• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」(国立新美術館)開幕レポー…
2026.9.9

「ルーヴル美術館展 ルネサンス」(国立新美術館)開幕レポート。ルーヴル所蔵のレオナルド作品が初来日、《モナ・リザ》以来52年ぶり

「ルーヴル美術館展 ルネサンス」が東京・六本木の国立新美術館で開幕した。ルーヴル美術館のコレクション56点から、地域やジャンルを越えて広がったルネサンスの「横のつながり」を読み解く本展をレポートする。

文・撮影=王崇橋(編集部)

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》(1490〜97頃)板(クルミ)に油彩 63.5×44.5cm パリ、ルーヴル美術館
前へ
次へ

 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」が東京・六本木の国立新美術館で開幕した。会期は12月13日まで。

 本展は、15世紀から16世紀にかけてヨーロッパ各地で隆盛したルネサンス美術を、ルーヴル美術館のコレクションから紹介するもの。最大の注目作となるのが、日本初公開となるレオナルド・ダ・ヴィンチの《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》(1490〜97頃)だ。

 レオナルドの真筆とされる絵画作品は現存するものが15点ほどしかなく、ルーヴル美術館が所蔵するレオナルド作品の来日は、1974年の《モナ・リザ》以来52年ぶりとなる。本展では、同作に加えて、絵画、彫刻、版画、素描、工芸など、ルーヴル美術館が所蔵する56点を通して、ルネサンスという時代そのものを多角的にとらえることを試みる。

ルーヴル美術館が所蔵する56点を通して、ルネサンスという時代そのものを多角的にとらえる本展

 内覧会で国立新美術館長の菅谷富夫は、《美しきフェロニエール》をレオナルドの重要な完成作としながらも、「レオナルド・ダ・ヴィンチを展示できたから、もうこれでいいね」というところで終わるのではなく、その作品が生まれた背景にまで踏み込みたいと展覧会の狙いを語った。

展示風景より、左はベルンハルト・シュトライゲル、ジョヴァンニ・アンブロージョ・デ・プレディスの原作に基づく(?)《ビアンカ・マリア・スフォルツァの肖像》(1492-93頃)

「横のつながり」からルネサンスを見る

 こうした展覧会の狙いを具体化するのが、「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」という4つのテーマだ。

 本展の日本側監修者である国立新美術館主任研究員の宮島綾子は、ルーヴル美術館を含む西洋の美術館の常設展示では、作品は国や地域、ジャンルごとに分けられ、年代順に紹介されることが多いと指摘する。そこでは美術史を「縦」にたどることができるいっぽう、見えにくくなるのが、地域やジャンルを越えた「横のつながり」だという。ルネサンス期には絵画や彫刻、版画、工芸が互いに影響を与え、人や物とともに技術や表現、図像がヨーロッパ各地を移動した。本展は国やジャンルによる区分を横断することで、そうしたネットワークを浮かび上がらせようとする。

ヴェネツィアの画家《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》(1511頃)キャンバスに油彩 120×204.5cm パリ、ルーヴル美術館
左からエル・グレコ《アントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバ(1524–1602年)の肖像》(1597–1600頃)、ヤン・ファン・スコーレル《32歳の男性の肖像》(1521)

 第1章「旅」が焦点を当てるのは、こうした人と物の移動だ。芸術家たちは新天地を求めて各地を旅し、宮廷や都市を移動するなかで新たな技法や表現に出会った。そうした移動が文化的交流を促し、それぞれの土地で新しい表現を生み出していく。

第2章「技法の革新と洗練」の展示風景より、素描や版画、マジョリカ陶器、ブロンズ彫刻、エナメルなどが紹介されている
第2章「技法の革新と洗練」の展示風景より

 続く第2章「技法の革新と洗練」では、素描や版画、マジョリカ陶器、ブロンズ彫刻、エナメルなど、ルネサンス期に発展・成熟した多様な技法を紹介する。

 なかでも宮島が注目するのが版画だ。ひとつの原版から複数のイメージを生み出せる版画は、図像やモチーフをヨーロッパ各地へと伝播させる役割を担った。同じモチーフが絵画だけでなく陶器やエナメルなど異なる媒体へと転用されていく様子を、実際の作品を比較しながら確認できる。また、古代ギリシャ・ローマで発達し、中世には衰退したブロンズ鋳造がルネサンス期に復興し、その技術が別の工芸分野へ応用されていく過程にも目を向ける。

第3章「古代へのまなざし」の展示風景より
サンドロ・ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》(1470頃)板(ポプラ)にテンペラ 58.5×40.7cm パリ、ルーヴル美術館

