タイジ・テラサキ インタビュー。両足院で見る、蝶の飛翔、鉱物の形成、人間の思索の交わり
京都・祇園に位置する両足院を会場に、個展「飛翔 Wings Over Crystalline Landscape」を開催中の日系アメリカ人アーティスト、タイジ・テラサキ。蝶の飛翔、鉱物の形成、人間の思索が交差する、静かで光を帯びた世界を探究する作品群に込めた思いについてインタビューを行った。

タイジ・テラサキのインスピレーションソースとなったもののひとつは、毎年秋になると何千キロにも及ぶ越境を行う蝶の一種であるアサギマダラ。北海道から日本列島を横断し、国境を超えて南シナを経てハワイへと至るその旅路は、フジバカマという花の香りに導かれ、その開花を追いかけてきたことでつくられたものだ。古来、秋の訪れを告げるシンボルであったが、その数も減りつつあり、気候変動などによるフジバカマの希少化とも相まって、都市部ではその姿を見かけることが稀になっている。
アサギマダラの飛翔パターンの変化は、つまり環境の変化であり、また時間のなかで繰り返されてきた自然の移ろいの軌跡そのものだと言える。テラサキはそこに、もうひとつの興味の対象である鉱物の結晶を重ね合わせた。何千年、何万年の時間をかけて形成された水晶などの結晶物は、大地をかたちづくるものであり、地層にもやはり時間が集積されている。両足院という禅寺の塔頭を会場に、テラサキの自然観が「飛翔 Wings Over Crystalline Landscape」と題する展示としてかたちになっている。

──禅寺の空間とリンクするとても美しい展示でした。アサギマダラという蝶を作品のモチーフとした経緯を聞かせてください。
ハワイで両足院の副住職・伊藤東凌さんと料理をつくる機会があったんです。精進料理では砂糖をほとんど使わずに、こんにゃくを長時間炒めて甘みと食感を出すんだという話を聞きながら、1時間ほど炒めていたときのことです。絶滅に瀕している生き物や植物の話になって、京都でアサギマダラという蝶を見ることが少なくなったということを聞いて興味を持ちました。それからさらに調べていくと、フジバカマという植物との関係もわかりました。
この蝶はフジバカマの開花を追いかけて、北海道を出発して秋にはハワイまで渡ってくるのですが、とてつもない距離の壮大な旅ですよね。一羽の蝶がそれだけ長い距離を飛ぶことにも驚きですが、次の世代が卵から孵化したら、また同じ道をたどるという生態を持っているのですから本当に不思議です。その生態を研究して、アサギマダラがたどる渡りの様子を表現したのが、このインスタレーションです。


──素材としてクリスタルを使用していますが、すでに結晶化されたものと、アトリエでご自身が結晶させたものとを併用しているそうですね。
きっかけは、日本画です。日本画で藍(アズライト)を粉末にした岩絵具を使ったときに、とても美しいと思いましたし、地球上には様々な鉱物の結晶があることに興味を持ちました。それぞれが異なる成分で形成されていて、独自の成長パターンを経て結晶が生まれている。非常に興味深く、アサギマダラの渡りが世代を超えて受け継がれることと、鉱物が種類によって異なる成長パターンによって結晶されることが、私のなかで不思議と結びついたのです。
──有機物である蝶と無機物である鉱物が、壮大な時間軸のなかで育成され、受け継がれることに類似性を感じたことから、この展示が形成されたのですね。
そういうことです。今回の展示では、半分は天然石で、もう半分はアトリエで生成したクリスタルを使っていますが、実際に自分で結晶をつくれることを知って試してみたら、本当に美しいので驚きました。人工的なものではありますが、人間の影響を最小限にして、徐々にクリスタルが成長していく様子を見ていると、そこには自然界の時間が流れているようにも感じられます。静かで落ち着いた環境でなければうまく結晶できず、その環境はまさに、禅における瞑想の空間と同じものです。そうして、両足院での展示に最適である展示テーマだと確信しました。
──日本画は鉱物を砕いて岩絵具としますが、テラサキさんは鉱物を砕くことなく、そのかたちをそのままに組み合わせることで立体的な絵画にしたのですね。
そう、まさに絵を描くのと同じ感覚で作品を仕上げました。ミニマルなスタイルが好きなので、鉱物を組み合わせ、シンプルな構図の絵画としています。以前、京都で日本画を学んだときには、藍を用いて、アメリカで20世紀半ばに生まれたカラーフィールド・ペインティングに倣った作品をつくり、パリで展示したこともあります。イヴ・クラインの青い絵画を連想させるかもしれませんが、彼は人工的に青をつくって特許を取ったのに対して、日本画の藍は天然素材ですから、成り立ちが異なりますよね。
──作品の支持体としては、和紙を用いたもの、シルクのようなテキスタイルを用いたもの、あるいは、ワイヤーなどの細い糸状のものまで多岐に渡ります。
私のスタジオでは8人ほどのスタッフが仕事をしているのですが、手法については彼らとのミーティングで色々と決めていきます。シルクにクリスタルの結晶で絵を描くとどうなるか、紙に描くとどうなるか、茶道具である陶器のような立体物に描くとどうなるか。それぞれに異なる立体的な絵画が生まれます。結晶をつくるのには時間がかかり、結果もどうなるかは予測できないので、スタッフと協議しながら実験を重ねるのは、ともに旅をしているかのような時間でした。
──写真を支持体とする作品もありますね。
暗室で現像し、プリントするクラシックな手法で仕上げた写真に結晶を組み合わせました。写真をプリントしたのは一般的な写真の感光紙ですが、画像の定着処理中に結晶溶液を画面に塗ると、そこに結晶が形成されていきます。写真にまた異なる景色が生まれ、とても興味深い結果になったと感じています。それと、オーガンザというシルクに似た半透明の布も用いていますが、いくつものレイヤーが重なるような効果が生まれるのも、とてもおもしろいです。
──展示では、北海道から本州、九州を経て、沖縄、台湾へと続くアサギマダラの渡りが表現されていますが、それぞれに色が選ばれ、また絵画的な描写、クリスタルによる造形も地域ごとの特性に由来してデザインされていますね。
全体を通して、詩を書くような感覚で作品を手掛けました。それぞれの地域を思い浮かべ、地域とのつながりを考えて曲を書いたような感覚です。色の組み合わせを直感的に考えてその土地の雰囲気を表現したものもありますし、私の妻が九州出身なのですが、一緒に阿蘇山を訪れたこともあり、その自然の宝庫とも呼べる美しさと壮大さが強く印象に残っているので、その地形図を結晶によって表現しました。沖縄の作品では、色が変わる化学物質を用いて結晶させたのですが、そこで生まれる模様を使用したかったのと、珊瑚と組み合わせることで美しいものになると考えました。色々な要素を組み合わせることで生まれる効果は、実験を重ねて試行錯誤して手にしたものです。素材の組み合わせのパターンは無限にありますし、結晶についてもまだ扱い始めたところなので、研究を続けてより豊かな表現を扱えるようにしていきたいです。


