2026.4.17

陶芸と布が呼応するIM MEN「DANCING TEXTURE」とは。京都国立近代美術館「加守田章二とIM MEN」でデザインチームが語る

三宅一生の「一枚の布」の思想を男性の身体という視点から捉え、ものづくりを追求するメンズブランド、IM MENの2026年春夏コレクション「DANCING TEXTURE」は、陶芸家・加守田章二の作品との濃密な対話から産声を上げた。単なる柄の引用ではなく、陶器が持つ圧倒的な質感や、作陶の背後にある哲学を、いかにして衣服へと昇華させたのか。デザインチームはいかに加守田の足跡を辿ったのか。加守田の作品とコレクションがそろう、京都国立近代美術館の特別展示「加守田章二とIM MEN」の会場で話を聞いた。

聞き手・構成=編集部 ポートレート撮影=来田猛

前へ
次へ

職能の境界を溶かし、横断的に「物」と向き合う

──本日はIM MENのデザインチームに所属する、小林信隆さん、河原遷さん、板倉裕樹さんに、加守田作品と2026年春夏コレクション「DANCING TEXTURE」を同時に展示する特別展示「加守田章二とIM MEN」の会場に集まっていただきました。まずはみなさんのIM MENにおける役割について教えてください。

小林信隆 私はテキスタイルエンジニアとして、衣服の素材としてのテキスタイルの制作統括を担っています。

河原遷 私と板倉の2人は、デザインとエンジニアリングの双方を担当しています。IM MENのチームは、役割を完全に分断しないのが特徴です。従来はデザイナー、パタンナー、テキスタイルデザイナーと職能が分かれているのが一般的ですが、僕らのチームではその境界が極めて曖昧です。私の場合、デザイン画を描くこともあれば、自分でパターンを引くこともありますし、服だけでなく靴や眼鏡、バッグまで横断的に手がけます。

板倉裕樹 私はレディースのパタンナーとしてキャリアを積んできましたが、このブランドの立ち上げを機にメンズを担当することになりました。役割としては河原と同じですが、今回のコレクション内では、とくにメッセージ性の強いものやコンセプチュアルなもの、特徴的なカッティングの開発を主に担当しています。

左からIM MENデザインチームの板倉裕樹、河原遷、小林信隆。「加守田章二とIM MEN」(京都国立近代美術館)会場にて

──河原さん、板倉さんがおっしゃっていた、職能の境界を越えるような体制は、ブランドとしての実験的な試みなのでしょうか。

河原 これは、ものづくりに対する根源的な考え方が反映されています。「プロダクトは単一の要素だけでできているわけではない」という信念のもと、スタイル、機能、素材のすべてが完璧に調和して初めて、真に優れたプロダクトが生まれると考えています。しかし、職能で完全に分断してしまうと、調和のための連携が非常に難しくなります。だからこそ絵を描くだけのデザイナーではなく、絵では表現できない細部を具体的に形にできる知識と技術を持ってほしい、という考えがこのチーム体制には込められています。それぞれの領域に深く精通しながらも、隣の領域へと踏み込んでいく。このクロスオーバーがあるからこそ、セクション分けされた組織では不可能な、有機的なものづくりが可能になるんです。

加守田章二の作品との邂逅、陶器を「着てみたい」という直感

──今回のコレクション「DANCING TEXTURE」の着想源となった、陶芸家・加守田章二さんとの出会いについてお聞かせください。

河原 最初は加守田さんの作品《壺》(1978)との出会いから始まりました。その濃淡のあるストライプは、まるでかつてISSEY MIYAKEの70年代のコレクションで発表されたファブリックだと言われても信じてしまうほどにブランドのイメージとぴったり重なるものでした。そこから、この陶器を着てみたいという思いはすぐに湧き上がりました。

加守田章二《壺》(1978)、奥が本作を着想源とする《CURVINESS SHIRT》

 ISSEY MIYAKEのアーカイブを見ると感じますが、50年前の衣服は、いまでいう「工芸」に近いものだった時代があったと思います。手仕事の痕跡が残った衣服には、いまの均一な工業製品からは決して感じ取れない野性味が宿っていた。それを、加守田さんの作品を見たときにも同じように感じたんです。加守田さんの作品を通して感じた、服飾において失われつつある野性的で粗野な力をいま改めて伝えたい。それが今回のプロジェクトの原点でした。

 興味を持って加守田さんの作品を調べ、作品を収蔵している美術館を回ってみると、加守田さんが本当に様々な種類の作品をつくっていることがよくわかりました。作品ごとに違うアプローチがあって、それを衣服に落とし込むときに、どのように翻訳できるのかを考えながら、1着ずつ違うアプローチで素材やパターンを考えていきました。

コレクションと向かい合うように会場に並ぶ加守田章二の作品

──加守田さんのバリエーション豊かな作品のなかで、どの作品をコレクションに取り入れるのかを判断する選定はどのようなプロセスで行われたのでしょうか。

河原 どの作品も魅力的だったので、初めに候補に挙げたものでも30種類を超えるものがありました。そこから絞り込むために、それぞれを簡易的に紙や布にプリントしてイメージを探っていきました。ポイントとなったのは、その過程において衣服としてのイメージが立ち上がっていくかですね。同時に、布に落とし込んだとき、加守田さんの作品の持つ印象がちゃんとそこに写し取られるか、という感覚的な基準ではあったと思います。

ただ陶器の紋様を布にするだけではなく

──それぞれ形状やテクスチャが異なる作品をテキスタイルにしていく際には、どのような苦労があったのでしょう。

小林 最初は、手元にある布に加守田氏の作品から抽出したグラフィックをプリントし、「布になったときにどう見えるか」というシミュレーションから始めました。京都国立近代美術館の所蔵作品を間近で拝見させていただく機会を得て、何千色もある色チップを作品の前に広げて、ひたすら色を出し、糸を染め、織り上げる。織り上がったものを見ては「何かが違う」とまた糸から変える。数ヶ月間、その気の遠くなるようなスタディを全員で繰り返しました。

──作品を衣服に落とし込むために、どのような技術が具体的に使われていたのか教えていただけますか?

