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2026.8.29

アイザック・チョン・ワイと陳秋林、身体と記憶からたどる中国の歴史

香港・大館コンテンポラリーで開催されたアイザック・チョン・ワイの「An Intimate Surrender」展(7月10日〜8月9日)と、中国・深圳市坪山区美術館で開催中の陳秋林(チェン・チウリン)の個展「花園(Heartland)」(5月30日〜8月30日)。身体、記憶、都市の変化、そして歴史をめぐる2人の実践をたどる。

文=王崇橋(編集部)

陳秋林「花園(Heartland)」の展示風景より、壁面の作品は《別賦(Farewell Poem)》(2002) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space
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 8月初旬、中国・成都の千高原芸術空間(A Thousand Plateaus Art Space)の招待を受け、深圳市坪山区美術館で開催されている陳秋林(チェン・チウリン)の個展「花園(Heartland)」を訪れた。東京から香港に入り、深圳へ向かう短い旅のなかで、思いがけず二度、京劇の古典『覇王別姫』に出会った。

香港で出会った「覇王別姫」

 香港で過ごした半日、大館コンテンポラリーで開催されたアイザック・チョン・ワイの個展「An Intimate Surrender」に立ち寄った。担当キュレーターはルイザ・ホー。チョン・ワイは香港出身でベルリンを拠点に活動するアーティスト。パフォーマンス、映像、インスタレーション、写真、ドローイングなどを通じて、身体の脆弱性や暴力、個人と集団の関係、記憶やアイデンティティをめぐる問題を探ってきた。2024年には第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展「Foreigners Everywhere」に参加している。

 本作の出発点となったのが、小説と京劇、そして陳凱歌(チェン・カイコー)監督による映画『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)だ。京劇では女性役を「旦(たん)」と呼び、とりわけ近代には男性俳優が女性役を演じる「男旦(なんたん)」の芸が発展した。同映画の主人公・程蝶衣(チェン・ディエイー)も、幼少期から女性役を演じる旦役として訓練され、舞台上では虞姫を演じ続ける人物として描かれる。こうした、男性の身体が女性という役を反復的に演じる京劇の伝統も、チョン・ワイが本作でジェンダーのパフォーマティヴィティやクィアな身体を考察する重要な手がかりとなっている。

 会場では、複数のパフォーマーが身体を寄せ合い、支え、押し返し、ときにはひとつの身体の塊のようになりながら、ゆっくりと動き続けていた。触れること、離れること、相手の身体を受け止めること。その反復から立ち現れるのは、親密さであると同時に、身体のあいだに潜む緊張や力の関係でもある。

アイザック・チョン・ワイ「An Intimate Surrender」展より、パフォーマンスの様子 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 作品では京劇の所作や異性を演じる伝統を参照しながら、ジェンダーのパフォーマティヴィティを問い直し、「クィアな時間性」とアジア的な男性性、身体とアイデンティティの流動性へとその問いを広げている。京劇の身振りは、振付によって引き延ばされ、反復され、舞台、リハーサル室、映画撮影のセットといった異なる空間を往還するように再構成されている。

アイザック・チョン・ワイ「An Intimate Surrender」展より、パフォーマンスの様子 Photo by Tai Ngai Lung. Courtesy of Tai Kwun Contemporary

 映画『覇王別姫』が描くのもまた、演じる身体と現実の人生、そして歴史が切り離せなくなっていく過程だった。旦役として舞台上で虞姫を演じ続ける程蝶衣と、その外側にある男性としての人生。清朝の終焉から中華民国、日中戦争、中華人民共和国の成立、文化大革命へと激しく揺れ動く中国近現代史のなかで、舞台上の「覇王別姫」は繰り返され、やがて役と自己、劇と現実の境界そのものが揺らいでいく。

 翌日、深圳の坪山区美術館で陳秋林の「花園」を見ていると、「覇王別姫」というモチーフが再び現れた。

「覇王別姫」から三峡へ

 1975年生まれの陳秋林は四川美術学院版画系を2000年に卒業し、現在は成都を拠点に、映像、写真、インスタレーション、彫刻などを横断して制作している。今回の「花園」は、2002年から現在まで約20年にわたる実践を振り返る展覧会だ。キュレーションを手がけたのは、長年中国の現代美術を見てきたイギリス出身のキュレーター、カレン・スミス。展示は2002年の写真作品《家(Home)》を起点に、陳が故郷の重慶・万州と、そこで経験した急激な都市の変化をどのように作品へと変換してきたのかをたどっていく。

陳秋林《家(Home)》(2002) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 その初期を代表する作品のひとつが、映像作品《別賦(Farewell Poem)》(2002)だ。京劇『覇王別姫』をモチーフとしたこの作品では、古い街並みや解体されていく建物を背景に、長い水袖(すいしお)をまとった人物が舞う。香港で見たチョン・ワイのパフォーマンスとは表現も問題意識も異なるが、「覇王別姫」という同じ古典が、それぞれ異なる文脈へと引き寄せられていることが目を引いた。

陳秋林《別賦(Farewell Poem)》(2002) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 陳秋林にとって、その背景にある「歴史」はより個人的な経験と結びついている。彼女が育った万州は、長江上流、三峡地域に位置する都市だ。三峡ダム建設にともなう水位上昇によって旧市街の一部は水没し、大規模な住民移転と再開発が進んだ。陳が制作を始めた2000年代初頭は、まさに故郷の物理的な風景が急速に失われていった時期でもあった。

