2026.10.17

「逗子アートフェスティバル2026」会場レポート。築87年の歴史的建造物がアートの舞台に

神奈川県逗子市を舞台に、「逗子アートフェスティバル2026」が開催されている。会期は10月25日まで。14回目を迎える今回は「はじまりの未来、はじまりの場。」をテーマに、歴史的建造物・旧本多邸をメイン会場として、街の各所に作品が展開。森山大道、フランシス真悟、仲本拡史らが参加する本芸術祭の見どころをレポートする。

文・撮影=大原愛美(編集部)

旧本多邸での展示風景より R. バックミンスター・フラーによる大型石版画絵本《テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち》(1976)
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 神奈川県逗子市を舞台に、「逗子アートフェスティバル2026」が開催されている。会期は10月25日まで。2013年に市民有志によって始まった本芸術祭は、今年で14回目を迎えた。3年に一度の特別開催年となる今回は、「はじまりの未来、はじまりの場。」をテーマに、歴史的建造物・旧本多邸をメイン会場として、逗子市街や沼間エリアなど、市内各所で展覧会や音楽祭、市民参加型のプロジェクトが展開されている。

 相模湾を望み、海と山に囲まれた逗子。縄文時代の遺跡や古墳などの歴史的な痕跡が残るこの土地は、古くから多様な人々が行き交い、文化が育まれる場所でもあった。今回の芸術祭が掲げる「はじまり」とは、何かが新しく生まれる瞬間だけを指すものではない。テーマの背景にあるのは、過去に起きた無数の出来事が積み重なって現在をかたちづくり、その現在が未来へとつながっていくという時間の捉え方だ。

 総合プロデューサー・ディレクターを務めるのは墨屋宏明。テーマの着想源には、逗子在住の写真家・森山大道の言葉や、建築家・思想家であるR.バックミンスター・フラー(1895〜1983)の思想がある。フラーの大型石版画絵本《テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち》(1976)の特別展示をはじめ、土地の記憶や自然環境、人々の営みに目を向けた作品が各会場に集まった。

築87年の旧本多邸で、過去と未来をつなぐ

 今回のメイン会場となるのは、1939年に建てられた旧本多邸だ。久米設計の創業者が手がけたこの建物は、国の登録有形文化財であり、約30年のあいだ使用されていなかった建物を3年をかけて修繕して活用したもの。木製の壁面装飾や暖炉、和室を備えた和洋折衷の建物で、今回は客間や寝室、屋根裏などにも作品が展開されている。

旧本多邸での展示風景より R. バックミンスター・フラーによる大型石版画絵本《テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち》(1976)
R. バックミンスター・フラー《テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち》(1976) 会場では子供向けに分かりやすく翻訳された文章の朗読が流れる

 まず、木製の壁面と暖炉が残る洋室に展示されているのが、フラーの《テトラスクロール 少女ゴールディと3匹の熊たち》(1976)だ。三角形のページを連続させた大型の石版画絵本は、童話「3びきのくま」を題材に、数学や自然科学、人類史、哲学などにまたがるフラーの思想を表現した作品。フラーが提唱した「宇宙船地球号」の概念にも通じる、地球や生命の構造についての思索が盛り込まれている。会場では、三角形に折り立てられたページが床を横断するように並び、鑑賞者はそれぞれの面に記された図像や文章をたどることができる。

フランシス真悟《Serene Illumination》(2026)

 また、旧本多邸の客間には、フランシス真悟の新作《Serene Illumination》(2026)が展示されている。ロサンゼルスと鎌倉を拠点とするフランシスは、光や色彩、空間の関係を探究してきたアーティスト。本作は床の間の奥に設置され、淡い色彩の画面が、建築空間にさらなる奥行きを与えるような構成となっている。平面の絵画でありながら、周囲の光や鑑賞者の位置によって色彩が変化して見える作品だ。

高屋永遠《位相-汀》(2026)

 その隣の畳敷きの空間には、高屋永遠の《位相-汀》(2026)が展示されている。直径120センチメートルの円形作品には、台風によって逗子海岸に漂着した流木や、同海岸の砂など、土地に由来する素材が用いられた。表面には異なる色彩や質感が幾層にも重なり、見る位置や光によってその表情を変える。土地の記憶を宿す素材と、見る者の身体や知覚の関係が主題となっている。

