2026.7.17

「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」が東京・大阪の髙島屋で開催へ。民藝100年と首里城正殿再建の節目に

東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C.と大阪・難波の大阪髙島屋で、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」が開催される。会期はそれぞれ8月26日〜9月6日、9月9日~21日。

芹沢銈介《型そめ琉球風物》(1939) 62.4×79.4㎝
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 東京・日本橋の日本橋髙島屋S.C.と大阪・難波の大阪髙島屋で、「柳宗悦が出会った沖縄の美 琉球の民藝」が開催される。会期はそれぞれ8月26日〜9月6日、9月9日~21日。

柳宗悦 1933年高島屋東京店にて撮影

 柳宗悦(1889〜1961)は、東京生まれの宗教哲学者、美術評論家。学習院高等科時代に雑誌『白樺』(1910〜23)の創刊に参加し、西洋近代美術や文学を日本に紹介した。その後、朝鮮半島の陶磁器や日本全国を巡るなかで出会った木喰仏などの美に感銘を受け、「民藝運動」(*1)を提唱。1936年には自ら蒐集した工藝品を展示・公開する拠点として、東京・駒場に「日本民藝館」を開設し、初代館長に就任した。

河井寬次郎《呉須地辰砂花文扁壺》(1940頃) 23.4×24×13㎝
濱田庄司《鉄絵共手土瓶》(1941) 25.8×19㎝

 本展は、その民藝運動の理念が確立されてから100年、首里城正殿の再建が予定される節目の年に、柳宗悦が見出した「沖縄の美」を再発見する展覧会となる。柳は同級生であった琉球王家尚家第21代当主・尚昌候との縁をきっかけに沖縄の工芸に魅了され、1938年から4度にわたり現地を訪れて調査と蒐集を行っていた。会場では日本民藝館が所蔵するその琉球民藝コレクションを中心に、暮らしと芸能に根ざした道具の数々を紹介。さらに柳とともに沖縄を旅した河井寬次郎、濱田庄司、芹沢銈介ら民藝運動の作家たちが沖縄から学び制作した作品など、約100点が系統立てて展示されるという。

*1──民藝とは、1925年に柳、河井、濱田らによって生み出された「民衆的工藝」の略称。それまで美術界で顧みられることのなかった、名もなき職人がつくった日常の生活道具に目を向け、そこに宿る健やかな美しさを「用の美(ようのび)」として称え、見出す思想および運動を指す。

 会場構成は全6章立てとなる。序章「柳宗悦と沖縄民藝との出会い」では、沖縄紅型の魅力を紅型衣裳と型紙、そして柳自身の言葉とともに展示し、沖縄に惹かれた原点を示す。第1章「琉球の染物」では、紅型を中心に多彩な衣裳や型紙を展示し、色彩と意匠が生み出される背景を紹介する。

《木綿芋麻白地雲青海波菊牡丹文様紅型衣裳》(19世紀) 123.3×121㎝
《麻紺地井桁に古の字松竹梅紋様紅型風呂敷》(19世紀) 48.5×49㎝

 第2章「琉球の織物」では、芭蕉布や絣などの織物を通じて生活に根ざした布の多様性と織文化の広がりを示す。第3章「琉球の焼物」では、壺屋焼、酒壺や抱瓶、皿や鉢など日常で使われた器を展示し、陶工達が培った素朴で力強い造形と、地域風土が育んだ独自の土の美を伝える。

《芭蕉木綿白地手花手巾》(19世紀末~20世紀初期) 82×24㎝
《飴釉白打双耳仏花器 壺屋》(19世紀) 18.2×8.4㎝

 第4章「琉球の風物」では、踊り着や芝居幕、籠や枕箱、張り子人形など、沖縄の暮らしと芸能に根ざした道具を網羅し、生活の道具と表現文化が一体となって育まれた風物の豊かさを紹介。第5章「沖縄と民藝運動の作家たち」では、芹沢、河井、濱田といった民藝運動の作家たちや戦後の作家による作品群を展示する。

 また、会場内の映像コーナーでは、戦前の沖縄の風景や生活の姿、暮らしと芸能が息づく風土を伝える文化映画「琉球の民藝」の上映もされるほか、展示・即売を行う「民藝展」も実施。会期中にはトークショーやワークショップの開催も予定されているため、こちらもあわせてチェックしてほしい。

《厨子甕》(第二尚氏時代)64×60×54㎝
芹沢銈介《沖縄笠団扇文着物》(1960頃) 丈160㎝