2026.10.16

「国際美術展 TOKYO ATLAS」開幕レポート。東京湾岸エリアの歴史を紐解き、現代と接続する

東京湾岸エリアを舞台とする国際美術展「TOKYO ATLAS」が開幕した。会期は12月20日まで。各会場の様子と見どころをレポートする。

文・撮影(*)=三澤麦(編集部)

草間彌生の《ヤヨイちゃん》(2012/2023)、《宇宙へ行って見た愛の花束》(2021) Courtesy of Ota Fine Arts, ©YAYOI KUSAMA 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局
前へ
次へ

 東京湾岸エリアを舞台とする国際美術展「TOKYO ATLAS」が開幕した。会期は12月20日まで。実行委員長を務めるのは青柳正規。アーティスティック・ディレクターには、建畠晢(草間彌生美術館館長)と三木あき子(直島新美術館館長)が名を連ねる。

 本展のタイトル「ATLAS」は、世界を支える神話上の巨人アトラスと「地図帳」を意味する言葉に由来する。街なかに点在する作品を巡る行為そのものを、新たな地図を描く体験へと転換させる構想だ。アートを都市の日常に挿入することで、既存の風景やインフラ、歴史の記憶に新たな視座を与えることを試みる。

 この美術展は、当初2025年に開催を予定していた「東京お台場トリエンナーレ2025」を基盤とする。同トリエンナーレの準備で積み上げたものを活用し、都が主導する新体制のもと、東京都歴史文化財団が新たに参画。世界で活躍するアーティストをはじめ、これまで都が支援してきた若手作家の実践、さらには美術展を支える多様な仕事・役割に光を当てる場として再スタートを切り、ようやくのお披露目となった。

 実行委員長の青柳は本展の開催に際し、「江戸時代からウォーターフロントとしての役割を担ってきたこのエリアの記憶を、刷新していく意義がこの美術展にはあるのではないか」「とくに若い世代には、共感や違和感を通じて、東京の新しい姿や可能性を感じてほしい」と語る。またディレクションを担った建畠と三木は、「『都市の野生』の顕在化」「場所性をアーティストの視点を通じて浮かび上がらせる」といった本展の方向性を提示した。

 主な会場は、青海、台場、天王洲の3エリア。各エリアの作品と見どころを巡っていく。

青海エリア(テレコムセンタービル、青海南ふ頭公園/地下駐車場)

 アートの国際取引の拠点としても関係性の深い保税地域を擁し、大型貨物コンテナや大型クレーンが並ぶ青海エリアは、お台場や天王洲とは雰囲気が異なり、普段は一般の人々が足を運ぶ機会が少ない場所だ。ここでは、テレコムセンタービルや青海南ふ頭公園、そして同敷地内の地下駐車場がメイン会場となる。

草間彌生の《ヤヨイちゃん》(2012/2023)、《宇宙へ行って見た愛の花束》(2021)。この2作品を組み合わせるのは世界初の試みとなる 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 テレコムセンターの中心となるアトリウムに現れたのは、今年惜しまれながらも逝去した草間彌生による2つのバルーン作品《ヤヨイちゃん》(2012/2023)と、日本初公開となる《宇宙へ行って見た愛の花束》(2021)だ。この組み合わせは生前の草間の構想によるものであり、「芸術と愛の力で世界を救う」をテーマに掲げ続けた彼女から現代へのメッセージでもあるだろう。まさに本展のハイライトと言える展示だ。

竹岡雄二《GARDEN》(2026) Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局
ハルーン・ミルザ《Adam, Eve, Others and a UFO for Choral Octet》(2026) Courtesy of the artist and SCAI THE BATHHOUSE 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 青海南ふ頭公園は、東京港の国際的な海運を見渡せる場所に位置する。普段、青海駅に降り立つ機会はそう多くないが、眼前をゆく巨大な貨物船やコンテナターミナルといった流通拠点としての東京の湾岸の姿に思わず目を奪われる。

 ここでは、巨大なボトルのなかで1週間生活するアブラハム・ポワンシュヴァルによるパフォーマンス《Bouteille》が実施されるほか、デュッセルドルフを拠点する竹岡雄二が公共彫刻の本質を捉え直す作品を展示。また、ロンドンを拠点とするハルーン・ミルザは、公園内のオブジェを活用し、8つのスピーカーによる独特な音響空間を立ち上げた。

