2025.4.14

アニカ・イーが描く「もう一種の進化」。北京のUCCAで探るAI、技術と感覚の未来

韓国系アメリカ人アーティスト、アニカ・イーの個展「There Exists Another Evolution, But In This One」が、北京のUCCA現代アートセンターで開催中。生と死、腐敗と進化、人工と自然が交錯する作品群を通して、イーは私たちのアイデンティティと未来を問いかけ、現代の技術と生命の新たなかたちを提示する。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より All images courtesy of UCCA Center for Contemporary Art. Photo by Sun Shi
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 人工知能(AI)や技術の急速な進歩が希望と恐れの両方を引き起こしているこの時代において、アーティストはどのように反応しているのだろうか。北京のUCCA現代アートセンターで開催中の韓国系アメリカ人アーティスト、アニカ・イーの個展「There Exists Another Evolution, But In This One」(〜6月15日)は、そのひとつの可能性を提示している。

 本展は、イーにとって中国での初個展であり、UCCA現代アートセンターとソウルのリウム美術館が共同で企画したものだ。本展のために新たに委託制作された作品をはじめ、約40点の作品を通じてイーの絶え間ない進化する創作を探ることができる。

展示風景より、「Tempura Fried Flowers」シリース

 イーは、細菌、香り、天ぷらで揚げた花などの有機的で儚い素材を使い、人間の感情や感覚のニュアンスを繊細にとらえている。本展では、生、死、腐敗といった存在的な命題を問いかける作品が多数展示されており、展示空間のデザインも、実験室、宇宙船、企業のオフィスなどの無菌的な雰囲気を呼び起こしている。

展示風景より

 本展のキュレーターのひとり、ピーター・エリーイ(UCCAキュレーター・アット・ラージ)は「美術手帖」の取材に対して、次のように話している。「本展では、コラボレーションがつねに重要であったアーティストに焦点を当てている。そのコラボレーションは、他者の参加、関心、専門知識への浸透性(permeability)を意味するだけでなく、彼女が作品を展示する環境の種類にも及ぶことを明らかにしていると思う」。

 ここで言う「コラボレーション」とは、様々なスキルを持つ専門家とのコラボレーションだけでなく、細菌、微生物など自然環境に存在する目に見えない力や、テクノロジー、AIとのコラボレーションも意味している。

 例えば、本展で最初に登場するのは、《Mr. Taxi for GG》(2012)というイーの初期の作品。プラスチック製のレインコートを使ったこの作品は、人間の身体の形態を思わせるいっぽうで、フード部分に天ぷらで揚げた花束が使われており、死や喪の儀式をほのめかしている。イーは2009年に花や植物を天ぷらに揚げる作品を制作しており、これらの作品では、花のロマンティックな美しさが腐敗と衝突し、有機物が脂っこく、腐敗し、臭気を放つものへと変容する。環境的や細菌的な力とともに作品をつくることで、アーティストを唯一の作者としてとらえる概念にも挑戦している。

展示風景より、左は《Mr. Taxi for GG》(2012)

 また、《Another You》(2024)は、人間と非人間の関係に対するイーの探求をさらに進める作品である。ニューヨークのコロンビア大学と北京師範大学の生物学者たちと協力して実現されたこの作品は、クラゲやサンゴといった海洋生物のDNAを取り込んだ色とりどりの遺伝子組み換え細菌を使用しており、これらの細菌は展示期間中に成長し、さらに繁殖していく。鏡でつくられたトンネルの構造は、めまいのような感覚を呼び起こすとともに、技術の急速な進歩による現代のめまいを象徴している。

展示風景より、《Another You》(2024)

 映像作品《Each Branch of Coral Holds Up the Light of the Moon》(2024)は、イーがソフトウェアエンジニアとともに開発した「Emptiness」と呼ばれるAIソフトウェアを使って制作した作品である。Emptinessは、イーの過去の作品に基づいて訓練されたソフトウェアであり、この作品は、イーの死後も「アニカ・イー」の作品を創造し続けることができる可能性を示唆している。アーティストの生物学的死後も創造的な過程が続く可能性や人間表現の本質を問いかけている。

展示風景より、《Each Branch of Coral Holds Up the Light of the Moon》(2024)

 そのほか、《Feeling is a Skill》では、コンブチャ「レザー」が使われており、これは砂糖と紅茶を発酵させる際に微生物によって生成される透明なセルロース素材である。《Le Pain Symbiotique》は腸内細菌叢の複雑さを探求する没入型の作品であり、鑑賞者は、ピザ生地で満たされた大きな透明なPVC構造を巡りながら、内部で展開される微生物活動を観察することができる。「Quarantine Tents」シリーズの作品は、2014年から16年にかけて西アフリカで発生したエボラ出血熱に関連する恐怖や偏見に触れたものである。鑑賞者は、作品の内部を覗き見ることができると同時に、隔絶感も味わうことができる。社会が病気に苦しむ人々をどう扱い、死に対する好奇心を持って観察しながらも疎外感を抱く様子を反映している。

展示風景より、左は《Feeling is a Skill》
展示風景より、《Le Pain Symbiotique》
展示風景より、「Quarantine Tents」シリーズ

 エリーイは、「異なる都市、国、観客のもとで作品を展示することは、アニカにとってつねにエキサイティングなことだ。そこでは、アーティストとしての自分を、作品という対象物を通して、自分以外の様々な力に無防備にさらすことができる。これは、私たち全員が、互いに、そして人類の技術水準と直接的に比較されることを求められているこの時代に、世界をどのようにして進んでいくべきかを考えるうえで、非常に興味深い方法を提供していると思う」と述べている。

 また、本展を通じて鑑賞者に伝えたいメッセージについて尋ねると、エリーイは「良いアートには決してひとつの特定の主題やメッセージが含まれているわけではない」としつつ、次のように話した。「アニカはこう言うでしょう、『他者を恐れないでください。それが生物学的な他者であれ、機械的な他者であれ、私たちは自分たちでないものと友達になる方法を見つけなければならない』と」。

展示風景より、「Radiolaria」シリーズ