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2025.7.11

「書斎を彩る名品たち 文房四宝の美」(永青文庫)開幕レポート。いまも昔も変わらない文具を愛でる楽しみ

書や画、それらをしたためる道具など、文人文化の名品を紹介する展覧会が東京・目白台の永青文庫で開催されている。会期は8月31日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=坂本裕子

「筆」 展示から 《百寿文軸筆》(18世紀、清時代)永青文庫蔵
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 書や画をしたためる道具を愛でた文人文化の名品を紹介する展覧会が東京・目白台の永青文庫で開催されている。会期は8月31日まで。会場の様子をレポートする。

「文房四宝」とは?

 いま「文房具」がブームだ。国内ではアイデアを凝らし、かわいさや面白さを付与して楽しむ文房具が開発され、大規模な文房具のフェアも開催されている。観光に来る外国人には、紙の質や美しさ、機能性が評価され、著名な文具店には朝から開店を待つ人々がいるという。文房具の字や絵を書く/描くという実用的な機能にとどまらず、そこに加味された付加価値が人々を魅了しているのだ。

展示風景より

 こうした文具に文化的な価値を見出す感性は、実は中国の長い歴史の中で生まれ、日本にももたらされていた。これを表した言葉が、まさに「文房具」の名称の由来ともなった「文房四宝(ぶんぼうしほう)」だ。

 書や画をしたためる際に欠かせないのが筆、墨、硯、紙。これらは中国でそれぞれに進化しながら、材質のこだわりや装飾に凝った趣味性の高いものがつくられるようになる。それらが各時代の知識人に愛玩されて「文房四宝」と呼ばれるようになった。「文房」とは、元来詩作や読書にふけるための書斎や書院を意味し、「筆墨硯紙(ひつぼくけんし)」の4つがとくに尊ばれて「四宝」となる。

  永青文庫の設立者・細川護立も、幼少から漢籍に親しみ、中国文化への関心とともに文具の蒐集にも熱心だったという。この「道具の美」を楽しむ展覧会「書斎を彩る名品たち 文房四宝の美」は、護立が愛した「文房四宝」から選りすぐりの名品を紹介するものだ。会場は、筆墨硯紙のジャンルごとに紹介され、さらに文房を彩る関連アイテムも添えて、「硯で墨をすって筆で紙に書く」という行為に雅趣を見る美意識を感じさせてくれる。

展示風景より

 硯

 硯(すずり)の原初としては、秦時代初期(紀元前3世紀ころ)の墓から、石製で板状の「研(硯)」が、墨をすり潰すための石とセットで出土したものが確認されている。やがてそれらが墨を直接墨をする「硯」へと変化したが、当時の素材は陶磁だったらしい。形は丸型だったものが、唐時代(618~907)から矩形へと移行していく。素材についても、漢時代(紀元前3~紀元後3世紀)を経て良質な石の生産・開発が進み、宋時代(960~1279)にはふたたび石製になり、現在の私たちが硯としてイメージするものに定着したようだ。清時代には精緻な彫刻や漢詩などが刻まれた装飾的なものも生み出される。鑑賞のポイントは、石質、石紋、装飾や由来、そして磨った墨の濃淡や光沢を見る発墨(はつぼく)だそうだ。

「硯」展示風景より、手前が硯の最高峰とされる、石の産地広東省の渓谷の名で呼ばれる端渓硯
「硯」展示風景より、《宗洮河緑石硯》永青文庫蔵。硯面には精緻な龍の彫刻がほどこされた逸品

 また、様々な硯とともに、硯に塵が入るのを防ぎ、室内装飾ともなった硯屏や、墨に水を加える水滴、書く前に筆先を整えるための水を入れる筆覘(ひってん)、これらの道具を収める函などの道具にも、豪華な素材や趣向あふれる造りが奢られており圧倒される。

「硯」展示風景より、硯屏と座屏
「硯」展示風景より、《乾隆御製書硯屏》(18世紀、清時代)永青文庫蔵。紫檀の枠にはめられた玉に『春秋』の解釈と五爪の龍が彫られている
「硯」展示風景より、いずれも豪華な造りの硯箱や箪笥
「硯」展示風景より、《花卉人物堆朱重箱》(17世紀、清時代)永青文庫蔵。本来は重箱であったものを日本で硯箱に仕立てたとされる。全面の精緻な彫りが圧倒的
「硯」展示風景より、《書笥》(18~19世紀、清時代)永青文庫蔵。書籍を入れる箱が本と巻物の形をした物入になっている

 墨は、紀元前316年の竹簡にその文字が見られ、戦国期(紀元前8~3世紀)の墓から小塊が出土している。硯との相性が重要な墨は、相互的に変化・改良が進んだようだ。後漢時代には手で持てる墨が現れ、明清時代(14~20世紀)には後世に残る名墨を生み出す墨匠たちが登場する。素材は松を燃やした煤を原料とする「松煙墨(しょうえんぼく)」が中心だったが、時代が下ると植物油からとる「油煙墨(ゆえんぼく)」なども併用されるようになる。

