2026.10.4

「Taiwan Pavilion」キュレーター・陳湘汶が語る光州ビエンナーレ「Instance Dungeons: Gray Zone」。情報とテクノロジー、現実の境界

韓国・光州で開催中の第16回光州ビエンナーレ。そのパビリオン・プロジェクトのひとつとして、「Taiwan Pavilion」による展覧会「Instance Dungeons: Gray Zone」が開催されている。キュレーターのひとり、陳湘汶(Chen Hsiang-Wen)にその構想を聞いた。※10月5日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

取材・文=大原愛美(編集部)

LI Yi-Fan《important_message.mp4》(2019〜20) Multi-channel video installation. 17m 30s. Courtesy of NTMoFA.
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 韓国・光州で開催中の第16回光州ビエンナーレ。そのパビリオン・プロジェクトのひとつとして、台湾のアーティストによる展覧会「Instance Dungeons: Gray Zone」が開催されている。映像や3Dアニメーション、AIなどを用いた作品を通じて浮かび上がるのは、地政学的な状況だけではなく、情報やテクノロジーによって私たちの現実認識がいかにかたちづくられているのかという問いだ。

 The Art Newspaperによると、本展は開幕前にはTaiwan Pavilion」の名称をめぐって主催者と台湾側とのあいだで見解の相違が生じており、一連の動向が報じられていた。そうした状況を経て開幕した展覧会は、いまどのように見ることができるのか。現地で、キュレーターのひとり、陳湘汶(チェン・シャンウェン)にその構想を聞いた。

ゲームの「ダンジョン」から考える現実世界

 「Instance Dungeons: Gray Zone」というタイトルの「Instance Dungeon」は、もともとオンラインゲームなどで使われる言葉だ。プレイヤーごとに生成された限定的な空間に入り、そこで経験値を積んだり、アイテムを獲得したりする「ダンジョン」を意味する。

Taiwan Pavilion「Instance Dungeons: Gray Zone」キービジュアル

 陳は、このゲーム上の構造と現実世界とを重ね合わせることから、本展を構想したという。「台湾では、台湾を取り巻く国々とのあいだに様々な政治的な問題があります。いっぽうで、ウクライナとロシアの戦争があり、アメリカと中東の国々をめぐる問題もある。世界の異なる地域で、似たようなストーリーがある種『コピー&ペースト』されているように感じるんです」。

 そこにあるのは、異なる地域で起こる出来事を同一視することではない。むしろ、各地に固有の歴史や状況があるいっぽうで、個人を超えた大きな力が人々の置かれる環境をかたちづくるという構造への関心だ。陳は「私たちは、大国や巨大な力によってコントロールされている部分もあります」と話す。

 しかし、「Gray Zone」が指し示す領域は地政学だけにはとどまらない。会場を歩いてまず目につくのは、映像やスクリーン、コンピューターによって生成されたイメージの多さだ。本展では、情報やテクノロジーによって私たちが現実を知覚する仕組みそのものが、繰り返し問いに付されている。

情報やテクノロジーがつくる「現実」

 そのひとつが、鄭先喻(チェン・シェンユゥ)の《Traced》(2025)だ。会場の天井に設置されたモニターとAIプログラムが用いられた本作では、鑑賞者の動きに合わせて照明がスポットライトのように移動する。

鄭先喻《Traced》(2025)Machine learning, VLM, computer vision, custom software, moving light - profile multi-purpose type. Dimensions variable. Commissioned by the Taipei Performing Arts Center (TPAC). Courtesy of NTMoFA.

 陳は、この作品を展覧会の出発点として位置づける。インターネット上で誰かとコミュニケーションを取ったり、何かを検索したりするとき、私たちは自らの意思で行動していると考える。しかしその背後では、意識しないうちに行動の痕跡が記録され、データとして処理されている。

 陳はこの作品について、「私たちはインターネット上で、友人たちと能動的にコミュニケーションしていると思っています。しかしその一方で、私たちが意識していないところで、何らかの力が私たちのデータや行動の痕跡をコントロールしている」と語る。

 政治的、軍事的な権力だけではなく、日常的に接する情報環境もまた、人間の認識を形づくる。本展が扱う「力」は、必ずしも目に見えるものではない。

 こうした情報環境を別の角度から扱うのが、李亦凡(リー・イーファン)の《important_message.mp4》(2019〜20)だ。大小複数の画面が空間に散在するマルチチャンネル映像インスタレーションで、陳によれば、インターネット上に流通する陰謀論が題材となっている。陳がここで重視するのは、情報の真偽を判定することだけではない。

