2025.10.6

「ひろしま国際建築祭2025」開幕レポート。建築文化の集積地で感じる新しい未来の姿

広島・福山、尾道を中心とした全7会場で、建築文化の祭典「ひろしま国際建築祭2025」が開幕。初回となる今年の会期は10月4日~11月30日。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

山の上から見た尾道市立美術館と瀬戸内海
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 広島県福山市、尾道市を中心に、世界的で活躍する著名建築家や未来を担う若手建築家総勢21組が参加する、建築文化の祭典「ひろしま国際建築祭2025」が開幕した。初開催となる今年の会期は10月4日~11月30日。総合ディレクターは白井良邦、チーフ・キュレーターは前田尚武。

 ひろしま国際建築祭は、「『建築』で未来の街をつくり、こどもの感性を磨き、地域を活性化させ、地域の“名建築”を未来に残すこと」をミッションとして掲げ、3年に一度の開催を目指す建築文化の祭典。参加する建築家は、世界を舞台に活躍する巨匠から未来を担う若手建築家まで幅広い世代から選出されている。

 建築文化を切り口に、ドローイングや模型、動画の展示やインスタレーションが展開され、会期中には、トークショーや文化財指定の古建築・通常非公開の建築物などのオープンアーキテクチャー、地元小中学生を招いた建築鑑賞やワークショップなど、多様なプログラムも企画されている。

 本建築祭の開催地となる広島県が位置する瀬戸内地域は、風土や景観、伝統に呼応した名建築の数々が生まれてきた土地でもある。古建築から現代建築までがひしめく「建築文化の集積地」でもあることから、本建築祭の舞台として選ばれた。

 第1回となる「ひろしま国際建築祭2025」のテーマは、「つなぐ『建築』で感じる、私たちの“ 新しい未来”Architecture:A New Stance for Tomorrow」。歴史、風土、景観、技術、思想など様々な視点から「建築」に触れることで、“新しい未来”像を探すきっかけをつくる機会となる。

 本建築祭は、主に尾道エリアと福山エリアに分かれており、7つの会場を中心に8つの展示が展開されている。本稿ではエリアごとにいくつかのプログラムをピックアップして紹介する。

尾道エリア

 尾道エリアの千光寺公園の側にある尾道市立美術館では、「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」が開催されている。建築界のノーベル賞と言われている「プリツカー建築賞」だが、アメリカと並び日本人の受賞者数が世界一(2025年時点)であることをご存じだろうか。意外と知られていないこの事実をきっかけに、本展は改めてプリツカー建築賞を受賞した9名の建築家に焦点を当てるものとなる。参加作家は、丹下健三、槇文彦、安藤忠雄SANAA(妹島和世・西沢立衛)、伊東豊雄、坂茂、磯崎新、山本理顕。

安藤忠雄建築である尾道市立美術館の外観

 会場は2フロアで構成されており、丹下、槇、磯崎以外の建築家6名(5組)は、部屋ごとに分けられ紹介されている。模型や文献資料のほかに、写真や映像、体験プログラムなどを通して各建築家を知ることができ、同じ日本人建築家といっても、いかにそれぞれが異なるアプローチをとってきたのかが一目でわかる構成となっている。会場に掲示された建築家同士の相関図も興味深い。

「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」の安藤忠雄セクションより
「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」の伊東豊雄セクションより
「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」の山本理顕セクションより

 続いて山を降りるように歩いていくと、インドのスタジオ・ムンバイの代表である建築家のビジョイ・ジェインが設計したLOGにたどり着く。ここでは、大阪を拠点に活動するUMA/design farmが手がける「Architecture Voice from LOG |『建築の声』を聞く」が展開されており、LOGについて深く理解できるトピックが各所に散りばめられている。LOGは3階建てで、1階にはレセプションやショップ、2階にはギャラリーやカフェ&バーが入っている。3階には全6部屋の客室とライブラリーが設けられているが、このフロアには宿泊者しか入ることはできない。

LOG 外観
「Architecture Voice from LOG |『建築の声』を聞く」の様子
LOGのライブラリーの様子。宿泊者のみ観覧可能

 外と中の空間がシームレスに感じられるような設計となっており、尾道の自然を近くに感じられる空間が広がる。ギャラリーでは、LOGを構成する素材が並べられている。実際には使われなかったものも紹介されることで、誕生するまでのプロセスを含め、LOGを知ることができるような工夫がなされている。

