2025.9.4

「フリーズ・ソウル2025」開幕レポート。揺れる市場のなかでパン・リージョナルなフェアが示した方向性

2022年から開催されているフリーズ・ソウルが、今年第4回を迎えた。市場の冷静化と国際情勢の逆風を背景に、フェアはどのような可能性を示したのか。現地からレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

会場風景より
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 2021年、フリーズが翌年からソウルでの開催を発表した際、国際的な注目を集め、多くの海外ギャラリーが続々とソウルに拠点を設ける動きを見せた。韓国市場の急成長と「東アジアの新たなハブ」としての期待感が背景にあった。

 しかし、それから4年が経ち、当時大きな話題を呼んだギャラリーのなかにはすでに活動を停止、あるいは撤退を余儀なくされたケースも増えている。ロサンゼルスのギャラリーVarious Small Fires(VSF)は2019年にソウルに進出したが、昨年のフリーズ・ソウルでイギリスの作家アレックス・フォックストンの個展を開催したのを最後に展覧会を行っていない。今年のフリーズ・ウィーク中に現地を訪れると、ギャラリーの扉は閉ざされ、「賃貸」の張り紙が掲示されていた。

 同様に、2021年にソウル支店を開設したドイツのケーニッヒ・ギャラリーも、今年1月に開催したロッカクアヤコの個展を最後に活動が止まっている。さらに、23年にソウルでスペースを開設したベルリンのペレス・プロジェクツは、今年4月に破産が報じられ、公式サイトは閉鎖、SNSアカウントも非公開となった。

 また、今年7月に閉廊を発表したロサンゼルスのBLUMはソウルに物理的な拠点を持たなかったものの、韓国出身のアーティストを多数扱い、西洋の美術界に紹介してきただけに、その閉鎖は韓国のアートシーンにとって大きな痛手と言える。

 いっぽうで、韓国国内の経済・政治情勢も市場に影を落としている。アート・バーゼルとUBSが発表した「Art Market Report 2025」によれば、2024年の韓国アート市場規模は前年比15パーセント縮小した。さらに、前大統領・尹錫悦氏の弾劾と新大統領・李在明氏の就任など政治的動揺、アメリカとの関税摩擦といった外部環境の不確実性も続いた。

会場風景より

 こうした状況下で、フリーズ・ソウルは今年、第4回を迎えた。約30の国と地域から約120のギャラリーが参加し、昨年の約110からわずかに増加。VIPプレビュー初日には会場が多くの来場者で賑わい、金恵京(キム・ヘギョン)大統領夫人や呉世勲(オ・セフン)ソウル市長も姿を見せた。

 市況の不透明感が漂うなかでも、国際メガギャラリーの販売には大きな陰りは見られなかった。ハウザー&ワースは、現在ソウル市内外の美術館で個展を開催している3人のアーティスト──マーク・ブラッドフォード(アモーレパシフィック美術館)イ・ブル(リウム美術館)、ルイーズ・ブルジョワ(ホアム美術館)──の作品を出品。初日にはブラッドフォードの三連作がアジアの個人コレクターに450万ドルで売却されたほか、ブルジョワの作品2点が95万ドルと60万ドル、イ・ブルの作品2点も30万ドルと40万ドルで成約した。初日だけで計12点、総額約800万ドルに上る売上を記録したという。

ハウザー&ワースのブース

 タデウス・ロパックも初日にゲオルク・バゼリッツの絵画(180万ユーロ)を含む約10点を販売した。ギャラリーのグローバル・シニアディレクター(コミュニケーション&コンテンツ)のサラ・ラスティンは、「現地での関係を育むことがギャラリーやアートフェアにとってもっとも重要です。現在は真剣なコレクターこそが作品を探し、購入しています。ソウルは見るべきものが多い都市である以上、国際的な来訪者を維持できるでしょう」と語った。

 韓国を代表するギャラリーも健闘した。Kukje Galleryは初日に15点を販売し、そのなかにはジェニー・ホルツァーの作品(40〜48万ドル)が含まれる。Gallery Hyundaiもチョン・サンファの作品(約60万ドル)やジョン・パイの作品(約30万ドル)を販売し、堅調な成果を示した。

