藤嶋咲子(アーティスト)✕吉田寛(美学者・ゲーム研究者)対談:鑑賞者をプレイヤーへ、沈黙を表現へ。「作動するアート」としてのシリアスゲーム

渋谷から原宿へと拠点を移した、アートとデジタルテクノロジーによる創造拠点「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」。その2025年度アーティスト・フェローを務める藤嶋咲子は、ゲームを媒介に都市に生きる人々に寄り添うプロジェクト「コエノクエスト —都市に残されたセーブデータ」を進めている。藤嶋の実践は都市に何をもたらすのか。美学者でありゲーム研究者でもある吉田寛(東京大学大学院美学芸術学研究室教授)との対談で迫る。

聞き手・構成=安原真広(編集部) 撮影=畠中彩

吉田寛(左)と藤嶋咲子(右)、東京・原宿のCCBTにて
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ゲームを通じて見えてくる社会

──藤嶋さんは「これからのコモンズ」をテーマとした2025年度CCBTアーティスト・フェローとして、「コエノクエスト —都市に残されたセーブデータ」プロジェクトを進めています。その一環として制作された《SAVE 0 : マインドクエスト》は、対面してプレイするボードゲームです。これまでデジタルメディアを支持体とした作品をつくってきた藤嶋さんですが、今回はなぜ、ボードゲームだったのでしょう。

藤嶋咲子(以下、藤嶋) 《SAVE 0 : マインドクエスト》はアナログのボードゲームで、4人1組でプレイする「対話型スゴロク」です。プレイヤーは「商人」や「戦士」といった役割(キャラクター)を選び、自分のコマを担当して、1から3までの数字が出るダイスを振って進んでいきます。

 基本的には双六なのですが、止まったマスに置かれたカードの質問に、1分間を計りながら答え続けるというルールがあります。黒のカードの質問は「昨日どこでHPを回復した?」といったライトなものですが、シルバーのカードになると「あなたの本当のラスボスって何?」といった少し哲学的な問いに変わります。また、最大の特徴は、同じテーブルを囲む4人が「初対面」であること、そしてニックネームを使用することです。

藤嶋咲子《SAVE 0 : マインドクエスト》(2025)。匿名性の高いコマとカードで構成される双六をベースとしたボードゲーム

──自分の素性を明かさない人々が場に集まりプレイする。そこには「コモンズ」を考えるうえでのヒントがありそうですね。

藤嶋 例えば「何の仕事をしていますか?」と聞かれても、ゲーム上のロールに沿って「召喚士をしています」と答えていい。キャラクターという仮面を被ることで、自分の情報を開示せずにゲームを進められます。いっぽうで、「スペシャルマス」では全員が必ず止まり「都市で感じる不公平なルール」といった重い問いに答えなければなりません。このとき、一人が話しているあいだ、ペアになったもう一人がその内容を「傾聴」して、相手の言葉を書き取るというプロセスを設けています。

吉田寛(以下、吉田) 「キャラクター」と「パーソン(本人)」の使い分けは、ゲーム研究の観点からも非常に興味深いですね。社会学者のゲイリー・アラン・ファインは、RPGのプレイヤーには「キャラクター(役になりきる)」、「プレイヤー(ルールを操作する)」、そして「パーソン(一人の人間として社交する)」という3つのアイデンティティがあると言及しています。この『SAVE 0』は、その3層が混ざり合っているところが特徴的です。

藤嶋 あくまで「パーソン」としての実体験を語ってほしいのですが、話しづらい場合には「キャラクター」に身代わりになってもらってもいい、という設計です。実際にテストプレイを重ねると、最初は設定を守っていても、後半になるとキャラクターの皮が剥がれて、本人の生々しい言葉が出てくる瞬間が多々ありました。

吉田 デジタルゲーム全盛の時代ですが、いま、教育やアートの現場ではアナログなボードゲームを利用するムーブメントも起こっています。ボードゲームは、社会的な地位や年齢を外して、同じルールの中で知恵を絞る「フラットな場」を作るのに最適なツールです。藤嶋さんの作品は、そのフラットな空間を利用して、都市生活におけるパーソナルな悩みを上手く拾い上げていますね。

《SAVE 0 : マインドクエスト》を体験する吉田、CCBTにて

藤嶋 ありがとうございます。私は、SNSなどの「見られる前提の言葉」ではなく、ふとした時に漏れる「本音」を大事にしたいと考えています。都市で孤独を感じている人が、属性のまったく異なる他人にだけは、かえって本音を吐露できるような安心できる場をつくりたい。ある参加者の方は、推しのアイドルの名前をずっと隠していましたが、最後に「皆さんとはもう二度と会わないので言います」と明らかにして帰られました。これこそが私の狙った「匿名性による自己開示」のかたちです。