 墨は当然、使うとなくなるので、現在残るものには使いかけも多い。しかし、永青文庫のコレクションには未使用のものが揃っているのも見どころのひとつだ。これが墨? と驚く造形のものから、乾隆帝の詩と楼閣山水図を刻んだ豪華なセットまで見ごたえ十分。墨の香りを想像しながら鑑賞したいところだ。

「墨」展示風景より、左から《如意墨》(清時代、1685[康煕24年])、《乾隆年製 御製詠墨詩墨》(清時代、1736~95[乾隆年間])ともに永青文庫蔵
「墨」展示風景より、《壽墨(富岡鉄斎古稀記念墨)》(1905[明治38年])永青文庫蔵。鉄斎筆の添え文とともに展示されている

 文房四宝でもっとも長い歴史を持つ筆は、殷時代(紀元前16~11世紀)の「聿(いつ)」に始まり、戦国時代の遺跡からは兎毛と竹軸の「無芯筆」が出土している。漢時代には芯となる毛に紙を巻き、さらに毛を巻いた「有芯筆」もつくられたようで、これは日本にも伝わり、正倉院に残っている。その後は中国と日本の両国で素材や構造が変化していく。筆毛には、兎、馬、鼬(いたち)、鹿、山羊など様々な素材が見られ、軸(筆管)は、黒檀や陶磁のほか、象牙、玉(ぎょく)といった高級な素材を使ったものもつくられるようになった。朱漆を何十層にも重ねてそれを彫刻する堆朱(ついしゅ)や「寿」の文字を表すなどの装飾も見られる。筆を洗うための筒には、文人趣味らしく、賢人や故事にもとづいた精緻な図が彫られているので、その技も楽しみたい。

「筆」展示風景より
「筆」展示風景より、《百寿文軸筆》(18世紀、清時代)永青文庫蔵。象牙や黒檀などの多様な素材の軸には様々な字体の「寿」の字が表される。犬養毅旧蔵のセット

 各展示の間には、掌におさまるほどの置物たちがちんまりと座している。ユニークでかわいらしい姿ながら、その素材は翡翠や玉などの高級品。とくに用途はなく、書斎机や棚を飾っていた贅沢な「フィギュア」を飾る愉楽は、ちょっとうらやましくなる。

「筆」展示風景より、掌に収まる小さな置物たち

 中国最古の紙は、前漢初期(紀元前2世紀ごろ)の墓から出土し、原料は麻だったという。後漢中期(1世紀)に、宦官・蔡倫(さいりん)が製紙法を改良し、楮(こうぞ)なども使用されるようになったようだ。晋時代(265~420)には竹や木に代わり、紙が公文書に採用される。その後はさまざまな素材が用いられ、加工技術も向上して、装飾をほどこした高級紙も生み出されていく。日本では、こうした唐紙に加えて雁皮(がんぴ)や三椏(みつまた)でもつくられ、独自の料紙文化が花開く。

「紙」 展示風景より、《乾隆年仿澄心堂紙》(18世紀、清時代)永青文庫蔵。上から字を書くのがもったいないほど美しい紙
「紙」展示風景より、《乾隆詩箋》(18世紀、清時代)永青文庫蔵。五爪の龍が描かれた黒漆塗りの箱に絵入りの紙は9種、95枚が収まる

 ここでは清時代に宮廷向けに作られた美しい紙とともに、そこに捺す「印」の造作にも注目する。“はんこ”と言うのもはばかられるほどの超絶技巧は、趣味を超えた芸術品だ。

「紙」展示風景より、河井荃蘆《細川護立所用印》(1916[大正5年])永青文庫蔵
「紙」展示より、趙従周《赤壁夜遊図牙彫》(19~20世紀、清時代)永青文庫蔵。わずか7×1.5センチメートルの象牙に描かれた絵もみごとだが、裏面の極小文字に驚嘆

特集展示:喫煙具

 いまや習慣として否定されつつある喫煙も、思索の一助として知識人の嗜みだった。江戸時代にきざみ煙草の喫煙が一般化すると、携帯できる煙草入れや部屋に用具一式を入れる煙草盆がつくられるようになる。使用者の知識やセンスを代表して、意匠を凝らし、素材にこだわり、装飾に腐心したものが生み出された。ここにも用具をそれ以上の文化にする感性が生きている。

「煙草入れと煙草盆」展示風景より、《舞楽蒔絵煙草盆》(19世紀、江戸~明治時代)永青文庫蔵
「煙草入れと煙草盆」展示風景より、左から《相良繍腰差し煙草入れ》、《花文腰差し煙草入れ》(ともに19世紀、明治時代)いずれも永青文庫蔵

 いずれも紀元前からの歴史を持ち、中国文化を支えてきた文具たち。それを愛でる美意識「文房四宝」は、愛玩性とともに、究極の硯で銘墨をすり、逸品の筆で上質な紙に書く/描くというこのうえなく贅沢な「使用の可能性」を持つ。その余裕と風雅こそが、知識人を魅了したのだろう。

 キーボードで文字を起こす、あるいはタッチパネルで描くことが普及し、効率と機能性が重視される現代において「筆墨硯紙」は遠いものになりつつある。しかし、現代の文具ブームにおいても人々が求めるものには、「筆墨硯紙」と何かしら通じるところがあるはず。いま一度、書く/描くことが持つ豊かな文化に向き合ってみたい。