2026.10.4

「アートフェアのモデルを根本から考え直したい」。PAVILION共同創設者ウィレム・モールズワースに聞く

従来のブース型アートフェアとは異なる形式を掲げ、台北、香港に続いてソウルで開催された「PAVILION」。Kumsung Cultural Space(KCS)を会場に、ジムズ・ラムのキュレーションのもと世界各国から17のギャラリーや非営利スペースが参加。個別のブースを設けず作品を展開した。このモデルは、既存のアートフェアに対するどのような問題意識から生まれたのか。共同創設者のウィレム・モールズワースに、アートフェアをめぐるコストと市場、作品の収集、そしてアジアのアート市場について話を聞いた。

聞き手・文=大原愛美(編集部)

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.
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 ウィレム・モールズワースとイザベル・チャンによって2025年に設立されたアートフェア・「PAVILION」。2026年1月の台北、3月の香港に続き、9月にはソウルで開催された。「PAVILION SEOUL」では、Kumsung Cultural Space(KCS)の3棟を舞台に、17のギャラリーや非営利スペースが参加。一般的なアートフェアのようにギャラリーごとのブースを設けるのではなく、複数の出展者の作品をひと続きの空間に配置し、パフォーマンスも組み込んだ。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 こうした形式は、既存のアートフェアに対するどのような問題意識から生まれたのか。共同創設者であり、香港のギャラリーPHD Groupを運営するウィレム・モールズワースに、PAVILIONを立ち上げた背景から、作品を売買し収集すること、変化するアジアのアート市場まで話を聞いた。

アートフェアに付随する高い参加コスト

──「PAVILION」のコンセプトがとても興味深いと思いました。アートフェアとされていますが、ここでのコンセプトは一般的なものとはかなり異なります。

ウィレム・モールズワース(以下WM) 若いギャラリーを運営する者として、私はずっとアートフェアへの参加を切望してきました。アート・バーゼル香港にも参加していますし、アートフェアがギャラリーに大きな活力をもたらす重要な存在であることは理解しています。しかし同時に、非常に厳しい面もあります。出展には莫大な費用がかかり、それが次第にギャラリーそのものを変えてしまう。一定の価格帯で売れるとわかっている作品を展示しなければならず、様々な妥協をするようになる。「私たちは何をしているんだろう」「私はなぜこれをやっているんだろう」と考えるようになるのです。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 私は、自分たちのプログラムをほかの都市へ持ち出して作品を紹介したいと思っていました。しかし、大規模なアートフェアでそれを実現するだけの資金はありませんでした。そういったアートフェアに参加するための必要資金の額はあまりに常軌を逸していると感じ、「自分たちで機会をつくろう」と考えたのです。香港ではいくつかのオルタナティブなアートフェアを企画し、「ほかの都市でも一緒にやってくれる人を見つけられれば、実現できるかもしれない」と思いました。

 実際にいまでは、それができるようになりました。イザベルと私に何ができるかを理解し、「やってみよう」と言ってくれるパートナーにも恵まれました。出展料が安いぶん、出展者がより新しい作品や若手の作品、実験的な作品を持ってくることができるようになってほしい。それによって、より健全なエコシステムが生まれることを願っています。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 人々は、アート市場には問題があると言います。参加するのにお金がかかりすぎるからです。大金を使うなら、大金を稼ぐ必要がある。そのためには価格を上げ、特定の種類のものを見せなければならない。その結果、バブルが生じます。とても単純な話です。

 私はアートフェアをつくりたい。しかし、若いギャラリーを運営する自分が見たいと思えるものにするため、可能な限りそのあり方を変えたい。パフォーマンスがあり、時間をかけて作品に向き合える場があってほしいと思っています。

「30秒」の売買から、作品について話す時間へ

──いまのアートフェアについて、参加コストのほかに問題視していることはありますか。またそのうえでPAVILIONのあり方をどのように設計しましたか。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

WM アートフェアでよく見かけるもののひとつが、30秒で終わる会話です。誰かから短い売り文句を聞き、その場で作品を買うか、買わないかを決める。短い売り文句だけで作品を買ったのなら、その作品を売ることにもあまり抵抗はないでしょう。「買うときに考えたのはたったの30秒だし、売ってしまおう」となるわけです。

 それに対して、作品について長い時間をかけて話し、本当に理解し、考えるようになれば、その作品を手放さないかもしれません。あるいは売るとしても、よほど高い金額でなければ売らないでしょう。それこそが価値であり、作品を愛しているからこそ生じるものです。そうすることで、健全な市場がつくられます。

 私にとって重要なのは、モデルを根本から考え直すことです。何を変えられるのか。どうすれば費用を抑えられるのか。どうすれば、より長い対話を生み出せるのか。どうすれば、新しい作品や若い世代の作品を紹介できるのか。その多くはお金の問題に行き着くため、私は可能な限り費用を抑えようとしています。

──様々な角度から新たなアートフェアのモデルを組み直しているのですね。

WM ギャラリーから受け取る料金は、運営に必要な最低限の額にしています。少ない額でも多くの結果につながるよう努め、建築家たちとも仕事をしています。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 また、気候変動についても気にかけています。こうした話をするのはあまり好きではありません。多くの人が退屈そうに聞き流してしまうことを知っているからです。それでも、私は資材を無駄にしたくありません。すべて再利用しています。会場に設置したベンチでさえ、すでに海で使われていたブイと合板とストラップだけでつくっています。このブイは本来なら埋立地へ送られていた物です。

──そこにも創造性があるということですか。

WM まったくその通りです。創造的であることが重要なのです。私たちはアート業界にいるんです。創造的になりましょう。建築を再考し、形式を再考し、古い空間を活用する。自分たちが表明している価値観を、自ら体現しましょう。

 創造的になりましょう。建築を再考し、形式を再考し、古い空間を活用する。自分たちが表明している価値観を、自ら体現しましょう。結局のところ、そういうことなのです。

アートフェアを「発見の場」にする

──「PAVILION」の今後に対するビジョンはありますか?