李亦凡《important_message.mp4》(2019〜20)Multi-channel video installation. 17m30s. Courtesy of NTMoFA.
李亦凡《important_message.mp4》(2019〜20) 撮影:編集部

 「この展覧会は、地政学的な問題だけを扱っているわけではありません。データや情報が私たちの思考をどのようにコントロールしているのかについて、人々が意識を持つ必要があるということも重要です」。

 誰もが同じインターネットに接続しているように見えながら、それぞれが接している情報は異なる。何を見るか、何を信じるかという個人の判断と、それを取り巻く情報環境との境界もまた、本展におけるひとつの「グレーゾーン」と言える。

シミュレーションされた現実

 3Dアニメーションを用いた作品にも、現実とその再現との境界が現れる。林瑜亮(リン・ユーリャン)による《Nothing But a Faint Shadow》(2026)は、マルチチャンネル映像と複合素材による彫刻を組み合わせたインスタレーションだ。会場にはモニターや立体物が配置され、複数のイメージや物体のあいだを鑑賞者が移動する構成となっている。

林瑜亮《Nothing But a Faint Shadow》(2026)Multi-channel video installation, mixed media sculpture. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 陳はそこから、コンピューター内部でデータによって現実の物体を再現する「simulation(シミュレーション)」へと話を広げる。私たちは現実をそのまま受け取るだけでなく、一度知覚したものを別のかたちで再現し、欲望や想像を投影する。ヴァーチャルと現実、シミュレーションと現実。その境界は必ずしも明確ではない。陳によれば、この作品は子供たちが指を使って動物などの形をつくる影絵を思わせる場面から始まる。そこから話は、コンピューター上でデータによって物体や運動を再現する「simulation(シミュレーション)」へとつながっていく。

 「私たちは、自分たちが知覚したものや、欲しているものをつねにシミュレートしている。そこには、ヴァーチャルと現実、あるいはシミュレーションと現実のあいだの『境界』という問題があります」。

 影絵も、3Dアニメーションも、目の前に存在するものを別の方法で再現するという点では連続している。現実とそのコピーを明確に分けることが困難になった現在、その境界そのものが作品の主題となっている。

AIの「失敗」も作品に

 蘇匯宇(スー・ホイユー)の《The Space Warriors and the Digigrave》(2023〜25)は、映画と映像インスタレーション、AI生成映像を組み合わせた作品だ。AIや3Dといった新しい技術が目立つ本展だが、陳は、高度なテクノロジーそのものを見せることが目的ではないと強調する。「テクノロジーは表現するための方法ではありますが、結論ではない。目的そのものでもありません。むしろ、テクノロジーを問い直すことがアートの重要な部分だと思っています」

蘇匯宇《The Space Warriors and the Digigrave》(2023〜25)Video installation, film, AI generated video. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 本作に登場するAI生成映像には、画像の破綻や不自然さも残されている。通常であれば「失敗」として修正されるような部分をあえて隠していない。技術によってどこまで現実そっくりの世界を生成できるかを競うのではなく、その技術が持つ限界や歪みを露出させること。陳にとって、テクノロジーを用いることと、テクノロジーを批判的に見ることは両立している。

阮柏遠《Grinding_tw》(2026)Video, stainless steel, LCD screen, wire. Dimensions variable. Courtesy of NTMoFA.

 映像作品の多さは本展のひとつの特徴だが、スクリーンのなかだけで完結するわけではない。映像を映す装置や立体物、既製品が会場のなかに配置されることで、鑑賞者自身の身体もまた、複数の情報やイメージが交錯する空間のなかへと置かれていく。

「イエスかノーか」に回収されないために

 こうした作品群を通じて陳が問題視するのが、現代の情報環境における「平坦さ」だ。「現在の世界、とくにインターネット上の世界は、とても『flat(平坦)』になっていると思います。ほとんどの場合、私たちに与えられる選択肢はふたつしかありません。イエスかノーか、白か黒か」。

林瑜亮《Nothing But a Faint Shadow》(2026) 撮影:編集部

 情報が短い言葉やイメージとして高速で流通するなか、複雑な背景をもつ問題は、賛成/反対、正しい/間違っているという二項対立へと整理されやすい。それに対し、陳はアーティストの実践に別の可能性を見る。「アーティストは、それぞれの実践によって、世界の表面にあるこの『平坦さ』を破ろうとしているのだと思います」。

 「Gray Zone」という展覧会タイトルも、白か黒かという二者択一では捉えきれない領域へと鑑賞者をとどめるものとして読むことができる。作品は明快な回答を示すというよりも、ひとつの出来事を別の角度から見るための複数の視点をつくり出している。