 ここで「覇王別姫」という古典的な物語は、別れや喪失をめぐる現実の風景と重なっていく。大きな歴史の転換に巻き込まれる個人という主題は、前日に香港で見たチョン・ワイの作品とは異なる方向から、再び立ち上がってくる。

陳秋林《別賦(Farewell Poem)》(2002) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

消えていく風景を前に

 会場を歩いていくと、陳の作品が三峡ダムや中国の都市化をそのまま記録するドキュメンタリーではないことが見えてくる。

 2006年の《彩条(Colorful Stripes)》では、赤、白、青の安価なビニール製編み袋(中国で引っ越しや荷物の運搬に広く使われてきた素材)からつくられた衣服を身につけた人物たちが、取り壊されていく街に現れる。灰色の瓦礫と鮮やかなストライプの対比は、都市の荒廃と人工的な色彩をひとつの画面のなかに並置する。

陳秋林《彩条(Colorful Stripes)》(2006) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 この作品が撮影されたのは、三峡工程によって水位が175メートルまで上昇する直前だった。筆者が訪れた日に行われたトークで陳は、「映像に映っている場所は、いまはすべて水の下にある」と振り返った。撮影時、水没まで残されていた時間はわずか1週間ほどで、作品に登場する子供たちも学校の最後の日を迎えていたという。

 しかし、陳は周到な脚本に従ってその「歴史的瞬間」を記録したわけではないという。「脚本はないけれど、自分がどんな感情の手がかり、視覚的な手がかりを必要としているのかはわかっています」。撮影前に現地へ何度も足を運び、人々と関係をつくりながら、必要な情景を見つけていく。

 この手法は、彼女の多くの作品に共通しており、そこにある「直感」は、2005年の《溺水日記(Drowning Diary)》にもよく表れている。本作は、白いウェディングドレスをまとった陳自身がプールのなかでもがく作品だ。トークで彼女は、自分は泳げないため、撮影では実際にプールへ投げ入れてもらったと明かした。「みんなにはきれいに見えるけれど、ウェディングドレスそのものは一種の束縛でもある。女性を美しくすることもできるし、多くのものを背負わせることもできる」。

陳秋林《溺水日記(Drowning Diary)》(2005) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

「花園」という名の風景

 そして、そのアプローチがもっとも端的に表れているのが、展覧会タイトルにもなった《花園》(2007)だろう。

 陳はある日、故郷の茶楼から通りを眺めていた。そこにいたのは、重慶で「棒棒(バンバン)」と呼ばれる荷運び労働者たちだった。坂道の多い重慶で、一本の棒を担ぎ、わずかな賃金で荷物を運ぶ人々である。

陳秋林《花園 The Garden No.2》(2007) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 「冬の重慶は霧がかかって灰色です。彼らがポケットに手を入れて歩いているのを見て、この人たちはいったい何をしているんだろう、毎日ここを歩いて、どれだけ稼げるのだろうと思った。それですぐ撮ろうと思いました。本当に直感で、あまり考えていなかった」。

 陳は色鮮やかなプラスチック製の牡丹を大量に用意し、それを棒棒たちに運んでもらった。目的地はない。ただ花を担いで、街を歩き続ける。「彼らのような人たちは、この街で生活するために、偽物の花のような夢を抱いてやって来る。でも最後に何を得られるのかはわからない」。

陳秋林《花園 The Garden No.4》(2007) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 映像には、中国で広く知られる童謡「我們的祖国是花園(私たちの祖国は花園)」を電子音やノイズへと変形させた音楽が流れる。灰色の都市、労働者たち、そして鮮やかな人工の牡丹が並置され、「花園」という明るい言葉と、そこに映し出される現実とのあいだに距離が生まれる。

 20年近くを経たいま、この映像には制作当時とは異なる時間も重なっている。トークのなかで陳自身、「棒棒もいまの重慶ではあまり見つけられなくなった」と話した。都市の再開発が進むなかで、かつて街のなかで人力による荷運びを担っていた棒棒の姿も少なくなっている。作品に映し出された日常の風景そのものが、すでに過去のものになりつつあるのだ。

 その意味でも、陳の初期作品を現在見ることには、制作当時とは異なる意味が加わっている。キュレーターのカレン・スミスはトークで、印象派の画家たちが当時の新しい余暇や都市生活を、社会変革を「記録」しようと意識することなく描いた例を挙げながら、陳の作品についても「50年後に振り返れば、同じように感じられるのではないか」と語った。

陳秋林「花園(Heartland)」の展示風景より、中央は《花園 The Garden No.1》(2007) Courtesy of the artist and A Thousand Plateaus Art Space

 香港で見たチョン・ワイの《An Intimate Surrender》から、深圳で見た陳秋林の《別賦》へ。ふたつの作品をつないだ「覇王別姫」は、いっぽうではジェンダーや身体をめぐる規範を問い直すための装置となり、もういっぽうでは、失われていく故郷やそこに刻まれた記憶をたどるイメージへと姿を変えていた。

 その背後にあるのは、舞台上の物語と並行するように、大きく変化してきた中国の現実の風景である。香港と深圳で見た2つの展覧会は、異なる世代のアーティストが、身体や記憶を通して歴史とどのように接続しているのかを、それぞれ異なる角度から浮かび上がらせていた。