2026.9.10

リウム美術館で見る2つの展覧会。ク・ジョンア「OUSSSMOS」と、女性作家たちが切り拓いた経験の歴史「Inside Other Spaces」

ソウルのリウム美術館で、ク・ジョンアの大規模個展「KOO JEONG A: OUSSSMOS」と、戦後美術史のなかで見過ごされてきた女性作家による「環境」を再検証する「Inside Other Spaces: Environments by Women Artists 1956–1976」が開催されている。光や香り、磁力など目には見えない力を作品へと取り込むク・ジョンアと、観客が内部へ入り、光や音、空気を全身で経験する「環境」を1950〜70年代に展開した女性作家たち。時代も背景も異なる2つの展覧会から、作品と空間、そして鑑賞者の身体との関係を見ていく。

文=大原愛美(編集部)

© Aleksandra Kasuba 사진: 홍철기 리움미술관 제공 Photo: Cheolki Hong. Courtesy of Leeum Museum of Art
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 ソウル・漢南洞のリウム美術館で、ク・ジョンア(1967〜)の個展「KOO JEONG A: OUSSSMOS」と、国際企画展「Inside Other Spaces: Environments by Women Artists 1956–1976」が開催されている。ク・ジョンア展の会期は9月5日〜12月27日。「Inside Other Spaces」の会期は5月5日〜11月29日。

 「KOO JEONG A: OUSSSMOS」はアーティスト、ク・ジョンアが、1990年代初頭から最新作まで約35点を通して30年以上にわたり構築してきた世界を振り返るもの。いっぽうの「Inside Other Spaces: Environments by Women Artists 1956–1976」はアジア、ヨーロッパ、南北アメリカで1950〜70年代に活動した11人の女性作家による「環境(environment)」を、原寸大の再構成などによって紹介するものだ。いずれも作品を自律した「物」として眺めるだけではなく、鑑賞者が空間を移動し、その身体や知覚を通して成立する体験へと視線を向ける展覧会となっている。

見えないものを作品に──ク・ジョンア「KOO JEONG A: OUSSSMOS」

 M2階の展示室を中心に展開されるのが、2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ韓国館代表作家でもあるク・ジョンアの「OUSSSMOS」だ。展覧会名となった「OUSSSMOS」は、ク・ジョンアが1990年代半ばから使ってきた「OUSSS」と、宇宙を意味する「COSMOS」を組み合わせた言葉となっている。

 「OUSSS」は特定の意味に固定されるものではなく、ときにエネルギーや物質、存在、世界を指しながら別の意味へと変化していく。展示は展示室の内部にとどまらず、美術館のロビーや古美術を扱う常設展示室、建物の外部にまで広がって点在している。明確に存在を主張する大型作品もあるいっぽうで、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな場所にも作品が展示されている。

ク・ジョンア《GRAVITTA》(2025) © KOO JEONG A.  Courtesy of the artist and Leeum Museum of Art Photo: Jeon Byung-cheol

 ロビーに現れるのは、巨大な曲面構造物《GRAVITTA》(2025)。スケートパークの一部を切り出したような形状で、その曲率はスケーターの動きや速度から導き出されている。表面には蓄光顔料が施されており、明るい時間に吸収した光を、暗闇のなかで青緑色の光として放つ。ク・ジョンアが2000年代以降各地で展開してきた、夜光性のスケートパークに連なる作品だ。会場では時折照明が消され、鑑賞者は2つのすがたを鑑賞することができる。本作では、光が蓄えられ、時間を経て別の状態へと変化すること、あるいは鑑賞者がその変化に遭遇することが作品の成立条件となっている。

ク・ジョンア《MOBIOUSSS》(2026)Commissioned by Leeum Museum of Art © KOO JEONG A.  Courtesy of the artist and Leeum Museum of Art Photo: Jeon Byung-cheol

 作品と対峙するときのこの感覚は、は、M2に置かれた新作《MOBIOUSSS》(2026)にも引き継がれている。約8メートル幅、約6トンのステンレススチールによる構造物は、見る位置によって大きくすがたを変える。近くから見れば複数の曲面が入り組む構造体だが、上から見下ろすと、全体が無限大記号のような形を描いている。作品名は数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスの名と、作家が長年用いてきた「OUSSS」を重ねたものだ。

ク・ジョンア「OUSSSMOS」展示風景 © KOO JEONG A. Courtesy of Leeum Museum of Art. Photo: Jeon Byung-cheol.

