2025.11.6

矢野憩啓「フルーツバスケット」(BUG)レポート。絵画と言葉のあわいにまなざしを向ける

東京・八重洲のBUGで、第2回BUG Art Award グランプリ受賞者個展 矢野憩啓「フルーツバスケット」がスタートした。会期は11月30日まで。

文=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部) 撮影=手塚なつめ

展示風景より
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 リクルートホールディングスが運営する、東京・八重洲のBUGで、第2回BUG Art Award グランプリ受賞者個展 矢野憩啓「フルーツバスケット」がスタートした。

 矢野憩啓(やの・やすたか)は2000年千葉県生まれ。23年に多摩美術大学絵画学科油画専攻を卒業。街で見かけたフルーツ、切り開いたパンツ、職場から見える海など、日常のなかで気になったものや出来事をモチーフに、アクリル絵具、クレヨン、オイルパステル、デジタルソフトなど様々な素材を用いて絵画を制作してきた。また、それらを表す“言葉”との関係性や構造にも関心を持ち、「単語帳」というテキスト形式で表現。近年は、自身の身体や男性性といった個人的なテーマも取り入れながら、絵画と単語帳を組み合わせたインスタレーションを展開している。その制作過程で見つけた言葉を集めて構成した作品《see-through》で、第2回BUG Art Awardのグランプリを受賞し、本展の開催に至った。

 「フルーツバスケット」というタイトルは、矢野が幼少期に遊んだ椅子取りゲームに由来する。このゲームのルールは、矢野の制作スタイルにも通じており、本展の会場でも、それらが生かされた鑑賞体験をすることができる。

1、言葉によってグループを作れること。
2、グループは言葉によって集まり方が変わること。
3、言葉の内容は変化すること。
4、作られたグループに自分が当てはまるかを考えてみること。
5、当てはまったかは他人に知らせる必要はないこと。

(会場ハンドアウト「展覧会名に込められた意味」より、一部抜粋)
会場に設置されている単語帳

内と外をつなぐ、やわらかな境界

 会場でまず目に飛び込んでくるのは、その空間づくりの巧みさだ。カフェと併設されたガラス張りの空間を持つBUGは、東京駅を行き交う人々やオフィスワーカーたちの目に留まりやすい。作品を展示することを考えると、ガラス面の前に壁面を立て、その内側のギャラリースペースに向けて作品を展示することが一般的に想定される。そのうえで矢野は、展示スペースとカフェ空間が緩やかにつながるように空間を設計し、作品の展示にも工夫を凝らしている。

展示風景より

 また、展示空間内にも、矢野による「内」と「外」への意識が見受けられる。空間の左半分には緩やかなスロープがあり、中央には空間をふたつに分けながらも、その向こう側をのぞくことができるほどの高さの人工の生垣が設けられている。右半分には、天井高のある空間から滑らかに垂れるシアーカーテン、憩いの場を思わせるカーペットやクッションなどが配置され、絶妙なバランスの仕立てだ。

 このように、内と外が緩やかにつながる空間を舞台に、矢野が生活のなかで関心を寄せた物事や出来事などをモチーフに描いた絵画が点在している。それぞれの作品の設置方法や、作品同士の「間」の取り方にも、矢野の繊細な感性が光る。

展示風景より
展示風景より
展示風景より
展示風景より

絵画と言葉、そのあわいに目を向ける

 矢野の絵画には、日常的なモチーフが描かれているいっぽうで、まるで夢のなかのような独特の状況が描かれることもある。生垣には3種類の単語帳がぶら下がっており、それぞれには矢野が日常のなかで集めたものや、偶然出会ったもの、関心ごとにまつわる言葉が記されている。裏面にはその言葉の意味が書かれているが、その解釈はユーモアを交えつつも、鋭い観察眼を持つ矢野ならではの視点が反映されている点が特徴だ。

展示風景より

 展覧会に足を運ぶと、一般的には絵画の横に細やかな文章で作品解説が添えられていることが多く、そちらを読むことに気を取られてしまい、思いのほか絵そのものを見られていないと感じることもあるだろう。この展覧会では、そうしたキャプションが設けられていない代わりに、単語帳がその役割を担っている。そこに書かれた言葉と絵画に現れるモチーフをどのように結びつけ解釈するかは、ある意味、鑑賞者に委ねられていると言える。

 鑑賞者にとって、この単語帳は、展覧会や絵画の鑑賞体験を広げる装置として機能すると同時に、絵画と言葉のあいだにある距離そのものが、自身の関心と社会的な視点のあわいを手探りするアーティストの現在地を示しているようでもある。

 空間づくり、作品、言葉──そのいずれにおいても、矢野が「余白」を意識していることが伝わる構成となっている。

展示風景より
展示風景より

 本展の会期中には、アーティストとゲストによるトークイベントが開催される。11月8日には、写真・アート・ジェンダーをテーマに執筆やレクチャー、ワークショップを行う小林美香を、11月29日には、京都芸術センターでアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに携わる西田祥子を迎え、社会的なトピックやアーティストのキャリア設計など、矢野の関心に通じるテーマが語られる見込みだ。参加には、BUG公式ウェブサイトからの予約が必要となる。

 さらに、本展のチラシやSNSで感想を投稿すると入手できるノベルティも用意されており、こちらもオリジナルのデザインとなっているため注目したい。

矢野憩啓「フルーツバスケット」チラシ。単語帳の部分が切り離せるユニークな仕様となっている デザイン=岡﨑真理子
矢野憩啓「フルーツバスケット」ノベルティ

第4回BUG Art Awardの応募要項も

 なお、現在は第4回BUG Art Awardの応募要項も公式ウェブサイトで公開中だ。制作活動年数10年以下のアーティストを対象としたこのアワードの応募期間は、2026年1月21日から2月18日まで。関心のある方は、先んじてチェックしてみてほしい。

展示風景より