨン 写真提供=カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館
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──ロン・ミュエクは子供向けテレビ番組のパペットを製作する会社でキャリアをスタートさせましたが、どのような経緯でその仕事に就いたのでしょうか?

チャーリー・クラーク オーストラリア・メルボルン育ちのロン・ミュエクは、父親が画家・内装職人で、母親は人形をつくり地元の市場などで売っていました。ですからそもそも、彼は「手仕事によるものづくり」が身近な環境で育ったといえます。さらに子ども向け番組の人形を制作し操作する過程では、視聴者の想像力をかき立て現実離れした物語の世界へ誘うような、個性豊かなキャラクターをつくる必要があった。この点は作家活動にも引き継がれていると思います。その後の映画や広告業界での模型、小道具の制作も同様に、職人技を磨き、望む仕上がりを得るために素材で実験するプロセスを含んでいたはずですが、それは現在でも彼の彫刻制作のアプローチを特徴づけています。

──ミュエクは1995年頃、パペット会社での仕事から作品制作へとシフトしたとのことですが、きっかけは何だったのでしょうか?

クラーク 画家のポーラ・レゴ(ミュエクの義母)が、ディズニー映画関連の作品を集めた展覧会『スペルバウンド』(ヘイワード・ギャラリー、ロンドン)に招聘されたのがきっかけです。レゴは映画『ピノキオ』にもとづく連作絵画の制作過程で、老人ゼペットのモデル役と、劇中でゼペットがつくるピノキオ人形の製作をロンに依頼しました。外見に関しての指示は一切なかったものの、ロンは驚くべき存在感のピノキオ像を仕上げました。このピノキオが、芸術家ロン・ミュエクの最初の作品です。それ以来、彼は創造性と直感だけを頼りに、自らの芸術作品として彫刻をつくり続けています。

 芸術作品の制作が商業の世界での仕事と大きく違うのは、与えられた指示書に従わなくてよい点です。芸術家として活動する以上、何をつくるべきか、それがどう見えるべきかを指示する人は誰もいません。実際、ロンはほとんどひとりで仕事をします。なんでも自分ですることを好むのです。特定の作業時や人手が必要なときに、アシスタントの助けを借りることはありますが、それでも彼はあらゆる工程に細かくこだわります。ロンの彫刻は、設計図通りにつくられるというより、制作の進行とともに展開していくものなので、彼のクリエイティブな関与は作品につねに介在しています。

ロン・ミュエク《ボーイ》(1999) アロス・オーフス美術館(コペンハーゲン、デンマーク) 2024年撮影 Photo:Mads Smidstrup 

観客の体験と呼応する彫刻

──ミュエクは人体彫刻をつくり続けてきましたが、国際的評価を得ることになったきっかけはいつの展覧会でしょうか。

クラーク ロンの作品が広く一般に知られるようになったきっかけは、1997年にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された「センセーション」展でした。多様な作品群のなかでも、ロンの《死んだ父》(1996-97)は際立って記憶に残るものでした。さらに2001年には、ヴェネチア・ビエンナーレで《ボーイ》(1999)が展示されました。もともとはロンドンのミレニアム・ドームのためにつくられた、5メートル四方のうずくまる人物像です。ロンドンでは奥行きが狭まって見える部屋の隅にちぢこまるように配置されていましたが、ヴェネチアでも建築空間に対応し、空間いっぱいに展示されました。

ロン・ミュエク《マス》(2016-2017) 「ロン・ミュエク」(韓国国立現代美術館ソウル館、2025)展示風景より 撮影=ナム・キヨン 画像提供=カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

──《ボーイ》以外にも、ミュエク作品は所与の環境に合わせてつくられたものが多いと感じます。その背景や哲学について何かご存知ですか?

