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2026.7.9

「ぬけみち展 かわす・つくる・ともにいる―生きるための回路」(アーツ前橋)開幕レポート。7組の作家による「視点」「態度」「アクション」を目の当たりにする

群馬県前橋市のアーツ前橋で「ぬけみち展 かわす・つくる・ともにいる―生きるための回路」が開幕した。会期は8月30日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

地下空間に広がるSIDE COREの代表作《rode work ver. under city》(2023)
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 群馬県前橋市のアーツ前橋で「ぬけみち展 かわす・つくる・ともにいる―生きるための回路」が開幕した。会期は8月30日まで。担当は同館キュレーターの高橋由佳。

 本展が企画された背景には、昨今の社会に広がる不安や閉塞感がある。未来への希望を見出し難い時代に、我々はどのように向き合っていけばよいのだろうか。

記者内覧でのフォトセッションの様子。前列右から2番目がキュレーターの高橋由佳。後列右端が館長の出原均

 今回参加するのは、阿部航太、高野ユリカ、SIDE CORE、坂本舞ニルセン、鈴木哲生、ドットアーキテクツ、山本卓卓・三野新の7組であり、建築、ファッション、デザイン、現代アートなど、多様な領域で活動する気鋭の表現者たちだ。

 タイトルにある「ぬけみち」とは、たんなる現実逃避を意味しない。身の回りの環境を見つめ直し、誰かと新たな関係を結ぶことから生まれる、「この場所・この社会」をわずかにひらくための実践を指す。社会や都市、あるいは他者との関係に向き合い、現実をわずかに「ずらす」作家らの試みを、展覧会という形式を通して提案することが本展の狙いとなっている。

様々な視点から価値観を捉え直す

 地上階と地下をつなぐ吹き抜けや、地下回廊のようなアーツ前橋のユニークな空間を、作家たちは大胆に活用している。

山本卓卓・三野新による上演型インスタレーション《あなたは必ず幸せになる》《私は幸せになった》(ともに2026)。山本が執筆したシナリオを、三野が舞台装置へと落とし込んでいる

 まず、地上階から地下への階段に現れるのは、劇作家/演出家の山本卓卓(1987〜)とアーティストの三野新(1987〜)がタッグを組んだ上演型インスタレーションだ。ここでは、2つの戯曲《あなたは必ず幸せになる》と《私は幸せになった》(ともに2026)が展開されている。近年「幸せと健康」をテーマに制作を続ける山本がシナリオを手掛け、「健康」という普遍的な価値と、社会が定義する「幸せ」の窮屈さをあぶり出したという。作品内を歩き回り、どこからか聞こえてくる声に耳を澄ませるうち、鑑賞者は「自分にとっての幸せとは何か」を自問自答することになる。

坂本舞ニルセン《LOVEBOMB》(2025)。奥に見えるのは本展に合わせて制作された《ニョコニョコ!(Power Laboration)》(2026)

 ファッションデザインを主軸とする坂本舞ニルセン(1993〜)は、既存の衣服を解体・再構築することで、衣服が本来もつ機能を超えた新たな価値を見出す。本展では、軍服の解体を通じてそれが内包する攻撃性や権威性を再解釈する《LOVEBOMB》(2025)や、資本主義社会の象徴であるワイシャツを解体して空間に配した新作《ニョコニョコ!(Power Laboration)》(2026)を展示。衣服に宿る記号性を揺るがすことを展覧会という形式のなかで試みている。

阿部航太による《街は誰のもの?(マルチチャンネル)》(2026)

 高知県を拠点に「デザイン・文化人類学」を指針として活動するグラフィックデザイナー・阿部航太(1986〜)は、路上をめぐる3つのプロジェクトを紹介。通路脇の床に置かれたモニターには、2018年のサンパウロの路上文化を捉えた《街は誰のもの?(マルチチャンネル)》(2026)が映し出されている。グラフィティ、カーニバル、デモなどの映像を通じ、個人がいかに街の風景に関わり、影響を与えているかが可視化されていた。

アーツ前橋での展示に合わせて制作された《シネマポートレイト前橋 2026》(2026)
阿部が土佐市で運営する「わくせい」の取り組み。外国人技能実習生と地域住民の交流拠点となっている

 さらに、前橋の日本語学校に通う学生の視点から街を見つめる《シネマポートレイト前橋 2026》(2026)や、自身が土佐市で運営する、外国人技能実習生と地域住民の交流拠点「わくせい」の取り組みも紹介。異なるルーツを持つ人々との交わりを、本来あるべきポジティブな地平へと引き戻そうとする視点が印象的であった。