 第3章「古代へのまなざし」のキーワードは、ルネサンスの語源にもつながる「再生」。古代ギリシャ・ローマの彫刻や建築、遺物への関心が高まるなか、芸術家たちは古代の造形を学び、それを新たな表現へと転換していった。

 そして第4章「肖像芸術の隆盛」では、人間そのものへの関心の高まりに注目する。人文主義の広がりとともに、一人ひとりを固有の個性を持つ存在としてとらえる意識が強まり、肖像芸術も発展。貴族や権力者だけでなく、市民や子供へと描かれる対象が広がったほか、横顔、四分の三正面像、肖像メダル、大理石彫刻など、様々な形式と素材によって人間の姿が表現された。

左からバルトロメウス・ブロイン(父)《ケルンの商人で同市参事会員フィリップ・フォン・ガイル(1496-1558年)と5人の息子の肖像》、《カタリーナ・フォン・ガイル(旧姓フォン・ミュルハイム、1540年没)と二人の娘の肖像》(いずれも1536-37頃(?)/額に記された年:1545)

《美しきフェロニエール》を「比較」して見る

 その最終章の中心に置かれるのが、レオナルドの《女性の肖像》だ。現在では《美しきフェロニエール》の名で世界的に知られているこの作品だが、この呼称は本来、別の女性肖像に付されていたものだった。

 宮島によれば、17〜18世紀に「美しきフェロニエール」と呼ばれていたのは、現在では北イタリア・ロンバルディアの画家によるものとされる別の横顔の女性像だった。フランス革命後、王室コレクションが国家所有となり、作品がルーヴルへと移されたのち、19世紀初頭に2作品の呼称が混同された可能性があるという。現在、ルーヴル美術館ではレオナルド作品の正式名称に《美しきフェロニエール》を用いず、《女性の肖像》としている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》(1490〜97頃)板(クルミ)に油彩 63.5×44.5cm パリ、ルーヴル美術館

 描かれた女性が誰なのかも確定していない。宮島の解説では、同作はレオナルドがルドヴィコ・スフォルツァのもとで活動していた1490年代に制作されたと考えられており、現在はルドヴィコの愛妾であったルクレツィア・クリヴェッリをモデルとする説を多くの研究者が支持しているという。いっぽう、ルドヴィコの妻ベアトリーチェ・デステや、前代のミラノ公ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァの妃イザベッラ・ダラゴーナなどもモデルの候補として挙げられてきた。

 作品を前にすると、とくに印象的なのは、身体と顔、そして視線の微妙なずれだ。身体が横方向を向くいっぽう、顔はより正面へと向けられ、静止した肖像に回転するような動きが生まれている。宮島によると、2014〜15年の科学調査では、女性の右目(鑑賞者から見て左側)の眼球や瞳の位置が制作途中で細かく変更されていたことも明らかになったという。視線の行方をあえて定めにくくするこうした表現について宮島は、人物の表情や身振り、動作を通して内面を表そうとした当時の美術理論とも関連づけながら、レオナルドが変化し続ける人間の感情や動きを静止した画面に表そうとした可能性を指摘する。

 また、本展ではこの作品を孤立した「目玉作品」として見せていない。同じ展示室には同時代の横顔肖像や四分の三正面像、肖像メダル、大理石彫刻などが並び、異なる形式や素材による肖像表現を比較することができる。

左はティツィアーノ・ヴェチェッリオ《フランソワ1世の肖像》(1538頃)キャンバスに油彩 109×89cm パリ、ルーヴル美術館

 例えばティツィアーノの《フランソワ1世の肖像》(1538頃)に描かれたフランソワ1世は、晩年のレオナルドをフランスへ招いた人物だ。同作では顔を横向きにしながら身体を斜めに向けることで画面に動きが生み出されており、顔と身体の向きをずらした《女性の肖像》の表現とも共通する。

左はジャン・クリストフォロ・ロマーノ(本名ジャン・クリストフォロ・ガンティ)《ベアトリーチェ・デステ》(1490–91頃)大理石 高さ59.5cm、幅30cm、奥行24.3cm パリ、ルーヴル美術館

 宮島は、これらの作品はルーヴル美術館でもそれぞれ鑑賞することができるものの、「この組み合わせで比較していただける機会は二度とない」と話す。

 レオナルドというひとりの巨匠を入口としながら、その背後に広がる人、物、技術、図像の移動へと視野を広げていく本展。《美しきフェロニエール》との対面だけではなく、ひとつの作品がいかなる時代のネットワークから生まれたのかを、ルーヴルのコレクションを横断しながら考える機会となりそうだ。