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2026.9.3

6歳の少女の「声」を、映画はいかに伝えるのか。映画『ヒンド・ラジャブの声』カウテール・ベン・ハニア監督インタビュー

パレスチナのガザ地区でイスラエル軍の攻撃を受けた車内に取り残され、救助を求め続けた6歳の少女ヒンド・ラジャブ。カウテール・ベン・ハニア監督による映画『ヒンド・ラジャブの声』は、彼女とパレスチナ赤新月社との実際の通話音声に俳優たちの演技を重ね、救助をめぐる緊迫したやり取りを描き出す。なぜ現実の声とフィクションを交差させる手法を選んだのか。そして、SNSを通じて膨大な映像が流れ、忘却されていく時代に、映画には何ができるのか。来日したベン・ハニア監督に、パレスチナ/イスラエル研究者の早尾貴紀が聞いた。 ※本記事は9月4日24時まですべての方にご覧いただけます。

聞き手・文=早尾貴紀(東京経済大学全学共通教育センター教授)

カウテール・ベン・ハニア監督
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 イスラエルによる壊滅的な軍事侵攻を受けるガザ地区で、2024 年1月29日に、親族ら7人が乗り合わせで避難していた車が攻撃された。遺体に囲まれながら、最後にひとり生き残った6歳の少女ヒンド・ラジャブは「パレスチナ赤新月社」(西岸地区)の緊急通報センターとの電話で救助を求め続けた。赤新月社のスタッフらは、ヒンドとの電話をつなぎつつ、各方面との時間をかけた調整の末に救急車を向かわせることができたが、結局、救急隊員もヒンドもイスラエル軍に殺害された。ヒンドたちの乗っていた車両には、355 発の弾痕が残っていた。

 このときの通話音声の一部を聞いたチュニジアのカウテール・ベン・ハニア監督(『皮膚を売った男』(2020)など)は、ヒンドの声を世界に届けるべく映画『ヒンド・ラジャブの声』を制作。遺族と赤新月社に許可を得たうえで、丁寧に状況を調査し、事実に即して台本をつくった。映画内で使われた通話音声は、実際に録音されて残されたものであり、観客は映画を通してヒンドが助けを求める声を聞き続けることになる。

 この作品の公開にあわせて来日していたカウテール・ベン・ハニア監督にインタビューを行い、映画の制作背景や込められた思いをうかがった。

インタビュー:「無力さ」からそれでも映画をつくる

早尾 映画の中で赤新月社のスタッフたちがガザから離れて西岸地区にいること、電話でしかヒンドや家族とつながれないこと、そのもどかしさや無力さが痛いほど伝わりました。おそらく当時の実際の現場でスタッフたちが感じていたであろうもどかしさや無力さを、パレスチナ人である役者たち、そして同じアラブ人でチュニジア人のベン・ハニア監督も感じていたと思います。また私たち映画の観客もスクリーンの前で自分の無力さに打ちひしがれることになります。この映画の主題はこの無力さや、それでも、現実に向き合い続けようという人間の意思だと思うのですが、いかがでしょうか。またベン・ハニア監督はパレスチナ人ではない立場で映画を制作することについて、どのような距離感を感じていましたか。

ベン・ハニア 確かに自分はパレスチナ人ではなくチュニジア人ですが、ジェノサイドの時代において、私たちはそういった出自を超えてつながっていますし、そのことを人間性(ヒューマニティ)において感じています。だからこそ早尾さんも日本という地理的に遠い場所でも、パレスチナの闘争にコミットしていらっしゃるのだと思います。私たちは、不正義な世界に生きているのです。私は映画監督として、作家として、不正義に怒りを覚えますし、その怒りを作品に込めることができます。とはいえ、アラビア語話者であるということは、当然パレスチナ人の役者らを演出し、そして深い対話をするのにとても助けになりました。またチュニジアはご存知のとおり、1982年にパレスチナ解放機構(PLO)がレバノンから拠点を移し、そしてイスラエル軍に爆撃を受けた場所です。その点でチュニジアはパレスチナと歴史を共有しています。