ヤギの目《ヤギの目プロジェクト》(2026)(*)
《ヤギの目プロジェクト》のアーカイブ展示(*)

 さらに公園内を散策すると、柵の中で暮らす2匹のヤギに出会う。これは東京藝術大学小沢剛研究室による「ヤギの目」プロジェクトだ。多様なメンバーがヤギとともに送る日々の営みを通じ、現代社会における持続可能な表現や、次世代のコミュニティのあり方を模索している。会場では、同プロジェクトのこれまでの歩みもあわせて紹介されている。

青海南ふ頭公園 地下駐車場

 青海南ふ頭公園の地下に広がる巨大な駐車場もまた、本展の重要な会場だ。地上と地下の二層構造によるアプローチこそ、この青海エリア最大の醍醐味と言える。

青海南ふ頭公園の地下駐車場(*)

 ここでは、ムン・キョンウォン&チョン・ジュン、カウィター・ワッタナチャヤンクーン、イペェ・ヌル、潘逸舟(ハン・イシュ)、ムハンナド・ショノ、ケイティ・パターソン、篠田太郎、ジュリアン・シャリエールという8組のアーティストが、東京湾岸エリアの場所性を捉えた表現を展開する。いくつかピックアップして取り上げたい。

カウィター・ワッタナチャヤンクーン 《Traffic》(2026) Courtesy of the artist and Nova Contemporary 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 バンコク出身のカウィター・ワッタナチャヤンクーンは、女性の家事労働や工業用機械の動きを自身の身体を用いて表現した映像・写真インスタレーションで知られ、近年も「恵比寿映像祭2025」(東京都写真美術館、2025)や「リキッドスケープ 東南アジアの今を見る」(アーツ前橋、2024)などで注目を集めた。本展では、地下駐車場を舞台にしたある風景を4つの映像作品として展示。車を走らせながらも地下から抜け出せずにループする。手持ちのカーブミラーに映し出されるその異様な光景を通じ、現代の開発競争や進歩への疑問を突きつける。

潘逸舟《波になる》(2026) Courtesy of the artist and ANOMALY 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 上海出身で東京を拠点とする潘逸舟は、「海」を主軸に自らの身体を介在させた映像を手がけてきた。湾岸エリアを舞台とする本展で彼が着目したのは、人々が地盤を固める作業の際、息を合わせるために歌った「木遣り唄(きやりうた)」だ。作品を通じて、その声をいま再び埋立地へと響かせている。

ケイティ・パターソン《Earth-moon-earth (Moonlighy Sonata Reflected From The Surface of The Moon)》(2007) 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 スコットランドを拠点とするグラスゴー出身のケイティ・パターソンは、新作インスタレーションを発表。地下空間で一際存在感を放つグランドピアノは、ベートーベンの『月光』をモールス信号に変換して宇宙へ送信し、返ってきた信号を再び楽譜に起して演奏しているという。東京の静かな地下空間と遥かなる宇宙が交わす、壮大なセッションを思わせる。

台場エリア(お台場海浜公園、台場公園)

 台場エリアの会場となるのは、人工の砂浜を擁し、海へと広がるダイナミックな景観を誇るお台場海浜公園。そして、幕末の砲台跡であり、歴史の記憶を抱えながら現在は都立公園として親しまれる台場公園だ。

イケムラレイコ《ムーンラビット・ランディング》。高さ6.4メートルのこの大型彫刻は、イケムラの作品においても最大級を誇る 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 少女性をテーマに世界を紡ぐイケムラレイコは、「月のうさぎがお台場に降り立つ」というコンセプトのもと、大型彫刻《ムーンラビット・ランディング》をお台場海浜公園の浜辺に据えた。童心を象徴するその佇まいは、都市の秘めたる可能性や未来を提示している。

石毛健太《2026年の太平洋ラジオ火事》(2026) 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 また、浜辺を歩いていると、足元から伝わる微細な振動と独特な音声に気づく。これは、石毛健太が埋立地の砂下にスピーカーを埋め込み構築した、サウンドインスタレーションだ。流れてくるのは在日米軍に向けたAMラジオをはじめとした音声であり、黒船来航や東京大空襲といった記憶が眠る人工の浜辺で、日米の距離感を改めて測り直そうと試みる。