吹き抜け空間が特徴の展示室では、ドットアーキテクツによる建築視点からの取り組みが紹介される
プロジェクトのなかで制作されたスツール

 ダイナミックな吹き抜けを持つ地下展示室では、大阪を拠点とする建築家ユニット・ドットアーキテクツによる「つくる身体」を取り戻すための大規模なプロジェクトが展開されている。

 都市生活は「誰かがつくったもの」にあふれており、我々はそれを享受して生きている。便利で効率的ないっぽうで、「誰によって、どうつくられているか」への想像力が麻痺している可能性をドットアーキテクツは指摘する。そこで提示されるのが、実際につくるスキルとメンタリティを養う学びの場「アーキジム」の実践だ。昨年開催されたプログラムの全貌が会場の左半分に、その学びを経て構想しうるものの展示が右半分に展示されている。

 また、会期中には参加型ワークショップも開催予定。普段「消費をする」側にいる鑑賞者にとっても、「つくる」感覚を鍛える本プログラムは新鮮な刺激となるはずだ。

小さな風景から大きな事象へアクセスする

 写真家の高野ユリカ(1987〜)は、現在と過去、あるいは異なる場所の時間軸が響き合う環境に着目し、それらが共存する様を「庭」のように捉えて作品化する。今回は地下回廊のような通路の壁面と展示ケースを使い、2つのシリーズを展開した。 

高野ユリカによる2つのシリーズ作品「明るい場所への再訪」(2021)、「New Garden」(2026)
「New Garden」(2026)の映像作品

 神奈川県海老名市を撮影した「明るい場所への再訪」(2021)では、街を分断する高速道路の遮音壁、周辺住民の営み、そしてそこに自生する植物に着目。もうひとつの「New Garden」(2026)は、マレーシア・ペナン島の友人を訪ねたことから始まった思索を記録した、映像と写真による新作だ。目の前の事象を丹念に観察し、想像力を働かせることで、遠い過去やそこに絡み合う微細なものごとに目を向けるよう、鑑賞者へ静かに呼びかける。

タイポグラフィを専門とする鈴木哲生は「文字」のあり方を捉え直す
近年Adobeでも導入されたバリアブルフォントに端を発する作品。入力した文章に合わせ、AIがフォントの提案を行う

 商業デザイナーとして活動する鈴木哲生(1989〜)は、専門であるタイポグラフィの観点から、日常風景に溶け込んだ「文字」のあり方を見直し、新鮮な視点を提供する。4つにゾーニングされた空間では、文字の質感、情報量、書体、文章構成の仕組みを再考。「この文字を使えばどう伝わるか」「もしこの文字が現代にあれば、どんな文明が築かれたか」。文字という静かなインフラが社会や文化に与える影響をめぐる、想像の飛躍が楽しい内容となっている。

地下空間に広がるSIDE COREの代表作《rode work ver. under city》(2023)
新作の《untitled》(2026)。ガードレールを用いてつくられた二人乗り自転車で表参道の街中を走る様子が映し出されている

 同館でもっとも広い地下空間に展示されるのは、アーティストコレクティブSIDE COREの代表作《rode work ver. under city》(2023)だ。複数のスクリーンを用い、スケーターたちが都市の地下空間を滑走する様子を臨場感をもって映し出している。異なる空間を映像編集によって接続し、「仮想的な地下都市」を出現させる本作は、身体的アクションによって都市の見えない余白をひらいていく試みだ。

 また、この空間にはSIDE COREによって追加で建てられた柱がいくつも存在する。柱にはそれぞれ仕掛けが施されており、SIDE COREがまなざす「都市をひらく」行為を鑑賞者は体感することが可能だ。さらに、開幕直前に撮影されたばかりの新作映像も登場。こちらも見逃せない。

 本展で提示されていたのは、現実の閉塞感を突破する回路を見出すための、7組それぞれの生き方と実践だ。アート、デザイン、建築、演劇といった幅広いジャンルで活動する作家たちの視点は、個人的でミクロな視点から、社会構造を見据えるマクロな視点まで豊かに広がる。そのまなざしは、我々が日々うっすらと感じている違和感と共鳴し、何気ない日常をポジティブに捉え直すためのヒントになるだろう。

 館長の出原が挨拶で述べた「権力からの解放区としての芸術」という言葉を思い出す。作家たちが提示してみせたのは、社会のしがらみや固定観念を軽やかにときほぐし、世界の見方を少しだけチューニングする「生きるための回路」であった。本展は公立の美術館という立場から開催される展覧会でもあり、その制度のなかで解放区を想像することの重要性についても考えさせられる内容であった。