吉田 それは「セーブ」という概念の捉え直しでもありますね。タイトルに『SAVE 0』とある通り、ここでは情報を外に持ち出さない。その場限りの会話だからこそ生々しくなれる。また、日常では知らない人に話しかけるのはリスクですが、ゲームというフィルターを通すことで、人は容易に他者の内面に触れることができる。この作品は都市における他者への想像力を養う「セーブポイント」としての機能を感じます。

《SAVE 0 : マインドクエスト》を解説する藤嶋。カードには質問が書かれており、参加者はこの質問に対して応答していく

藤嶋 実際、参加した学生さんからは「自分以外にも悩みを持っている人がこんなにいると知ることができて嬉しい」という感想をいただきました。自分がプレイヤーであると同時に、周りの人もそれぞれがプレイヤーとして悩みながら生きている。そうした当たり前の事実に気づくための装置として、このボードゲームをさらにブラッシュアップしていきたいです。

吉田 ゲームは虚構ですが、あえて現実のような「痛み」や「難しい判断」をシミュレーションさせることも可能です。藤嶋さんのこの手法は、単なる娯楽を超えて、都市の課題を可視化する「シリアスゲーム」としての大きな可能性を秘めています。

個人の抱えている問題をゲームが可視化する

──いま「シリアスゲーム」という言葉が出てきましたが、これはどういったゲームなのでしょうか。

藤嶋 私が「シリアスゲーム」を意識することになったきっかけは、2020年の最初の緊急事態宣言下での出来事でした。当時は「ハッシュタグ・デモ」の全盛期で、検察官の定年の引き上げと内閣の判断で幹部の定年を延長できる「役職定年特例」を新設する検察庁法改正の動きが高まり、その早急な採決についての議論が、ハッシュタグ「#検察庁法改正の強行採決に反対します」とともに当時のTwitter(現X)で盛り上がっていました。しかし、SNS上では毎日異なる抗議の声が溢れているのですが、一歩外に出れば、表参道ですら誰もいないという異様な沈黙が支配している。私自身、家庭での赤ちゃんの世話に追われ、ほかの大人との会話もままならないまま、都市の中で孤立していくような感覚を抱いていました。

 この「SNSの熱狂」と「物理的な沈黙」のギャップを埋めるために、ある実験的なアクションを思いついたんです。それが、画面上にある国会議事堂を模したモデルの前に、キャラクターが1リツイートにつき1人ずつ増えていくという「バーチャルデモ」の仕組みです。Twitter上で「これだったら参加したい」という人々が一気に集まり、最終的には約4万人もの人々が接続されました。滝のように流れてくる人々の言葉に触れたとき、孤独だった自分が社会と再接続されたような、震えるような感覚がありました。

 後に知ったのですが、まさにそれは「シリアスゲーム」の領域でした。娯楽として消費されるだけのゲームではなく、社会的な課題やメッセージを体験として扱う可能性に気づいたのは、この出来事から数年後のことでした。以降、この「シリアスゲーム」というジャンルに興味を持つようになりました。

吉田 「シリアスゲーム」という言葉は1970年代から提唱されている概念で、教育や企業研修、あるいは社会運営における団結力を高めるためのツールとして議論されてきました。

 ゲームの本質は「身体性と知性の結合」にあります。たんに理論や言葉だけで社会問題を語るのではなく、フィジカルに、あるいはアバターを通じて他者と接しながら「動く」ことで思想を形成していく。こうした要素を取り入れ、教育やリハビリ、社会課題の解決といった、より「真面目な目的」に特化したゲームが「シリアスゲーム」です。

藤嶋 ゲームなので、アバターやローポリゴンを利用することで現実世界の情報量を削ることができ、プレイヤーが想像力で補う余地をつくることもできますよね。

吉田 それは重要な視点です。記号的なアバターを用いることで、特定の属性を払拭し、よりフラットな対話を促すことができる。とくに藤嶋さんの試みで重要なのは、ゲームという「虚構の枠組み」が、現実の息苦しさを緩和する「緩衝材」になっている点です。現在、SNSなどのインターネット空間では、発言に対して過度な倫理や「正しさ」が求められ、生々しい本音を出す場所が失われています。しかし、ゲームのルールという「膜」を一枚被せることで、敵意むき出しではない形で自分の内面を吐露できる場が生まれます。

 ゲームは「遊び」の一種であり、遊びの本質は「現実の利害関係から切り離された空間」にあります。失敗してもやり直せるという「余裕」があるからこそ、人は現実世界では耐えられないような軋轢やジレンマを、ゲーム内で模擬体験し、冷静に向き合うことができるのです。それはテーマを軽くしているのではなく、その深刻さに近づくための「回路」をつくっていますよね。藤嶋さんの実践は、かつてSNSでのアクションで人々と接続されたときのあの感覚を、より丁寧な「対話の設計」としてゲームに落とし込んだものと言えるでしょう。