台場公園の展示風景より。手前は草間彌生《ナルシスの庭》(1966 / 2026)。奥は趙要《Something in the Air》(2019) ともにCourtesy of Ota Fine Arts 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局
水木塁《P⁴ (Pioneer Plants Printing Projects) #Daiba Park》(2026) 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 隣接する台場公園では、赤い石に教文を刻んで信仰を深めるチベットの風習をモチーフとした趙要(ジャオ・ヤオ)の《Something in the Air》(2019)や、草間彌生の《ナルシスの庭》(1966 / 2026)といった巨大インスタレーションを展開。さらに植物やハエをモチーフにした水木塁の作品も配され、マクロとミクロの視界が交錯するユニークな空間が広がる。

台場公園の階段には車椅子が設置。スタッフも常駐しており、車椅子の利用者も作品にアクセスできるとのことだ(*)

 また、本会場のアクセシビリティ面にも触れておきたい。台場公園の鑑賞には階段の昇降が不可欠となるが、現地にはその移動をサポートする専用車椅子が用意されていた。場所性が鍵となる芸術祭において、足の不自由な鑑賞者への配慮はつねに課題であるが、本展では初期段階から対応が議論されていたという。

 公式ウェブサイトには各会場のバリアフリー情報が掲載されているため、足を運ぶ際はあらかじめ確認しておくとよいだろう。

天王洲エリア(アイルしながわ、WHAT MUSEUM)

 かつて都市のごみ集積場として使用されていた施設「アイルしながわ」。再開発によって周辺には広場や遊歩道が整備され、現在はアート活動やパラスポーツの施設としても活用されている。

 人工的な構造物と天王洲アイルの運河、そしてかつての用途の名残が混ざり合うこの場所では、笹岡由梨子、盛圭太、キムスージャらの作品が並ぶ。

アイルしながわ(*)
笹岡由梨子《アラベスク》(2026) 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 笹岡由梨子は、演劇の仮設小劇場をモチーフにした映像インスタレーションを出品。ごみ集積場という文脈を活かし、ゴミの再生と消化をテーマにした「胃の中に食べ物が降ってくる」というストーリーを展開する。

盛圭太《Bug report》(2026) 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 糸や紙を用いたドローイング作品を手がける盛圭太は、白い空間に糸のドローイングが広がるインスタレーションを制作した。暗闇のなか、糸を手繰り寄せながら作品へと辿り着く鑑賞体験は、作家の制作プロセスをそのまま追体験させるかのようだ。

キムスージャ《針の女 東京》(1999) Courtesy of CCA Kitakyusyu, Studio
Kimsooja 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 さらに同会場には、ソウルを拠点とするキムスージャの映像シリーズ「A Needle Woman」(1999〜2001)も展示されている。都市の雑踏にただ佇む自らの姿を通じ、個人と社会、移動と定住、あるいは異文化の交差を問いかける。

関連企画「座標:東京都による支援作家たちの現在地」

 同じく天王洲エリアに位置するWHAT MUSEUMでは、これまで都が支援してきたアーティストやキュレーターを紹介し、その現在地を国際展の舞台で提示する関連企画を展開。新たな「座標」を描き出す試みだ。

関連企画「座標:東京都による支援作家たちの現在地」の展示風景 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 1階では、アーツカウンシル東京の「アートマネジメント人材等海外派遣プログラム」を経たキュレーター陣による企画を展示。2階ではトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)協力のもと、関連プログラムに参加してきたアーティストたちの展覧会を開催している。東京という場所性を掘り下げた作品から、個の関心を突き詰め新たな表現を模索した作品まで、見応えのあるアプローチが並ぶ。こちらもぜひ足を運びたいスポットだ。

関連企画「座標:東京都による支援作家たちの現在地」の展示風景 撮影:守屋友樹 写真提供:国際美術展「TOKYO ATLAS」広報事務局

 人々の営みと国際的な文化の潮流、そして自然と人工が重なり合う東京湾岸エリア。重層的な歴史を織りなすこの場所に配されたアートは、土地の記憶や魅力を咀嚼し、現代のまなざしで捉え直すための媒介として存在していた。タイトルに掲げられた「ATLAS(地図帳)」が示す通り、本展は東京の秘めたる可能性を多角的に浮かび上がらせている。都市の未来を紡ぐ新たな試みとして、この美術展が今後も続いていくことに期待したい。