2026.10.19

「釜山ビエンナーレ2026」(釜山現代美術館、Space OneZ、旧・釜山南高等学校)会場レポート。五感で学ぶ世界の捉え方

韓国・釜山で「釜山ビエンナーレ2026」が開催されている。会期は11月1日まで。今年は「Dissident Chorus(不協和のコーラス)」というテーマのもと、22カ国から46組のアーティストおよびコレクティブが参加し、釜山現代美術館、旧・釜山南高等学校、Space OneZで作品が展開されている。ビエンナーレの様子をレポートする。

文・撮影:安原真広(編集部)

パク・ヒョンソン《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)。釜山ビエンナーレ2026の旧・釜山南高等学校会場にて
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 韓国・釜山を舞台に11月1日まで開催されている「釜山ビエンナーレ2026」。今年は「Dissident Chorus(不協和のコーラス)」というテーマのもと、22カ国から46組のアーティストおよびコレクティブが参加している。

 会場となっているのは釜山現代美術館、旧・釜山南高等学校、Space OneZ。いずれも釜山の湾岸部に位置し、もっとも距離がある美術館から旧高校まででも、タクシーで40分ほどの距離となっている。

 今回、アーティスティック・ディレクターを共同で務めたのはベルギー・ブリュッセルを拠点に活動するエヴリン・シモンズと、ロンドンを拠点に活動するアマル・クラフの2人のキュレーターだ。2人は刺激的な映像や暴力的な言葉、監視に溢れる世界において、音響、身体、詩などへ目を向け、抵抗や慰め、親密さへの道を開くような展覧会を志向したと語っている。

釜山現代美術館

 韓国最長の川である洛東江(ナクトンガン)の河口の中洲である乙淑島(ウルスクト)にある釜山現代美術館。

釜山現代美術館の外観
ヤザン・ハリリ《We carry our pain like a language》(2026)。いずれのキャップも購入することができる

 1階の会場入り口すぐの空間では、39個のキャップを並べたヤザン・ハリリの作品《We carry our pain like a language》(2026)が来場者を迎える。それぞれのキャップは、ひと続きの詩の一節だけが刺繍されている。いずれのキャップも購入することが可能であり、着用されることで街に詩の断片が持ち出され、様々に解釈されることになる。分散するからこそ生まれるメッセージの強さと、偶然に未来を託すことの可能性を来場者に想像させる作品だ。

モエ・サ《Body, Face and Fingers》(2026)。手前がパフォーマーたちの手の動きをモチーフにしたシリコンの立体作品

 ミャンマー・ヤンゴン出身のアーティスト、モエ・サの《Body, Face and Fingers》(2026)は、言葉を使わないコミュニケーションのあり方を探求するプロジェクトだ。作家はヤンゴンの街中で、人々がコミュニケーションする際に使う様々なジェスチャーを観察。パフォーマーたちはこのジェスチャーをアレンジし、顔の表情と手による、108通りの異なる動きを生み出した。会場ではパフォーマーたちの表情と手の動きを撮影した写真と、手の形状を模したシリコンが展示され、非言語的なコミュニケーションの可能性が示されている。

タナット・ティーラダコーン《Memory Threshold: Chaos Resonance》(2026)。土産物屋を模したインスタレーション、メガホンからはプロテストソングが流れる

 タイ・バンコク出身のタナット・ティーラダコーンは、ミュージシャンやDJとしても活動するアーティストだ。《Memory Threshold: Chaos Resonance》(2026)は、土産物店、ポップ・ミュージックのコンサートのステージ、タイの伝統歌劇「リケ―」を組み合わせ、観光産業のなかで消費される伝統をイメージとして提示したインスタレーションだ。会場には共産主義運動のなかで盛んに歌われた「インターナショナル」、韓国の民主化運動のシンボルとなった「愛のための行進曲」、梨花女子大での学生デモの象徴となった少女時代の「Into the New World」といったプロテストソングが組み合わされて流されており、楽曲というポップなアイコンが連帯に力を与えることも示している。

シュアン・リー《Alliance (Heart Loop)》(2026)。淡くコントラストの低い詩情を感じさせる映像でラブドールたちの旅を描く

 中国出身のシュアン・リーは、6つの映像チャンネルで構成された映像作品《Alliance (Heart Loop)》(2026)を出展。リーはドキュメンタリー、ロードムービー、ライブストリーミングといった手法を組み合わせ、ラブドールたちがストーム・チェイシング(竜巻追跡)を行う物語を映像化した。人々が映像にどのような物語を求めるのか、という欲望についての問いが「竜巻」というメタファーを通して語られている作品だ。

リュ・ソンシル《TEN THOUSAND DREAMS》(2026)。不安定な高所作業車で持ち上げられ歌い上げるマネキンには、資本主義の「成長」の物語への皮肉が込められている