カウテール・ベン・ハニア監督

 映画制作の経緯ですが、ガザ・ジェノサイドが始まった頃、ちょうど何年もかけて用意していたチュニジアの物語の映画化の制作費が集まり、そろそろ制作準備に入れるという段階でした。けれども、ジェノサイドが始まると、そちらの映画制作には手がつかず、とにかくガザのニュースに釘付けになっていました。想像を絶することが起きているなか、映画監督であることの意義を自問し、いまやっていることに意味があるのかとさえ思いました。そんなときにSNSを通してヒンド・ラジャブの声を聞き、彼女の声を脳裏から消すことができなくなりました。そして私はガザの外にいて表現することができるという特権的な場所にいるのですから、それをあえて行使し映画を制作するべきだと考えました。そして、ほかの制作を中断して本作の制作に着手しました。

 本作は、まさに無力さについての映画ですが、諦めないことについての映画でもあります。赤新月社のスタッフはあり得ないような状況のなかで仕事をしており、私はその献身と勇気にたいへん心を動かされました。少女の命を救うためにできることをすべて行い、そのために同僚ふたりの命という重い対価も払うことにもなりました。欧米ではパレスチナの声は抑圧され、ほとんど届いていないため、すべてを包み隠さずに伝えることはとても重要です。この映画を鑑賞した皆さんの反応を見て、改めて映画のもつ力に信じることができました。本作の制作は、私自身にとっても、無力さを感じないようにするための方法でした。

「子供の死をスペクタクルにしない」

早尾 映画においていかに表象(リプレゼント)するのかは、劇映画であれドキュメンタリー映画であれどんな作品でも問われる課題だと思います。なんらかの形式や手法を通さずには表象は成し得ないからです。かつて有名な論争だと、スティーブン・スピルバーグの劇映画『シンドラーのリスト』(1993)をクロード・ランズマンがホロコーストを描けていないと批判しました。そのランズマンの長編ドキュメンタリー『SHOAH ショア』(1985)を念頭に、ミシェル・クレイフィとエイヤル・シヴァンによる『ルート181』(2003)は、ホロコーストのシオニズム的な利用を批判しています。そのクレイフィには『石の賛美歌』(1990)というドキュメンタリー映像とフィクション映像を混ぜた、インティファーダ(パレスチナの住民がイスラエルの占領支配に対して起こした一連の抵抗運動)を主題にした作品があります。

 ベン・ハニア監督の『ヒンド・ラジャブの声』もドキュメンタリーと演技の融合作品ですが、ヒンドの実際の通話音声を使いながら、役者の演技を被せる手法には強い衝撃を受けました。さらに映画終盤でのスマートフォンで撮影された実際の映像を重ねた場面では、苦悶の表情で頭を抱えているスタッフたちの演技が、ある意味では演技などではないこと、現実であることを思い知らされました。ベン・ハニア監督がこの融合的な表現方法をとろうと決断したことには、前作『Four Daughters フォー・ドーターズ』(2023)の経験もあると思いますが、そのほかにどのような要因がありましたか。また、この融合的な表現方法でもっとも難しいと感じられたのはどの部分でしょうか。

ベン・ハニア ジェノサイドについての映画をどう撮るべきなのかは、大きく重要な問いです。これについてはすでに前例があります。ジッロ・ポンテコルヴォの『ゼロ地帯』(1960)(原題・『Kapo』はナチスの強制収容所内で囚人監視係の囚人のこと)という映画では、ホロコーストを美化したとして、フランスの批評家によって批判を受けました。死体を写す際の移動撮影(トラヴェリング)というカメラワークが技巧的すぎる、そして非倫理的だとして問題視されたのです(映画批評家のジャック・リヴェットによる批判論文が論争を起こした)。私は、これまでホロコーストなどジェノサイドをほかの監督たちがどのように捉えてきたのか、撮影する前に観ていました。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。ヒンドとの通話を行う赤新月社のスタッフたち ©MIME FILMS — TANIT FILMS

 本作に関してはふたつの課題がありました。ひとつ目は絶対に子供の死をスペクタクルにしないこと。彼女のいた現場である車内でのシーンを一切撮影しない、ということです。というのは、語るべきことはすべて録音に入っており、それ自体が強力な証拠になっているからです。最初に彼女の声を聞いたその瞬間から、この映画の核心、物語の焦点は彼女の声そのものだとわかりました。そしてふたつ目は、インパクトをもたせつつも、当事者らへの尊重(リスペクト)のある映画をつくることでした。そのために、彼女の声を聞いていた側、つまり赤新月社のスタッフの視点からすべてを描くという判断に至りました。