「Architecture Voice from LOG |『建築の声』を聞く」のギャラリーの様子

 LOGから見える位置にあるのは「LLOVE HOUSE ONOMICHI(ラヴ・ハウス・オノミチ)」。建築家・長坂常が、尾道で一目惚れした空き家を自ら購入してリノベーションし、新たな文化交流拠点として再生させたものだ。ここを公開して「OPEN LLOVE HOUSE|尾道『半建築』展」が開催されている。長坂が率いる建築設計事務所・スキーマ建築計画が、今年で設立から27 年を迎えることを記念し、OBOGと現スタッフ約40 名が自身の携わったプロジェクトや現在の活動を報告する内容だ。

「OPEN LLOVE HOUSE|尾道『半建築』展」より

 尾道の商店街のなかにある、まちなか文化交流館「Bank」も会場のひとつ。ここでは写真家・高野ユリカによる「うつすからだと、うつしの建築」が開催中。古建築から最新の現代建築までが街なかに溶け込む尾道で、「うつし」の建築に焦点を当て写し出された作品が展開されている。本展では5つの建築が取り上げられ、リサーチのなかで見つけたそれぞれの人物たちを、高野が解釈し紡いだテキストもあわせてみてほしい。本展の会期は11月3日までなので、早めに行くことをおすすめする。

「うつすからだと、うつしの建築」の会場風景より

 そしてONOMICHI U2では、「『ZINE』から見る日本建築のNow and Then」と題して、京都を拠点に活動するけんちくセンターCoAK(主宰:川勝真一)のキュレーションで、日本の若手建築家がつくった「ZINE」や希少な建築系のヴィジュアルブックを集めて展示、販売(一部)が行われている。

「『ZINE』から見る日本建築のNow and Then」の会場風景より

 また今回、建築家の中⼭英之、堀部安嗣、石上純也も本建築祭に参加しており、この3名は「移動型キオスク(⼩さな建築)」を制作している。このキオスクは、トリエンナーレとなる本建築祭において、次回以降も引き継がれることが想定されている。そのため再構築ができるように設計されているのも特徴だ。

中山英之×モルテン《風景が通り抜けるキオスク》

福山エリア

 福山エリアにも複数の会場が展開されている。臨済宗建仁寺派の特例地寺院である「天心山神勝寺(しんしょうじ)」もその舞台のひとつ。本建築祭の展示が行われる「無明院」は、最も高い丘の上に位置する神勝寺の本堂だ。無明院のピロティ空間に特設された会場では、「NEXT ARCHITECTURE|『建築』でつなぐ“新しい未来”」が開催されている。未来を担う5組の建築家が「海」「自然」「市民」「風景」「宇宙」の視点ごとに新たなヴィジョンを提示する試みとなっている。参加作家は、藤本壮介、石上純也、川島範久、VUILD/秋吉浩気、Clouds Architecture Office。

神勝寺 禅と庭のミュージアムの無明院 外観

 現在森美術館で個展が開催されている藤本は、「海」をテーマに提案する。会場では、最新作である瀬戸内海に浮かぶ「動く島」を構想した《海島プロジェクト》を紹介。あわせて、大小の球体構造体を立体的に組み合わせた超高層都市《共鳴都市 2025》も紹介されており、海に囲まれた瀬戸内という土地を生かした未来の姿を思わせる展示が展開されている。

「NEXT ARCHITECTURE|『建築』でつなぐ“新しい未来”」の展示風景より

 「自然」をテーマに提案するのは、川島範久。川島は、地球環境危機にさらされた現代において、建築や都市のあり方を「資源」の視点から再構成する。本展では、神勝寺で集めた落ち葉や枝などを用いて、自然の循環のかなめに建築を組み込むことを試みる。神勝寺の敷地内に展開される2つの建築物は、離れたところに位置しているものの、ともに同じ循環サイクルをつくりだす装置となっている。