クラーク たしかにミュエクの彫刻のなかには、特定の場所で展示することを念頭に構想されたものもあり、環境が彫刻のキャラクターを方向づけることもあります。しかしそこで発生するのは、多くの場合、最初に与えられた設置場所との関係性でしかありません。むしろ彫刻を最初とは別の場所で、または他作品との文脈に置きなおして再展示してみると、それまで明らかでなかった側面が見えてきます。今回の展覧会でも、まさにこの作業に取り組んでいます。本展の目玉である《マス》は、100個の頭蓋骨で構成された作品ですが、これまであらゆる展示空間で、所定の空間の建築的特性、光、そしてより広範な文脈に応じながら、新たなハーモニーを生み出してきました。作品は観客の存在によってはじめて完成するため、どのように感じられるべきかを事前に決めておく必要はありません。ただ受け入れる姿勢を整え、文脈への応答を待ち、作品自体に語らせればよいのです。

──彼の独創的なアプローチに対して、当時の美術批評はどのような評価をしたのでしょうか?

クラーク 作品が広く知られるようになってから、彼の作品を待ち望む観客の存在をつねに感じます。特筆すべきは、彼の作品が普段アートを見に行かない人々を惹き付けるということです。美術批評家からも、子供からも、自分は美術館に行く人間ではないと思っている人からも、等しくポジティブな反応を引き出すのはとても喜ばしいことです。おそらく、ロンの彫刻へのアプローチが、美術批評や業界内での位置づけ、美術史といった考えに主導されていないからでしょう。観客は、説教をされているようには感じませんし、何か隠された意味を探り当てなければならないといったプレッシャーも感じないのです。

ロン・ミュエク《ゴースト》(1998/2014) ミクストメディア 202 × 65 × 99 cm 所蔵=ヤゲオ財団コレクション(台湾) 「ロン・ミュエク」(韓国国立現代美術館ソウル館、2025)展示風景より 撮影=ナム・キヨン 画像提供=カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

──彼の探求に通じる哲学を持つアーティストとして、例えばミニマリズムのアーティスト、ロバート・モリスなども、環境と来場者に対して注意を払っていました。しかしミュエク自身は、先立つアーティストを気にしていないようです。ミュエクの創作活動に影響を与えた人物は存在するのでしょうか。

クラーク とくにいないと思います。彼は美術大学などの専門機関でアートを学んだことも、他のアーティストと密接に仕事をしたこともありません。そのかわり、彼はものをつくる環境で育ってきました。

 彼はものをつくるとき、それがどう受け止められるかをあまり気にしていないと思います。自分自身に忠実に、正しいと思えるものをどうつくるか。それだけを考えています。それはクラフトマンシップに対する非常に誠実な姿勢であり、作品が誠実な姿勢でつくられたことは観客にも伝わるでしょう。

 ロンの彫刻は一つひとつが独立した存在で、一つの作品との出会いはそれだけで完全なもののように感じられます。これまで個展や彫刻単体のインスタレーションに加え、様々な時代につくられたオブジェとの文脈においてロンの彫刻を展示するなかで、作品の新しい側面が引き出されてきました。設計に反して、作品同士は対話しているようにも見えます。個々の作品に対する私たちの認識は、ある程度は、展覧会の会場を進むうちに生じる出会いの積み重ねによって形成されていくのです。

──次は素材に関する質問です。1990年代と比べて、現在は制作に使われる素材や着色剤は大きく変化しました。このような素材の変化は、彼の創作活動に影響を与えたと思いますか?

クラーク 新しい材料や技術が制作に新しい可能性をもたらしたのは確かですが、それがロンの作品の意図に直接影響を与えているかどうかはわかりません。手作業で彫り、粘土で造形し、型取りをしたり鋳造したりするロンの手法は、非常に伝統的なものです。1990年代末に作られた《ボーイ》のような野心的な巨大彫刻も、ロンはポリスチレンのブロックから文字通り手作業で削り出し、その上に粘土の層を重ねて表面の細部を造形しました。現在では、そうした手間の一部を省くことができる技術があり、ロンも最近の作品ではそれらを活用しています。ただ、こうした物理的な構造を助ける材料や技術はありますが、芸術的なビジョンや、人間的なつながりを伝えるフォルムを創り出すための「手作業によるアプローチ」に代わるものはありません。

ロン・ミュエク《ダーク・プレイス》(2018) ミクストメディア 140 × 90 × 75 cm 所蔵=ZAMU(アムステルダム) 「ロン・ミュエク」(韓国国立現代美術館ソウル館、2025)展示風景より 撮影=ナム・キヨン 画像提供=カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

空間と関係し、新たな文脈が生まれる

──ミュエクは空間や照明の設計といった、作品をどのように見せるのかに関わる様々な技術についてもこだわりがあるのでしょうか?

