2025.11.15

「オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴」(千葉県立美術館)開幕レポート。知られざる千葉とオランダの関係を写真から紐解く

千葉市の千葉県立美術館で千葉とオランダの関係を軸に展開される展覧会「オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴」が開幕した。会期は2026年1月18日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ「Metropolitan Melanchoria」シリーズ
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 千葉市の千葉県立美術館で「オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴」が開幕した。会期は2026年1月18日まで。

 江戸時代に佐倉藩が蘭学を奨励して以降、千葉県はオランダとの交流を重視してきたという。本展はオランダにまつわる2つの要素で構成されている。まずは、写真家・小説家として千葉を拠点に活動する清水裕貴が、オランダにゆかりのある千葉の歴史に注目し、そのリサーチを自作の写真とともに、古写真や美術館所蔵の絵画コレクションも含めて紹介するセクション。そしてオランダ出身の若手写真家、サラ・ファン・ライとダヴィット・ファン・デル・レーウの作品を日本で初めて紹介するセクションだ。

展示風景より、清水裕貴の風景写真
展示風景より、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ「Metropolitan Melanchoria」シリーズ

 まずは清水による展示空間を紹介したい。清水は千葉県生まれ。2007年、武蔵野美術大学映像学科卒業。2011年に第5回写真「1_WALL」グランプリを受賞、2016年に第18回三木淳賞を受賞した。小説では2018年、新潮社R18文学賞大賞受賞。土地の歴史や伝承のリサーチをベースにして、写真と言葉を組み合わせて風景を表現している。

展示風景より、左から清水裕貴《あなたはここにいない》(2022)、《学芸員K》(2025)

 本展の開催にあたって清水が着目したのは、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の弟で、水戸藩の第11代藩主であった徳川昭武が残した多数の古写真や日誌などの記録だ。昭武はオランダ各所を訪れて見識を広げた経験を持ち、29歳で千葉の松戸にある戸定邸(重要文化財)に隠居すると多彩な趣味に熱中した。とくに写真には入れ込んでいたそうで、会場では、昭武が使用したカメラも展示されている。

展示風景より、徳川昭武が愛用していた1号パノラムコダック

 戸定邸に隣接する戸定歴史館には、昭武が残した膨大な写真や撮影の記録、日誌といった資料が残されている。清水は同館の「学芸員K」と対話しながら、昭武の足跡をたどっていったという。会場には、昭武の撮影した明治時代の写真とともに、清水の写した「学芸員K」や戸定邸の写真が並び、さらにこの学芸員Kと、清水と思わしきSが対話した記録であろうテキストが掲示される。

展示風景より、左から清水裕貴《学芸員K》《戸定邸》(ともに2025)

 清水はこの時代の日本の芸術家に影響を与えた、何気ない田園風景に美を見出したバルビゾン派の作風と、昭武が写した風景の関連性にも着目する。当時は農村の風景が色濃く残っていた江戸川沿いの松戸近辺を写した昭武の写真を参考に、清水もその足跡をたどるように写真を撮影した。なお、ここでは、カミーユ・コローや、シャルル=フランソワ・ドービニー、テオドール・ルソーといったバルビゾン派の画家による、同館所蔵の作品も展示される。

展示風景より、左が徳川昭武《吉ヶ崎(1)》(1908)と清水裕貴の風景写真

 また、清水は慶喜や昭武をはじめとした、旧大名や公家からなる写真愛好家グループが刊行していた写真集『華影』も紹介。権力構造が大きく変化した江戸から明治への移り変わりのなか、かつての権力者がいかに芸術を自分たちの楽しみに取り入れていったのかを照らし出す。

展示風景より左が『華影』明治36年12月号、右が同号に掲載の岡部長織出品《COROT》

 清水は、稲毛にある国の登録有形文化財・旧神谷傳兵衛稲毛別荘もリサーチした。日本のワイン王と呼ばれた神谷傳兵衛は、稲毛に別荘を建てる。稲毛が海沿いの保養地であった記憶を留めるこの別荘だが、かつて目の前にあった海は、現在は埋め立てられて海岸線がはるか遠くになっている。清水は別荘の窓ガラスから見えたであろう、かつての海の情景を留めようと、撮影した場所の泥やカビを収集。そこに漬け込んで腐らせたフィルムをプリントし、作品を制作した。清水はこの手法で千葉の各所の作品を作成。眼の前の風景のみならず、そこにある土地の要素が画面を浸食し、積極的に関与する作品群が現れた。

展示風景より、清水裕貴の稲毛を写した風景写真
展示風景より、左が清水裕貴《浮上―実験場跡地 千葉県館山市》(2024)

 なお、千葉県を代表する洋画家といえる浅井忠のほか、稲毛にアトリエを構えたジョルジュ・ビゴーが描いたかつての千葉の海岸風景なども併せて展示されており、同館コレクションにも新たな光を当てている。

展示風景より、右がジョルジュ・ビゴー《稲毛村の我がアトリエ》(1892-97)

 最後の展示室では、サラ・ファン・ライとダヴィット・ファン・デル・レーウの写真作品が展示されている。ふたりはアムステルダムとパリを拠点に活動するオランダ出身の写真家で、 パートナーであり、ユニットとしても個人としても活動している。2023年にはふたりの初の写真集『Metropolitan Melancholia』を出版。今年12月からは、サラ・ファン・ライにとって初となる美術館での個展をパリのヨーロッパ写真美術館で開催予定など、近年評価が高まるユニットだといえる。

展示風景より、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ「Still Life(静物)」シリーズ

 ふたりは都市を歩き回りながら作品を制作する。そして新型コロナウイルスのパンデミックによる行動規制は、その制作を異なるかたちで進化させた。「Still Life(静物)」シリーズは、ロックダウン中の室内でガラス面に反転した映像や、壁に投影された影を利用して、チューリップやバラといった花々のイメージを拡張している。

展示風景より、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ「Still Life(静物)」シリーズ

 また「Metropolitan Melanchoria(メトロポリタン・メランコリア)」 シリーズは、コロナ禍のニューヨークを舞台に撮られている。影やイメージの重なりを取り入れながら、都市の何気ない風景を映画の一場面のように切り取った。

展示風景より、サラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ「Metropolitan Melanchoria」シリーズ

 本展は実質的に、ふたつの展覧会が併存している。このふたつをつなぎ合わせながら、オランダと千葉という県外においてはあまり知られていない歴史に焦点を当て、多面的なアプローチによってその重層性を導く試みといえるだろう。