2026.10.18

深センがアートのさらなる集積地に。FotografiskaとBASEが開館、2027年には新たな美術館も

中国・深センに、写真と視覚文化を中心とする「Fotografiska Shenzhen」と、没入型デジタルアート施設「BASE」が相次いで開館した。さらに2027年には、テンセントや京東による新たな美術館も誕生する予定だ。文化施設の整備が加速する深センのアートシーンはいかに変わろうとしているのか。

文=王崇橋(編集部)

「Fotografiska Shenzhen」の外観 © BAY ART, Shenzhen Bay MIXC
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 中国・深センの深セン湾エリアに10月1日、写真と視覚文化を中心とするアートセンター「Fotografiska Shenzhen(フォトグラフィスカ深セン)」が開館した。2010年にスウェーデン・ストックホルムで誕生したFotografiskaは、これまでストックホルム、エストニア・タリン、ベルリン、上海に展開。深センは世界で5番目、中国では2023年開館の上海館に次ぐ2番目の拠点となる。

 会場は、深セン市南山区の大型商業複合施設「深セン湾万象城(Shenzhen Bay MIXC)」内に位置する。約5300平米の施設には5つの展示室のほか、レストラン「MONA」、ショップ、イベントスペースなどを併設。展覧会に加え、音楽やパフォーマンス、トークイベントなど、多様なプログラムを展開する。

「Fotografiska Shenzhen」の外観 © BAY ART, Shenzhen Bay MIXC

写真から映像、インスタレーションへ。5つの開館展

 開館にあわせて開催されているのは、写真、映像、インスタレーションなどを横断する5つの展覧会だ。なかでも大きな展示空間を占めるのが、マウリツィオ・カテランとピエルパオロ・フェラーリによるクリエイティブ・プロジェクト「TOILETPAPER」の展覧会「ToiletFotoPaperGrafiska」である。

「ToiletFotoPaperGrafiska」展の展示風景 © Fotografiska

 本展は、ストックホルムとベルリンで開催された展覧会を深センの空間にあわせて再構成したもの。広告写真を思わせる鮮やかな色彩やシュルレアリスティックなイメージが、写真作品だけでなく家具や立体的なインスタレーションとして展開される。印刷物のなかで生み出されたイメージが展示空間全体へと拡張され、鑑賞者はそのなかを歩き回ることができる。

鮮やかな色彩のイメージが展示空間全体へと拡張され、鑑賞者はそのなかを歩き回ることができる © Fotografiska

 いっぽう、写真の社会的な役割を考えさせるのが、写真とサステナビリティをテーマとする国際賞「Prix Pictet」の第11回展「Storm」だ。新井卓、アルフレド・ジャーら最終候補に選ばれた12名の写真家による作品を通じて、自然災害から社会的混乱まで、現代世界が直面する様々な危機を浮かび上がらせる。

「Storm」展の展示風景 © Fotografiska

 中国人アーティストの史国威(シ・グオウェイ)による個展「Festa」では、写真に手作業で彩色する独自の技法を通じて、都市と農村の祝祭や日常生活に潜む感情を探る。楊紫(ヤン・ズー)がキュレーションを担当した本展では、写真による現実の記録と、彩色によって生まれる主観的なイメージとの関係がひとつの焦点となっている。

「Festa」展の展示風景 © Fotografiska

 また、ドイツのアーティスト、ミヒャエル・ナジャーの個展「Morphing Equilibrium」は、火山や氷河などの極限環境で撮影したイメージとデジタル技術を組み合わせ、気候変動やテクノロジーが地球環境に与える影響を考察する。さらに「Transcendent Realities」展では、范西(ファン・シー)、譚英傑(タン・インジェ)、マルコ・ブランビラ、ヴィヴィアン・サッセンらの作品を通じて、写真や映像が従来のフレームを超え、空間的な体験へと拡張する可能性を探っている。

「Morphing Equilibrium」展の展示風景 © Fotografiska
「Transcendent Realities」展の展示風景 © Fotografiska

 5つの展覧会はそれぞれ異なるテーマを扱いながらも、写真というメディアの多様なあり方を示している。Fotografiska中国のマネージング・ディレクターを務めるクリスチャン・デヴィレは「美術手帖」の取材に対し、次のように語った。「私たちは写真を、従来のプリント作品だけに限定して捉えているわけではありません。過去20年間で画像技術は劇的に変化し、写真家たちはマルチメディアや映像、そして現在ではAIに至るまで、新たな表現を模索してきました」。

隣接するBASEが示す、もうひとつの文化施設のかたち

 Fotografiskaの開館とほぼ同時期に、すぐ隣に「BASEデジタルアート・センター」もオープンした。9月30日に正式開館した同施設は、デジタル映像と没入型体験に特化した文化施設だ。高さ約16メートルの空間には、壁面と床面を覆う5面のプロジェクションと360度の音響システムを備え、アートから音楽、自然科学、ファッションまで多様な領域のコンテンツを展開する。

「Bigger & Closer (not smaller & further away)」の展示風景より Courtesy of BASE Digital Art Center

 開館プログラムのひとつが、デイヴィッド・ホックニーによる「Bigger & Closer (not smaller & further away)」だ。ホックニー自身が制作に関与し、約3年をかけて完成させたこの没入型展覧会は、60年以上にわたる画業を6つの章からたどるもの。絵画や写真、舞台美術、iPadによる制作などを巨大な映像空間に再構成し、鑑賞者をその世界へと誘う。ロンドンのLIGHTROOMで初公開され、その後、上海などでも紹介されてきた本展には、深センで新たに広東語版も用意され、地域の観客に向けた展開が図られている。

