2025.4.26

「周辺・開発・状況 — 現代美術の事情と地勢 —」(下瀬美術館)開幕レポート。東アジアの記憶をつなぎ合わせる「現在」

広島・大竹の下瀬美術館で、初の現代美術展「周辺・開発・状況 — 現代美術の事情と地勢 —」が開幕した。会期は2025年4月26日~7月21日。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、中央がソー・ユ・ノウェ《森羅万象の響きを抱くもの「女媧 x 蛇神、信楽」》右が《森羅万象の響きを抱くもの「観音 x 蛇神、信楽」》(ともに2025)
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 広島・大竹の下瀬美術館で、初の現代美術展「周辺・開発・状況 — 現代美術の事情と地勢 —」が開幕した。会期は4月26日~7月21日。

 本展は2024年に下瀬美術館が「ベルサイユ賞」(ユネスコ本部創設の建築賞)を受賞した記念として行われる特別企画展。チーフキュレーターに美術家の齋藤恵汰を迎え、コキュレーターとして松⼭孝法、李静文、根上陽子が参加している。

下瀬美術館

 参加者は日本、中国、インドネシア、韓国、ミャンマー、シンガポールなど、東アジアにルーツを持つアーティストが名を連ねる。日本からは遠藤薫、⾦理有、久⽊⽥⼤地、鈴⽊操、MADARA MANJIが、韓国からはオミョウ・チョウ(Omyo Cho)、中国からはジェン・テンイ(鄭天依)、インドネシアからはムハマド・ゲルリ(MuhamadGerly) 、ミャンマーからはソー・ユ・ノウェ(Soe Yu Nwe) が出展。アーティスト9組とキュレーター4名はそれぞれ1980年〜2000年代生まれの若手作家・キュレーターであり、海外拠点の4名は日本の美術館では初となる作品発表の機会となる。

展示風景より、遠藤薫《とるの・とるたす(旅と回転)》(2025)

 チーフキュレーターの齋藤は「挑戦的ながらも幅広い人々に伝わるよう、4人のキュレーターで企画をつくりあげた」としつつ、「多くの展覧会が『頭で考える展覧会』『見て楽しむ展覧会』というふたつの傾向に分かれがちであるが、それらを両立できるような展覧会を目指した」と語った。

展示風景より、ムハマド・ゲルリ《いとなみとしての文字「奇妙な顔たち」》(2025)

 展覧会は下瀬美術館のアイコンである水上の8つの展示室と、大型の展示室で展開される。

 最初の展示室では展覧会のコンセプトの解説とともに、コンクリートと金属によるふたつの作品が来場者を迎える。これは、埼玉を拠点とするアーティスト・MADARA MANJIの代表的シリーズ「Uncovered Cube」と「Ambivalence」より、1点ずつ展示したものだ。MADARA MANJIは、現在では希少となった金、銀、銅などの異なる金属を重ねて木目のように加工する伝統工芸技術「杢目金(もくめがね)」を用いて作品を制作してきた。

展示風景より、手前からMADARA MANJI《Uncovered Cube #146》(2024)、《Ambivalence #03「牢獄の窓から青空を見上げ続ける勇気」》(2017)

 人間の精神の複雑さや多面性を、杢目金によって生み出された木目と密接にリンクさせながら制作された作品が、展示室で存在感を放つ。その一本一本の線に込められた作家の内面の発露と、外界との接触によって生み出される力強い摩擦を感じてほしい。

 また、MADARA MANJIは屋外の水上にもの2メートルを超える巨大な作品《Horizon》を設置した。坂 茂の建築と対峙する迫力あるディティールに注目だ。

展示風景より、MADARA MANJI《Horizon》(2025)

 鈴木操は、服飾を学び、コンテンポラリーダンスや現代演劇の舞台衣装デザインに携わってきた。その後、衣服をつくるうえで焦点となっていった人体への思索を深めるべく、彫刻の制作を行うようになる。本展で鈴木は「Untitled (Non-homogeneous arrangement)」と「Untitled (Deorganic Indication)」の二つの彫刻シリーズと、企画展示室に新作の具象彫刻「霊性」を展示している。