「NEXT ARCHITECTURE|『建築』でつなぐ“新しい未来”」の展示風景より、川島範久のセクション

 建築テック系スタートアップ・VUILDの代表である秋吉は、「市民」をテーマに提案を行う。秋吉は一貫して「テクノロジーの力で誰もがつくり手になれる世界」の構築を目指しており、その実現方法はユニークである。例えば「NESTING」というプラットフォームは、設計データから部材を最適配置で切り出し、運搬、施工までを一貫支援するもの。実際に能登半島地震の際には、被災者が解体材を再利用し、約1ヶ月で住宅を「セルフビルド」ならぬ、「コビルド」した。建築物すら自身の手でつくれるようになる世界を実現した先駆的な取り組みだと言えるだろう。

 プリツカー賞受賞者といった世界で活躍する著名建築家たちの紹介だけでなく、これからの未来を担う次世代の建築家が紹介される本プログラムからは、企画側が本建築祭で「“新しい未来”像を探すきっかけ」をつくりだそうとする姿勢が見受けられる。必見のプログラムだ。

 同じく神勝寺の無明院では、「神原・ツネイシ文化財団 建築文化再興プロジェクト『成城の家』の写し ―丹下健三自邸再現・予告展」も展開される。本プロジェクトは、戦後日本の建築界をリードしてきた建築家・丹下健三が、東京・成城に自邸として設計した住居を、福山市内の丘の上に再現するというもの。3年以内に再現を予定している住居の模型が、実際のサイズの3分の1のスケールで会場内に立ち上がる。また会場奥には、この「成城の家」にまつわる資料が展開されている。

「神原・ツネイシ文化財団 建築文化再興プロジェクト『成城の家』の写し ―丹下健三自邸再現・予告展」の会場風景より
「神原・ツネイシ文化財団 建築文化再興プロジェクト『成城の家』の写し ―丹下健三自邸再現・予告展」の会場風景より

 またこの神勝寺の枯山水庭園「無明の庭」には、瀬戸内海を周遊しながら極上の宿泊体験ができる客船・ガンツウを設計した建築家・堀部安嗣によるキオスクも設置されている。《つぼや》と題されたキオスクは、地元企業であるウッドワンと連携して制作された。

建築家・堀部安嗣と《つぼや》

 そのほか、神勝寺には、藤森照信の「松堂」や、名和晃平による「洸庭」もあり、いずれも本建築祭のメインプログラムではないものの、必見の建築物だと言えるだろう。

 福山市内にあるふくやま美術館では、「後山山荘(旧・藹然荘)の100 年とその次へ|福山が生んだ建築家・藤井厚二」が開催されている。「藹然荘(あいぜんそう)」は、福山の豪商「くろがねや」12­ 代当主・藤井与一右衛門が鞆の浦に構えた別邸だが、1932年頃に弟子の藤井厚ニが自邸「聴竹居」の写しといえるサンルームを増築。しかしその後長らく人々に忘れられ、一時は崩壊した姿で見つかった。現在は「後山山荘」(改修· 設計=前田圭介)の名で再生されている。

 会場の中央には、当時発見されたときの廃墟状態の模型が展開されている。会場に足を運んだ誰もが面白いと感じられるような展示内容にしたいという意向から、廃墟状態を模型にするというアイディアにいたった。模型は実際の10分の1サイズ。また壁面には、藤井や「後山山荘」への再生について、イラスト付きで説明されている。

「後山山荘(旧・藹然荘)の100 年とその次へ|福山が生んだ建築家・藤井厚二」の会場の様子

 JR福山駅前には、石上純也によるキオスクが設置される。天候の関係で取材日に設置が間に合わなかったが、会期中には《雲が降りる》というタイトルで立ち上がる予定。常石造船とツネイシカムテックスとの連携により実現させる。

 本建築祭の総合ディレクター・白井は、次のように語る。「構想から約10年をかけて実現した本建築祭。大阪・関西万博2025、瀬戸内国際芸術祭2025、岡山芸術交流2025の開催、そして戦後80年にあたる節目の年でもある今年に、どうしても開催したいという想いがあった。何を指針に生きていけば良いかが不明瞭ないまだからこそ、建築という切り口から、未来をともに考えていく機会をつくりたい。また日本だけでなく世界に開かれた建築祭として、今後も長く続いていくようなものとなることを目指したい」。

 日本で初めてとなる国際的な建築祭の開催。広島を中心とした瀬戸内というエリアを舞台に、今後どのような展開を見せていくのか要注目だ。