 映画には基本的にはオフィスで電話を持って話している人たちしか出てきませんが、電話の向こう側にいるヒンドのいた場所も、画面には映りませんが、作中に存在しています。そして音声記録を使うことを考えると、古典的なドキュメンタリー映画の手法ではこの物語には適さないと思いました。ドキュメンタリーは過去の出来事を説明するものですが、そうでなく私自身が初めてヒンドの声を聞いたときに感じたことを、観客にそのまま同じように体感してもらいたいと思った。「いますぐ助けてほしい」と乞うている彼女の声が発せられた瞬間について、問い、考え、感じるために、私たちは体感しなければなりません。そのために「現在進行形の映画」にすべきだと思いました。赤新月社のスタッフらがカメラの前で自分たちがどう感じていたのかを説明するようなドキュメンタリーではだめなのです。そういった理由で俳優の実際の反応を撮影する手法を取りました。

 しかし、それはそれで違う課題にぶつかります。俳優を使うと、観客はたんなるフィクション映画だと考えるようになる。本当に起きた現実なのにスリラーのように見えてしまい、無自覚な観客が救出劇のフィクション映画だと勘違いする。それを私は危惧し、俳優を使う際、観客たちに俳優らが聞いている声は現実のものなのだと自覚してもらうために、実際の映像も重ねました。複雑で困難な手法でしたが、公平かつもっともインパクトのあるものになったと思っています。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。電話越しのヒンドの音声を聞き涙を流すラナ ©MIME FILMS — TANIT FILMS

早尾 この融合的な表現形式には、必然的な事情と意図した戦略があるわけですね。

ベン・ハニア 触れていただいたように『Four Daughters フォー・ドーターズ』のような作品で融合的(ハイブリッド)な形式を用いてきました。完全なフィクション、完全なドキュメンタリー、モキュメンタリー(フィクションをドキュメンタリーであるかのように見せる手法)、融合的映画をつくってきたなかで思うのは、ジャンルのあいだに明確な境界はないということです。純粋なドキュメンタリー、純粋なフィクションというような分け方というのは、映画祭や団体・財団などが求めているだけであって、映像作家たちにとっては関係ありません。ドキュメンタリーでも多くの演出(ミザンセーヌ)が必要ですし、他方でフィクションでも俳優が現実(リアリティ)を演じるときがあります。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。ヘッドセットを着用しヒンドと通話を行う赤新月社のオマール(中央) ©MIME FILMS — TANIT FILMS

 『ヒンド・ラジャブの声』では俳優の演技を撮影していますが、パレスチナ人の俳優たちに対して「こういう気持ちになってほしい」「こういう感覚を見せてほしい」といった演出はできないと思いました。「ヒンドの声を聞いたときに、こういう気持ちになってください」などとはとても言えない。私たちはやり方を変え、まず俳優にはヒンドの声は聞かせていない状態で台詞を覚えてもらい、撮影が始まって初めて彼らにヘッドセットを通してヒンドの声を聞いてもらった。それをドキュメンタリーのように撮影しました。俳優が涙を流しているシーンも今回は一切の指示や演出を行わなかった。それは、普通のフィクション映画とはまったく異なる撮り方です。

 映画監督のヴェルナー・ヘルツォークが提唱した「陶酔的真実(エクスタスティック・トゥルース)」という概念があり、優れた作品であれば、事実を見せるだけでなく、事実の描写を超えて奥底にある真実を露呈させることができるという考え方です。私も本作でこの意味での真実の領域に到達したいと思いました。というのも、ヒンド・ラジャブ事件の事実的な側面については、私が映画に着手した時には、すでにジャーナリストたちやワシントン・ポストやフォレンジック・アーキテクチャー(国家的暴力に関するロンドン拠点の調査機関)などが、あらゆる証拠を集めて、ヒンド殺害について詳細な分析記事をすでに出していました。映画監督として私がすべきことはこの犯罪調査に関してこれ以上不要な補足を行うことではありません。映画の鑑賞者に、赤新月社のスタッフの立場、被占領下に暮らすパレスチナ人の立場になってもらう、ということだと思いました。それこそ私が伝えたい陶酔的真実です。

