2025.9.12

「Tokyo Gendai 2025」開幕レポート。厳しい市場だからこそ試される「支え合いの精神」

第3回の「Tokyo Gendai」が9月11日、パシフィコ横浜で開幕した。アートマーケット全体に不透明感が漂うなか、国内コレクターの堅調な動きや新規参入ギャラリーの挑戦が交錯する今年のフェアをレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

会場風景より
前へ
次へ

 第3回となる国際的なアートフェア「Tokyo Gendai」が、9月11日にパシフィコ横浜で開幕した。これまでの2回はいずれも7月に開催されてきたが、今年は初めて9月に移行。ちょうど韓国のアートフェア「フリーズ・ソウル」「KIAF」に続くタイミングとなったことで、韓国を訪れた海外のコレクターやキュレーターの一部がそのまま東京に足を延ばすことを狙った日程設定となった。

 また、フェア開幕直後には国際芸術祭「あいち2025」の開幕や、会期中に国立新美術館と香港・M+による合同展「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」の開催など、国内外から注目を集める大型展覧会も相次ぐ。この週に訪日する国際的観客の動向が、Tokyo Gendaiにとって追い風となることも期待されている。加えて、同フェアは今年から韓国のアートフェア「Art Busan」と戦略的パートナーシップを結び、多くの韓国ギャラリーを招聘した点も特徴だ。

 もっとも、韓国での「フリーズ・ウィーク」が美術館の無料公開や多彩な関連イベントで賑わったのに対し、今週の東京のアートシーンは比較的落ち着いた印象を受ける。国立新美術館がフェア開幕の前夜に特別内覧会を開いたほか、TENNOZ ART WEEKのオープニングや、シャンパーニュ・ブランド「ペリエ ジュエ」による関係者向け晩餐会など一部の催しはあったものの、美術館や街を巻き込む盛り上がりは限定的だった(フェアのシャンパーニュパートナーであるペリエ ジュエは会場内のブースでも、ポーランドのアーティスト、マルシン・ルサックによるマルチメディア・インスタレーションを展示している)。こうしたパーティーやイベントの多寡はフェアの質を直接示すものではないが、アートシーンや市場の空気を映し出す要素として見逃せない。

ペリエ ジュエのブースの展示風景より、マルシン・ルサックによるマルチメディア・インスタレーション

 今年のTokyo Gendaiには66のギャラリーが出展し、前年の69からやや減少した。7月に閉廊を発表したBLUMをはじめ、ペロタンSCAI THE BATHHOUSEMAHO KUBOTA GALLERYMISAKO & ROSENなど国内外のギャラリーが出展を見送った。いっぽう、新規出展としては、上海のギャラリー重鎮ShanghARTや上海とニューヨークに拠点を持つBANK、韓国のGallery BatonやGana Art、日本からは昨年設立されたspace Unや、国内外のフェアに積極的に参加するCON_などが加わった。さらに、ロンドンの大手ギャラリーSadie Coles HQが今年、フリーズ・ソウルを離れてTokyo Gendaiを選んだ点も注目される。

会場風景より
Sadie Coles HQのブース

 初日の9月11日、午後には東京・神奈川で記録的な短時間の大雨の影響もあり、出展ギャラリー関係者からは「来場者数が昨年より減少した」との声が多く聞かれた。会場では木村絵理子弘前れんが倉庫美術館館長)や椿玲子(森美術館キュレーター)ら美術館関係者、大林剛郎(大林組会長)、パトリック・サン(サンプライド・ファンデーション創設者)などのコレクターの姿も確認されたが、前2回と比べると国際的な美術館関係者や観客の数は明らかに減っていた。

 開幕初日には、日本のギャラリーから比較的堅調な販売報告が寄せられた。KOTARO NUKAGAでは、松山智一の絵画(10万米ドル超)や松川朋奈の絵画2点(100万〜300万円)、森本啓太の絵画3点、レンベル・ヤワルカーニの絵画(3万5000〜4万米ドル)、小金沢健人のドローイング7点(約30万円)など、合わせて約20点の作品が成約した。オーナーの額賀古太郎は「アートマーケット全体としては決して良好とは言えない。待っていれば売れるという状況ではなく、やはり顧客との密なコンタクトが重要。スタッフがコレクターと良好な関係を築けるようになったことが大きい」と語る。