オオタファインアーツのブース

 日本からは、今年フリーズ・ソウルに初めて出展するオオタファインアーツを含む20のギャラリーが参加した。タカ・イシイギャラリーはイギリス人作家ジャデ・ファドジュティミの個展形式で出展。Take Ninagawaは、現在東京都現代美術館で個展を開催中の笹本晃の映像や立体作品、䑓原蓉子のテキスタイル、青木陵子の立体などを紹介した。代表の蜷川敦子によれば、オープン直後にすでに約5点が売約済みで、そのなかには大竹伸朗の大作をアメリカの美術館パトロンが開幕10分以内に購入したケースも含まれるという。

タカ・イシイギャラリーのブース
Take Ninagawaのブース

 若手作家の個展を紹介する「Focus Asia」セクションでは、東京から初参加したCON_横手太紀のコンクリートを用いたキネティック・スカルプチャーを出展し、多くの来場者が足を止めて写真・動画を撮影する光景が見られた。隣のブースで同じく東京のPARCELはアーティスト・コレクティブ「SIDE CORE」のインスタレーションや映像作品を展示し、都市空間をテーマとする両者の作品が呼応する場面が印象的だった。VIPプレビュー初日には、CON_が横手の作品5点(単価5000ドル)を販売したという。

横手太紀(CON_)の作品の展示風景
SIDE CORE(PARCEL)の作品の展示風景

 現在の経済状況のなかで、大手ギャラリーは地元のコレクターとの関係をより深め、看板作家に限らず幅広い作家を紹介する戦略を強めている。いっぽう、中小ギャラリーは輸送費や人件費の削減、事前販売による収支安定化、あるいは積極的に複数のアートフェアに参加して各国の新規顧客層を開拓するなど、様々な方策を模索している。

 フリーズ・ソウルも、初期の2回に見られた熱狂のあと、欧米からのコレクター減少という課題に直面している。今年はニューヨークの「アーモリー・ショー」やブラジルの「サンパウロ・ビエンナーレ」と開催時期が重なり、欧米のコレクターやキュレーターはどこに足を運ぶか選択を迫られる状況となった。

会場風景より

 こうしたなかで、フリーズ・ソウルは国際的なフェアというよりも、次第に「パン・リージョナル」な性格を強め、域内のギャラリーやローカル・コレクターの育成により焦点を当てつつある。とくに日本をはじめとするアジアからの出展ギャラリーの増加はその象徴的な動きと言える。

 この点について、フリーズ・ソウルのディレクター、パトリック・リーは次のように語っている。「私はアジアのギャラリーを積極的に支援したいと思っています。それが私の目標であり、つねにより良いプラットフォームを目指して努力を続けたいのです」。

 また今年の市場環境について、リーは次のようにコメントした。「今年は世界的に厳しい状況で、韓国も例外ではありません。ただ、博物館や美術館では優れた展覧会が続き、来場者数も好調です。(作品購入の)緊迫感は以前より薄れましたが、その分、コレクターはじっくり考えながら良い作品を購入しています。これは決して悪いことではなく、市場はつねに循環してきました。重要なのは熱意と質の高いプログラムであり、この前向きな雰囲気を嬉しく思っています」。

会場風景より

 さらに、中国経済の減速や世界各地の紛争、アメリカの不確実性など厳しい国際情勢が続くなかでいかに優位性を維持するのか、との問いに対してリーはこう答える。

 「ソウルは非常にビジネスフレンドリーであり、アートに理解のある都市です。政府の後押しもあり、新しいアーティストやコレクターと出会う機会に満ちています。アート界はもともとグローバルで、それぞれの地域が固有のアイデンティティを持っています。フリーズ・ソウルはその独自性を活かし、世界の異なる観客層を結びつける場となり得る。物流面でも容易で、外国人にとっても親しみやすい都市です。ここに来れば、つねに素晴らしい経験が得られるのです」。

 経済や政治の不安定要素に取り巻かれながらも、初日の販売状況を見る限り、フリーズ・ソウルは依然としてアジアのアートマーケットにおける重要な拠点としての存在感を示している。今年の第4回は、市場の冷静化を背景にしつつも着実な成果を挙げ、アジア域内有数のアートフェアとしての地位をさらに確立する一歩となった。ソウルという都市の魅力と独自性を武器に、今後どのように展開していくのか、引き続き注目が集まる。

会場風景より