2025.8.23

「開館30周年記念展 日常のコレオ」(東京都現代美術館)開幕レポート。構造と権力のなかで生き抜くためのアート

東京・清澄白河の東京都現代美術館で「開館30周年記念展 日常のコレオ」が開幕した。会期は11月24日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

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 東京・清澄白河の東京都現代美術館で「開館30周年記念展 日常のコレオ」が開幕した。会期は11月24日まで。担当は同館学芸員の崔敬華。

 本展は、アーティストや鑑賞者とともに、現代美術を通してこれからの社会を多角的に思考するプラットフォームの構築を目指すもの。作品展示のみならず、鑑賞者の参加と対話を伴うパフォーマンスやワークショップも数多く展開されている。

展示風景より、佐々木健の作品群

 展覧会タイトルの「コレオ=コレオグラフィー(振付)」は、制度や慣習、社会的規範によって規定される言動と、そうした管理や統御に対する批評的な応答、つまり日常を自らの内外から異化し、新たな場と生き方を創出する実践の両方を指し示しているという。

展示風景より、バクダパン・フード・スタディ・グループ《スパイスの空間》(2025)

 出展アーティストは、青山悟、バクダパン・フード・スタディ・グループ、CAMP、ヒーメン・チョン、ジョナタス・デ・アンドラーデ、ブレンダ・ファハルド、FAMEME、シルパ・グプタ、檜皮一彦、出光真子、今宿未悠、ジュリア・サリセティアティ&アリ・"ジムゲッド"・センディ、黑田菜月、アン・ミー・レー、サム・メッツ、シュビギ・ラオ、リ、ライス・ブリューイング・シスターズ・クラブ、ピナリー・サンピタック、佐々木健、新海覚雄、ソー・ソウエン、髙橋莉子、髙橋凜、トランスフィールドスタジオ、上原沙也加、植村真、カレル・ファン・ラーレ、山田響己、大和楓ほか。展示風景のなかから、その一部をレポートする。

 サム・メッツは、ニューロダイバーシティ(神経の非定型性)について探求している作家だ。メッツは、かつて本館のある木場周辺に多くあった貯木場に関心をもち、木材を水に浮かべてゆるく束ねるその造形と、ドローイング・アニメーションを組み合わせて《木を踏む》(2025)を構成した。ここでは同館コレクションの藤牧義夫(1911〜35)と石井亭(1882〜1958)の、隅田川を題材とした木版画とともに展示されている。

展示風景より、手前がサム・メッツ《ねじれ》(2021/2025)と植木茂《トルン》(c.1952)、奥がサム・メッツ《木を踏む》(2025

 さらにメッツは自身のトゥレット症候群による上半身の不随意運動を表現した《ねじれ》(2021/2025)を再制作し、また館所蔵の植木茂(1913-1984)による木彫《トルン》(c.1952)2点と展示することで身体の静と動について問いかける。

 ジョナタス・デ・アンドラーデはブラジル・レシフェを拠点に、同国の北東部の社会的現実を軸に、その複層的な植民地支配の歴史や、根強く残る不平等と排除の構造を問い直すアーティストだ。展示作品の《抵抗への飢えーカヤポ・メンクラグノチの礎》(2019)は、アマゾン南東部にあるプカニ村に暮らすカヤポ族の女性たちとともに制作した作品。先住民の土地の境界を画定するためにブラジル政府が制定した公式地図の上に、女性たちが日常生活において身体に描いてきた、それぞれ固有の意味をもつ祖先伝来のボディ・グラフィックを重ねることで抵抗を示した作品だ。

展示風景より、ジョナタス・デ・アンドラーデ《抵抗への飢えーカヤポ・メンクラグノチの礎》(2019)

 さらにアンドラーデは、ブラジル北東部の内陸の乾燥地帯にあるヴァルゼア・ケイマーダ村を舞台とした映像作品《導かれたゲーム》(2019)も展示している。水や公共資源、教育へのアクセスが限られているこの村では、住民自身が独自に発展させた手話によって会話がなされている。スクリーンにはここで使用されているジェスチャーと対応する言葉が表示され、コミュニケーションの切実さが提示される。

展示風景より、ジョナタス・デ・アンドラーデ《導かれたゲーム》(2019)

 ライス・ブリューイング・シスターズ・クラブ(RBSC)は、「社会的発酵」という概念を掲げ、韓国・釜山を拠点としてきた。RBSCは日本と韓国の海女文化に着目。オーラルヒストリーを編みながら、海女にとって重要な場となっている囲炉裏をモチーフにした構造物を制作し、その中心では海女の越境性や自然との交歓を表現したアニメーションを上映。さらに天草をもとにしたバイオプラスチックによる彫刻も点在させて、インスタレーション《ウミ、手、海女たち》(2025)をつくり上げた。

