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2025.7.3

「まだまだざわつく日本美術」(サントリー美術館)開幕レポート。作品を楽しむために重要な「心のざわめき」に注目

2021年に開催された展覧会「ざわつく日本美術」の第2弾となる「まだまだざわつく日本美術」が、東京・六本木のサントリー美術館で開幕した。会期は8月24日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

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 2021年に開催された展覧会「ざわつく日本美術」の第2弾となる「まだまだざわつく日本美術」が、東京・六本木のサントリー美術館で開幕した。担当学芸員は久保佐知恵(サントリー美術館主任学芸員)。会期は8月24日まで。

 同館は、作品を見たときの言葉にならない「心のざわめき」を、作品をよく見るための大切なきっかけととらえる。本展は、「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、驚く、疑問を持つ、違和感を覚えるといった心の動きをきっかけに、新しい日本美術との出会いを提案する試みだ。

 2021年の第1弾同様、教育普及担当の関香澄(サントリー美術館広報部部長代理)とのタッグによって展開される新しい企画となっており、より作品を楽しんで見てもらえるような工夫が散りばめられた展示となっている。そのうえで今回は、第1弾では触れられなかった作品や、さらに深掘りをしたいテーマが紹介される。

 会場は、「ぎゅうぎゅうする」「おりおりする」「らぶらぶする」「ぱたぱたする」「ちくちくする」「しゅうしゅうする」といった、一見日本美術とは程遠く感じられるような6つのテーマに、プロローグとエピローグが加わった展示構成となっている。

 まず会場を入ると、ざわざわという文字が書かれた布や壁に囲まれた空間に、《袋法師絵巻》という春画が登場。本作には、ひとつの画面に同じ人物を複数描くことで時間の経過を表す異時間法が用いられている。

 作品の右側は、夕方に女主人の館へ法師が侵入した場面が描かれるが、そのまま左へ視線を移すと夜へ切り替わる。ここで突如法師の顔が現れ、ドキッとしつつ、違和感を覚えるような構図となっている。自らの視線の動きと同時に心も動いていることに気づき、ここから始まる本展で起こりうる心の「ざわめき」を予感させるプロローグと言えるだろう。

展示風景より、手前:《袋法師絵巻》(部分)、一巻、江戸時代 17〜18世紀、サントリー美術館蔵

 会場を奥に進むと本章が始まる。第1章は「ぎゅうぎゅうする」。ここでは、「〇〇尽くし」のデザインに着目した作品が登場する。なかでも日本で古来より親しまれてきた「尽くし文」の作品が登場。

 「尽くし文」とは、同じ意味や種類のモチーフを集めた文様のこと。その代表格である「宝尽くし文」を表した《色絵寿字宝尽文八角皿》の見込には、15種もの宝物がぎゅうぎゅうに詰まっている。主に徳川将軍家への献上品としてつくられた鍋島(江戸時代の佐賀藩の藩窯「鍋島藩窯」で焼かれた日本最高級の磁器)の七寸皿として名高い本作は、これでもか、というほどおめでたい文様で埋め尽くされている。

展示風景より、《色絵寿字宝尽文八角皿》、鍋島藩窯、一枚、江戸時代 17世紀末〜18世紀初、サントリー美術館蔵

 また重要文化財になっている《日吉山王祇園祭礼図屛風》には、右隻に約770名、左隻に約1280名の人物が描かれており、人尽くしの絵画と言えるだろう。よく見るとひとつの絵画のなかにも様々な場面が描かれていることに気づく。

展示風景より、重要文化財《日吉山王祇園祭礼図屛風》、土佐光茂、六曲一隻、室町時代 16世紀、サントリー美術館蔵

 本章では、「〇〇尽くし」デザインの世界観を拡張するため、普段あまり展覧会では目にしないような数のキャプションによって、「説明し尽く」されている。作品紹介だけでなく、新しい作品の見方を提案する本展ならではの工夫を感じられる。

 第2章の「おりおりする」では、空間の大きさや用途に応じて自由自在に折り曲げられてきた屛風が再現展示されている。屛風は、表彰式や結婚披露宴などのお祝いの場で、金屛風がジグザグに折り曲げられている様子のイメージが強いが、そもそもは空間を区切るパーテーションとして日常使いされてきた。そのため屏風は、必ずしもジグザグにではなく、不定形に折り曲げられていることが多かったという。

展示風景より、手前:《猛虎図屛風》岸駒 六曲一双、文政5年(1822、サントリー美術館蔵 【展示期間:右隻は7月28日まで、左隻は7月30日〜8月24日】

 会場には、実際に観客が自分で「おりおりする」ことができる小さい屛風の模型もある。設置されている人型のアクスタの目線や気持ちを想像しながら、自分ならどのように屏風を折り曲げるか試すこともできる。

