2025.9.16

国立西洋美術館で「チュルリョーニス展 内なる星図」が来春開催へ。リトアニアの画家、34年ぶりとなる大回顧展

リトアニアの画家・チュルリョーニスの 34年ぶりとなる大回顧展「チュルリョーニス展 内なる星図」が国立西洋美術館で開催される。会期は2026年3月28日~6月14日。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 祭壇 1909 厚紙にテンペラ 国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵 M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
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 東京・上野の国立西洋美術館で、リトアニアの画家・チュルリョーニスの 34年ぶりとなる大回顧展「チュルリョーニス展 内なる星図」が開催される。会期は2026年3月28日~6月14日。担当学芸員は山枡あおい(国立西洋美術館 研究員)。

 リトアニアを代表する芸術家、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875〜1911)は、絵画と音楽というふたつの領域で類まれな才能を示し、35歳の若さで亡くなるまでのわずか6年ほどの画業で、300点以上もの作品を手がけた。世紀末のアール・ヌーヴォーや象徴主義、ジャポニスムといった国際的な芸術動向に呼応しつつも、作曲家ならではの際立った感性と、当時ロシア帝国の支配下にあったリトアニア固有のアイデンティティに根差した作品群は、唯一無二の個性を放っている。2025年はチュルリョーニスの生誕150周年。リトアニアにおける祝賀ムードを引き継いで開催される本展は、1992年に池袋のセゾン美術館で開催されて以来、2回目の開催となる。

 会場では、国立M. K. チュルリョーニス美術館が所蔵する主要な絵画やグラフィック作品、約80点を紹介。人間の精神世界や宇宙の神秘を描いた幻想的な作品のうち、独創的な象徴に満ちた《祭壇》や謎に包まれた最大の代表作《レックス(王)》が日本初公開される。また、音楽形式を取り入れた連作や、自身の手になる楽譜、展示室に流れる旋律を通じて、優れた作曲家でもあった画家の感性を体感することができるものとなるという。

M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス リトアニア民謡「走れ、刈り上げの列よ」のためのヴィネット 1909 紙にインク
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 記者発表に際し、館長の田中正之は挨拶とともに本展について次のように述べた。「リトアニアは、映画監督のジョナス・メカスや、フルクサスの創始者ジョージ・マチューナスなどといった、20世紀における重要な前衛芸術家を数多く輩出している。彼らに先んじて活躍したのがチュルリョーニスだ。昨今、スピリチュアルや神話といった精神世界を描く画家が取り上げられるケースが増えているが、美しく繊細に描き出されたチュルリョーニスの作品も、それらに呼応するものといえる。また、その作品群からは、絵画と音楽の密接かつ多様な関係性も見出すことができるだろう」。

記者発表の様子。左から、田中正之(国立西洋美術館長)、オーレリウス・ジーカス(駐日リトアニア共和国特命全権大使)

 展覧会は、プロローグ、エピローグに加え、全3章の構成となる。プロローグでは、音楽を学び、その後長年の夢であった絵画の道を本格的に志した頃のチュルリョーニスの作品が紹介される。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 森の囁き 1904 キャンバスに油彩
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 第1章「自然のリズム」では、祖国の生命感あふれる自然を抽象的かつ抒情的に描いた作品が紹介される。日本初公開となる《春》(1907)や、連作「冬」(1907)からは、自然の動的な移ろいと循環のプロセスに対する画家の深い関心が見て取れる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 春 1907 紙にテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
左から、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 連作「冬」よりⅣ、連作「冬」よりⅤ、連作「冬」よりⅧ 1907 紙にテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 続く第2章「交響する絵画」では、音楽的な要素を取り入れた独特なアプローチによる作品の数々が紹介される。19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパは、ボードレール、ワーグナー、ニーチェらの思想から影響を受け、多くの画家が絵画と音楽の融合を目指していた時期だ。しかし、チュルリョーニスはほかの作家の色彩による音楽表現とは異なり、音楽の構造を絵画の構造に応用したという点に特徴がある。

 同展では、二部作「プレリュード、フーガ」よりフーガが日本初公開となる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 二部作「プレリュード、フーガ」よりフーガ 1908 紙にテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
左から、ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ、第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ、第5ソナタ(海のソナタ):フィナーレ 1908 紙にテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 リトアニアは長くはロシア帝国の支配下にあったが、1904年の日露戦争でのロシアの敗戦と翌年のロシア革命を受け、民族解放の機運が急速に高まった。

 この頃画家として成熟期を迎えていたチュルリョーニスは、リトアニアにおける神話や民芸といった自国の文化を作品に取り入れることによって、失われた国家のアイデンティティを取り戻すための芸術活動を展開していった。第3章「リトアニアに捧げるファンタジー」では、民衆の独立を願った静かな抵抗が描かれた作品が取り上げられるという。なお、神智学的な壮大な精神世界が描かれた《祭壇》(1909)も日本初公開となる。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス おとぎ話(王たちのおとぎ話) 1909 キャンバスにテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス 祭壇 1909 厚紙にテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 エピローグでは、小ぶりな作品が多いチュルリョーニスにとって、最大サイズである野心的作品《レックス(王)》が展示。リトアニアの土着の自然崇拝をはじめ、世界の多岐にわたる思想を反映した本作は、さながら壮大な交響詩のようなイメージだ。こちらも日本初公開の作品だ。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス レックス(王) 1909 キャンバスにテンペラ
国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵
M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

 2000年以降、パリのオルセー美術館をはじめ、ヨーロッパ各地で展覧会が開催されるなど再評価の機運が高まるチュルリョーニス。その世界を堪能できる貴重な機会となるだろう。