時間とともに変化する世界をどう受け入れ革新するか。A-POC ABLE ISSEY MIYAKEがパリ特別展「TYPE-XIV Eugene Studio project」で示した一枚の布の新たな可能性
A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)と寒川裕人 / ユージーン・スタジオの協働による特別展示「TYPE-XIV Eugene Studio project by A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」が、10月24日から26日の3日間、パリで開催された。A-POC ABLEを率いる宮前義之が、アーティスト寒川裕人との対話を通じた「一枚の布の可能性」の実験成果を、建築家・田根剛 / ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architectsの空間構成で物語る(PR)。

入り口:光と影による絵画
パリ工芸博物館から徒歩数分。アート週間の喧騒から適度な距離にある会場は、秋休み中の学校の体育館だった。無論、数年をかけた研究の末に日の目を見るクリエーションのため、その場は整えられていた。会場に入ると、高い天窓から注ぐ光をにぶく反射する銀色のクロスで覆われた仮設壁が目の前に現れ、東京都現代美術館の個展で初めて見た「ユージーン・スタジオ」ことアーティストの寒川裕人の作品3点に迎えられた。大小異なるサイズで、左から2点は白黒、右は碧緑色、それらの画面をよく見ると、支持体の折りに沿って色調が変化していたり、塗られた色が一部褪色したりしている。寒川の代表作「Light and shadow inside me」シリーズだ。
ここを訪れる前、アート・バーゼル・パリの会期に合わせて開館したカルティエ現代美術財団の新拠点を見てきた。「アートを通じて社会を思考する」空間での柿落とし展は4部で構成され、そのうちのひとつに「Making Things(ものをつくる)」とある。これは同財団が1998年に開催した三宅一生の展覧会の名前だ。三宅は、素材と技術における実験を制作の中心に据えた。また、同年に三宅と藤原大が発表したA-POC(A Piece of Clothの頭文字から)では、一枚の布が立体構造を生み出し、その過程で衣服の生産・消費のあり方を根底から見直した。そして、ものづくりを通じた美術家らとの協働や、それをまとう身体との出会いが、衣服の新たな可能性を切り開いてきた。
2021年からはA-POC ABLEとして宮前義之が率い、異分野や異業種の協業を積極的に行い、テキスタイルの生成過程そのものを作品化してきた。14作目となる本プロジェクトは、先の寒川作品に触発され、光と影を布にどう織り込むかを探る試みである。寒川が印画紙を折り1つの光源から感光させたり、着彩した紙を太陽光によって褪色させたりして、光と影が存在した時を記録するイメージの手法は、三宅の思想を受け継ぎ、一枚の布で見たことのない未知の世界を志向する宮前の好奇心の対象となり、期限や目標を定めない研究開発がおのずと始まった。

実験室:光と影を折る/織るワークショップ
右奥へのびる通路を進むと、寒川とA-POC ABLEの制作プロセスを可視化した展示室に着く。ルーヴル・ランスの「時のギャラリー」のように、仕切り壁を設けず、透明の控えめな什器で展示物を時系列に並べて見せている。手前には、本プロジェクトの着想源となった寒川のアトリエで使われる刷毛や光の測定器、テストに使用した塩銀フォトグラムやサイアノタイプ作品が並ぶ。
中程の列には、A-POC ABLEの実験室から持ち込まれた資料が続く。白黒の糸が2対あり、200年前のジャカード織機の資料には楽譜のようなパンチカードの図版、ミニマルアートにも見える最新の織機用の設計図なども興味深い。2人がこの協働のなかで発見した江戸時代の折り紙本も展示され、学校という場所も相まって、遊びながら学んだ頃の記憶にも誘われる。
さらに奥には、それぞれの制作を体験するワークショップと試行錯誤を重ねたのちに、宮前とそのチームがつくった布片が置かれている。寒川が折った印画紙にも似たそれは、布に熱を加えることで特定の糸が縮み、伸縮性のあるファブリックを生み出すA-POC ABLE独自の技術「Steam Stretch」の断片だ。折られた紙が捉えた光の濃淡を布で再現するため、白と黒の糸のみを用いて挑んだ階調表現の、まさに縮図となっている。
ここで展示空間は実験室となり、鑑賞者もその一端に参加を促される。寒川の折り目のある平面とは逆に、宮前が潜ませた布片の上の幾何学模様が、アイロンの蒸気をあてると複雑な折り目を形成した。その、生命を宿したかのような動きに息を呑む。概念が新しい風景を生み出した瞬間だった。こうして、アートとデザインの構想はシームレスにつながり、ものをつくるプロセスの追体験として鑑賞者の身体に訴えかける。


暗室から再び光のある空間へ:陰影礼賛
衣服は、日常における身体と環境の関係を探る装置でもある。宮前はこの布を、どのように人に着させるのか。そのとき、手仕事の知は素材の記憶(寒川のように光と影をとらえた感度)をどうめぐるのか。そんな期待を抱きながら進むと、突然、光を遮蔽した暗室のような細道に誘い込まれる。
目が慣れていくと、前方に寒川の作品とA-POC ABLEの作品が1点ずつ見とめられ、淡い光のもとで互いに呼応している。それぞれの白い面は自ら発光しているかのようだ。その体験に、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の一節が思い浮かぶ。「われらの祖先の天才は、虚無の空間を任意に遮蔽して自ら生ずる陰翳の世界に、いかなる壁画や装飾にも優る幽玄味を持たせたのである」。移行のただなかで布が光を内包し、そこで鑑賞者は光と影のあいだに立つことを求められる。田根の空間構成──本展の資料で正確には「インスタレーションデザイン」と呼ばれている──は光を一旦抑制し、再び解放するための「呼吸」として設計されている。

細道の向こうが、最後の展示室だ。冒頭の銀色の壁の裏側に広がる空間に、A-POC ABLEの複数の「一枚の布」が円弧を描きながら互い違いに吊るされている。床の上には、その布が構築するブルゾンやコートが現れる。布は最新の織機による最大幅で織られ、空中に浮かぶことで光を通過させ、「白と黒の糸が織組織の密度によって光と影の階調を描き出す」様子を観察することができる。服のパターン線も記されており、ジャカード織絵画のように楽しむこともできる。画面の中央が黒く両側が白、その逆といったヴァリエーションを見せ、ブルゾンやコートもその階調を引き継いでいる。


宮前とそのチームが、白と黒という最小限の要素から光と影を再構築し、ものづくりの豊かさについて無料展示で広く物語ったことは意義深い。今日も日は昇り、同時に影や闇を生み、やがて色や記憶も褪せていく。その刹那の循環の中で、時間とともに変化する世界をどう受け入れ革新するか。A-POC ABLE ISSEY MIYAKEと寒川裕人 / ユージーン・スタジオの協働は、この本質的な問いに対し、人の内側に新たな感覚を呼び覚まし未来へと踏み出す力となる「心地」に至る道筋を確かに照らしている。








