2026.5.12

「企画書」は最良のコミュニケーションツール。BUGが取り組むアートワーカーのためのプログラム「CRAWL」とは何か

アートワーカーのキャリア支援の一環として、アートセンターBUGが2024年より取り組んでいるプログラム「CRAWL(クロール)」。企画書のブラッシュアップから企画の実践までを視野に入れた本プログラムの狙いとは。2025年度のプログラムに参加し、同スペースでの展覧会「キベラ“スラム”から見つめる世界 語られてきた私から、語る私へ。」の実施へと結びつけた坂田ミギーと、BUGのキュレーター・檜山真有に話を聞いた。

聞き手・構成=山内宏泰 ポートレイト撮影=手塚なつめ

左から、坂田ミギー(2025年度「CRAWL」採択者)、檜山真有(BUGキュレーター)
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「企画書」の作成から実現まで。BUGのアートワーカー向けプログラム「CRAWL」とは何か

──まず、「CRAWL」とはどのようなプログラムでしょうか。

檜山真有(以下、檜山) アートワーカーのなかでも、とくにキュレーターやプロデューサー、演出家といった「企画者」と呼ぶべき方々に向けたインキュベーションプログラムです。

 文化芸術分野の企画者には、これまで十分なサポート体制や育成プログラム、領域横断的なネットワークを構築する場所がありませんでした。参画の間口を広げるために、どのように支援すべきかと考えていた際に注目したのが、「企画書」です。企画書はジャンル問わず作成しますし、企画のコンセプトのみならず、具体的なスケジュールや予算など、ほかの協働者の仕事も生み出すもっとも大切な指針となるもの。これをブラッシュアップすれば、よりよい企画が生まれてくるはずです。そのためのプログラムをつくろうと思いました。

インタビューの様子

 私自身も仕事で企画書を書くことが多く、おおさか創造千島財団の選考委員としてほかの人の助成金の申請書を読む機会もあり、大変勉強になっています。そうした経験から、CRAWLでも「ほかの人の企画をたくさん読める」という設計にしています。

──文化芸術領域ならではの企画書の特性や重要性はあるのでしょうか。

檜山 まだ実現していないものなので、アドバイスをすること自体が非常に難しいという側面があります。さらに、ビジネスとは違いゴールや達成目標が画一化されていないので、アイデアに対してジャッジや指摘をしようにも、評価するための客観的な基準が設けづらいのです。また書類に慣れていない苦手意識から機会を逸している人も多い印象です。企画書の書き方さえ身につければ、自分がどこに向かっているのか、何を評価されたいのかを冷静に客観視できるのではないかと考えています。

──坂田ミギーさんは2025年度のCRAWLに参加しました。応募のきっかけはなんだったのでしょうか。

坂田ミギー(以下、坂田) SNSで告知を見かけて、挑戦してみたいと思ったのが最初です。アート分野に足を踏み入れたいけれど入り口がわからず困っていたところだったので、これはまさに私のためのプログラムだと感じました。

 もともと私は、ケニアのナイロビにある「キベラ」と呼ばれるスラムに通い、現地の人たちと活動するプロジェクトを行っていました。ビジネスコンテストやスタートアップ助成金の獲得など、ビジネス文脈ではある程度の評価をいただいていましたが、これをアート分野でも展開できないかと考えるようになったんです。

 ただ、アート界に知り合いはいないし、知識もなければ流儀も知らない。そんなタイミングでCRAWLを見つけました。参加してアートの企画書が書けるようになれば、アートの世界の人たちとも関わりを持てるのではないかと期待しました。

インタビューの様子

──坂田さんのような応募者は想定通りでしたか。

檜山 当初は若手キュレーターをコアターゲットに定めていましたが、そもそも若手キュレーターは潜在的な志望者も含めて母数は少なく、参加する人の属性やジャンルもより広がりを持ったプログラムにしていきたいという思いはありました。そこへ、まったく異なる業界で実績を持つ坂田さんが応募してきてくださったのは、うれしい想定外でした。他分野の方がアート業界に足を踏み入れるきっかけになれるのなら、それは何よりの喜びです。

坂田 私としては、敷居の高いアート業界への入り口を示していただけただけで、ありがたかったです。加えて、「他者の企画書を読む機会がある」というのも大きな魅力でした。私はかつて広告業界で働いていて、企画書には馴染みがありましたが、業界が変われば作法も変わると思います。アート業界におけるその作法を垣間見ることができるだけでも、参加する価値があると思いました。

──実際に参加してみた感触はいかがでしたか。

坂田 最初のメニューは、参加者同士の「ピアレビュー」でした。4人でグループをつくり、お互いの企画書にコメントし合うのですが、私が最初に出したのは「こんな感じかな」というフワッとした企画書でした。それを読んだグループ内のひとりが、「この企画って本当にそうなりますか?」と指摘してくださったんです。このまま実施しても、書いてある通りの結果は得られないのではないか、というのです。見直してみると、たしかにアウトプットの最終形がぼんやりとしていて、企画として成立していなかったことに気づき、そこから丸ごと書き直しました。逆に、私もほかの人の企画書を読んでいると、「ここがわからない」「飛躍しているのでは」と感じることがありました。予備知識がないフラットな状態で読むからこそ、企画書の「穴」がよく見えてくるものです。

檜山 展覧会や公演、アートプロジェクトに関する企画書は、実物がまだない状態で書かなければいけないことが多いので、内容が抽象的になりがちです。それをいかに具体的にして、説得力のあるものにしていくかがポイントとなります。