 韓国出身のリュ・ソンシルのよる《TEN THOUSAND DREAMS》(2026)は、高所作業車と12体の合唱するマネキン、そしてオリジナルの楽曲を組み合わせた作品だ。楽曲の歌詞には、国家戦略としてグローバリズムを志向し、個人が資質と努力によって海外で活躍し、国に資するよう教育されたという歴史と、その気分を盛り上げるためのスローガンが盛り込まれている。個人の成長を経済に資するために促されるという、世界中で起こっている「成長」の歪みが強烈なイメージで作品化された。

タイ・シャニ《M.I.A.S.M.A.》(2026)。サウンド・インスタレーションにより現代的な『アンティゴネ』が演じられる

 地下1階の展示室の外には、ロンドンを拠点とするタイ・シャニの《M.I.A.S.M.A.》(2026)が展示されている。本作は、ソポクレスによる古代ギリシャの悲劇『アンティゴネ』を、彫刻とサウンド・インスタレーションで現代に招聘するというコンセプトで制作された。シャニは『アンティゴネ』を、環境破壊やジェノサイド、資本主義が生む不均衡といった現代の抱える問題に置き換えながら再構築。ギリシアの時代から現代に至るあいだに積み重なった歴史上の「悲劇」と、その犠牲となった多くの死者の存在に思いを巡らせることを促す。

イ・ドングン《Spotlight - Arirang Performance Group》(2011-19)。華やかなアリラン公演団のステージを捉えた映像

 地元・釜山を拠点とするイ・ドングンは、10年以上にわたり脱北者により構成されるアリラン(朝鮮民謡)公演団に同行し、写真と映像による記録作品《Spotlight - Arirang Performance Group》(2011-19)を制作した。華やかな衣装や、明るい笑顔が印象的な団員たちの写真や映像だが、作家はその背後にある、南北分断の歴史や、団員たちが政治的シンボルになるという側面を見続けてきた。イメージの向こう側の、いまだ重く横たわる20世紀の歴史を感じることができる。

石原海《夜行性─メロディ》(2026)。華やかなステージの裏でダンサー2人の個人史に根ざした語りが繰り広げられる
石原海《夜行性─息》(2026)。海の中にいるような浮遊感のある空間でボディスーツをまとった人々が踊る様が上映される

 映画監督でアーティストの石原海は映像作品「夜行性」シリーズ(2026)を組み合わせ、インスタレーションとして展開した。会場は2つの空間に仕切られている。暗がりに星形の椅子が置かれた空間では、東京で活動する2人のダンサーが、楽屋やステージ、クラブなどで幼少期や夢、政治について語り合う姿を撮影した《夜行性─メロディ》(2026)を上映。また、床に紙が散らばる青い光に包まれた空間では、ボディスーツを身にまとった登場人物たちが暗闇のなかで踊り、身体をぶつけ合いながら叫ぶ《夜行性─息》(2026)が上映されている。抑圧されたアイデンティティと、その存在を身体と言葉を通じて証明しようとする営みがドラマチックに表現された。

アーシュラ・K・ル=グウィン+5D《Festival(祝祭)》(2026)。吊り下げられた青い布がサイアノタイプ(日光写真)で印刷された作品世界の地図

 アーシュラ・K・ル=グウィンとサミー・リー、マーク・ロー、サラ・シンからなるコレクティブ、5Dによる作品《Festival(祝祭)》(2026)は、『ゲド戦記』で知られる小説家、ル=グウィン(1929〜2018)が遺したものを集結させた再構築したインスタレーションだ。会場には小説『所有せざる人々』(1974)に登場する架空の惑星「アナレス」を連想させる2つの塔や、サイアノタイプ(日光写真)で印刷された作品世界の地図、小説から発想された映像作品などが並ぶ。ル・グウィンの世界を再構築し、革命を志向する想像力をもう一度取り戻そうという試みとなっている。

カン・ソギョンの作品。いずれも形態や素材は異なるが、小さな単位が反復され、拡張されていることが共通して確認できる

 昨年逝去した、ソウルを拠点としていたカン・ソギョン。本ビエンナーレでは展示室を大きく使い、26点もの大小様々なその作品が展示された。ソギョンは韓国の伝統楽譜の基本記譜法である「井簡譜(チョンガンボ)」から着想を得て、音の高さと長さを可視化する格子状の空間を発案。これを絵画、彫刻、インスタレーションへと拡張させてきた。この「単位」の反復と拡張が、普遍化され空間のルールをつくり出す、その道筋を展示室で見ることができる。