KOTARO NUKAGAのブース

 メガギャラリーのPaceも、初日にブースの過半数を販売したと伝えられる。購入者の多くは日本のコレクターで、ジュール・ド・バランクールの絵画(15万ドル)をはじめ、アレハンドロ・ピニェイロ・ベロ、ギデオン・アパー、エルムグリーン&ドラッグセット、岡﨑乾二郎ミカ・タジマといった作家の作品が取引されたという。Pace東京ディレクターの服部今日子は「知らない作家の作品に高額を払う判断を下すのは難しい。グローバルな視点では市場全体に停滞感があるいっぽう、日本は美術収集の素地があり、安定したマーケットだと感じている」とコメントしている。

Paceのブース

 NANZUKAはタイの作家ペックス・ピタックポンによる大型絵画4点や大平龍一の彫刻数点を販売。シュウゴアーツでも10点以上が成約し、そのなかにはベルギーやオーストラリアのコレクターも含まれていたという。

NANZUKAのブース
シュウゴアーツのブース

 海外ギャラリーでは、Sadie Coles HQやShanghARTが販売を報告するいっぽう、新規顧客の開拓に苦戦する声も聞かれた。今回初出展したロンドンのMandy Zhang Artは、ロンドンを拠点とするシリア・カ・トゥンの個展を構成。フォークロアやフェミニズム神話を題材にしたソフトスカルプチャーを展示し、初日に既存顧客へ2000〜6000ポンドの3点を販売した。オーナーのマンディ・チャンは「新しい顧客を獲得するのは簡単ではない。多くの関心や長い会話はあるが、日本のコレクターはシャイで、連絡先を残したがらない傾向がある」と話す。

Mandy Zhang Artのブース

 今年初出展となったBANKは、日本在住の中国人アーティスト、ルー・ヤンによる「DOKU」シリーズ最新映像作品や、東京出身で台湾にルーツを持つマイケル・リンの絵画などを紹介した。ギャラリーの関係者は「日本の観客に関心を持ってもらえそうな作品を精選した」と語りつつ、「海外ギャラリーだと入りづらいと感じて躊躇される方もいるが、日本語を話せるスタッフが声をかけると安心して来てもらえる」と手応えを述べた。実際に問い合わせは、日本で知名度のある作家に集中しているという。

BANKのブース

 いっぽう、アフリカ現代美術を専門に扱うspace Unは、カメルーン出身のバルトロメイ・トグオやセネガル出身のアリウ・ディアック、ナタリー・ヴェラックの作品を展示した。トグオはMoMAやポンピドゥー・センターなど国際的美術館に収蔵されている作家だが、ディレクターの中谷尚生は「多くの人が関心を示すものの、購入に踏み切る段階には至っていない。日本の観客は彼の作品にまだ馴染みが薄い。むしろ国際的な来場者は日本の作家を見ることに関心を持っている」と指摘した。

space Unのブース

 昨年に続き参加したバンクーバーのUnit 17は、地元作家ダグラス・ワットのインスタレーションを展示。創設者のトービン・ギブソンは「作品はアメリカや韓国の顧客によってホールドされている。必ずしもフェアでセールスが成立するわけではないが、むしろ“きっかけ”となる」と説明する。さらに「私は都市としても参加したいと思えるフェアを選んでいる。時間をかけて文脈を見直し、市場に広げられるのかを判断する必要がある」とも語った。またカナダでは政府の文化支援が厚く、「販売に追われず、美術館やキュレーター、批評家との批判的対話に注力できる」と現地の事情を明かした。

Unit 17のブース

 市場全体に目を向けると、Art BaselとUBSによる「Global Art Market Report 2025」によれば、昨年はアジア主要市場で中国が31パーセント、韓国が15パーセント縮小するいっぽう、日本は2パーセントの成長を示した。Tokyo Gendai共同創設者のマグナス・レンフリューは「アジアの市場はここ15年で大きく変わったとはいえ、まだ表層をなぞった段階にすぎない」と、これからの可能性に期待を述べた。さらに「困難な状況にあっても柔軟な姿勢が必要であり、いまこそ美術館やほかのフェアとの協力を通じて支え合う精神が求められている。そして同時に、コレクターも画廊やアーティストを支える責任を負っている」と強調した。

 市場環境が厳しさを増すなか、Tokyo Gendaiがいかに国際的なネットワークを強化し、アジアのアートシーンにおける拠点としての存在感を築いていくのか、今後の展開が注目される。

会場風景より
会場風景より
会場風景より