 ク・ジョンアは1990年代以来、角砂糖や鉛筆の芯、ナフタレンといった壊れたり消えたりする素材から、香り、磁力、光など、形を持たないものまでを扱ってきた。固定されたかたちを作品の完成形とするのではなく、時間や場所、そこにいる人によって状態が変化することを制作に取り込んできたと言える。

美術館のなかに「隠された」作品を探す

 本展の特徴は、鑑賞者が作品を「見つける」という行為そのものにもある。

ク・ジョンア《DEAREST MOMO》(2005) 常設展示室内で古美術展示の間に配置されている

 展示室を離れ、古美術の常設展示へ入ると、歴史的な美術品が並ぶケースのなかにク・ジョンアの作品が紛れ込んでいる。石とクリスタルからなる作品は、展示の文脈を知らなければ古美術のひとつとして通り過ぎてしまう可能性さえある。

ク・ジョンア《REALITY UPGRADE & END ALONE》(2003/2026) © KOO JEONG A. Courtesy of the artist and Leeum Museum of Art Photo: Jeon Byung-cheol

 さらに美術館の外側では、《REALITY UPGRADE & END ALONE》(2003/2026)が、M2から見える石積みの擁壁へと展開されている。石の隙間に埋め込まれた50個のクリスタルは、太陽の位置や天候、鑑賞者が立つ角度といった条件が重なった瞬間だけ光を反射するため、そこに行けば必ずしも見ることができるとは限らない。

 「見ること」と同じレベルで「見落とすこと」「見えない部分を想像すること」を扱う姿勢が、今回の展示に通底していたことのひとつだ。異なる時代につくられた作品や、通常はひとつの展覧会に含まれない美術館内の複数の空間が、その「OUSSSMOS」のなかで結びつけられている。作品を追って館内を移動すると、鑑賞者の視線は展示室の内部だけでなく、常設展示や建築、窓の外へと次々に導かれる。作品があると知って注意深く周囲を見ることで、普段なら通り過ぎてしまう場所にも自然と目が向く。そうした移動を含め、美術館全体をひとつの展示空間として捉え直すような構成となっていた。

インスタレーション以前の「環境」をたどる

 同館のブラックボックスとグラウンドギャラリーで開催されている「Inside Other Spaces: Environments by Women Artists 1956–1976」は、現在広く使われる「インスタレーション」という言葉が一般化する以前、「環境(environment/ambiente)」と呼ばれた実践に焦点を当てる展覧会だ。

© Marian Zazeela, La Monte Young, Jung Hee Choi 사진: 홍철기. 리움미술관, MELA 재단 제공  Photo: Cheolki Hong. Courtesy of Leeum Museum of Art

 ここでいう「環境」とは、絵画や彫刻のように対象物を外側から眺めるのではなく、鑑賞者自身が作品の内部へ入り、光、音、色、空気、運動などを身体で経験する作品を指す。戦後美術のなかでこうした試みは世界各地に現れたが、展覧会終了後に解体されるものが多く、資料が残りにくかった。また、女性作家による実践の多くが既存の美術史の叙述から十分に位置づけられてこなかったことも、本展の出発点となっている。

 本展は2023年にドイツ・ミュンヘンのハウス・デア・クンストで企画され、その後各地を巡回しながら、開催地ごとの調査を取り込んでいる。ソウル展では、ジュディ・シカゴ、リジア・クラーク、ローラ・グリシ、チョン・ガンジャ、アレクサンドラ・カスバ、レア・ルブリン、マルタ・ミヌヒン、タニア・ムロ、ナンダ・ヴィーゴ、山崎つる子、マリアン・ザジーラの11人による作品が紹介されている。