旧・釜山南高等学校

 旧・釜山南高等学校は、かつて高校だった建物を活用し、各教室の構造を生かした展示が行われている。同校のある影島区(ヨンド)は、造船所や港湾施設といった韓国の産業や交易を支えてきた場所であり、朝鮮戦争の際には多くの避難民がたどり着く南端の地でもあった。会場である校舎からは海と行き交うコンテナ船を見ることができ、釜山という都市の歴史を象徴する場所であることがよくわかる。

デュー・キム《Act 2: The Empty Center(空っぽの中心)》(2026)。中央の透明度の高いガラス作品が宗教的な象徴の虚無感を想起させる

 デュー・キムは釜山現代美術館と旧・釜山南高等学校の両会場で連作《The Stage – After God》(2026)を展開した。美術館では「Act 1: The Stage of Blood(血のステージ)」と名づけられた、宗教的な祈りと儀式、そしてクィア/シャーマニズムの身体が交錯する祭壇を展示室に展開。そして旧校舎では「Act 2: The Empty Center(空っぽの中心)」と名づけられたインスタレーションを発表した。本作は儀式を終えたそのあとの、何も残されていない「虚無感」を捉えようとしたもので、マイクケーブルとマイク、骨のような金属に囲まれた、死骸のような青いガラスなど、祝祭のあとに去来する虚無と、儚い美しさが表現されている。

イ・ドングン《Three Islands》(2026)。沖縄をテーマにした展示では、在日米軍基地とその反対運動を取り上げている

 現代美術館で、脱北者のアリラン合唱団をテーマにした映像を出展したイ・ドングンは、旧校舎の会場で《Three Islands》(2026)を展示した。本作は、日本の沖縄、台湾の金門島、韓国の加徳島という3つの島を起点に、それぞれの島が物語る各国の政治状況や、日本による植民地支配の歴史が資料や映像を組み合わせながら物語られている。

ジャンツァンホロル・エルデネバヤル《Resonance of the Vernacular》(2026)。様々な椅子が、黒板から生えた権力を思わせるファルス状のオブジェと対峙する

 モンゴル出身のアーティスト、ジャンツァンホロル・エルデネバヤルは、教室という環境を活かした作品《Resonance of the Vernacular》(2026)を展開。木や鉄、ガラス、フェイクファー、収集した既製品など多様な素材でつくられた15脚の個性的な椅子が、学校教育という国家の方針のもとに制度化されたプログラムのなかで覆い隠される、個々のアイデンティティを問うている。

ペク・ヒョンジュ《海へ山へ草生す屍》(2026)。ポップな色彩の映像に見えるが、その背景には日本統治時代の重い歴史が横たわっている

 ペク・ヒョンジュの《海へ山へ草生す屍》(2026)は、日本統治時代の韓国で広く普及した軍歌「海行かば」の一節を引用・改変したタイトルがつけられている。この皇民化政策下の子供たちが歌っていた楽曲と、朝鮮女子勤労挺身隊の生存者たちの口述証言をもとに、映像や立体物でインスタレーションを展開。釜山の山と海を思わせる緑と青の色彩のなかで、歴史の重層をポップに見えるアイコンから導き出そうとする試みだ。

ベンジ・ラ《Learning to Dance in Flames》(2026)。複数の映像が展示されている教室からは釜山の海が見える

 オーストラリア・シドニーを拠点として活動する、タイ出身のアーティスト、ベンジラは、複数の映像からなる《Learning to Dance in Flames》(2026)を展示している。複数の教室や廊下で上映されている映像は、トランスジェンダー、先住民、クィアといった様々な属性を持つ人々のダンスによって構成されている。「火のなかで踊る術を学ぶ」というタイトルにもある通り、いずれの映像も「火」が通底するテーマとなっており、「火」を抵抗の象徴として、人々のあいだでメッセージを伝達し合う道しるべとして提示している。

ファティマ・カリーム・カーン《Spilt Milk》(2026)。机の上に置かれているのは装飾されたシリアルの箱

 ファティマ・カリーム・カーンの《Spilt Milk》(2026)は、家庭や学校、テレビの連続ドラマ(ソープオペラ)を通じて、女性の生活に浸透する規律を捉え直す作品だ。学校の教室に置かれた机やシリアルの箱は、作家の手によって刺繍やドローイング、レース、人工毛髪が加えられている。このシリアルの箱は、パキスタンのメディアや教育に影響力を行使する軍系企業の系列会社で生産されたものであり、生活の場に権力が入り込むことを示している。また、学校の朝礼の様子も上映されており、教室という舞台で権力と規律の構造を問いかける。

パク・ヒョンソン《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)。天井から吊り下げられたクラゲのようなオブジェから、各教室に触手のようなチューブが伸びている

