2026.10.5

アンネ・イムホフ「House of Swans」(大館)開幕レポート。クラシック・バレエを取り込んだ新作パフォーマンス

香港の大館コンテンポラリー(Tai Kwun Contemporary)で、アンネ・イムホフのアジア初となる大規模個展「House of Swans」が開幕した。会期は9月25日〜2027年1月3日。新作の絵画や彫刻、映像、インスタレーションとともに、近年イムホフが関心を深めてきたクラシック・バレエを取り入れたパフォーマンス《House of Swans》(2026)を展開。香港バレエや国際的なダンサー、ミュージシャンとの協働を通して、身体の規律と自由、親密さ、変容といった主題に向き合う。

文・撮影=大原愛美(編集部)

Anne Imhof《House of Swans》(2026)live performance with dancers from Hong Kong Ballet, Tai Kwun Contemporary
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 香港の大館コンテンポラリー(Tai Kwun Contemporary)で、アンネ・イムホフのアジア初となる大規模個展「House of Swans」が開幕した。会期は9月25日〜2027年1月3日。初公開となる新作を中心に、絵画、彫刻、映像、インスタレーション、音楽など複数のメディアを横断して構成される本展では、近年イムホフが関心を深めてきたクラシック・バレエも大きく前景化している。会期中には香港バレエとの協働によるパフォーマンス《House of Swans》(2026)も上演され、開幕にあわせて約70分のフルバージョンが披露された。

 イムホフは1978年ドイツ・ギーセン生まれ。パフォーマンスや振付のみならず、絵画、ドローイング、音楽、インスタレーション、彫刻、近年では映像へと実践を広げてきた。2017年には第57回ヴェネチア・ビエンナーレのドイツ館で《FAUST》(2017)を発表し、国別参加部門の金獅子賞を受賞。テート・モダン、パレ・ド・トーキョー、ステデリック美術館など各地の美術館で作品を発表してきた。

身体の存在と不在をめぐる作品群

 本展では、2025年にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで発表された大規模なパフォーマンス・インスタレーション《DOOM: House of Hope》(2025)の映像とともに、新作の絵画やブロンズ彫刻、インスタレーションが展示されている。《DOOM: House of Hope》(2025)の映像にパフォーマーの身体が現れるいっぽう、新作絵画の一部では、イムホフ自身が画面を引っ掻く行為によって、その身体運動が痕跡として残されている。身体そのものと、それが去ったあとに残るものが、異なるメディアを通して提示される。

Anne Imhof《The Queen of the Swans》(2026)oil on canvas, 250 × 320 cm. © Anne Imhof. Courtesy Vincenzo and Claudia Rose De Cotiis, Milan.
Anne Imhof《Giselle 1》(2026) oil on canvas, 200 × 348 cm. © Anne Imhof. Courtesy the artist and Sprüth Magers.

 本展のタイトルにある「白鳥」やクラシック・バレエへの参照も、絵画のなかに現れる。《The Queen of the Swans》(2026)では、暗い画面に白鳥の姿と「I AM THE QUEEN OF THE SWANS」という文字が描かれる。いっぽう《Giselle 1》(2026)は、1841年にパリで初演されたクラシック・バレエ『ジゼル』を参照した作品だ。イムホフは恋人の裏切りを知ったジゼルが現実との接続を失っていく「狂乱の場(Mad Scene)」に着目し、破綻と変容が重なり合う場面として解釈したという。

Anne Imhof《Untitled》(2025)Bronze 85.5 × 59.5 × 7 cm © Anne Imhof Courtesy the artist and Sprüth Magers.

 また、抱き合う2人の人物を浮彫りにしたブロンズの《無題》(2025)では、身体の接触そのものが像として定着されている。寄り添い、支え、身体を預ける二者の関係は、後述するパフォーマンスにおいて身体同士が結ぶ関係とも緩やかに響き合う。

Anne Imhof《House of Swans》(2026) installation view 撮影=編集部

 香港という開催地に応答する要素もある。大きなガラスケースに収められているのは、香港のClear Water Bay Film Studio(清水湾電影製片廠)から回収された古いフィルムリールだ。同スタジオは、香港映画産業が拡大していく1950年代、長城電影製片有限公司(Great Wall Movie Enterprises)の制作拠点を拡充するために建設が計画された。香港電影資料館によれば、その設立は香港映画産業の新たな出発点のひとつとなり、以後、数多くの映画制作を支えてきたという。かつて俳優たちの演技を記録していたフィルムは、ここでは内容を映し出すのではなく、取り残された物質として姿を現す。隣接する映像作品《Citizen》(2025)とともに、大館はこれらを、歴史とフィクション、スペクタクルと廃墟、静止と潜在的な運動のあいだにあるものとして位置づけている。