136キロの羽毛とそのなか

 白い円形の空間いっぱいに羽毛が敷き詰められているのは、ジュディ・シカゴ(1939〜)による《Feather Room》(1966/2023)だ。約136キロのガチョウの羽毛によって再構成された室内へ、鑑賞者自身が足を踏み入れる。作品を見るためには、身体そのものがその素材と同じ空間を占めることになる。

ジュディ・シカゴ《Feather Room》(1966/2023) © Cheolki Hong. Courtesy of Leeum Museum of Art

 シカゴがこの作品を制作した1960年代、彫刻や建築をめぐっては硬質な素材や巨大な構造物が大きな位置を占めていた。本作では、そういった構造物とは対照的に、軽く、輪郭を維持せず、身体の移動によって絶えず形を変える羽毛で空間全体を構成。鑑賞者の足跡や衣服も、ほどなく別の羽毛によって覆われていく。

アレクサンドラ・カスバ《Spectral Passage》(1975/2023) ⓒ Cheolki Hong. Leeum Museum of Art

 階下の展示室には、アレクサンドラ・カスバ(1923〜2019)による《Spectral Passage》(1975/2023)が広がる。半透明のナイロンによってつくられた複数の空間を鑑賞者が順番に通り抜ける作品で、光の色や空間の幅が移動とともに変化していく。壁で区切られた通常の展示室内での鑑賞とは異なり、鑑賞する動線そのものが作品となっている。

56年ぶりに再構成されたチョン・ガンジャ

 ソウル展で新たに加わった作品のひとつが、韓国の実験美術を代表するチョン・ガンジャ(1942〜2017)による《無体展(Incorporeal Exhibition)》(1970/2026)だ。

チョン・ガンジャ《無体展(Incorporeal Exhibition)》(1970/2026) © Cheolki Hong. Courtesy of Leeum Museum of Art

 1970年の発表当時、本作は暗幕で覆われた空間に光や霧、サイレンなどが組み合わされており、鑑賞者は内部へ入ることが求められた。しかし作品は当時の政治状況のなかで「政治的プロパガンダ」とみなされ、会期の途中で撤去を余儀なくされた。本展では当時の新聞記事や写真などの資料に加え、作家の遺族への聞き取りを行い、作品を56年ぶりに再構成している。

 本展に並ぶ多くの環境作品は、一度解体された時点で物質的なオリジナルを失っている。残された図面や写真、書簡、証言などから、その作品をいまどのように立ち上げ直すことができるのか。展覧会そのものが、環境作品を保存し、歴史化する方法についての問いも含んでいる。

異なる時代から、「鑑賞する身体」を問い直す

 「Inside Other Spaces」の作品群が制作された1950〜70年代と、1990年代以降に活動してきたク・ジョンアの作品には数十年の隔たりがある。いっぽうで、同じ美術館でふたつを続けて見ると、「鑑賞者は作品とどのような関係を結ぶのか」という問いが異なるかたちで現れる。

ク・ジョンア「OUSSSMOS」展示風景 © KOO JEONG A. Courtesy of Leeum Museum of Art. Photo: Jeon Byung-cheol.

 ク・ジョンアの「OUSSSMOS」で鑑賞者に求められるのは、必ずしも物理的に作品の内部へ入り込むことではない。見えない磁力や重力を想像し、光が現れる時間を待ち、展示ケースのなかや建物の外に紛れ込んだ作品を探す。あるいは、それに最後まで気づかないことさえ許容される。

「Inside Other Spaces」展示風景 ⓒ Cheolki Hong. Leeum Museum of Art 

 対して「Inside Other Spaces」では、見る人は文字通り作品の内部へ入る。羽毛を踏み、色光のなかを歩き、風や音を身体で受け取ることで作品が成立する。そこでは、作品を外から眺める鑑賞者と、鑑賞される対象という区分そのものが揺さぶられる。

 ひとつは鑑賞者がすでに立っている空間の見え方そのものをずらし、もうひとつは身体を作品の内部へと導く。リウムで現在開催されている2つの展覧会は、それぞれ異なる時代と方法から、作品を見るという行為が視覚だけでは完結しないことを示している。