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2026.4.29

「ロン・ミュエク」展(森美術館)開幕レポート。圧倒的なリアリティの先に広がる解釈や思索の余白

東京・六本木の森美術館で、日本では18年ぶりの大規模個展となる「ロン・ミュエク」展が開幕した。会期は9月23日まで。会場をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

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 東京・六本木の森美術館で「ロン・ミュエク」展が開幕した。会期は9月23日まで。

 ロン・ミュエクは、1958年オーストラリア・メルボルン生まれ。革新的な素材や技法、表現方法を用いて人物を中心とした具象彫刻の可能性を押し広げてきた現代美術作家だ。実際の人物よりもはるかに大きく、または小さく造られる彫刻作品が特徴で、まるで生きているようなリアリティのなかに、鑑賞者一人ひとりの解釈や思索を促す余白を持たせる。ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト」展(1997)への参加で注目を集めて以来、世界各地で個展を開催してきた。近年ではソウル、オランダのハーグで個展を開催。日本では、十和田市現代美術館で《スタンディング・ウーマン》(2007)が常設展示されている。一作品を制作するために数ヵ月から数年を要することもあり、過去30年間に制作された作品総数は49点に留まる。

 本展は、ミュエクとカルティエ現代美術財団との長きに渡る関係性によって企画されたもの。2023年パリの同財団での開催を起点とし、ミラノとソウルを経て、今回同館での開催が決定した。日本では、2008年に金沢21世紀美術館で回顧展が開催されて以来、18年ぶり、2度目の個展となっている。日本初公開の6点を含む、初期の代表作から近作まで11点が展示され、作品の発展の軌跡を辿ることができる内容だ。

ロン・ミュエク《杖を持つ女》(2009)ミクストメディア 170×183×120cm カルティエ現代美術財団

 本展は、日本初公開作品のひとつ、《杖を持つ女》(2009)からはじまる。裸の女性が自身よりも大きい木の枝の束をなんとか抱えようと持ち上げている姿が印象的だ。皮膚の質感などはリアルないっぽう、なぜ裸なのか、どのようなシチュエーションなのか、その背景は明かされない。自身の言葉でほとんど作品について語らず、鑑賞者の想像に委ねるミュエクの創作姿勢が伝わってくる。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》(2005)ミクストメディア 162×650×395cm カルティエ現代美術財団

 続く展示室では、巨大な女性がベッドに横たわっている《イン・ベッド》(2005)を展示。長さ6.5メートル、幅約4メートルの大型作品だ。日常の一コマのようでありながら、そのスケールゆえに鑑賞する人間が小さくなり、おとぎ話の世界に迷い込んだような感覚に陥る。また、彼女の物憂げな視線は、その思惑を様々に想像する余地を生んでいる。

初期の代表作品も

 本展は作品を時系列に並べるのではなく、会場の特性にあわせて過去作と近作を織り交ぜて構成されている。ミュエクの初期の代表作である《エンジェル》(1997)は、会場内で唯一、自然光が差し込む空間で紹介されている。公開される機会が希少な個人蔵の作品で、日本初公開となる。

ロン・ミュエク《エンジェル》(1997)ミクストメディア 110×87×81cm 個人蔵

 18世紀のイタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロによる《ヴィーナスと時間の寓意》(1754〜58頃)をロンドンのナショナル・ギャラリーで目にし制作としたという本作。幸福の象徴である「天使」のイメージからは程遠い、物憂げな風貌のエンジェルは、地上53階に注ぐ外光を浴びながら、力なく視線を落としている。展示におけるライティング(自然光を含む)を極めて重視するミュエクが、本作をこの展示室に展示した意図を想像したい。なお、夜間はひさしが上がり、窓の外には夜景が広がり、作品に対する新たな解釈が生まれそうだ。

ロン・ミュエク《ダーク・プレイス》(2018)ミクストメディア 140×90×75cm ZAMU

 彫刻を包み込む暗闇を作品の一部に取り込んだ《ダーク・プレイス》(2018)も日本初公開となる作品だ。暗い入り口に立った鑑賞者は、暗闇のなかに浮かぶ巨大な男性の顔と対峙することになる。いっぽう、高さ90センチほどのサイズの下着姿の老人と鶏が対峙している《チキン/ マン》(2019)からは、コミカルな印象を受ける。知人をモデルにしたという本作は、つねに何かに憤っているその人物の佇まいに作家が興味を抱いたことから生まれた。スケールの差異や切り取られる場面によって、様々な印象が創出されていることがわかる。

ロン・ミュエク《チキン / マン》(2019)ミクストメディア 86×140×80cm クライストチャーチ・アートギャラリー / テ・プナ・オ・ワイウェトゥ
ロン・ミュエク《買い物中の女》(2013)ミクストメディア 113×46×30cm タデウス・ロパック

 ひとりの母親を描いた《買い物中の女》(2013)は、両手に買い物袋を下げ、コートの懐に赤ん坊を抱いている。実際の人間よりもはるかに小さくつくられた本作からは、母親の疲労感や脆さや弱さが強調されているようだ。抱かれた赤ん坊は真っ直ぐに母親の目を見つめているが、母親の目線は虚空を漂っている。ミュエクがロンドン北部のスタジオ近くの交差点で実際に見た母親をその場でスケッチして制作された本作。レジ袋のなかに透けて見える食材などまで再現されており、リアルな日常のなかにある切実さがより際立っている。

ロン・ミュエク《マスクⅡ》(2002)ミクストメディア 77×118×85cm 個人蔵

 眠りに落ちた作家自身の顔を、約4倍で表現した作品《マスクⅡ》(2002)は、裏側に回ると空洞になっている。恐ろしいほどリアルな自画像にも関わらず、それがたんなる虚像=マスクでしかないという事実。ミュエクの作品の特徴である、現実と非現実のバランスを表現した典型と言えるだろう。

空間を支配する《マス》

 本展の目玉となるのは、巨大な頭蓋骨の彫刻100点で構成されるインスタレーション《マス》(2016〜17)だ。本作はメルボルンで開催されたNGVトリエンナーレ 2017で初公開され、その後フランス、イタリア、オランダ、そして韓国で展示された。展示室の構造や特性に合わせて再構成されるサイトスペシフィックな作品である。同館では約300平米の空間で展開されており、その光景は圧巻だ。世界各地で死を伴う暴力の連鎖が日常的に起きているいま、頭蓋骨たちが「メメント・モリ(死を忘れるな)」というメッセージを発する。照明の明暗で少しずつ異なる表情を見せる頭蓋骨たちのあいだを縫うように、鑑賞者は歩くことになる。

ロン・ミュエク《マス》(2016〜17)合成ポリマー塗料、ファイバーグラス サイズ可変 ビクトリア国立博物館
ゴーティエ・ドゥブロンド《ロン・ミュエクのスタジオ、ベントナー、2019-2023》(2019〜23)Cプリント、アルミ複合板

 会場では、フランスの写真家・映画監督のゴーティエ・ドゥブロンドが、25年以上にわたり記録してきたミュエクのスタジオと制作風景も公開されている。ロンドンやワイト島のスタジオでの創作プロセスを収めた写真や映像は、ミュエクの創造の原点を紐解く貴重な資料だ。完成した彫刻作品とあわせて鑑賞することで、その制作手法についてのより深い理解が得られるだろう。

 初期から現在に至るまで、ロン・ミュエクの多種多様な作品群が展示されている本展。鑑賞者の想像力や解釈を限定することなく、いまこの場所でしか鑑賞できないサイトスペシフィックな体験がここにはある。