《DOOM》からクラシック・バレエへ

 本展でより明確になっているのが、イムホフとクラシック・バレエとの関係だ。その試みは突然始まったものではない。前年の《DOOM: House of Hope》(2025)でもバレエはすでに取り入れられており、「House of Swans」はそこからさらに踏み込んで、バレエの身体言語そのものを作品の中心へと引き寄せている。本展は、《DOOM: House of Hope》(2025)で示されたバレエへの関心を拡張するものという位置づけでもあるそうだ。

Anne Imhof《House of Swans》(2026)live performance with dancers from Hong Kong Ballet, Tai Kwun Contemporary

 新作パフォーマンス《House of Swans》(2026)には、ひとりの若い女性を中心とする物語が設定されている。主人公は社会のなか、そして舞台の上で、自らの力や主体性、声を取り戻そうとしながら、愛、自身の信念、家族への義務のあいだを進んでいく。古典バレエの厳密な身体の規律を用いながら、そこからどのような異なる身体を立ち上げられるか。こうした問いが、近年のイムホフの実践とバレエを接続している。

Anne Imhof《House of Swans》(2026) 右がデヴォン・トイシャー 撮影=編集部
Anne Imhof《House of Swans》(2026) 中央右がリーヴァイ・ストラッサー 撮影=編集部

制作には、アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルであるデヴォン・トイシャーをはじめ、マイケル・デ・ラ・ヌエズ、レミー・ヤング、トーン・ローバッハ、ダニール・シムキン、エライザ・ダグラス、香港バレエ団のダンサーらが参加した。オリジナルスコアは作曲家ジェイコブ・マッデンがイムホフとの協働によって制作。電子音響や声、ピアノ、ドラム、ギターなどから構成され、リーヴァイ・ストラッサーによるライブ演奏もパフォーマンスに組み込まれている。音楽は上演時だけでなく、展覧会そのもののサウンドトラックとしても用いられる。

約70分にわたる新作パフォーマンス

 開幕にあわせて披露された《House of Swans》(2026)のフルバージョンは約70分にわたる。そこでイムホフが扱うのは、完成された古典バレエの物語をそのまま再演することではない。クラシック・バレエに固有の身体の語彙を土台としながら、バレエの伝統性から離れた動作や姿勢、複数の身体の関係を重ねることで、ひとつの振付を立ち上げていく。

Anne Imhof《House of Swans》(2026) 撮影=編集部

 ときに身体は集団を形成し、ときにそこからひとりの身体が切り離される。踊る身体だけではなく、立ち止まること、姿勢を保つこと、床へと重心を落とすこと、別の身体に触れることもまた一連の動きのなかに置かれる。クラシック・バレエが長い訓練によって身体を統御する様式であることを背景に、その身体が規律に従う瞬間と、そこから外れていく瞬間とが同じ上演のなかに共存する。

 《House of Swans》の振付では、ひとりで完結する身体だけでなく、他者との接触によって成立する身体も繰り返し現れる。展示作品の《無題》(2025)では二者の身体がひとつの像として固定されている。いっぽうパフォーマンスでは、接近し、身体を預け、再び離れていく関係が、時間のなかで変化していく。親密さや依存、身体間の距離というモチーフは、展示とパフォーマンスの双方に見出すことができる。

Anne Imhof《House of Swans》(2026) 撮影=編集部

 音もまた、身体の運動と並ぶ重要な構成要素となる。ジェイコブ・マッデンによるスコアは、電子的なサウンドスケープから声、ピアノ、ドラム、ギターまでを横断し、ライブ演奏と録音された音源を重ねる。音が変化するにつれて、ダンサーの動きも一様なリズムには回収されず、群舞と個々の身体、静止と運動が交互に前景化していく。

Anne Imhof《House of Swans》(2026) 3/F small gallery, installation view, Tai Kwun Contemporary

 そして、《House of Swans》(2026)の背後には、『ジゼル』をはじめとするクラシック・バレエのイメージが断片的に存在している。展示される《Giselle 1》(2026)が恋愛の破綻を契機とする「狂乱の場」を参照するように、パフォーマンスでもまた、愛や欲望、個人の意思、他者や集団との関係が身体によって示される。ただしそれらは、古典作品の物語を忠実になぞるものではなく、既存のバレエが蓄積してきた身体と物語の形式を引き受けながら、それを別の文脈へと置き直す試みとして現れている。

 大館は、本展におけるパフォーマンスを「展覧会の、舞台美術に対するひとつの解釈」と説明している。絵画、彫刻、映像とパフォーマンスがひとつの物語へと収束するのではなく、身体、バレエ、親密さ、規律と自由、変容といったモチーフが、それぞれ異なる媒体のなかで反復される。展示とパフォーマンスの関係もまた、その複数の読みのなかに置かれていると言えるだろう。

 本展では、開幕週の約70分のパフォーマンスに続き、10月〜11月の指定日には香港バレエ団による約45分のアダプテッド版が上演される。