 もうひとつの開館プログラム「Prehistoric Planet: Dinosaurs」は、自然史ドキュメンタリー『太古の地球から よみがえる恐竜たち』をもとにした没入型映像体験だ。同センターでは今後、デイヴィッド・ボウイや『VOGUE』をテーマとするプログラムなども予定されている。

「Prehistoric Planet: Dinosaurs」の展示風景より Courtesy of BASE Digital Art Center

 BASEのディレクターを務める何磊(ヘ・レイ)は、ホックニーの作品について、「既存の作品をたんにデジタル化して拡大投影するのではなく、アーティスト自身が制作に参加し、没入型空間における作品と音響、スケール、観客との関係を再考したもの」と説明。そのうえで、「BASEは、アートや映像、自然科学から音楽、パフォーマンス、ゲーム、テクノロジーまで、多様なコンテンツによって絶えず再定義される場を目指しています」と語った。

なぜ深センなのか

 深センは、中国の改革開放政策を背景に急速な発展を遂げ、現在ではテンセントやファーウェイ、DJIなどのテクノロジー企業が拠点を置き、製造業やデザイン産業が集積する都市として知られる。いっぽう、北京や上海と比較すると、現代美術の制度的な基盤の整備は比較的新しく、近年は大型文化施設の建設が進められてきた。

 この都市に、Fotografiskaが中国で2番目の拠点を設けた理由は何か。デヴィレは、近年の文化振興への取り組みの強化や教育水準の高さ、展覧会への関心を持つ人口の多さをその理由に挙げた。「深センがその潜在力を十分に発揮するまでには数年かかるかもしれないことは、当初から明らかでした。それでも、私たちにとって進出する価値のある都市だったのです」。

「Fotografiska Shenzhen」館内の様子 © BAY ART, Shenzhen Bay MIXC

 いっぽう、BASEの何も、深センが持つデザイン、映像、音楽、テクノロジーなどの産業の集積に着目し、「この都市では、クリエイターや技術者、企業、文化機関がともに新しい都市文化をかたちづくろうとしています」と語った。今後は地元のアーティストやデザイナー、技術チームなどとの協働も視野に入れているという。

 こうした動きを象徴するのが、深セン湾エリアにおける文化施設の集積だ。FotografiskaとBASEが位置する深セン湾万象城の近隣には、文化複合施設「深セン湾文化広場」も整備されており、商業施設やオフィス、公共空間と文化施設が一体となった都市環境が形成されつつある。

「Fotografiska Shenzhen」が位置する深セン湾万象城 © BAY ART, Shenzhen Bay MIXC

 さらに2027年には、南山区で2つの新たな美術館が開館する予定だ。ひとつは、テンセントが手がける「融美術館(Rong Museum)」である。後海エリアの複合開発地区に建設される同館は、ドイツの建築家オーレ・シェーレンが設計を担当。延床面積約4500平米、うち展示スペースは約2300平米で、アート、デザイン、建築、映画などを含む視覚文化とデジタル文化を扱う。館内にはアートライブラリーやワークショップ、講演、上映のための空間なども設けられる予定だ。

 もうひとつは、EC大手の京東(JD.com)が設立する「京東美術館(JD Museum)」だ。深セン湾スーパー本部基地に位置する同館は、延床面積1万平米以上を予定し、現代美術やパフォーミングアーツ、文化プログラムを展開する施設として、2027年末の開館を目指している。建築設計は融美術館と同じくオーレ・シェーレンが、内装設計はネリ&フーが担当する。

「京東美術館(JD Museum)」と京東(JD.com)深セン湾スーパー本部基地のイメージ © Büro Ole Scheeren

拡大する文化施設と都市の可能性

 国際的なアートセンターの進出に加え、テンセントや京東といった大手企業が新たな美術館の設立に乗り出していることは、深センの文化施設整備におけるひとつの特徴と言える。とくに深セン湾周辺では、商業開発や企業活動と結びつくかたちで、新たな文化拠点が相次いで生まれている。

 デヴィレも、こうした文化施設の集積には大きな意義があると指摘する。「施設が集まることで、人々はどこへ行けばよいかを理解しやすくなり、機関同士もプログラムを調整したり、イベントを共同で企画したり、アーティストを招いたりしやすくなります」。また、深セン湾エリアを市内だけでなく国際的にも発信し、香港の国際的なアートウィークを含め、「粤港澳大湾区」(広東・香港・マカオグレーターベイエリア)全体の文化活動と連携させたいという。

「Fotografiska Shenzhen」館内の様子 © BAY ART, Shenzhen Bay MIXC

 Fotografiska自身も、地域のアートシーンとの接点を模索している。デヴィレによれば、深セン館では粤港澳大湾区の新進アーティストを対象とした展示スペースを設け、美術館での個展経験がまだない作家を中心に、約1ヶ月間の展覧会を開催する計画だ。上海館では過去約3年間に300件以上のパフォーマンスやイベントを実施しており、深センでも同様の取り組みを進めるという。

 深センでは、経済成長と都市開発に続くかたちで、文化施設の整備が加速している。しかし、施設の数が増えることと、持続的なアートシーンが形成されることは必ずしも同義ではない。国際的な展覧会や人気コンテンツの導入にとどまらず、地域のアーティストによる制作や発表をどこまで支え、継続的な観客を育てていけるのか。

 FotografiskaとBASEの開館、そして今後予定される新たな美術館の誕生は、深センの文化環境が変化の途上にあることを示している。急速に整備される文化インフラが、都市独自のアートシーンの形成にどのようにつながっていくのか。その成果が問われるのは、むしろこれからだろう。