 「Untitled (Non-homogeneous arrangement)」は圧縮袋に包まれたカラフルな廃棄物が、その輸送の際に使用された段ボールとともに「彫刻化」され展示されたものだ。本作で問題とされているのは輸送という行為そのものであり、また輸送にともなってそこに発生している人体の動きといえるだろう。

展示風景より、鈴木操「Untitled (Non-homogeneous arrangement)」シリーズ(2017-18)、奥は久木田大地《FLUID BABY_03》(2024)

 「Untitled (Deorganic Indication)」は、鉄筋などによって風船を変形させた彫刻だ。枷と内圧のせめぎあいのなかで、風船はつねに破裂の予感を漂わせ、不安定な状態を保ち続けている。外的な衝撃によって破裂し、ゴム片となって床に散らばったものもあり、その様子はどこか有機的かつセクシュアルな印象も与える。

展示風景より、鈴木操「Untitled (Deorganic Indication)」シリーズ(2023)、奥は久木田大地《BABY BUOY》(2022)

 鈴木による両シリーズは、圧縮袋と風船という、いずれも空気を出し入れする素材によって制作されている。呼吸をする人体との関連も想起させるこの素材が、様々なかたちで抑圧される両シリーズ。服飾の経験から見えてきたであろう鈴木ならではの身体に対する問題意識が感じられる。

 ミャンマー出身のソー・ユ・ノウェは、ミャンマーと中国にルーツをもつ作家。ミャンマーや中国をはじめとする東アジアの神話からインスピレーションを得て制作を行っている。

 ソー・ユ・ノウェは広島市内や宮島といった土地でのリサーチや、長期レジデンシーを行っている信楽での経験を活かし、ミャンマーと中国の神話を組み合わせた、なめらかな陶製の像を制作した。

展示風景より、中央がソー・ユ・ノウェ《森羅万象の響きを抱くもの「女媧 x 蛇神、信楽」》右が《森羅万象の響きを抱くもの「観音 x 蛇神、信楽」》(ともに2025)

 また、京都の三十三間堂で見た観音像の多面性にインスピレーションを受け、ミャンマーの観音と融合させた作品も展示されている。この像には鎖が絡みついている。ミャンマーは現在軍事政権下にあり内戦状態だが、軍部の支配層も神話を折り混ぜながら政治を行うという。社会にも影響を与えるほどの神話と現実のつながりが、ここでは鎖として表現された。

 金理有は、日本人の父と韓国人の母のもとに生まれ、大阪で育ったアーティスト。現在は横浜と信楽を拠点に活動している。縄文土器や青銅器への興味とともに、現代のヒップホップやストリートカルチャーからの影響を内面化しながら作品を制作する。

展示風景より、金理有の作品

 金が作品で目指しているのは、縄文土器がそうだったように、数千年後の未来に残る作品だ。メタリックに輝く釉薬と、PC基板の回路のパターンから発想したという文様に彩られた作品群は、来たるべき世界からやってきたようにも感じられる。

展示風景より、金理有《煌金彩果心樹線刻菩提日女》(2025)

 連続する3つの展示室でインスタレーション《あなたの塵に映る私の影》を展開しているのは、中国出身で香港とオランダを拠点とする鄭天依(ジェン・テンイ)だ。鄭は広島に1ヶ月以上の滞在をし、中古品の持つ多層性を浮かび上がらせる作品をつくりあげた。

 1つめの展示室では映像作品が上映されている。広島で出会ったという中国人が経営するリサイクルショップの、ほこりだらけの倉庫を尋ねる映像には、どこかホラーやミステリーの要素を感じさせる緊張感が漂う。

展示風景より、鄭天依《あなたの塵に映る私の影》(2025)

 2つめの展示室では、暗闇のなかで光ったり、音を立てたりするように制御された中古品群で構成されたインスタレーションを展開。ものに宿った魂のようなものが、うっすらと漂う空間となっている。

展示風景より、鄭天依《あなたの塵に映る私の影》(2025)