ヤドカリの夢、自然を観測する視線

 逗子に暮らすアーティスト、仲本拡史が発表する《アーマンヌイミ(ヤドカリの夢)》(2026)は、沖縄から逗子へとつながる歴史の記憶を、生物の移動や環境の変化と重ね合わせるインスタレーションだ。

仲本拡史《アーマンヌイミ(ヤドカリの夢)》(2026)
仲本拡史《アーマンヌイミ(ヤドカリの夢)》(2026)

 本作の着想源は、仲本の曽祖父が沖縄の離島で目撃し、その後も夢に見続けたという光景。巨大なヤドカリが、海岸に漂着した遺体を食べていたというその記憶を手がかりに、仲本はアフリカマイマイの殻を背負ったオカヤドカリの映像などを、旧本多邸の寝室とシャワー室に投影する。

 これらの作品には、温暖化による生物の生息域の変化を背景として、将来、逗子でも出会うかもしれない生物たちの姿が示されている。沖縄から横須賀、逗子へと連なる土地の歴史と、人間以外の生物の移動が、過去と未来をまたぐ時間のなかで重ねられる。

尾潟糧天の展示風景より 手前が《1-3-4 (138°49'20.58" E 34°36'40.35" N)》(2026)、奥の窓際が《Midground #17》(2024)

 いっぽう、人間が自然をどのように捉え、理解しようとしてきたのかという問いを扱うのが、尾潟糧天の作品だ。尾潟はドローンを用いた撮影やフィールドワーク、数学的なシミュレーションなどを通じて、海や森林、波や風といった自然現象をモチーフに制作を続けている。

 会場には波の形状を表現した立体作品《1-3-4 (138°49'20.58" E 34°36'40.35" N)》(2026)や、森林を捉えた平面作品《Midground #17》(2024)、モニターを用いた映像作品《Solaris L》(2024)など、異なるメディアを横断する作品が並ぶ。森林を描いた《Midground #17》は窓の前に設置され、窓外に広がる実際の緑と重なるよう配置されている。自然を観測し、記録し、再構成する複数の手法を通じて、私たちが風景を認識する仕組みに目を向ける。

 自然を記録する造形と、その場所に存在する自然。両者を同じ空間に置くことで、自然を観測する人間の視線そのものが主題として浮かび上がる。

震災の記憶を見つめ、古代の逗子に耳を澄ます

 旧本多邸では、逗子在住のアートコレクター、上籔英二のコレクションから、東日本大震災や自然と人間の関係などに目を向けた映像作品も紹介されている。

Chim↑Pom from Smappa!Group《気合い100連発》(2011)

 そのひとつ、Chim↑Pom from Smappa!Groupの《気合い100連発》(2011)は、東日本大震災直後の福島県相馬市で撮影された映像作品だ。メンバーと被災した人々が円陣を組み、カメラに向かって100の言葉を叫ぶ。作品では、災害を経験した人々の声と身体を通じて、その場に共有された感情や時間が記録されている。

キュンチョメ《New Japan Paradise》(2012〜13)

 キュンチョメの《New Japan Paradise》(2012〜13)では、福島の帰還困難区域にある黒いフレコンバッグに青い円を描き、映像の色彩を反転させることで、その円が日の丸として現れる。

潘逸舟《戻る場所》(2011)

 潘逸舟の《戻る場所》(2011)は、作家自身が海に向かって衣服を脱ぎ捨てる様子を撮影し、映像を逆再生することで、投げ入れられた衣服が再び身体へと戻っていく様子を映し出す。これら3組の作家たちの作品はいずれも震災後に制作されたものであり、異なる方法から、人間と自然、社会との関係を捉え直している。

大気の入り江《逗子の入り江》(2026) 手前が磁石と針金、枯葉のみでつくられた「旧石器スピーカー」

 さらに、旧本多邸の特徴的な屋根裏では、大気の入り江による《逗子の入り江》(2026)が展開されている。屋根を支える梁が船底の肋骨のように連なるこの空間は、音や気配に意識を向けるリスニング・インスタレーションの場となっている。