忘却に抗う、映画の「想起する力」

早尾 インターネット、SNSの時代は容易さの反作用で、情報の質の低下や映像の質の低下、動画の氾濫を起こしています。映画の中でも赤新月社のスタッフがSNSで発信しようとして、それに対してスタッフのひとりであるオマールが「そんな映像や音声はインターネットに溢れている。それで人が動くと思うのか」と反論する場面があります。そうしたインターネット全盛期に映画はどんな力を持っているとベン・ハニア監督は思いますか。映画でしか表現できない、伝えられないことはなんだと考えますか。

ベン・ハニア 映画は20世紀においてアートの王様でした。その後インターネットやSNSが登場し、いまや私たちはその情報量に圧倒される日々を送っています。そうした状況で、例えばパレスチナの人びとはそこで起きている死や被害を自らスマートフォンで撮影して、それを世界に発信しています。しかし、SNSの中で他の膨大な物事とともに流れると、昨日起きた恐ろしい出来事についても、今日の恐ろしい出来事に消し去られてしまうという、ある種の記憶喪失が起きてしまいます。情報の流れがあまりにも早すぎて、忘却してしまうのです。人間の脳はそれほどには多くの画像や情報を受けいれることができないので、どんなに恐ろしい映像でもインパクトを失うのです。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。実際のヒンドのSNSに投稿された写真が劇中で使用された ©MIME FILMS — TANIT FILMS

 先ほども言いましたが、私はヒンドの声を赤新月社のSNSの投稿で初めて聞きました。そのときに、この声はもっと大きな場所で、そして忘れられない場所で聞かれるべきだと考えました。インターネット上に流れる膨大な情報に埋もれて忘れられるのを避けなくてはなりません。忘却するのではなく想起する力こそが映画にできることです。

 暗い映画館に座り、声に耳を傾け、物語を理解するのに時間をかけること。例えば、映画の最後に、銃撃されたヒンドの車と救急車の映像が出てきますが、それはSNS上でも拡散されていたものです。それを眺めるのと、映画の最後に見るのとでは、まったく感覚が異なります。弾痕だらけの車にヒンドとその従姉のラヤンがいて話をしていたこと、彼女たちが生身の人間として存在していたことを、鑑賞者は知ったうえであらためて車を見るのです。そうしてSNSの圧倒的な情報のなかで見失い忘れ去るのではなくヒンドの声や車に意識を集中させることができる。それが映画のもつ力だと思います。

銃や戦車ではなく「占領のシステム」を描く

早尾 最後に、赤新月社の主要なスタッフ4人の登場人物のうち、マフディについて伺います。直接ヒンドの声を受け止めたのはオマール、ラナ、ニスリーンの3人ですが、国際赤十字やパレスチナ自治政府を通してイスラエル軍と調整する役割のマフディは、想像を絶する精神的な重圧やストレスを受けているだろうと思います。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。責任の重さにトイレへと逃げ込んだ赤新月社の調整係・マフディ ©MIME FILMS — TANIT FILMS

 最初は手続きやルールばかりを重んじ現場の切迫した要請を封じる頑固な上司のような雰囲気を漂わせますが、救急隊員が次々とイスラエル軍に殺害されているガザ地区で、同僚を守る責任はマフディの調整にかかっているわけです。マフディが仲間から責め立てられトイレに籠城する場面はとくに印象的です。またマフディが救急車を出す手続きを説明しているときの図は、無限記号(∞/infinity)に見えます。このトイレへの籠城や無限記号、さらにはマフディが調整に調整を尽くしたはずの救急車が攻撃されたことは、パレスチナ人全体が追い込まれている不条理さ、理不尽さ、行き詰まりを表現しているようにも感じましたが、いかがでしょうか?