展示風景より

 第3章「らぶらぶする」は、タイトルからも想像できる通り、様々な愛のかたちを取り上げた展示だ。いつの時代も恋愛に心のざわめきはつきもの、と本館のコレクションのなかから愛にまつわる作品が展示されている。会場にはネオンでつくられたピンクの「LOVE」とともに、ピンクのハート型キャプションが設置され、作品に登場する人物たちの相関図や状況をより深く理解できる工夫がされている。

展示風景より

 はじめに展示されている《鼠草子絵巻》は、人間に恋する鼠の正体が、結婚相手の姫君にバレ逃げられてしまう話が主題となる。場面や相関図の説明によって、泣き暮れる鼠の心境がより想像しやすくなっている。

展示風景より、《鼠草子絵巻 第三》(部分)、五巻のうち、室町〜桃山時代 16世紀、サントリー美術館蔵 [展示期間:第三巻は7月28日まで、第五巻は7月30日〜8月24日]

 そして、続く第4章は「ぱたぱたする」。空から展開図が降ってくるように見える造作が目を引く本章。漆工、やきもの、ガラスなどの立体作品を 360 度から見られるようになっており、 各作品とその展開図を比較できる展示構成だ。

展示風景より

 例えば、《紫陽花螺鈿蒔絵重箱》は、太鼓橋の架かる濁流を背景に、紫陽花の咲き誇る川辺の風景が描かれた重箱だが、それぞれの面の模様を展開すると模様同士が繋がっていることがわかる。また描かれている川波の一番高い所が重箱の角に配置されていることから、波の立体感を強調した作者の工夫が想像できる。

展示風景より、《紫陽花螺鈿蒔絵重箱》、一合、江戸時代 17世紀、サントリー美術館蔵 [展示期間:7月28日まで]
展示風景より、《紫陽花螺鈿蒔絵重箱》、一合、江戸時代 17世紀、サントリー美術館蔵 [展示期間:7月28日まで]

 立体作品を展開し平面でとらえなおすことによって、同じ作品を新しい視点で見られる大変興味深い展示だ。

 第5章「ちくちくする」では、手芸の一分野としても知られる「津軽 こぎん刺し」に焦点が当てられている。第1弾のときにも紹介されたが、今回は「こぎん刺し」に特化して章立てされている。「津軽 こぎん刺し」とは、江戸時代後期以降、現在の青森県津軽地方の農村の女性が育んだ技法を指す。1mmにも満たない麻布の経糸を奇数目に拾いながら、緯糸にそって木綿糸を刺し綴るという作業を一段ずつ繰り返し、織物のような美しい幾何学模様を編み出していく。この技法は装飾用だけでなく、むしろ薄い麻布の補強と保温性を高めるために編み出された機能的なものである。

展示風景より

 なかでも、本展では「モドコ」と呼ばれる基礎的な単位模様に着目している。「モドコ」はその女性たちの身近にあったものの名前が付けられており、全部で約40種類ほどあると言われている。会場には実際のものを15〜20倍にした模型も展示されており、実際にその編み目に触ることができる。

展示風景より

 最後の第6章「しゅうしゅうする」では、「収集」する者、コレクターに焦点を当てる。本章は、収集にまつわる逸話や収納箱などを通して、コレクターたちの愛と執念を詳らかにする内容となっている。

 彫刻家として知られる朝倉文夫も、じつはコレクターのひとり。朝倉が集めた日本・中国・ヨーロッパのガラスコレクションは約300件にのぼり、質量ともに国内最高峰のレベルを誇る。

展示風景より、《薩摩切子 藍色被船形鉢》、薩摩藩、一口、江戸時代 19世紀中頃、サントリー美術館蔵

 また、ある皮膚科医が集めた700件余りの《髪飾用具並びに文献類》は、かんざしなどのヘアアクセサリーのコレクション。種類や材質ごとに収納箱に綺麗に整理して保管されている。「収集する」ことに余念のないコレクターの、並々ならぬ愛が展示から感じられる。

展示風景より、《髪飾用具並びに文献類》、七〇九件のうち、江戸〜大正時代 17〜20世紀、サントリー美術館蔵

 本展の最後には、エピローグとして、同館の最初の所蔵品と最新の収蔵品が展示されている。現在約3000件の収蔵品をほこる同館は、1961年に設立された。しかし設立当初は収蔵品がゼロの状態だったという、当時にしては大変珍しいスタートとなっており、それこそまさに「ざわつく」エピソードだと学芸員の久保は言う。

展示風景より、《朱漆塗矢筈札紺糸素懸威具足》、一具、桃山時代 16〜17世紀、サントリー美術館蔵

 日本美術は、ともすれば初心者にはハードルが高く感じられる分野とも考えられる。しかし本展は、遊び心の詰まった展示方法や、英語表記の対応も含め、誰にとってもわかりやすいキャプションによって、身構えずに作品に対峙することができる展示となっている。また作品との対峙を通して自身の心とも向き合うことができ、肩肘を張らずに純粋にアートを楽しむ機会となるだろう。