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2026.9.5

「共時的星叢──時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」(東京都現代美術館)開幕レポート。無数の星々の営みが語る、もうひとつの近代

東京・清澄白河の東京都現代美術館で、1930年代の台湾で結成されたモダニズム詩のグループ「風車詩社」を描いた映画を起点とし、台湾と日本の近代を多様な文化芸術から再考する展覧会「共時的星叢(せいそう)──時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」が開幕した。会期は12月13日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

第3章「シュルレアリスムの時差」の展示風景
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 東京・清澄白河の東京都現代美術館で、「共時的星叢──時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」展が開幕した。会期は12月13日まで。本展を担当するのは、黄亜歴(ゲスト・キュレーター/映画監督)、金島隆弘(共同キュレーター/金沢美術工芸大学准教授)、鳥越麻由(東京都現代美術館学芸員)。空間設計は台湾の建築家・UxUスタジオが務める。

 日本統治時代に台湾でシュルレアリスムの導入を試み、日本語で詩作を行ったモダニズム詩のグループ「風車詩社」。本展の起点となるのは、このグループの営みを描いたドキュメンタリー映画『日曜日の散歩者』(2015)だ。日本語教育を受け、日本留学の経験ももつ彼らの活動は、日本文化をいかに噛み砕き、自身の創作や台湾文化に合流させるのか、という試みでもあった。

 会場では、風車詩社の根底にある思考や編集手法を展示空間へと展開。美術、文芸、映画、音楽、演劇、舞踏などの資料をモンタージュのように組み合わせた6つの章で構成し、多様な文化芸術を通して近代の台湾と日本を見つめ直す。展示総数は、近代台湾の美術作品約200点、資料約500点に日本の作品約100点が加わり、きわめて大規模な構成となっている。

単線的な歴史観を解きほぐす「星叢」の視点

 展示室に足を踏み入れると、作品とともに空間デザインに配された反射素材が目に入る。そこに写り込む曖昧な像によって、観客は容易に視点を定められない。本展の狙いとして挙げられているのが、「既存の語りや単線的な歴史観から距離を置くこと」だ。タイトルの「星叢」とは星の群れを意味する言葉であり、一本道の歴史ではなく、無数の星が交差するような関係性として近代を再考する試みとなっている。

第1章「翻訳と創造のはざまで」の展示風景。空間には反射する素材が用いられており、複数の関係性の交差する本展の有り様を示す

 まず第1章「翻訳と創造のはざまで」では、台湾と日本における20世紀前半の作品をメインに取り上げる。当時、日本の統治下にあった台湾には、日本の教育・美術制度とともに、西洋の芸術や思想も導入された。台湾の作家たちはそれらを受容すると同時に、いかに翻訳・再考し、自らの表現へと昇華させていったのか。本章は個々の作家の営みに光を当てながら、現代の視点で近代を見直すことを促している。

壁面右から、陳澄波《手足スケッチ─26.5.28》(1926)紙に木炭、《嘉義公園一景》(1934)キャンバスに油彩

 続く第2章「幻想に包まれた都市」では、工業化・都市化の波が生み出した時代性を映し出す表現を取り上げる。新たな技術や機械文明から生まれた実験的表現は、その新規性を誇ると同時に、周縁との落差をも浮き彫りにした。ここでは日本のプロレタリア美術作品もあわせて紹介されている。

第2章「幻想に包まれた都市」は、工業化や都市化に伴う機械文明の興りを象徴するような、金属質な素材を用いた幾何学的な空間設計となっている
第2章「幻想に包まれた都市」の展示風景

時差を超えて交錯するシュルレアリスムと表現の模索

 第3章「シュルレアリスムの時差」では、本展の起点となった風車詩社の活動を読み解く作品や貴重な資料を展示する。台湾にシュルレアリスムをもたらすべく日本語で詩を発表していた風車詩社の活動に加え、本章ではシュルレアリスムを自国の文化圏で解釈・受容しようとした同時代の日本の作家たちの作品も並べられている。従来のシュルレアリスムの文脈ではあまり語られる機会の少なかった美術や文学作品が紹介されている点も興味深い。

第3章「シュルレアリスムの時差」の展示の様子
中央右にあるのは阿部金剛の《風景》(1933)。風車詩社の詩誌では、阿倍のこの絵画をもとにした図像的なカットが制作されており、受容と展開の一例として見ることができる