 韓国を拠点に活動するパク・ヒョンソンの《As Long as We Look at the Night Sky》(2026)は、調理室を舞台に巨大なインスタレーションを出現させた。窓に貼られたフィルムと照明により、室内は青色の空間となっている。天井や床には細いチューブが張り巡らされており、このチューブをたどっていくと、いくつかの部屋の天井から吊り下げられた、クラゲのようなオブジェと出会う。展示空間にはサウンドプロデューサー・A-BO-PFとの協働によりつくられたという、何かが流動しているような音が響き渡る。もう使われなくなった学校施設に、人知の及ばない生命が静かに息づいている、目の届かない場所への想像力が喚起される作品だ。

アリアスカル・アバルカス《Spell》(2026)。古着の連なりによって校庭に幾何学模様が出現している

 本ビエンナーレにおいて最大の作品と言えるのが、イラン出身のアーティスト、アリアスカル・アバルカスの《Spell》(2026)だ。学校の運動場全体を使用した本作は、3色の古着で巨大な幾何学模様を描くというもの。来場者はこの古着の上を歩きながら、地図をたどるように「楽譜」としてこの模様からそれぞれのメッセージを受け取ることになる。本作は住民が参加するワークショップにより制作されており、一人ひとりの手仕事も「楽譜」として編み込まれた。

Space OneZ

 釜山港の倉庫が並ぶ港湾地区にある「Space OneZ」は、かつての船舶用品の倉庫を改装した飲食施設だ。巨大な倉庫建築がそのまま残されており、ここでも作品が展開されている。

ジュリアン・クルージエ《Zumbi Zumbi Eterno, out in the open, far off near the horizon, we blinked, hoping to see the green gleams, on the line of orange ash that fears sea salt, we hallucinated, the tide, the bitter remorse, far from the foreign land》(2026)

 パリを拠点とするジュリアン・クルージエは、この倉庫の中央部で映像作品《ZUMBI ZUMBI ETERNO》 (2023)と《Zumbi Zumbi Eterno, out in the open, far off near the horizon, we blinked, hoping to see the green gleams, on the line of orange ash that fears sea salt, we hallucinated, the tide, the bitter remorse, far from the foreign land》(2026)を組み合わせてインスタレーションを構築した。前者は、植民地時代のブラジルで、逃亡アフリカ人奴隷たちが形成した自立的共同体「キロンボ・ドス・パルマレス」の指導者、ズンビ・ドス・パルマレス(1655〜95)の物語を、ハイチの土着信仰「ヴォドゥン」と死者(ソンビ)の物語に沿って解釈した映像だ。後者はこの映像に呼応するように、打楽器音と水音が流れるなか、何台もの廃車が埋葬されるように映像の一片がプリントされた布で覆われており、巨大な宗教の儀式がなされているような想像力が喚起される。

ジョタ・モンバサ《drowning is not a poem, but it's not not a poem either》(2026)。会場内には声を素材とした音声が響く

 ブラジル出身のジョタ・モンバサは、サウンドインスタレーション《drowning is not a poem, but it's not not a poem either》(2026)を発表。海を独自の固有な声と知識を持った「生きている存在」としてとらえるモンバサは、釜山沖を航海し、水中マイクで音を録音した。この音に、ワークショップの参加者が各自で反応した声が会場に響く。船舶用品の倉庫だったという会場の来歴を踏まえ、暗い会場に海水で染色した青い布をぶら下げ、海を出現させた。

ジョタ・モンバサ《drowning is not a poem, but it's not not a poem either》(2026)。円形のベンチに座って19人による個別の歌を鑑賞者が聴く

 最後に紹介するのは、ベルギーを拠点とするブラヒム・タルによる、複数のスピーカーと円形のベンチで構成されたサウンドインスタレーション《The Choir of Dissonance: The Creation of the Sea》(2025)だ。タルは親しい協力者や友人、家族に「海になりたい」と切望する曲を各自の解釈で歌ってもらい、その個別に記録。19人の囁くような声が集まり、英語、フランス語、ポルトガル語という多言語の詩となって、スピーカーから響いてくる。各スピーカーは歌い手の身長に合わせて調整されており、言語のみならず、呼吸やリズムといった個性が、その場にいる鑑賞者に語りかけるように響いてくる。

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 人や物、文化が行き交う港町・釜山の歴史を肌で感じながら、音や身体といった視覚以外のコミュニケーションを重視する作品に触れられる釜山ビエンナーレ2026。いまだ続いている朝鮮戦争の禍根、高度化し複雑化する資本主義と拡大する格差、地球上の様々な場所で平板化していく地域の個性や民族のアイデンティティなどが、この街を行き交う人と物それぞれに張りついている。この場所で得たその視野を、各々の日常に持ち込むとき、それまでの日常の見方はどう変わるのか。そんな想像力を喚起する巧みな仕掛けが光るビエンナーレだった。