展覧会「Re: Play」にインストールされる個の言葉

──藤嶋さんが《SAVE 0 : マインドクエスト》で収集した対話は、3月にCCBTで開催される展覧会「Re: Play」にどのように生かされるのでしょうか。

藤嶋 展覧会「Re: Play」のメインとなる作品は、アンリアルエンジン(Unreal Engine)を用いたデジタルゲームです。《SAVE 0 : マインドクエスト》が「対話を通じた声の収集」の場だったのに対し、このデジタルゲームでは、収集された生々しい「本音」を語るNPC(ノンプレイヤーキャラクター)と、プレイヤーが対話するという構造になっています。

 このゲームにはAIが搭載されており、ボードゲームから得られた多様な属性の声をもとに、NPCたちがリアルタイムでプレイヤーと会話を繰り広げますが、最大の特徴はその「ギャップ」にあります。ゲームエンジンによってつくられた、顔の表情や毛穴の一つひとつまで描き込まれた実存感のあるキャラクターが、匿名性を担保されたまま、誰かの「本音」を語り出します。まるで本当にそこに匿名の誰かが存在しているかのような、生々しいリアリティがそこに宿るわけです。今回の目的は、正確な情報の伝達ではなく、自分とは異なる属性の誰かが「こう感じているかもしれない」という想像力をプレイヤーに持ってもらうことにあります。

ゲームインスタレーション「Re: Play」の開発風景

吉田 「プレイヤーとNPCの境界を曖昧にする」という試みは、非常に現代的な批評性がありますね。日本の伝統的なRPGゲームのお約束としては、村人に話しかければ決まったセリフが返ってきます。しかし藤嶋さんの作品では、そこに現実の他者の実存が流れ込んでくる。

藤嶋 ごく当たり前のことですが、現実世界でも自分以外のすべての人にとって、自分はNPCなんですよね。でも、街ですれ違う一人ひとりは、それぞれの悩みや物語を抱えた「プレイヤー」でもある。それを、アバターというフィルターを通したAIとの対話によって、直感的に理解させたいと考えています。

藤嶋(左)と吉田(右)、CCBTにて

都市の「セーブデータ」を響かせる

──藤嶋さんの一連の「コエノクエスト —都市に残されたセーブデータ」プロジェクトは、ボードゲームでの対話から始まり、AIアバターを用いたデジタルゲームへとつながっていきましたが、本プロジェクトは「これからのコモンズ」というCCBTから投げかけられたてテーマに対して、どのような回答になると考えていますか。

藤嶋 私の実践の根底にあるのは、都市のノイズにかき消されがちな、個々人の小さな「本音」をかたちにしたいという思いです。このプロジェクトを通じて、街中に「セーブポイント」のような対話の拠点を点在させることで、日常に沈んでいる違和感やつぶやきを可視化し、共有できると考えています。それは匿名だからこそ話せる生々しい実存を、デジタルとアナログの両面から都市に再接続する試みです。

藤嶋が描いた「コエノクエスト —都市に残されたセーブデータ」プロジェクトのイメージビジュアル

吉田 それは「ゲームの制作」に留まらず、ゲームの構造を用いた「都市の再解釈」と言えますね。ゲームの良さは、アップデートがリアルタイムで可能であり、かつ「痕跡」を蓄積できる点にあります。前のプレイヤーが世界に残した何かが次のプレイヤーに引き継がれるといった「循環型の構造」は、まさに都市そのもののメタファーのように感じます。

藤嶋 プロジェクトを進めるにあたって、CCBTという場所の持つ「風通しの良さ」には非常に助けられました。この場所は、誰でもふらっと立ち寄れるオープンな空気がありながら、同時に表現や技術の実験場でもあります。《SAVE 0》のテストプレイを呼びかけた際も、多様な属性の方がすぐに応じてくれて、改善のためのフィードバックをくれました。また、公的な場所だからこそ、普段は「我慢するものだ」と蓋をされている生々しい本音を、安心して吐露できる場として機能させることができるのだと感じています。

吉田 もしかすると今後は、平和的に意見を聴取するだけでなく、現実に存在する「痛み」や「難しい判断」といった負荷をゲーム内にあえて入れることで、より現実の問題に目を向けさせてみる、みたいな発展の仕方もあるのかもしれません。

 いずれにせよ藤嶋さんの試みは、アートと社会、そしてデジタルとアナログの境界を超えて、都市の沈黙を接続し、風通しを良くするための「装置」としてのゲームとなっているのではないでしょうか。社会がどのように反応するのか、楽しみですね。