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2026.7.14

昭和の銀行建築をリノベーション。尾道に誕生した街と旅人をつなぐスモールホテル「Arbor Onomichi」

広島県尾道市に、中国銀行旧尾道支店をリノベーションしたスモールホテル「Arbor Onomichi」がオープンした。本ホテルを手がけたBackpackers’ Japanの取締役CBO・石崎嵩人と、デザインディレクションおよび空間デザインを担当した「根を這う」代表・須藤修のインタビューを交え、その様子をレポートする。※7月15日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文・取材=大橋ひな子(編集部)

外観 写真提供:Arbor Onomichi
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 広島県尾道市に、中国銀行旧尾道支店をリノベーションしたスモールホテル「Arbor Onomichi(アーバー オノミチ)」が、4月25日にオープンした。

 同ホテルは、Backpackers’ Japanが企画・運営を行い、主に地方都市での展開を計画するスモールホテルブランド「Arbor」の1号店。客室数の拡充や館内体験の最大化を目指すのではなく、限られた規模のなかで宿泊客や地域との関係づくりに注力する。観光や食事は積極的に街中での回遊を案内し、「街とともに滞在を楽しむ」ホテルの姿を理想に掲げている。

新ブランド「Arbor」1号店が尾道に誕生した背景

 ホテルの躯体となったのは、1966年に竣工した中国銀行旧尾道支店だ。駅から続く「尾道本通り商店街」と石見銀山街道が交わる交差点の角地で53年間営業し、2019年10月に移転統合のため閉業。その後、物件の買い手はついたものの、コロナ禍の影響もあり活用方法は定まらないままだった。ようやく状況が落ち着きはじめた2023年頃から活用方法の検討が再開され、2024年秋頃にBackpackers’ Japanへ宿泊スペースの企画運営の依頼が持ち込まれたという。

 当時、同社では地方都市におけるスモールホテルの開発企画が進行していた。そのきっかけは、全国の地方都市の街中において、宿泊の主な選択肢がビジネスホテルばかりになっていることへの疑問だった。街から離れた場所には個性の光るホテルもあるが、それでは街中へアクセスしづらく、市街の店舗などを気軽に楽しむことが難しくなってしまう。「その街を楽しみ尽くして、心地よい余韻のまま戻る先のホテルにも、つくり手の意思が感じられる空間やホテルスタッフとの双方向のコミュニケーションがあればより良い体験になるのではないか」と、取締役CBOの石崎嵩人は自身の旅人としての視点を起点に考えていた。当初はもう少し規模の大きな都市での開業を想定していたが、この物件活用の案件と重なったことから、尾道でのプロジェクト始動が決定したという。

銀行建築の記憶を活かす

 館内は、印象的な天井高や2階部分のキャットウォーク、柱を置かないフラットな構造など、昭和の銀行建築の特徴を色濃く残している。エリア特性を重視し、地域の人々の記憶に残る物件の個性をなるべく活かすかたちで設計が進められた。

天井高のある開放的なラウンジ。キャットウォークもそのまま残されている
天井の梁は残されており、空間に重厚感をもたらす
手すりや一部の床部分はそのまま活用されている

 ホテル全体のデザインディレクションおよび空間デザイン、家具照明の選定を担当したデザイン事務所「根を這う」の須藤修は、建築の耐久性において補強が必要な部分はアップデートしつつも、外観、梁、階段の手すり、床面など、建物のアイデンティティを形成する要素を最大限に残した。強固な外壁に対し、内装には経年による脆さも見られたため、そのギャップを埋めていくような作業だったという。

 デザインにあたり意識したのは、銀行特有の「無機質で厳格な空気感」を和らげ、「人の温かさ」を感じさせる空間づくりだ。照明や家具には、均一的なものはあえて用いず、それぞれに個性や手触りのあるものを採用した。

 その結果、1階の元銀行窓口エリアは、天井近くまで伸びた窓から自然光が明るく差し込むラウンジへと生まれ変わった。開放感がありながらも、外観の重厚感を裏切らない温かみが残る。元銀行の特徴でもある巨大な金庫もそのまま残されており、現在はスタッフ用のバックヤードとして活用されながら、空間に独特の風格を添えている。

銀行で使われていた椅子をリペアし再利用、テーブルは天板を新規制作している
あえてテーマカラーを限定していない同館には、カラフルで個性的な家具や照明が点在している
元銀行の特徴でもある巨大な金庫。現在はスタッフのバックヤードとして活用されている

 ラウンジに配された家具はカラフルであるが、いずれも落ち着いた色調で統一感がある。須藤は、あえて館内のテーマカラーを限定しなかったという。そこには、宿泊者や地域住民がそれぞれの目的で過ごせる自由な場所であるために、多様な色を散りばめて空間にグラデーションを生み出したいという意志が込められている。