ベン・ハニア 初めて救急車を出す調整の手続きについて知ったとき、私はショックを受けました。占領下で体制が特別な規則を押し付けてくるのはアパルトヘイトと同じです。人びとは、銃撃や爆撃など大きな暴力については知っていますが、システムについて知っている人は多くありません。システムは派手ではなく静かなものだからこそ、私はこのシステムの暴力性を示す映画をつくるつもりでした。最初にこの企画の話をしたときに、戦争についての映画なのだから銃や戦車は登場させるべきだと言う人もいました。しかし私はそのような誰の目にも見えるような暴力には関心がありませんでした。ゆっくりと進行する官僚的な暴力、しかもパレスチナ人を抑圧するためにあえて設計されたシステムを描きたかったのです。ヒンドがイスラエルに住むユダヤ人の子供だったらどうだったか想像してみてください。こんな調整手続きなど不要でしょう。パレスチナ人だからこそ意図的にこの調整システムが適用されヒンドは殺害されました。私はあまり知られていないこの側面を見せることがすごく重要だと思ったのです。

映画『ヒンド・ラジャブの声』より。マフディは殉職者が並ぶ写真を指差し「ここに殉職者の写真をもう1枚加えることになったらこの職を辞める」と劇中で語った ©MIME FILMS — TANIT FILMS

 あの無限記号(∞)のシーンは、マフディが最も不可能な役割を負わされているということを示しています。彼はともすれば同僚を死地へと送り出すわけですから。劇中のマフディは「殉職者の写真をもう1枚加えることになったらこの職を辞める」とオマールに言っていましたが、実際にマフディはこの事件で同僚ふたりを失ったあと、その部署を辞め他の部署に異動されています。

 無限記号(∞)は、不正に操作された占領のシステムそのものであり、調整役には「この少女を救うために同僚を死地に送り出すべきかどうか」というとても倫理的で困難な選択を迫られている。それは解決不可能な状況であり、この官僚主義的な手続きを全部守ったとしても、それを強いた占領者は構わず救急車を爆撃してしまう。それこそが占領の残酷さを如実に物語っています。マフディだけでなく、パレスチナの人びとがそういう占領システムのなかでいかに生活しているのか、それがいかに辛いことなのかということを、映画を通して観客に体感してもらいたいのです。

取材を終えて:ヒンド・ラジャブの死が映し出す「占領の真実」

 カウテール・ベン・ハニア監督による『ヒンド・ラジャブの声』で赤新月社のスタッフたちからありありと見えていた「無力さ」は、私自身もガザ・ジェノサイドの続くこの3年、感じ続けてきた「無力さ」に重なった。遠くにいて何もできず、それでもできることを模索し、無力を痛感しながらそれでもできることを続ける日々。それだけでなく、四半世紀のあいだパレスチナや封鎖されたガザ地区の極めて危機的な状況について、書籍や講演や文献翻訳を通して日本社会に訴えてきた。そのときからずっと「こんなことをして何になる?」という思いを拭えないまま、それでも投げ出すことなく、毎日パレスチナのことを考え、行動を続けてきた。それは、ベン・ハニア監督も語っていたように、「自分たちの特権性」の自覚ゆえだ。疲れたから、辛いからといって、ガザの人たちは逃げ出すことも休むこともできない。外にいる自分たちが、疲れた、辛いなどといって折れるわけにはいかない、と。ベン・ハニア監督の言葉からもその思いがとても伝わってきた。

 ガザ、パレスチナの背景を踏まえると、この映画では、大きくふたつのことが論点化されている。ひとつには、とくにこのガザ・ジェノサイドにおいて、医療機関・医療関係者と子供たちが意図的に攻撃されていることであり、それは民族集団や社会の維持や再生産に対する攻撃である、つまり民族浄化(エスニック・クレンジング)的である、ということだ。2023年10月7日のガザ蜂起を契機に大規模攻撃を始めたときから、イスラエル軍は執拗に病院・診療所・救急車を爆撃し、そして医者・救急隊員らを狙撃・拉致してきた。このことに関しては、私自身、2023年11月16日号の『アハリー・アラブ病院を支援する会ニュースレター』に「ガザ地区を『生存不可能』にするために病院は意図的に破壊される」という分析記事を書いている。