小林 例えば《壺》(1978)をモチーフとした《CURVINESS SHIRT》では、まず数色の糸を使った複雑な織物をつくり、その上に釉薬が溜まったような柄だけを抽出してプリントしています。織物の規則正しい幾何学的な線の上に、手描きの有機的な揺らぎや釉薬の「溜まり」を重ねる。この「織り」と「プリント」の重層構造によって、独特の奥行きと立体感を表現しました。

──コレクションを見ると織りへのこだわりも強く感じられます。プリントでは表現できない、糸の重なりが織りなす質感への追求が、加守田作品の思想を表現するためには不可欠だったように感じられました。

小林 プリントは究極的には平面の装飾ですが、織物は糸が交差してできる立体物です。釉薬のつるっとした輝きや、土本来のマットなザラつきなど、相反する質感のコントラストを衣服で表現するには織りへのこだわりが不可欠でした。コンピューター織機を駆使した複雑な織りを組み合わせながら、かつての手仕事が持っていた不均一な手触りをいかに残しつつ、テキスタイルに表現していくか。そこが最大の苦心ポイントでした。

加守田章二《彩色壺》(1975)。器胎に施された化粧土の白地を残すように朱を彩色している 
加守田章二《彩色壺》(1975)をモチーフとした《EARTH》。テキスタイルも加守田作品における地と上絵による層を表現するように、朱の部分が盛り上がるように織られている

 例えば《彩色壺》(1975)をモチーフとした《EARTH》は、独特の朱と白のコントラストの質感の違いや、混じり合う土の粒子の輝きを表現するために、ヨコ糸には異なる5つの朱に染めた糸に、ラメを混合した2種の糸を使用。タテ糸は黒と白を混合して、壺同様に表には表れないグレーを表現しました。また、白をフラットに、朱を盛り上がるようにと織りわけるのは、コンピュータージャカード織機による技術の賜物です。

板倉 パターンに落とし込むために、作品の構造についても研究しましたが、様々な発見がありました。実物を角度を変えながら見ると、正面からではわからない情報がたくさんあります。ゆっくり回すと、柄が裏側まで動的に続いていたり、底面にまで驚くような意匠が施されていたりすることがわかる。こうした360度に行き渡る存在感を、平面的な1枚の布に落とし込み、それが身体を包む際に柄がどのように表現されるのかを検証しました。

《壺》(1978)。印象的な紋様のなかに、彩釉による様々な色が混じり合う

陶器と衣服、時代と場所を超えた呼応

──ここ、京都国立近代美術館の「加守田章二とIM MEN」では、「DANCING TEXTURE」のコレクションと、その着想源となった作品を同時に見ることができ、作品の質感やフォルムがいかに衣服へと落とし込まれたのかを仔細に見ることができます。最後に、この空間を実際に訪れてどのような感想を持ったのかを、みなさんに伺えればと思います。

小林 制作中、私たちはつねに加守田さんの作品が放つ凄まじいパワーを意識しながら素材作りに向き合ってきました。もちろん、陶器と衣服では素材が異なりますから、まったく同じものを作ることはできません。しかし、加守田さんが作品に込めた精神性をいかにテキスタイルで表現するかを、愚直に追求してきました。私は長年テキスタイルに携わってきましたが、今回の経験は、これまでの制作とはまったく異なるものでした。自分のなかにあった既成概念という壁を、作品を通して少しだけ超えられたような、そんな手応えを感じています。本当に素晴らしい経験をさせていただきました。

板倉 ブランドが始動して2度目となる今回のコレクションは、大きな転換点になったと感じています。最初のコレクションは、まさに「一枚の布」と身体の関係をストレートに追求したものでした。四角い布をそのまま使い、素材の良さを引き出すシンプルで合理的なつくり方。それは私たちがものづくりをする上での、大切なベースとなる手法です。加守田さんの作品に出会って、その意識はより深いところへ向かいました。加守田さんはかつてのインタビューで「陶器というかたちを借りてものづくりをしているだけだ」という趣旨のことをおっしゃっていました。土づくりから向き合い、いかにして既存の陶芸の枠組みを突破するか、そこに自分のオリジナリティを見出すか。そうした凄まじい試行錯誤のなかから、挑戦的で自由な造形を生み出されてきたのだと思います。そうした加守田さんの作品や言葉に触れるなかで、私たちも大きな刺激を受けました。既存の構造から解放されたフォルムを追求することで、ものづくりの深みへ突入し、さらなる可能性へ向かって一歩踏み出すことができた。そんな確かな手応えを感じるシーズンになりました。

《UROKOMON》の展示風景

河原 加守田さんの作品をひと言で表すなら、私は「常軌を逸している」という言葉が相応しいと感じています。それほどまでに、怪しい」魅力に満ちたものをつくられている。いっぽうで、僕はその怪しさのなかに、抗いがたい美しさを感じました。今回のコレクションでは、その感覚をどうしても表現したいと考えました。例えば、入り口に展示されている《彩陶長方皿》(1971年)と、それに着想した《UROKOMON》は、初見では不気味に感じるかもしれません。しかし、気づけば何度も見てしまいたくなるような不思議な美しさがある。今回の展覧会では、加守田さんの作品と私たちの衣服を並べて展示することで、その独特の気配を提示したいと考えました。今回のコレクションでは、私なりにその「怪しい」ニュアンスを衣服として形にできたのではないかと自負しています。