《美しきフェロニエール》を「比較」して見る
その最終章の中心に置かれるのが、レオナルドの《女性の肖像》だ。現在では《美しきフェロニエール》の名で世界的に知られているこの作品だが、この呼称は本来、別の女性肖像に付されていたものだった。
宮島によれば、17〜18世紀に「美しきフェロニエール」と呼ばれていたのは、現在では北イタリア・ロンバルディアの画家によるものとされる別の横顔の女性像だった。フランス革命後、王室コレクションが国家所有となり、作品がルーヴルへと移されたのち、19世紀初頭に2作品の呼称が混同された可能性があるという。現在、ルーヴル美術館ではレオナルド作品の正式名称に《美しきフェロニエール》を用いず、《女性の肖像》としている。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》(1490〜97頃)板(クルミ)に油彩 63.5×44.5cm パリ、ルーヴル美術館 描かれた女性が誰なのかも確定していない。宮島の解説では、同作はレオナルドがルドヴィコ・スフォルツァのもとで活動していた1490年代に制作されたと考えられており、現在はルドヴィコの愛妾であったルクレツィア・クリヴェッリをモデルとする説を多くの研究者が支持しているという。いっぽう、ルドヴィコの妻ベアトリーチェ・デステや、前代のミラノ公ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァの妃イザベッラ・ダラゴーナなどもモデルの候補として挙げられてきた。
作品を前にすると、とくに印象的なのは、身体と顔、そして視線の微妙なずれだ。身体が横方向を向くいっぽう、顔はより正面へと向けられ、静止した肖像に回転するような動きが生まれている。宮島によると、2014〜15年の科学調査では、女性の右目(鑑賞者から見て左側)の眼球や瞳の位置が制作途中で細かく変更されていたことも明らかになったという。視線の行方をあえて定めにくくするこうした表現について宮島は、人物の表情や身振り、動作を通して内面を表そうとした当時の美術理論とも関連づけながら、レオナルドが変化し続ける人間の感情や動きを静止した画面に表そうとした可能性を指摘する。
また、本展ではこの作品を孤立した「目玉作品」として見せていない。同じ展示室には同時代の横顔肖像や四分の三正面像、肖像メダル、大理石彫刻などが並び、異なる形式や素材による肖像表現を比較することができる。
左はティツィアーノ・ヴェチェッリオ《フランソワ1世の肖像》(1538頃)キャンバスに油彩 109×89cm パリ、ルーヴル美術館 例えばティツィアーノの《フランソワ1世の肖像》(1538頃)に描かれたフランソワ1世は、晩年のレオナルドをフランスへ招いた人物だ。同作では顔を横向きにしながら身体を斜めに向けることで画面に動きが生み出されており、顔と身体の向きをずらした《女性の肖像》の表現とも共通する。
左はジャン・クリストフォロ・ロマーノ(本名ジャン・クリストフォロ・ガンティ)《ベアトリーチェ・デステ》(1490–91頃)大理石 高さ59.5cm、幅30cm、奥行24.3cm パリ、ルーヴル美術館 宮島は、これらの作品はルーヴル美術館でもそれぞれ鑑賞することができるものの、「この組み合わせで比較していただける機会は二度とない」と話す。
レオナルドというひとりの巨匠を入口としながら、その背後に広がる人、物、技術、図像の移動へと視野を広げていく本展。《美しきフェロニエール》との対面だけではなく、ひとつの作品がいかなる時代のネットワークから生まれたのかを、ルーヴルのコレクションを横断しながら考える機会となりそうだ。