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2026.7.11

「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」(世田谷文学館)開幕レポート。生涯を通じて貫いた「人を喜ばせる」という哲学

東京・南烏山の世田谷文学館で、「アンパンマン」の生みの親として知られる、やなせたかし(1919〜2013)の回顧展「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」が開幕した。会期は9月6日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」の展示風景 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
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 東京・南烏山の世田谷文学館で、「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」が開幕した。会期は9月6日まで。担当は同館学芸員の宮崎京子。熊本市現代美術館を皮切りに全国を巡回してきた本展は、同館での開催後、姫路文学館(9月19日〜11月23日)へと巡回を予定している。

 やなせたかし(本名・柳瀬嵩)は1919年高知県出身。三越百貨店宣伝部を経て漫画家として独立し、舞台美術や作詞、ラジオ・テレビ構成など多方面で活躍した。1961年には作詞を手がけた「手のひらを太陽に」を発表、67年には「ボオ氏」で週刊朝日マンガ賞を受賞した。73年には雑誌『詩とメルヘン』を創刊して編集長を務め、同年には絵本『あんぱんまん』を発表。88年に放送開始されたテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」は、世代を超えて愛される国民的作品となった。

 漫画家、詩人、絵本作家、イラストレーター、雑誌編集者といった多彩な顔を持ち、生涯を通じて「人を喜ばせること」を活動の根源に置いたやなせ。本展は、やなせの出身地・高知県香美市にある「やなせたかし記念館アンパンマンミュージアム」の開館30周年を記念して企画された。会場では、約200点の原画を中心とした総数約400点の作品や資料を通じ、その多岐にわたる仕事を全6章で紐解いていく。

第1章「やなせたかし大解剖」

 第1章「やなせたかし大解剖」では、94年間の生涯で展開された多様な作品世界が紹介されている。多才なクリエイターとして知られるやなせだが、その創作の道のりは決して順風満帆ではなかった。会場では、年表のほかにも、その時々の葛藤や思いを語るやなせ自身の言葉も添えられている。

第1章「やなせたかし大解剖」の展示風景。やなせの年表とともに多様な創作活動を紹介 

 やなせの創作を読み解く重要な鍵となるのが、幼少期からの孤独や、戦争によってもたらされた過酷な経験だ。幼くして父の死や母との別離を経験し、22歳で徴兵され、中国で終戦を迎えた。こうした家族との別れや戦争の記憶が、やなせの創作の根源にある。本章は、こうした戦争体験をはじめとしたやなせの来歴の全貌を示すとともに、やなせの人生そのものを紐解く導入となっている。

第2章「漫画 人とのつながり」

 第2章「漫画 人とのつながり」では、やなせが手がけた漫画作品に注目する。漫画家・横山隆一(1909〜2001)と近い関係であった同級生がいたことから、漫画家に憧れを抱いたやなせは、戦後三越宣伝部に勤めながら小島功(1928〜2015)らの「独立漫画派」に参加。1953年に独立し、広告漫画や新聞連載などを手がけるようになる。会場には、やなせが手がけた最初の漫画『新版・キュウリ夫人傳』(1946)や、自ら「パントマイム漫画」と名づけたセリフのないサイレント漫画『ビールの王さま』(1954)など、貴重な初期作品も展示されている。

第2章「漫画 人とのつながり」の展示風景 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

第3章「詩 うたうように生まれる」

 第3章「詩 うたうように生まれる」では、やなせの詩人としての側面に焦点を当てる。1961年に「手のひらを太陽に」を作詞し、63年には初の自筆詩集『こどもごころの歌』を自費出版。山梨シルクセンター(現サンリオ)社長・辻信太郎との出会いを機に、その後も精力的に詩集を出版し続けた。

第3章「詩 うたうように生まれる」の展示風景 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
『詩とメルヘン』の表紙の書影が一覧できる ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