 また、「10.7」以後公式に記録されている約74000人の死者数(実際にはもっと多いと推計される)のうち約3割は子供であるが、それは本来攻撃対象から外されるべき学校や避難所や一般家庭が無差別に攻撃された結果である。イスラエルは対外的には攻撃理由を「ハマス掃討」として正当化するが、実際には、パレスチナのコミュニティを破壊することを狙っていると思われる。次世代を担う子供への攻撃は、保護できなかった大人たちへの心理的ダメージと、将来にわたる長期的なダメージも意図されている。医療施設と子供に対する攻撃は、こうした意味で民族浄化なのであり、ヒンド・ラジャブと救急隊員の殺害は、まさにこの典型例だ。

「迫真の演技」ではなく、「真実に迫る」映画

 この映画で描かれているもうひとつの論点は、ベン・ハニア監督自身が強調しているように、目には見えにくい「占領のシステム」そのものだ。法律、軍令、慣例はもちろんのことだが、例えば、入植者用道路、検問所、身分証明書、移動許可、労働許可や建築許可など諸々の許可証などでも、そのシステムによる過剰な締め付けは占領下におけるパレスチナ人の生活を日々縛りつけている。銃撃や空爆がなくとも、パレスチナ人の生活は隅々までイスラエル軍による支配に組み込まれているのだ。

 このことを、とくにガザ地区に関する研究者であるサラ・ロイは、「反開発(De-development)」と呼んだ。開発が遅れている「低開発(under-development)」とは異なる概念で、根本的に社会経済の機能を阻害し、そもそもの開発や発展ができないようにさせられているのだ。パレスチナは1967年の西岸地区・ガザ地区の軍事占領の開始からずっとその状態に置かれてきたが、2000年に第二次インティファーダ(民衆蜂起)が始まり、それに対してイスラエル軍が弾圧を始めたときから、この状況はいっそう悪化している。救急車1台を派遣するのに「無限∞」のようにも思える過剰な手続きが必要とされるのは、その象徴である。実際にいまでもパレスチナでは救急車が検問所で止められ、重病・重症の患者が救急車内で死亡したり、妊婦が検問所で出産を強いられたり、といったことが毎日のように起きている。

 それゆえ、『ヒンド・ラジャブの声』は、当然ヒンドひとりを描いているのではなく、命を救えなかった無数の子供たち、占領システムに支配される全パレスチナ人たちを描いている。また赤新月社のスタッフたちの占領下でできることを模索し続け、奮闘するという小さな抵抗を続けるすがたを描いているのだとも言えるだろう。

 最後に映画の手法についても触れておこう。ベン・ハニア監督は、「陶酔的真実(エクスタティック・トゥルース)」という概念に触れた。取材した事実を示すという古典的ドキュメンタリーとは異なり、深い真実を抉り出して表象するためにあえてフィクションや演出を使うこと。例えば、インタビューで私が言及したミシェル・クレイフィ『石の讃美歌』は、インティファーダのときのドキュメンタリー映像に、イスラエル軍に捕えられ拷問を受けたパレスチナ人男性と、かつてパレスチナを離れジャーナリストとして外から戻ってきたパレスチナ人女性とが、15年ぶりに再会し交錯するという演技部分を重ねた。それによってインティファーダを描くだけでなく、その背後にある時間の積み重ね、コミュニティの内部と外部の差異、男女の経験の差異を示唆し、そのことでインティファーダそのもののイメージを掘り下げたり、増幅させたりする。「陶酔的真実」という概念でこの映画のことを思い出した。

 ベン・ハニア監督は、クレイフィとは異なる融合的(ハイブリッド)な形式を用いた。ヒンドの声は実際の録音音声で、それを聞く赤新月社のスタッフは俳優による(事実に基づいた)演技、むしろ初めてヒンドの声を聞いた俳優による率直な反応。さらに、俳優の演技中に、実際のスマホ撮影の動画が重ねられる。この迫真性には率直に衝撃を受けた。「迫真の演技」という意味での迫真性ではなく、文字どおり「真実に迫る」その手法に目を見開かせられたのだ。この映画を通して、普段見えていないものに目を見開かせられたという意味で、ベン・ハニア監督が示した「占領の真実」とは、まさに「陶酔的真実」であったということを、インタビューによって知ることとなった。

早尾貴紀(左)とカウテール・ベン・ハニア(右)