名称問題を経て、展示の「読み」はどう変わったか

 本展の開幕前には、「Taiwan Pavilion」という名称をめぐる問題が起きた。本展の参加作家・キュレーター側は、「Taiwan Pavilion」として受理された展覧会が同意なく「NTMoFA」へと変更されたとして批判。これに対して光州ビエンナーレ財団は、国立台湾美術館(NTMoFA)との協約を根拠に、公式広報で機関名を使用したものだと説明し、展示内容や作品への検閲は否定した。最終的には財団が「Taiwan Pavilion」の名称使用を承認している。

オープニングでの陳湘汶 撮影:編集部

 この出来事をめぐっては、契約・参加主体がどの機関であったのかという点と、パビリオンがどの名称で申請・合意されていたのかという点について、それぞれの説明を区別して見る必要がある。名称問題を経たことで「Instance Dungeons: Gray Zone」展そのものは変化したのだろうか。

 「作品自体は、最初から今日まで何も変更していません。ただ、観客が作品をどのように読むかは、完全に違うものになると思います。当初、私は台湾の歴史、あるいは台湾のある種の『隠された歴史』について話したいと思っていました。今回の出来事が起きたことで、人々は、台湾がアジアのなかで非常に特殊な位置に置かれていることについて、より意識するようになると思います。そしてこれは、人々が『国家とは何なのか』ということや、その定義について考える、ひとつの転換点にもなりうると思っています」。

 ただし陳は、「Taiwan Pavilion」という名称そのものに、政治的な意味を付与しようとはしない。パビリオンの名称はプロジェクトの名前だとして今回の出来事をこのように振り返る。

「Instance Dungeons: Gray Zone」展示風景 撮影=編集部

 「最初に私たちは『Taiwan Pavilion』として話を始めたので、そのまま『Taiwan Pavilion』として進めたかっただけです。私個人の立場からすると、これはそれほど政治的なことではありません。最初から『Taiwan Pavilion』として話をしていたのだから、それを維持したかったというだけです。

 もし最初から別の名称のパビリオンとして話を進めていたのであれば、その名前を維持していたと思います。今回の場合で問題だったのは、誰かが私たちの同意なしに名称を変更したことです。名称を明確にしておくことは、アーティストや、このプロジェクトに関わる多くの人々を守ることにもつながると思います」。

 陳にとって問題だったのは名称そのものの政治性以上に、自分たちの同意なくパビリオンの名称が変更されたと認識したことだったと語る。

アイデンティティを明確にするのではなく、固定しない

 また、そのうえで本展の鑑賞者に受け取ってほしいことを問うと、本展は「台湾とは何か」を示しているのでなく、むしろ台湾のもつ複雑さを提示しているということだった。

 「私たちは、アイデンティティを明確に定義しようとしているわけではありません。私にとって、アートのもっとも魅力的なところは、物事を改めて問い直し、アイデンティティをひとつの定義に固定しないことです。

 とくに台湾には、とても複雑な歴史があります。台湾の歴史を見れば、アメリカも、日本も、中国も存在しています。だから私は、そうした台湾の複雑さを見せたいと思っています。そして、ここ光州でこの展覧会を開催することに意味があると思っています。光州もまた、戒厳令のような歴史的経験と向き合ってきた場所だからです」。

「Instance Dungeons: Gray Zone」展示風景 撮影:編集部

 地政学、インターネット、AI、記憶、シミュレーション。会場を満たす作品はそれぞれ異なる対象を扱いながら、どれも世界を白か黒かの二択へと収束させることを拒む。陳が最後に強調したのは、現在の政治状況だけに展示を回収するのではなく、作品そのものを見てほしいということだった。

 「なんらかの『共感』を感じてもらえたらと思っています。感情的なつながり。今回のアーティストたちの作品を見ると、ユーモアのある表現もいくつかあります。だから私は、みんなに作品そのものを楽しんでもらいたいと思っています」。

 ユーモアを備えた作品の数々は、シリアスな問題を扱いながらもひとつの正解へと鑑賞者を導くわけではない。本展が提示するのも、現実について白黒はっきりさせるような説明ではなく、そのあわいにある多数の視点だ。何が現実で、何がそのコピーなのか。私たちが自分で選んでいると思うものは、どこまで自分自身の選択なのか。そして、複雑なものを複雑なまま見ることは可能なのか。その問いが、いくつものスクリーンとイメージが交錯する会場のなかに残されている。