2025.10.24

「第77回正倉院展」(奈良国立博物館)の見どころは? 《瑠璃坏》など67件が出陳

秋の奈良における風物詩である「正倉院展」が今年も開幕を迎えた。第77回となる今年の見どころとは?

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、《瑠璃坏》
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 毎年秋に封が解かれ、宝物(ほうもつ)の点検が行われる正倉院。この時期に合わせて宝物を一般に公開する正倉院展が、今年も奈良国立博物館で開幕を迎えた。会期は10月25日〜11月10日(会期中無休)。

会場エントランス

 正倉院の「正倉」とは、そもそも古代の寺院や役所などに附属する倉庫を指す言葉であり、かつては東大寺のみならず日本各地に存在していた。しかしそれらは長い年月のなかで失われ、奈良・東大寺の正倉院が唯一現存するものだ。そのため、正倉院は一般名詞から固有名詞となったという経緯がある。

 正倉院は北倉・中倉・南倉の三部分からなる総檜造りの高床式倉庫。倉庫としては世界最大規模の木造建築であり、国宝に指定されている。ここに納められている品々は宝物と呼ばれる。およそ9000件とされるそれらは、主に大仏開眼会に関わる品々、光明皇后によって東大寺の大仏に献納された聖武天皇の遺愛品、東大寺での法要にまつわる品々などで構成。いずれも宮内庁の厳密な管理下にあるため、あえて指定文化財の保護は受けず、国宝や重要文化財ではないという点も興味深い。

正倉院正倉(模型)

 そのなかから今年の出陳される宝物は67件(うち6件は初出陳)。とくに注目したい宝物を紹介しよう。

今年の「顔」は?

 今年の正倉院展の「顔」となっているのが、13年ぶりの出陳となる《瑠璃坏(るりのつき)》だ。《瑠璃坏》は、アルカリ石灰ガラスをコバルトで発色させて生まれた独特の色彩を持つもの。西アジアでつくられ、シルクロードを経て、古代日本にもたらされた。

《瑠璃坏(るりのつき)》(7世紀)の展示風景

 坏身の表面には22個の円環が規則正しく貼り付けられており、この瑠璃杯を特徴づけている。また銀製の台脚は龍のような文様が表されており、東アジア圏において付け加えられたものとされている。台脚はかつて坏身と分離されていた時期があるものの、1904年にそれらをつなぐ蓮華形の受金具と台脚上端を新造し、接合された。

 当時のガラス器のなかでも、姿、技法ともに最高水準のものとされており、いまなお見事な輝きを放つその姿に、思わず見惚れることだろう。

 もうひとつの目玉と言えるのが、《黄熟香》。これはジンチョウゲ科の樹木に樹脂が沈着してできた香木で、「蘭奢待(らんじゃたい)」の雅名でもよく知られている。正倉院に入った経緯は明らかではないが、蘭奢待の名前の中には「東」「大」「寺」の3文字が隠されており、室町時代以降の記録に登場している。

 足利義政、織田信長、明治天皇が切り取った旨を示す紙箋が付属するなど、日本史とともに歩んだ天下の名香だ。なお、東京の上野の森美術館で開催中の「正倉院「THE SHOW」-感じる。いま、ここにある奇跡-」(〜11月9日)では、この蘭奢待の香りが再現され、実際に聞香することもできる。

《黄熟香》(蘭奢待)の展示風景

 もちろんこれらのほかにも見どころは多い。例えば 《木画紫檀双六局》は、聖武天皇が愛用していた双六(すごろく)盤だ。表面には木画という寄木細工の技法で鳥や唐草の装飾文様が凝らされており、ツゲ、紫檀、黒檀、象牙、鹿角、竹といった多彩な素材を用いられている。彩り豊かなモチーフとともに、高度な技術も見どころとなる。なお、この双六の確かな遊びかたはわかっていないという。会場では、これを収めた木製の箱《漆縁籩篨双六局龕(ぬりぶちきょじょのすごろくきょくのがん)》もあわせて展覧されている。

《木画紫檀双六局》の展示風景
《漆縁籩篨双六局龕》の展示風景

 六曲屏風の《鳥毛篆書屛風(とりげてんしょのびょうぶ)》は、草花や飛鳥などの地文様の上に、八文字の篆書と同字の楷書を交互に表している。楷書は吹き付けと点描で、篆書はキジやヤマドリなどの羽毛を貼り付け、金箔を散らしている。君主にとっての戒めの格言が表されており、聖武天皇の身近に置かれた、格調高い品であったとされる。

《鳥毛篆書屛風》の展示風景
《鳥毛篆書屛風》の展示風景

 《牙笏(がしゃく)》は、天皇や役人が朝廷で威儀を正すために手に持つ笏(しゃく)だ。本品は『国家珍宝帳』に記載された象牙製のもので、天武・持統系の六代の天皇に継承された厨子に納めれていたとされる、正倉院に伝わる笏のなかでも格別の由緒を誇るものだ。

《牙笏》の展示風景

 《平螺鈿背円鏡》は、聖武天皇のゆかりの鏡18面のうちのひとつ。背面には螺鈿によって大小の花葉文や小鳥をあしらったきらびやかな文様が広がる。また地にはトルコ石やラピスラズリなど、シルクロードの各地で産出した素材が用いられており、8世紀に中国・唐で制作されたこともわかっている。

《平螺鈿背円鏡》の展示風景

 《花氈(かせん)》は大唐花文様を全面に表したフェルトの敷物で北倉に伝わる31床の花氈のなかでも、同形同寸法のもう一品とともに、多彩な色彩を濃淡交えて駆使した傑作とされる。

手前が《花氈》

 1000年以上の時を超え、天平文化の粋をいまに伝える正倉院宝物の数々。本展を主催する奈良国立博物館の井上洋一館長はこう語る。「正倉院宝物を見ることで、シルクロードを介して行われた交流が新しい文物や思想、哲学を生み出したことを教えてくれる。それらが新たな社会形成の原動力になったということを感じてもらえたら」。