──結晶のサイズも色もパターンも多様で、無限であることがこの展示からも伝わってきます。本堂の障子に嵌め込まれた作品も、オーガンザを用いたものですね。外光がクリスタルの布を通して室内に差し込む様子が、とても美しいと感じました。
副住職に展示について相談したところ、両足院のあらゆる要素を作品に取り入れてよいと言っていただけたので、ぜひ障子を使いたいと伝えました。和紙の透ける様子がとても美しく、屋内と屋外を緩やかにつないでいると感じます。今回の展示では、その窓の部分を通して外の庭が見えるようにしたいと考え、和紙よりさらに透け感のあるオーガンザを使用しました。オーガンザに施された結晶と、その向こう側の庭の景色を同時に見られるような効果が魅力的ではないかと思い、この作品ができあがりました。



──庭に出て、茶室に向かうとそこでお茶会も催されています。ご友人の陶芸家が手がけた陶器のミニマルな様相と結晶が結びついて、伝統とモダンの融合が感じられます。
妻が茶道の講師であるため、茶道にも親しみがあり、両足院でもぜひ茶室を利用したいと思いました。茶道の伝統的な側面と私の革新的な表現、それも自然と結びついたものですから、鑑賞者にうまく語りかけることができると考えたのです。茶碗を仕上げてくれた陶芸家、ロイ・クニサキは私の大学院時代の友人です。

──今回の展示では、立体、空間、絵画など多様な表現が融合していますが、テラサキさんのアーティストとしてのキャリアはどのように形成されたのでしょうか。
私が生まれたのは科学系の家族だったので、自然とその道を歩むものだと思っていました。しかし、高校時代にあまり理系の成績がよくなく、代わり絵が得意だったので、大学では絵を専攻することにしました。カリフォルニア大学アーバイン校で絵画を専攻したのですが、非常に進歩的な大学で、クリス・バーデンのようなパフォーマンスアーティストが講師をしていましたし、絵画科でも伝統的な絵画ではなく、絵画の考えをもとにいかに進歩的な表現が生まれるのかを競って学びました。それによって特定の手法にこだわることなく、様々な素材と技法で表現を行うようになりました。カラーフィールド・ペインティングや伝統的な絵画に興味を持つようになったのは、それからだいぶ経ってからのことですが。
──個人のアーティストとしての表現にとどまらず、ハワイのパルマイラ環礁でのアーティスト・イン・レジデンスでは、研究者たちともコラボレーションをされています。そうした活動も表現に影響を与えていますか。
パルマイラで初めて科学者たちによる非営利団体と仕事をしたのですが、彼らは環境問題に対峙して、研究を通して人々にその問題を伝える使命を持っています。私ができるのは、アーティストとして自分がおもしろいと思ったことを調べ、それを作品にして伝えることですから、彼らの活動とはとても相性がよいと感じました。アーティストの活動としては珍しいかもしれませんが、それ以降も国連関連の団体などのプロジェクトに携わり、そこで色々な人と出会うことは大きな刺激になっています。
──多様な表現を行うテラサキさんにとって、アーティストとしてもっともエキサイティングな瞬間とは?
調べたり考えたりする過程を経て、発想が生まれる瞬間はとてもエキサイティングです。シンプルな発想が最初に生まれ、それが具体的なプラント結びついてかたちになっていく。課題を解決し、作品が複雑化していくわけですが、最初の発想がシンプルでなければ、そのように作品が生まれることはありません。いまは、アサギマダラの渡りとクリスタルについて研究を重ね、この表現をより深めていきたいと思っています。
