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2025.9.9

「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」開幕レポート。運慶晩年の傑作、国宝7体が一堂に集う

東京国立博物館で、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」が始まった。弥勒如来坐像の約60年ぶりの寺外公開をはじめ、無著・世親菩薩立像、さらに四天王像を加えた国宝7軀が集結している。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 東京国立博物館 本館特別5室で、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」が開幕した。会期は11月30日まで。

 本展は、鎌倉時代を代表する仏師・運慶が晩年に手がけた北円堂諸像を中心に、国宝7軀を一堂に集め、鎌倉復興当時の内陣を再現する画期的な試みである。弥勒如来坐像の約60年ぶりとなる寺外公開に加え、無著・世親菩薩立像、さらに四天王像を合わせた壮麗な空間が博物館展示室に展開されている。

展示風景より、手前は国宝《四天王立像(増長天)》(鎌倉時代・13世紀)奈良・興福寺蔵 中金堂安置

 北円堂は養老5年(721)、藤原不比等の功績を称え、元明・元正両天皇の発願によって建立された。しかし平安時代に二度の火災に遭い、とりわけ治承4年(1180)の南都焼討では興福寺全体がほぼ全焼し、北円堂も失われた。再建は翌年から始まったが完成は遅れ、承元4年(1210)に堂が竣工、建暦2年(1212)頃に仏像群が整えられた。造像を担ったのが、当時すでに名声を確立していた運慶とその一門であった。

 運慶は6人の息子を含む弟子たちを率い、奈良時代以来安置されていた9体の仏像を復興した。中央に弥勒如来坐像、その背後に無著・世親像、脇侍菩薩2体、さらに四天王4体が並ぶ構成である。本展では、このうち現存する弥勒・無著・世親像に加え、近年の研究で「北円堂に安置されていた可能性が高い」とされる四天王像を出陳し、当時の内陣を再現している。

展示風景より、国宝《弥勒如来坐像》(鎌倉時代・建暦2年〈1212〉頃)奈良・興福寺蔵 北円堂安置

 会場中央に鎮座する国宝・弥勒如来坐像は、運慶60歳前後の充実期に制作されたとみられる。桂材の寄木造で、胸を張り肩を開いた堂々たる姿勢を取りながらも、首をやや前に傾け、腰を引き締め、背筋には隆起が表されている。「こうした力強く写実的な表現は、まさに運慶ならではの鎌倉彫刻の特徴だ」と、本展の担当学芸員・児島大輔(東京国立博物館 学芸研究部保存科学課保存修復室長)は語る。

展示風景より、国宝《弥勒如来坐像》(鎌倉時代・建暦2年〈1212〉頃)奈良・興福寺蔵 北円堂安置

 本像は昨年度、1年をかけた修理で漆箔の剥落を抑える処置が行われた。今回は光背を外して展示され、普段は決して見ることのできない背面までをじっくり鑑賞できる。360度の視点で初めて立ち上がる存在感を堪能できる貴重な機会だ。

《弥勒如来坐像》と《世親菩薩立像》の背面の展示

 弥勒如来の背後に立つ無著・世親菩薩立像も、日本彫刻史を代表する傑作である。古代インドに実在した兄弟僧をモデルとし、眼には水晶をはめ込む玉眼技法が用いられている。その生々しい写実性は強烈な存在感を放つ。

展示風景より、国宝《無著菩薩立像》(鎌倉時代・建暦2年〈1212〉頃)奈良・興福寺蔵 北円堂安置
展示風景より、国宝《世親菩薩立像》(鎌倉時代・建暦2年〈1212〉頃)奈良・興福寺蔵 北円堂安置

 無著像は老年相で深い洞察を湛え、斜めから眺めると重厚な精神性が際立つ。いっぽう世親像は壮年の姿で、涙をたたえたような潤んだ瞳が未来を真っ直ぐに見据えている。児島は「通常の菩薩像が超越的に表されるのに対し、無著・世親像には現実感が与えられている。運慶はその違いを理解し、意識的に使い分けたのではないか」と指摘する。

 会場外縁を囲む四天王像は、現在は中金堂に安置されているが、北円堂の鎌倉復興期に運慶一門が造像したと考えられている。本展では三次元計測とCG検証を経て、放射状に外を向く配置で展示された。例えば持国天像は斜め外側を向け、その視線が弥勒如来と重なり、空間に調和をもたらす。

展示風景より、手前は国宝《四天王立像(増長天)》(鎌倉時代・13世紀)奈良・興福寺蔵 中金堂安置
展示風景より、手前は国宝《四天王立像(持国天)》(鎌倉時代・13世紀)奈良・興福寺蔵 中金堂安置

 四天王像の表現は奈良時代の天平彫刻を踏まえつつ、翻る天衣を廃し、すっきりとした下半身を採用。足元の甲や脛当の写実、中央に寄せられた面貌は東大寺法華堂の金剛力士像を想起させるが、運慶一門独自の迫力が加わる。静謐な三尊と激しい動勢をもつ四天王の対比は、本展空間をいっそう引き締めている。

展示風景より、手前は国宝《四天王立像(多聞天)》(鎌倉時代・13世紀)奈良・興福寺蔵 中金堂安置
展示風景より、手前は国宝《四天王立像(広目天)》(鎌倉時代・13世紀)奈良・興福寺蔵 中金堂安置

 さらに弥勒如来坐像は、昭和9年(1934)の解体修理で像内に納入品があることが確認されていた。今回の展示ではCT調査により、具体的な安置の状況が明らかになった。頭部内部には蓋板と厨子があり、そのなかに白檀製とみられる小弥勒像と願文が納められていた。さらに板状の五輪塔や経巻、水晶珠も安置され、背面に固定されていた。児島は「像内には清浄な小宇宙が構築され、運慶一門が極めて丁寧に信仰の対象をつくり上げたことがうかがえる」と語る。

 本展にあわせて、撮り下ろし写真を多数収録した図録や、俳優・高橋一生による音声ガイドも用意されている。オリジナルグッズも多彩に展開され、運慶芸術の精華を一堂に体感できる貴重な機会となっている。ぜひ足を運んで堪能してほしい。