 ここまでの展示は1階で展開され、第4章からは3階へと移動する。第4章「故郷/私 とはなにか」では、日本統治時代の1927年から始まった「台湾美術展覧会(台展)」について取り上げる。日本の帝展をもととする台展は、写生の技術とともに台湾の風土や暮らしを描く「地方色」が重んじられた。本章ではこの台展の出展作を通じて、植民地時代における「台湾を表現することとは何か」という作家たちの問いを見つめる。また、台湾の原住民族に関する展示のほか、台湾で日本画を教えた郷原古統(1887〜1965)と、その教え子である台湾の女性作家たちの作品も紹介されている。

第4章「故郷/私 とはなにか」の展示風景。中央にあるのは黄土水《釈迦出山》(原型:1926 / 鋳造:1997)ブロンズ 台北市立美術館
右は郷原古統《春の庭》(1937)紙に彩墨 台北市立美術館

 さらに、天井高のある展示室では、垂れ下がるカーテンの奥でゲスト・キュレーターの黄亜歴と李国漢による映像&サウンドインスタレーションも見ることができる。

黄亜歴、李国漢《共時的星叢─映像04》(2026)マルチチャンネル映像&サウンドインスタレーション 39分12秒

暗雲の時代を生き抜いた作家たちの痕跡

 第5章「描いた/描かせたのは誰か」では、戦時体制へと組み込まれていった美術や文学などの表現にせまる。

黄亜歴、李国漢《共時的星叢─映像05》(2026)シングルチャンネル映像インスタレーション 5分5秒 

 当時、日本国内では戦争画の制作や国策協力を目的とした文学活動が命じられ、多くの芸術家・文学者が戦意高揚の施策に巻き込まれた。日本の統治下にあった台湾も例外ではない。展示作品からは、国家の制度への応答と、個人の葛藤とのはざまで揺れ動く痕跡がにじみ出る。本章では、そうした極限状態のなかで作家たちがどのような選択をし、表現を続けようとしたのかに焦点を当てる。

第5章「描いた/描かせたのは誰か」の展示風景
手前は李澤藩《出征の見送り》(1938)紙に水彩 李澤藩美術館
鶴田吾郎《義勇隊を送る高砂族》(1944)キャンバスに油彩 東京国立近代美術館(アメリカ合衆国より無期限貸与)

 長い廊下を通り抜けてたどり着く最終章「長い白夜」は、台湾と日本が迎えたそれぞれの戦後を取り上げる。日本では敗戦後の厳しい状況下にありながらも、芸術や文学の再興に向けた活気が戻りつつあった。いっぽう、日本統治が終了し中華民国による施政下に入った台湾では、1947年の「二・二八事件」をきっかけに多くの市民や芸術家が弾圧・処刑され、再び暗い時代へと突入する。

 本章では、こうした時代の空気が個々の営みに与えた影響と、その多様な表れ方に焦点を当てる。厳しい時代にありながらも続けられた弛まぬ表現活動とはどのようなものであったのか、この機会に学んでみてほしい。

第6章「長い白夜」の展示風景。空間の一部には調光フィルムが施されており、透明と不透明が切り替え音とともに一変する。当時の台湾の不安定な情勢を象徴するような空間設計だ
許深州《青嵐》(1953)紙に膠彩 桃園市立美術館

 本展は2019年に国立台湾美術館で行われた「共時的星叢 : 〈風車詩社〉與跨界域藝術時代」展を東京で再構築したものだが、それはたんなる巡回展に留まらない。風車詩社の活動を通じて台湾文化への理解を深めてきた黄が、膨大なリサーチと日本チームとの綿密な対話を経て、自国の多層的な文化をいかに海外へ伝えるかを追求した成果と言えるだろう。

 黄は本展を通じ、西洋的な枠組みによる一方向的な視点を解体し、「作家本人に立ち戻ること」「作家の命の痕跡に触れること」を重視したと語る。

 夜空に1つの星を見つけたとき、我々は周囲の星々と結びつけることで「星座」を描き出す。展示室を巡る観客もまた、かつて台湾と日本を生きた作家たちの個々の営みを線で結び合わせ、自分だけの「星叢」を見出すことになるだろう。