クラーク 空間設計や照明は、観客に対する彫刻の見え方を大きく左右するので非常に重要です。ですから、展示の設計で美術館を訪れる際は、展示室のサイズ、スケール、雰囲気、床材、天井の高さ、照明、窓の有無まですべてチェックします。照明も大切です。「展示の準備は、彫刻の荷解きに1日、配置決定に2日、そして照明に3日かかる」といつも言っているくらいです。

 観客が彫刻と同じ光を分かち合っていることがとくに重要です。観客が作品とのつながりを感じるための鍵となるからです。さらに、作品を自然に感じつつも、彼が造形したすべてがしっかり見えるよう、非常に微細な調整が必要になります。従来とは違う演出がそのとき、その作品に合うこともあります。決まったルールはありません。最も大切なのは展示室で実際に展示された彫刻を見て判断することです。

 《マス》(2016-2017)のような作品では、所与の環境下でインスタレーションの雰囲気を高めるために、光をややドラマチックに使ってもいいでしょう。あるいは《ダーク・プレイス》(2018)のように暗闇から浮かび上がる作品では、観客は暗い部屋の入口に立ったまま、距離を保って作品の存在感を感じることになります。

──ミュエクは近年の創作において、なにを目指しているのでしょうか?

クラーク 森美術館での展示に含まれる予定の《マス》(2016-2017)、《チキン/マン》(2019)、《ダーク・プレイス》(2018)はここ10年の作品ですが、それぞれが別個の新しい可能性を探求しているように思えます。2023年にはパリのカルティエ現代美術財団で3匹の巨大な犬の彫刻《構えて》が発表されました。同作では何かが起きようとする緊張の一瞬が表現されており、それは《チキン/マン》にも通じます。いっぽうで《マス》のような削ぎ落とされた細部もあり、《ダーク・プレイス》のように、全体の存在感によって観客を惹きつける要素もあります。

ロン・ミュエク《チキン/マン》(2019)ミクストメディア 86 × 140 × 80 cm 所蔵=クライストチャーチ・アートギャラリー/テ・プナ・オ・ワイウェトゥ(ニュージーランド)
「ロン・ミュエク」(韓国国立現代美術館ソウル館、2025)展示風景より 撮影=ナム・キヨン 画像提供=カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

 また、昨年12月にシドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館で公開された最新作《騒乱》は8匹の犬の群像で、躍動感を捉えつつ、《マス》のように部屋全体を風景として引き合いに出そうとする意図も感じられます。なんにせよ、彼の創作が今後どうなっていくのかは、私もとても楽しみなところです。

──最後の質問です。森美術館での『ロン・ミュエク』展は、日本で久しぶりに開催される大規模個展となります。どんなところに注目してほしいですか?

クラーク おっしゃる通り、約20年前の金沢での展覧会以来、日本で初めての大きな個展となります。それ以降に制作された作品が一堂に会するだけでなく、これまでのどの個展にも含まれていなかった《エンジェル》のような初期の作品も含まれています。彼の作品に馴染みのない方には彼のキャリアと発展の全貌を、そしてすでにご存知の方には何か新しい発見を提供できる展覧会になることを切に願っています。

 また、本展にはゴーティエ・ドゥブロンドによる2本の映像と写真も展示されています。彼は25年以上にわたりロンのスタジオでの制作過程を記録しており、スタジオの雰囲気やロンがどのように仕事をしているか、その舞台裏を垣間見ることができるはずです。ぜひ展示を楽しんでください。