展示風景より、ライス・ブリューイング・シスターズ・クラブ《ウミ、手、海女たち》(2025)

 ジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディは、インドネシア・ジャカルタを拠点とするアーティスト。現代の移民労働に焦点を当て、移動、労働、そして人々の回復力といったテーマを探求している。《振り付けられた知識》(2025)は移民労働者が他国に定着すること、あるいはその後帰国すること、それを支えてきた教育史などへのリサーチからなるプロジェクトだ。植民地時代以前から現代に至るインドネシアの制度と労働、そして日本の福祉業界も含めた国外への労働力輸出としての移民政策を、テキストや映像で表現した。

展示風景より、ジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディ《振り付けられた知識》(2025)
展示風景より、ジュリア・サリセティアティ&アリ・“ジムゲッド”・センディ《振り付けられた知識》(2025)

 台湾を拠点とするアーティスト・ユ・チェンタのペルソナであるFAMEMEは、家業としてドリアンを栽培しており、ドリアンをテーマにマイノリティのアイデンティティやクイアな視点を体現してきた。本展でFAMEMEはミュージックプロジェクト《THORNITURE》(2025)を始動させ、ミックスのルーツを持つ3人のラッパー、Moment Joon 、なみちえ、DANNY JINを迎え楽曲をつくるとともに、ポップアップショップのような空間を現出。河野未彩によるアートディレクションによって、ドリアンに仮託されたマイノリティの抵抗がポップかつスタイリッシュに表現された。

展示風景より、FAMEME《THORNITURE》(2025)

 インド・ムンバイを拠点とする、2007年に結成された協働的スタジオ・CAMP。現代のインフラへの関心を焦点に、監視用CCTV を含むカメラを用いて映像作品を制作している。7チャンネルのビデオを立体的に組み合わせた展示作品《ボンベイは傾く》(2022)は、ビルの屋上に設置した1台のCCTVカメラを遠隔操作して撮影された映像を、スイッチングするように展開させていく。映像は、あるときは工事中の高層ビルに極限まで寄り、またあるときはビニールシートで屋根を保護した住宅密集地の住民の生活をとらえる。巨大な都市のインフラの持つ重層性、そこに無数の人々が生きていることの不思議さが、音楽とともに次々に押し寄せてくる。

展示風景より、CAMP《ボンベイは傾く》(2022)

 大和楓は、沖縄を拠点に、身体における「型」に着目し、そこに宿る政治性や歴史、文化的な構造を露わにするアーティストだ。展示作品《仰向けで背負う》(2025)は、沖縄・辺野古における新基地建設反対運動をテーマとしている。金属製の装置に身体を置くことで、抗議の座り込み中に機動隊によって強制排除される際の姿勢や自重をトレースすることができ、会期中には装置の体験と対話を組み合わせたワークショップも実施される。なお、ドローイングは座り込みと排除の様子を描いている。

展示風景より、大和楓《仰向けで背負う》(2025)

 本館を象徴する吹き抜けでは、タイ・バンコクを拠点に、自身の経験と女性の身体を着想源とするピナリー・サンピタックが大型のインスタレーション《マットと枕》(2025)を展開した。本作はタイの伝統的なキット枕や敷物、日本の上敷きなどを使用しており、来場者は靴を脱いで作品の上でくつろぐこともできる。枕は紐で互いに結ばれているが、ほどいて自由に組み替えることも可能であり、そこにある身体そのものがインスタレーションの一部となっている。

展示作品より、ピナリー・サンピタック《マットと枕》(2025)

 さらに本展は、多彩なワークショップも本展を構成する重要な要素となっている。FAMEMEは8月29日にトーク&ライブパフォーマンスを開催。檜皮一彦は8月30日と31日に《MOTにおける車いすのコレオグラフィーを実験する。》を開催する。参加者が実際に車いすを使って(乗る/押すなど)、その空間における移動のしやすさや振る舞いのあり方を体験的に検証する。また、公共空間で生まれるふとした「接触」の瞬間に目を向け、私たちの身体が他者とどうつながっているのかを探るカレル・ファン・ラーレのパフォーマンス《Contact》にも注目だ。

 越境的な人の交流がますます加速し、それにともなう軋轢や差別的な物語も語られるようになっている現代社会。他者をそこにある位相ごと尊重するために何ができるのか。困難なことであるが、しかし、そこにアートの意義も存在すると思わせてくれる展覧会だ。