坂田 その点に気づけたのはよかったです。また、並行して行われた、メンターの方との1on1「オフィスアワー」も貴重な経験でした。アート業界で活躍している人と企画の壁打ちをできるのが、私にとってはとにかくありがたかったです。ここでは企画書の書き方のみならず、キベラの人々と来場者のあいだにインタラクションを設けたほうが良いのではないか、といった体験をより豊かに設計するための視点を教わりました。

──参加者同士の交流やつながりはありますか。

檜山 プログラムの定員は40名です。「ネットワークミーティング」というオンライン交流の場を数回用意しており、参加者同士が自由に意見交換などをすることができます。

──この40人のなかから、BUGで実際にプロジェクトを実施できる人はどのようにして選ばれるのでしょう。

檜山 ブラッシュアップした企画書を提出してもらい、参加者とメンター、BUGがそれぞれが良いと思う企画に投票します。そこで上位2名に選ばれた方が、企画を実施する権利を得る仕組みです。

坂田 40本の企画書に目を通すのは楽しく、得難い経験ですが、ジャンルもやりたいこともバラバラなので選ぶのは難しい。結局、自分が「これ見てみたいな」と素直に思えるものに投票しました。自分の企画が選出されるとは予想していませんでしたが、企画書を練り上げるなかで完成イメージをわかりやすく伝えられるようになった感触はあったので、そこが評価されたのかもしれません。

檜山 坂田さんの企画は、社会的な意義やインパクトに加え、東京駅直結のBUGという「都心のオフィスビル街」で「キベラスラム」の展示を実施するという対比の妙も評価されていました。

──これからCRAWLへ応募を考えている人へのアドバイスはありますか。

檜山 まずは気負わず、気軽な気持ちで参加していただきたいです。坂田さんのように企画がBUGでの実施へつながるのもCRAWLのひとつのゴールですが、それだけに限らず、参加者がその後、様々な場所で自らの企画を実現していく状態が理想だと思っています。

坂田 私はすでにこのプログラムを周りに勧めまくっています。企画書は、優れたコミュニケーションツールのひとつです。自身の活動内容を口頭で説明するのは難しいですが、企画書があれば、「なるほど、この人はこういう思いで活動しているんだ」と理解がスムーズに進みます。企画書を通して人と人がつながっていくCRAWLは、大変面白いプログラムだと改めて思います。

対談の様子

都心で見る「キベラ“スラム”」の姿

──坂田さんの展示「キベラ“スラム”から見つめる世界 語られてきた私から、語る私へ。」は、どのような内容になりましたか。

坂田 私が13年間通っているケニアのスラム街「キベラ」は、以前広告業界で心身を消耗し、世界一周の旅に出た際に出会った場所です。そこで気の合う友達がたくさんでき、以来、現地に通って遊んだり、プロジェクトを実施したりという交流が続いています。

 キベラは自分にとって大切な場所だからこそ、写真や映像、イベントなどを通じて、日本で紹介することにも努めてきました。ですが、私はあくまで外部の人間です。現地で生まれ育った人の視点でキベラを伝えられたほうが、より深く現実が伝わるはず。そう考えていたときに、仕事仲間のフォトグラファー・政近遼やビデオグラファー・池谷常平が、「日本で使われなくなったカメラを集めて、キベラの人たちに撮り方を教えてみたらどうか」とアイデアを思いつきました。

 2人が実際にカメラを10台以上集めてキベラへ赴き、現地の若者を集めてレクチャーしたところ、これをきっかけに作品づくりに没頭する人が現れ、おもしろい作品が続々と生まれたんです。これなら、キベラの人の視点でキベラを紹介する企画が成立すると思い、CRAWLに応募しました。

「キベラ“スラム”から見つめる世界 語られてきた私から、語る私へ。」の展示風景。キベラ出身のアーティスト12名の写真や映像作品が並ぶ 撮影:政近遼 写真提供:BUG
キベラ出身の若者には「将来の夢はジャーナリスト」と答える人も数多くいる。その理由には、自身の存在を社会から無視され疎外されてきたという実感があるからだという 撮影:政近遼 写真提供:BUG

──展示の構成はどのようなものになりましたか。

坂田 オーディションで選ばれたキベラ出身のアーティスト12人が写真や映像を展示しており、そのテーマは、伝統儀式、日常の暮らし、路上のスナップ、看取りの現場など多岐にわたります。また会場の奥には、現地小屋を再現した空間をつくり、そのなかにキベラの人たちの生活用品なども配置しました。キベラに行ったかのような気分を味わえるとともに、スラムという言葉で一括りにされて見えづらくなっている、現地の人々の「生の輝き」を感じ取ってもらえたらと思います。

展示空間の奥には、キベラで使用されている小屋を再現展示した 撮影:政近遼 写真提供:BUG
小屋には映像作品のほか、キベラの住民が生活のなかで使用している日用品が配置されている 撮影:政近遼 写真提供:BUG

 会期中には、キベラからアーティストを数名招いて日本での作品制作・発表を行うほか、会場にキベラの人たちへの質問箱を設置して、SNSを通じて返信が来るような仕組みも用意しています。そうした交流も楽しんでいただけたらと思います。

会期中は、キベラに住む人々とSNSを通じて交流することができるコーナーも設置されている 撮影:政近遼 写真提供:BUG

檜山 坂田さんの展示に続いて、6月10日からはCRAWL選出企画の第2弾「ドゥーリアのボールルーム」も開催します。医療的ケア児の養育者がドラァグクイーンへと変身するパフォーマンスを毎週末開催予定です。ケアとクィアが出会う交差点としてスタートしたアートプロジェクトで、こちらもCRAWLでないとBUGでは開催することのなかった独自性の高い企画です。

 そしてこの6月からは、今年のCRAWLも始動します。アートワーカーへ向けたキャリア支援プログラムの数々に、ぜひご注目ください。