2026.9.25

「没後30年 菅井汲」展が広島県立美術館で開催。菅井が目指した「未来の美術」とは何か

広島市内にある広島県立美術館で、パリを拠点に世界的な活躍を見せた美術家・菅井汲(1919〜96)の回顧展「没後30年 菅井汲」が開催される。会期は10月2日〜12月6日。

菅井汲《準備完了》(1968) 広島県立美術館
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 広島市内にある広島県立美術館で、戦後パリを拠点に世界的な活躍を見せた美術家・菅井汲(1919〜96)の回顧展「没後30年 菅井汲」が開催される。会期は10月2日〜12月6日。

 菅井は、阪急電鉄のデザイナーとしてキャリアをスタートさせた後、1952年に渡仏。東洋的な情調を感じさせる抽象絵画で早くからパリの美術界で注目を集め、世界的評価を確立した。その後も「太陽」やイニシャルの「S」をモチーフにしたシリーズ、徹底的にマチエールを排した幾何学的なスタイルなど、画風を果敢に変貌させながら「未来の美術」を追求し続けた。

 本展は、菅井の没後30年という節目を機に、初期のデザイナー時代から晩年の表現、さらにはその手元に残された貴重なプライベート資料までを一堂に集め、その足跡と素顔に迫る回顧展となる。

「菅井汲」という個性の確立

 展示はプロローグと全4章、エピローグで構成される。プロローグ「デザイナー菅井汲」では、阪急電鉄事業宣伝課でポスターを手がけていた1941〜52年の仕事に着目。戦時下から戦後にかけての制約のなかで培われた表現と思想の原点を解き明かす(ポスター作品は会期中展示替えあり)。

 第1章「自分自身の表現を求めて」では、会社員として働きながらも、画家になることを諦めきれずに渡仏した1950年代〜60年代半ばの動向を紹介。海外美術からの衝撃を経て独自の表現を追求し、パリの画壇で脚光を浴びた水墨や書を思わせる詩的な作品群を見ることができる。

菅井汲《鬼》(1958) 東京都現代美術館

 第2章「未来の美術を求めて」では、その名の通り「未来の美術」の実現を志した菅井の取り組みを紹介するほか、ポルシェとそのスピードに魅入られた後、1967年の交通事故という試練をいかに乗り越えたのかを取り上げる。

 会場では、1969年に制作された東京国立近代美術館新館の大壁画《フェスティヴァル・ド・トウキョウ》をはじめとする「フェスティヴァル」のシリーズのほか、「太陽」シリーズなども紹介。基本ユニットを組み合わせるといった表現の制約を設けながら、力強い幾何学的抽象の展開と自身の個性を模索した時代をたどる。

菅井汲《準備完了》(1968) 広島県立美術館

「未来の芸術」を目指して

 第3章「表現の揺らぎ」では、80年代以降、道路のイメージから派生した「S」のシリーズにおいて、荒々しい絵具のタッチやこれまで使わなかった色調を取り入れ、自ら課した制約のなかで多様な表現を模索した葛藤と挑戦を描き出す。

菅井汲《S.23 S.24 S.25 S.26》(1991) 広島県立美術館

 第4章「マチエールを排して」では、1990年代の晩年を代表する「カドミウム・レッド」シリーズといった力強い作品群や、《タンブール》《Sサークル》など新たな表現に挑み続けた作品を展示。生涯「今一番したいこと」に全力で挑み続けた菅井の活動を紹介する。

菅井汲《Rouge-de-Cadmium11. 12(カドミウム・レッド11. 12)》(1992) 広島県立美術館

 エピローグ「菅井汲という人」では、作品だけでなく、菅井が手元に大切に残していた「ガラクタ」や筆のオブジェ、愛車のパーツなどの資料を公開。ユニークなエピソードの陰に隠れた、ひとりの人間としての菅井の素顔と魅力を浮き彫りにする。

菅井汲《無題(絵の具の塔)》(1960頃) 広島県立美術館

 なお会期中には、三重県立美術館館長・速水豊による記念講演会や、学芸員による美術講座、ギャラリートーク、ワークショップなど多彩な関連イベントも予定されている。