 ラウンジに併設された「BERTH COFFEE 尾道」では、スペシャルティコーヒーや自社製造の焼き菓子、こだわりのモーニングを提供。夜は「SMALL PUB Inlet」へと姿を変え、タップビールや国産クラフトビール、ナチュラルワイン、焼酎などを楽しめる。席ごとにデザインが異なるため、その日の気分でお気に入りの特等席を選ぶのも楽しみのひとつだ。

制限を個性に変えた、16室の客室

 館内には、広さや設備の異なる8タイプ、全16室の客室が設けられている。最上階の3階をメインに、1階と2階にも客室を配置。同じ客室タイプであっても、1部屋ごとにデザインやレイアウトが異なる。これは、建築基準法や旅館業法が定める採光基準(窓の設置)を満たすため、もとの銀行建築の窓割りに合わせて客室をレイアウトしたことが理由のひとつとなっている。また、館内には躯体の一部となっているため壊せない壁もある。リノベーションならではの制限を逆手に取り、それぞれの部屋から建築の魅力がもっとも引き立つ設計がなされ、インテリアもそれに合わせて最適化された。

「シグネチャールーム」の様子 写真提供:Arbor Onomichi
「シグネチャールーム」に設られたベッド 写真提供:Arbor Onomichi
こだわりが感じられるヴィンテージの照明も 写真提供:Arbor Onomichi
染色家・中嶋健の作品が飾られている

 3階の角部屋に位置する「シグネチャールーム」は、同ホテルでもっとも広い約50平米の客室だ。窓からは尾道を代表する風景である千光寺を望むことができる。仕切りのない開放的な空間には、HOUSE OF FINN JUHLの「JAPAN SOFA」や、ほづみせんいによる月山緞通のウールラグが設えられた。デザインの異なるヴィンテージ照明が複数設置され、昼と夜で異なる表情を見せる。室内には、伝統技法「引き染め」を用いる染色家・中嶋健の作品が2点展示され、空間を彩っている。

「バルコニーキング」の様子 写真提供:Arbor Onomichi
「ファミリールーム」の様子

 唯一のバルコニーを備えた部屋である「バルコニーキング」では、尾道の街の空気を感じながらプライベートな時間を過ごせる。室内には天童木工の「Centro Series」ソファ、シキファニチアのテーブルが並ぶ。また、4人用の「ファミリールーム」には2段ベッドが2台と天童木工の「MathssonSeries」ソファが備わり、グループや家族での滞在に対応する。

デザイナー・小野豊一による作品
アーティスト・はしもとなおこによる作品

 ほかにもタイプの違うダブルルームやツインルームが用意されている。客室に展示されているアートの多くは、Backpackers’ Japanのプロジェクトメンバーが声をかけた作家によるコミッションワークだ。ホテルのコンセプトを共有し、この空間のために制作、または選定された作品を館内で見ることができる。中嶋健の作品のほか、広島県出身のデザイナー・小野豊一による作品やアーティスト・はしもとなおこの作品、岩部保多織本舗のタペストリー、Arborのロゴデザインやグラフィックも担当したデザイナー・山口崇多(collé inc)による作品が設えられている。

「ドミトリー」の様子 写真提供:Arbor Onomichi

 また運営するBackpackers’ Japanのルーツや、より多くの層の旅人を迎えたいという想いにもとづき、「ドミトリー」タイプの部屋も用意されている。2段ベッドが5台置かれた最大10名利用の男女混合ドミトリーで、各ベッドはカーテンとパネルで仕切られた半ボックスタイプ。尾道や瀬戸内エリアに滞在し、暮らすように旅を楽しむための拠点となる。

街の新たなハブを目指す

 オープンから約2ヶ月。すでに宿泊客以外によるラウンジ利用も多く見られ、周辺の飲食店へのヒアリングからも、ホテルが街に浸透しつつあることが伺える。石崎は、街との関係は築き続けるものとしたうえで、「このホテルがひとつのきっかけとなり、ここで働くスタッフや宿泊者の視点だからこそ気づける街の魅力を、地域へ還元していく機会をつくれたら嬉しい」と展望を語る。

夕方の外観 写真提供:Arbor Onomichi

 地域住民とのコミュニケーションを重ねながら改修されたArbor Onomichi。街に馴染み深い建築の歴史を継承しながら、新たな視点を持ち込む試みとして、確かな一歩を踏み出した。長く街の景観をつくってきた建物は、それ単体で成立するわけではなく、人々との関係性があって初めて息づく。昭和の銀行建築を再生させたこのホテルが、土地の魅力を求める旅人と地域を深くつなぐ存在になっていくのではないだろうか。