大気の入り江の展示室からは窓の外にかつて入り江だった地域を一望することができる

 作品の背景にあるのは、逗子という土地の古代の姿だ。現在の市街地は、海面が現在よりも高かった縄文海進期には入り江だったという。また、旧本多邸から望む山には、神奈川県内最大級の前方後円墳である長柄桜山古墳が残されている。作品名に用いられた英語の「sound」は、「音」であると同時に「入り江」や「海峡」を意味する言葉でもある。古代の地形や、人々が音を通して自然や神々と関係を結んできた歴史を手がかりに、耳を澄ますという行為を捉え直す。週末には、この空間を用いた「音を聴く茶会」も実施される。

街の日常へと広がる森山大道の写真

 旧本多邸から街へと足を延ばすと、芸術祭の作品は日常の風景のなかにも現れる。逗子在住の写真家・森山大道の作品は、JR逗子駅前の工事壁や逗子市立図書館のガラス壁など、複数の場所で展示されている。

逗子市立図書館の外壁

 逗子市立図書館の外壁には、代表作《三沢の犬》(1971)をはじめ、動物や植物を捉えたモノクロ写真が並ぶ。犬や猫、花々といった被写体の写真は、図書館のガラス面を横断するように配置されており、建物の前を通る人々の視界に入ってくる。

駅前の工事壁

 また、駅前の工事壁では《Nへの手紙》(2021)などの作品を紹介。都市の路上で出会った人々や動物、光と影の断片を撮り続けてきた森山の写真が、今回、同じく人々が行き交う街の路上へと持ち出されている。

zushi art galleryでの展示風景より 森山大道《三沢の犬》(1971)

 森山の写真をめぐる展示は、zushi art galleryでも開催されている。森山の作品に加え、「私のはじまりの一枚/私と森山大道」をテーマとした写真家たちの作品が紹介されている。

zushi art galleryでの展示風景より 西村陽一郎が撮影した森山大道の写真

 安藤智仁、生越文明、鴫原薫、中藤毅彦、西村陽一郎、元田敬三、森山遊子らが参加するこの展示では、それぞれの写真家の制作の原点や、森山との関係に目を向ける。会場では、写真作品とともに関連する書籍や資料も展示されており、「はじまり」という芸術祭のテーマを、写真の歴史や個々の作家の歩みからたどる構成となっている。

ギャラリーの外へ。街に息づくアートのかたち

 街なかの展示は写真に限らない。逗子を拠点に活動する山田美優は、JR逗子駅前の工事壁やAMIGO MARKETで作品を発表している。

AMIGO MARKETは併設するホテルや映画館の売店として映画のグッズや飲食物を販売している
AMIGO MARKETでの山田美優の展示風景 左側手前が《Clouds above the clouds》(2026)

 山田は、都市と自然、自己と他者のあいだにある曖昧な境界を主題に、砂や絵具などを用いた作品を制作してきた。今回の「Landscape」(2024〜2026)では、風景を単に自然の眺めとしてではなく、人や植物、食べ物、建築、記憶などが交わりながら生まれるものとして捉えている。

CINEMA AMIGOでは、アート、建築、音楽、歴史などを主題とした作品が上映されている

 また、CINEMA AMIGOをはじめとする街の文化拠点も、芸術祭における重要な場所となっている。逗子アートフェスティバルは、市民の有志によって始まり、地域の人々や施設、アーティストたちの協働を通じて継続されてきた。今回のように美術館やギャラリーだけに限定されない会場構成は、その成り立ちとも関係している。

芸術祭のフィナーレは海から山へ

 芸術祭最後の週末となる10月24日〜25日には、池子の森自然公園で「池子の森の音楽祭」が開催される。9回目を迎える同音楽祭には、七尾旅人、二階堂和美、TENDREら多彩なミュージシャンが出演する。

 最終日の25日には、特別企画「多者の音〜海から森へ、街が鳴る〜」を実施。「切腹ピストルズ又の名を江戸一番隊」が逗子海岸から池子の森自然公園まで、街を練り歩きながら演奏する。海から市街地を経て森へと至るこの企画では、音楽とともに街そのものがパフォーマンスの舞台となる。

 歴史的建造物の内部から、駅前の工事壁や図書館、ギャラリー、飲食店へ。逗子アートフェスティバル2026では、作品が様々な場所に置かれることで、その土地に蓄積された歴史と、現在の人々の営みとが交差する。「はじまりの未来、はじまりの場。」というテーマは、過去の時間を振り返るだけでなく、いま、この街で生まれつつある人やものとの関係にも向けられている。