2026.9.3

「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」(日本橋髙島屋S.C.)開幕レポート。「用の美」の原点を沖縄の民藝に見る

東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C.本館8階ホールで、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」展が開幕した。会期は9月6日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

第3章「琉球の焼物」より。会場中央には琉球独自の風習が反映された骨壷が展示されている
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 東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホールで、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」展が開幕した。会期は9月6日まで。なお、本展は大阪・難波の大阪髙島屋へも巡回する(9月9日~21日)。主催は日本民藝館。

 柳宗悦(1889〜1961)は、1925年に「民藝運動」(*1)を提唱したことで知られる美術評論家、思想家だ。陶芸家の河井寬次郎(1890〜1966)や濱田庄司(1894〜1978)らとともにこの概念を生み出し、約10年後の36年には、自ら蒐集した工芸品を公開する拠点として東京・駒場に「日本民藝館」を開設。初代館長に就任した。

 本展は、民藝運動の理念確立から100年、そして首里城正殿の復元公開が待たれる節目の年に、柳が見出した「沖縄の美」を再発見する試みとなっている。柳はかつての同級生であった琉球王家尚家第21代当主・尚昌侯との縁をきっかけに沖縄の工芸に魅了され、1938年から4度にわたり現地を訪れて調査と蒐集を重ねた。会場では、日本民藝館が誇る琉球民藝コレクションを中心に、人々の暮らしや芸能に根ざした道具の数々を紹介。さらに柳とともに沖縄を旅した河井、濱田、そして染色家・芹沢銈介(1895〜1984)ら民藝運動の作家たちが沖縄に学び制作した作品など、約100点が一堂に会する。

柳宗悦が出会った「紅型」

 会場はプロローグとエピローグを含む全6章で構成される。導入となるプロローグ「柳宗悦と沖縄民藝との出会い」では、柳がなぜ沖縄に惹かれたのかという原点を、沖縄紅型の魅力や柳自身の言葉とともに紐解いていく。

柳宗悦が初めて目にしたとされる《白地雲青海波に菊牡丹文様紅型衣装》(19世紀)木綿・苧麻

 第1章でまず光を当てるのは「琉球の染物」だ。1938年に初めて沖縄の地を踏んだ柳は、固有の文化が息づく暮らしを目の当たりにし、なかでも紅型を「世界最上の染物」と絶賛したという。本章では、紅型の2大技法である、型紙を用いて文様を染める「型染」と、フリーハンドで描く「筒染」を紹介している。植物染料や顔料がもたらす鮮やかな色彩は、まさに琉球の染物ならではだ。柳や、のちに紅型を自身の作風へと昇華させた芹沢が魅了された美しさを、ぜひ会場で体感してほしい。

第1章「琉球の染物」の展示風景。左のガラスケースは「筒染」、奥のガラスケースには「型染」の技法を用いた紅型が展示されている

*1──民藝とは「民衆的工藝」の略称。それまで美術界で顧みられることのなかった名もなき職人による日常の生活道具に目を向け、そこに宿る健やかな美しさを「用の美(ようのび)」として称え、見出す思想および運動を指す。

民藝に宿る人々の暮らし

 続く第2章では「琉球の織物」を取り上げる。柳が訪れた1938年当時、現地で琉球織物は「時代遅れ」とみなされつつあった。しかし柳はその美しさを見抜き、熱心に蒐集を続けたという。会場には絣(かすり)や芭蕉布をはじめとする代表的な織物が並び、生活に根ざした布の多様性と織文化の広がりを俯瞰できる。素材となる植物の採取から布へと仕立てるまでの、琉球の人々の営みも感じ取れる展示だ。

第2章「琉球の織物」より、左から《生成地経緯絣衣裳》(20世紀)芭蕉、《灰色地経縞経絣衣裳》(19世紀)芭蕉
《灰色地経縞経絣衣裳》(部分、19世紀)
様々な織りの技法があることも資料からうかがえる

 第3章では「琉球の焼物」に注目する。琉球の焼物は、白土で化粧掛けをして釉薬や絵付けを施す「上焼(ジョーヤチ)」と、釉薬を使わず焼き締める「荒焼(アラヤチ)」に大きく分けられる。ここでは、これらの手法でつくられた酒壺や抱瓶(だちびん)、皿や鉢など日常の器を展示。陶工たちが培った素朴で力強い造形と、風土が育んだ土の美を伝えている。

 なかでも会場中央に鎮座する「骨壺」は見事な存在感だ。独自の葬送習俗と死者への祈りが込められた意匠に目を奪われる。また、同空間の天井から吊り下げられたバナーには、柳の著書から抜粋された琉球にまつわる言葉が配されており、作品とあわせて楽しみたい。

第3章「琉球の焼物」より、「上焼(ジョーヤチ)」の焼物。手前は河井寬次郎が型を用いて製作されたと考えられる《白掛呉須飴点打角瓶》(1939頃)
「荒焼(アラヤチ)」の焼物。《焼締按瓶》(19世紀)

沖縄に影響を受けた民藝運動家たち

 展覧会後半の第4章「琉球の風物」では、沖縄の暮らしや芸能のあり方にフォーカス。続く章では、芹沢や河井、濱田ら民藝運動の作家、そして戦後の表現者たちが、いかに琉球民藝の影響を受け自らの作風へ反映させたかをたどる。沖縄の紅型が表現の原点となった芹沢による「型絵染」作品や、伝統的な窯場・壺屋に学んだ河井や濱田の作品も見どころだ。

第4章「琉球の風物」の展示風景。芝居幕や衣裳など琉球舞踊にまつわる工芸品が並ぶ

 本展は、琉球の文化がいかに民藝運動の根底と結びついていたかを、あらためて実感させる構成となっている。エピローグでは、戦後の沖縄で伝統的な織物を復興させた女性たちの作品も紹介。首里城正殿の再建とも重なるように、戦禍や幾多の試練を乗り越え、沖縄がいかに伝統を守り継いできたかという歴史にもスポットを当てている。

第5章「沖縄と民藝運動の作家たち」より、芹沢銈介による型染の作品群
手前は河井寬次郎《白掛線彫葉文角扁壺》(1939)
濱田庄司《鉄絵共手土瓶》(1941)。さとうきびをモチーフとした「黍文様」は濱田のトレードマークでもある

 なお、会場内の映像コーナーでは、戦前の沖縄の風景や暮らし、芸能が息づく風土を伝える文化映画『琉球の民藝』を上映。出口付近では展示・即売を行う「民藝展」も併設されているため、鑑賞の余韻とともに立ち寄ってみてはいかがだろうか。