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2026.10.18

「松元悠 イメージのあなた」(黒部市美術館)開幕レポート。出会ったことのない他者を、いかに想い続けられるのか

富山県の黒部市美術館で、法廷画家としても活躍するアーティスト・松元悠の個展「松元悠 イメージのあなた」が開幕した。会期は12月20日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

「松元悠 イメージのあなた」展示風景より
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 富山県の黒部市美術館で、法廷画家としても活躍するアーティスト・松元悠の個展「松元悠 イメージのあなた」が開幕した。会期は12月20日まで。担当は同館学芸員の津田愛子。

 松元は1993年京都府出身。京都精華大学芸術学部メディア造形学科版画コース卒業、京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻版画修了。たまたま見知ったニュースや、法廷画家としての活動で出会った事件について、現地を訪れてその足跡をたどるなど独自の取材をもとに想像を重ね、当事者を自身の姿に置き換えたリトグラフ作品を制作してきた。2025年に「Kyoto Art for Tomorrow 2025 ―京都府新鋭選抜展―」で優秀賞、今年は「第3回絹谷幸二芸術賞」にて審査員特別賞を受賞するなど、その巧みな描写力で近年注目を集めている。

《イメージのあなた(野洲)》(2026)BFK紙にリトグラフ 60×90cm 作品横にある手書きのキャプションは、松元の制作メモでもある

 本展は、学部時代の初期作品から今年制作された新作までのほぼすべての作品を展示。「物語と版画」「ニュースと版画」「法廷と版画」「産業と版画」「日用品と石版画」「運動と版画」「日常と版画」「版画の後日談」の8つのセクションを通じて、身の回りの出来事を制作の軸としながらも、松元がこれまでの立場や環境の変化のなかでいかにその領域を広げてきたかという視点も見どころとなっている。

身の回りの出来事をイメージ化する

 まず「物語と版画」では、学部時代の初期作品4点を展示。幼少期から宗教画を見るのが好きだったという松元は、その影響もあってか、独自の解釈で世の中の出来事や物語をイメージ化することを始めたという。

《蓋》(2014)中性紙にリトグラフ、コラグラフ 90×68cm

 「ニュースと版画」では、国内のニュースを題材に現地を巡って観察を重ねた作品群を紹介する。例えば2018年に制作された《窓(栄村)》は、その前年に松元がネットのニュースで偶然見かけた、長野県の「栄村大震災」をテーマとした作品だ。2011年3月11日に起こった東日本大震災の翌日に発生したマグニチュード6.7にも及ぶこの地震は「忘れ去られた大震災」とも呼ばれ、松元自身も発生から7年後に初めて知るという経験をした。

《窓(栄村)》(2018)かきた紙にリトグラフ 65×55cm

 本作について印象深いエピソードとして松元が明かすのが、現地取材の際、復興村営住宅の住民が窓から自分の様子をうかがっていたという出来事だ。「見ているはずが見られる側になっていた」という関係性の反転は、部外者として出来事に関わる自身の立ち位置や、描く/描かれる関係性を批評的に自覚させる契機として、松元の表現者としての姿勢に深く結びついているように感じられる。

手前は《昼食(下井草)》(2019)

 続く「法廷と版画」では、法廷画家として出会った事件をモチーフとした作品を取り上げる。当初、松元は「法廷での仕事を自分の作品にはしない」と決めていた。しかし、ニュースとは異なり法廷には事件の当事者が目の前にいること、さらにスケッチに即効性が求められる仕事ゆえに、当事者たちを理解するための時間がもっと必要だと感じたことが、松元の姿勢に変化をもたらした。

 なかでも2024年の「サラバ化物」シリーズは、法廷で見聞きした当事者の姿や発言、読み上げられた文章などが作品やタイトルに反映されており、松元の想像力によって立ち上げられた情景が事件の生々しさを克明に伝える。

《サラバ化物(御徒町のパジャマ3枚、やっぱりやめよう、先生大丈夫入るよ)》(2024)

 松元の活動のなかでも、ポスターや広告への関心に注目するのが「産業と版画」のセクションだ。ここでは、一次産業を知るべく琵琶湖の漁師らと協働して生まれた版画作品や、産業へのコミットを目的としたクロモカード(商品購入時に付属するリトグラフ印刷のトレーディングカード)を展示している。

手前は《里湖源五郎鮒物語(琵琶湖)》(2021)、奥の《湖魚とクロモカードセット その弍【魦】》(2022)は、実際に琵琶湖の魚と一緒に販売されたもの

 また「日用品と石版画」では、貴重な資料や図版、芸術作品の複製を担ってきたリトグラフの歴史的役割に着目。ここでは、明治初期に蜷川式胤(にながわ・のりたね)が手がけた古器物の記録『観古図説』にならい、松元は公的な記録からこぼれ落ちてしまう個人の生活や記憶を宿すものとして、大量生産された日用品を石版画の形式で残すことを試みている。

「日用品と石版画」の展示風景

個人の出来事、そして社会と接続する版画

 誰にとっても身近な表現手法であり、ときに社会運動とも強く結びついてきた版画の側面をとらえるのが「運動と版画」だ。ここでは、民衆が声を上げた歴史的出来事を題材とした作品を紹介する。

 特筆すべきは、同館のある富山県で1918年に起こった「米騒動」をテーマとする《お救い米》(2025)、《哀訴嘆願》(2025)の2つの作品だ。《お救い米》には、騒動の発端となった旧十二銀行の米倉と、そこに押しかけた主婦たちの幻影が描かれている。昨今話題となった「令和の米騒動」の記憶とも共鳴し合う作品群だ。

右から《お救い米》(2025)、《哀訴嘆願》(2025)

 「日常と版画」には、松元自身が個人的に忘れられないニュースを題材にした作品群が並ぶ。同僚の死をきっかけにその人に思いを馳せ続けた連作や、フィリピンで戦死した松元の曽祖父とその娘たち(松元の祖母と大叔母)をめぐる《アルマゲール島(祖母と大叔母の話)》(2018)など、作家自身と直接的・間接的な関わりをもつ人物や場面が描かれている点が特徴だ。

「日常と版画」のセクション
《アルマゲール島(祖母と大叔母の話)》(2018)かきた紙にリトグラフ 148×188cm

 松元が制作において一貫して持ち続けている視点がある。「情報を受信したその瞬間に湧き上がる想いは、いかにリアクションからアクションへと変容しうるのか」「刹那的で間接的な情報から相手を想い続けることは、立場や距離、時間を超えてどこまで可能なのか」。その問いに対する姿勢がよくわかるのが、最後のセクション「版画の後日談」だ。

「版画の後日談」の展示風景

 「作品をつくって終わりにしたくない」。そう語る松元は、折に触れて自身の作品を振り返り、制作後も当事者の変化を見つめるようにアプローチを重ねている。

《サラバ化物》の後日談(2023〜26)
《窓(栄村)》の後日談/補講展示計画(2019)映像 4分45秒

 本展は、松元のおよそ10年に及ぶ活動を見渡すことができるとともに、全国的には知られていない、しかし確かな意味をもつ身の回りの出来事を掬い上げてきた「受信者」としての軌跡でもある。ニュースや事件をただの情報として消費するのではなく、人と人との関係性や対話として当事者に思いを寄せ続ける。それこそが、アーティスト・松元悠の揺るぎない態度なのだと感じられた。