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

WM ここを「発見の場」にしたいと思っています。人がアートに惹かれるのは、何かを発見できる場所であり、キャリアが成長する場所だからだと思います。ここには、すでに高く評価されている作家も参加しています。若い作家の作品だけである必要はありません。キャリアを確立した作家による以前の作品や、高額な作品があってもいいのです。

台北で「PAVILION」を開催したときには、非常に高額な作品も展示しましたが、結果は好調でした。今後も引き続き、評価を確立した作家の高額な作品も紹介していきたい。それがこのモデルに反するとは思いません。アートフェアは、作品を購入し、収集する場所でもありますから。

──ここまでは作品を売買することについてお話しいただきましたが、収集することに関してはどうお考えでしょうか。

WM 収集するというのは、とても不思議な行為です。すごく人間的でもあります。大学を卒業したとき、私は自分を禅的なミニマリストだと思っていました。「執着から解放されて生きよう。何も持たず、可能な限り所有物を減らそう。あらゆるものは移ろうと知っているのだから」と考えていたのです。それがいまでは、アートを売っています。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 自分がしていることを理解するうえで大きな助けになったのが、アーシュラ・K・ル=グウィンの短いエッセイ『小説ずた袋理論(The Carrier Bag Theory of Fiction)』(1986)です。そのなかで、彼女は一種のオルタナティブな人類史を提示しています。アメリカ人である私は、人類の歴史とは剣を持った男たちが何かを征服していく歴史なのだ、という物語を内面化していました。しかし彼女は、それとは異なる物語を示します。袋を持ち、物を運ぶ女性たちの物語であり、彼女たちが運ぶ物こそが、私たちが誰であり、なんであるかを語るというものです。

 私はそれに強く共鳴しました。アートを収集することについて考えるとき、私は物語を語ることについて考えます。こうした物を、私たちが誰であり、何であるかを表すものとして考えるのです。それらを大切にすることで、私たちの物語を次の世代へ伝えていくことができます。大切なのはそこへ立ち返り、そこから何かを築こうとすることです。

地域化する市場と、これから形成される「物語」

──アジアのアート市場については、どう考えていますか。

WM  いま世界は、地域化が進む局面にあると思います。世界が分断されている、というのは正確ではありませんが、市場はそれぞれ異なる方向へ分かれつつあります。人々は「世界のアート市場に何が起きているのか」と尋ねます。いま起きているのは、キュレーションや思想の面で、さらには市場の面でも、人々が長いあいだ求めてきたことなのです。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 アートを私たちの物語として、また、私たちが何者であるかを示すものとして理解するためには、自分たちが誰であり、自分たちの物語が何であるかを認識する必要があります。

 ある意味で、私はいまの状況を嬉しく思っています。現時点では多くのお金が市場から消えてしまったように見え、困難な時期ではあります。しかし、そのお金は新しい居場所を探しているだけなのだと思います。ものごとが育ち、こうした物語が形成されるには時間がかかります。それでも、物語はやがて形成され、成長していくでしょう。すでに存在し、多くの人に愛されている物語もあります。それほど頻繁に起きることではありませんが、物語が国境や国家のナラティブを越えることはありえます。

アートフェアという形式を、どこまで組み替えられるか

 PAVILIONが試みているのは、アートフェアを商業の場から遠ざけることではない。モールズワース自身が語るように、アートフェアは作品を購入し、収集する場所だ。その前提を維持しながら、参加にかかるコスト、作品を見るための時間、展示空間のつくり方、資材の使い方をひとつずつ見直していく。その積み重ねとしてPAVILIONという形式は成り立っている。

「PAVILION SEOUL」の展示風景 Courtesy of PAVILION Seoul.

 モールズワースの言葉を通して繰り返し表れるのは、作品を「どう売るか」だけでなく、「どのように出会い、どのように持ち続けるか」という問いだった。30秒の説明で売買を決めるのではなく、作品について話し、考える時間をつくること。作品を所有することを、単なる取引ではなく、自分たちが何者であるかを示す物語を次の世代へ運ぶ行為として捉えること。その考えは、PAVILIONが掲げるフェアの形式と、彼が語る収集観の両方に通じている。

 そして、その問いはアジアのアート市場についての議論にも接続する。市場が地域ごとに異なる方向へ動きつつあるとモールズワースが見るなかで、どの作品を選び、どの物語を自分たちのものとして引き受けるのか。その形成には時間がかかる。PAVILIONが重視する「時間」という考えは、作品を見る行為から、市場や物語が形成されていく過程まで、インタビュー全体を通じて繰り返し現れていた。