 そして3つめの展示室では、リサイクルショップの日常風景を再現。様々な来歴を持つ品々を眺めていると、人感センサーにより淡い光が放たれ、製品にやどった歴史と、その向こうにあったであろう人々の姿を鑑賞者に意識させる。

展示風景より、鄭天依《あなたの塵に映る私の影》(2025)

 インドネシア・西ジャワ州のスンダ族の末裔であるムハマド・ゲルリは、自身の芸術活動と家業の農業を通して、失われつつある言語や文字の文化を表出させる試みを続けてきた。

 リサーチを通じて大竹の伝統的な手漉き和紙と出会ったゲルリは、この和紙とインドネシアにおいて遺体を包む神聖な素材であるキャリコなどを使い、テキスタイル作品を制作。そこに豊穣神の物語を描き出した。

展示風景より、ムハマド・ゲルリ《いとなみとしての文字「連なり、重なる」》(2025)

 また、8つの崩れかけたように見えるマスクの作品は《いとなみとしての文字「奇妙な顔たち」》と名づけられており、失われつつある伝統文化に対する自身の葛藤が表現されている。

展示風景より、ムハマド・ゲルリ《いとなみとしての文字「奇妙な顔たち」》(2025)

 久木田大地は、古典絵画が現代社会にいかに受容されているのか、ということに興味を持ち、油彩作品を中心に作成している。

 久木田の作品は古典絵画のイメージを引用しつつ、反復、再構成、拡大といった、現代的なサンプリングを経て制作される。ファミリーレストランの壁にかけられたルネサンス期の絵画の複製のように、日常のなかに溶け込んだ古典的イメージが、改めて異物として立ち上がる。

展示風景より、左から久木田大地《C.Y.C.L.P.S_02》《2025》、《Repetition_聖ヴォルフガングと悪魔01》(2023)

 このような歪さをもった久木田の絵画が、本展では鈴木の作品と組み合わされていることも興味深い。現代において、身体のイメージがいかに切り刻まれ、拡散されているのかを来場者に問いかける。

 リサーチの成果を取り入れつつ、テキスタイルや陶芸を融合させたインスタレーションを展開してきた遠藤薫。出展している巨大なインスタレーション《とるの・とるたす(旅と回転)》は陶芸の歴史を多面的にリサーチすることで生まれたものだ。

展示風景より、遠藤薫《とるの・とるたす(旅と回転)》(2025)

 遠藤は旅の御守りとされた宮島の砂を使った縁起物「御砂焼」をリサーチ。さらに豊臣秀吉の朝鮮出兵によって連れてこられた朝鮮の陶工の歴史にも着目した。ほかにも、第二次世界大戦末期に鉄不足のために自決用に市民に配布した陶器製の手榴弾や、江田島で牡蠣殻を釉薬にして陶器をつくる沖山工房などを調査し、作品へと反映している。

展示風景より、遠藤薫《とるの・とるたす(旅と回転)》(2025)

 会場には牡蠣養殖のための筏とともに陶器が複雑に配置され、陶器の歴史のダイナミズムが感じられる。加えて、器がつくられた土地の物語も作品の様々な場所に染み込んでおり、訪れた人の興味を掻き立てる。

展示風景より、遠藤薫《とるの・とるたす(旅と回転)》(2025)

 ソウルを拠点としているオミョウ・チョウは、彫刻作品やインスタレーションを制作する傍ら、SF作家としても活躍している。

展示風景より、オミョウ・チョウ《Nudihallucination #1》(2022)

 チョウはアメフラシをモチーフに、ガラスを使用した作品を作成。アメフラシは神経科学の研究において、人間の脳細胞を理解するうえで示唆的な生物として知られている。チョウは生物における記憶、そして根源的なテーマを、細胞のレベルから問うている。

 80〜00年代に生まれ、時代の激しい変化のなかでそれぞれの問題意識のもと、時代の精神を汲み取ってきた作家たち。美術館の建つ土地性と、その周縁にある歴史を、現代のアジアというひとつの環境のなかでとらえようとする意欲的な試みとなっている。