 73年に創刊した雑誌『詩とメルヘン』は、大きな文字で印刷された詩と絵を中心とした異色の雑誌だった。2003年の休刊までの30年間、やなせは編集長として後進を育てつつ、全359号の表紙イラストを自ら描き、晩年まで詩作を続けた。会場には創刊号のほか、過去号すべての表紙の書影が壁面に並ぶ。創刊号と最終号の「編集前記」のテキストからは、30年以上にわたり雑誌に注いだやなせの生の言葉に触れることができる。

第4章「絵本とやなせメルヘン」

 第4章「絵本とやなせメルヘン」では、やなせが創作した物語に迫る。やなせは「小説でも童話でも詩でも絵物語でもなく、またそれらのすべてでもあるような」物語を「やなせメルヘン」と称した。1965年に初の絵本『飛ぶワニ』を刊行。69年に発表した、みなしごのライオンと育ての母犬の絆を描いた『やさしいライオン』は、やなせの絵本の代表作となった。本作は漫画、ラジオドラマ、映画、紙芝居など様々な媒体で展開され、同じテーマを繰り返し描くやなせの創作スタイルを象徴している。子供向けにしては残酷とも言える悲しい場面もあるが、やなせは「私は人生の悲痛については眼をそむけるべきではない」と語り、自身が経験した痛みを作品に昇華させた。会場では、本作の原画が展示されている。

第4章「絵本とやなせメルヘン」の展示風景。『やさしいライオン』(1969)の原画が展示されている ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

 ほかにも、「復讐の虚しさ」が描かれた絵本『チリンのすず』(1978)などにも、やなせの経験に基づく深いメッセージが託されている。「ボクは子どもに対する時は大人に対する時よりも、もっと一生けんめいにひとつの人格として認めることにしています」(『もうひとつのアンパンマン物語』)。子供を甘やかさず、対等に向きあう姿勢から生まれた作品だからこそ、多くの人の心に届き、時代を超えて愛され続けているのかもしれない。

第5章「アンパンマンの誕生」

 第5章「アンパンマンの誕生」は、やなせの代名詞である「アンパンマン」の軌跡をたどる。学芸員の宮崎は、前章までで触れた多様な創作のなかに、アンパンマンというヒーローが生まれたヒントが隠されていると説明する。戦争を経験し「正義は状況によって逆転する」と知ったやなせが行き着いた、決して「逆転しない正義」――それが、飢えた人に食べ物を分け与えることだった。自分を犠牲にしてでも困った人を助けるという、やなせの理想のヒーロー像を具現化した存在こそが、アンパンマンである。

第5章「アンパンマンの誕生」の展示風景 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
やなせたかし記念館アンパンマンミュージアム開館にあわせて描かれた30〜50号の大型キャンバス作品群 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

 会場には、96年の香美市やなせたかし記念館アンパンマンミュージアム開館にあわせて描かれた30〜50号の大型キャンバス作品をはじめ、キャラクターの誕生背景を示す資料が並ぶ。73年発表の最初の絵本『あんぱんまん』(フレーベル館)から、その後のシリーズ展開への歩みがわかる構成だ。

 また、88年のアニメ化の際にやなせが作詞した主題歌「アンパンマンのマーチ」の直筆原稿も展示されている。東日本大震災の際にも多くの人々を勇気づけたこの曲の歌詞は、大人にこそ深く響く。それは、やなせが生涯を通じて目指したヒーロー像の表れでもある。

エピローグ「人生はよろこばせごっこ」

 エピローグ「人生はよろこばせごっこ」は、やなせの晩年の活動を紹介する内容となっている。つねに「人を喜ばせること」を原点としたやなせは、晩年に歌手デビューを果たし、自らを「オイドル(老いどる)」と称してステージに立った。会場には、やなせが実際に着用した華やかな衣装やパーティーの映像が紹介され、一貫してエンターテイナーであり続けた人柄を感じることができる。

エピローグ「人生はよろこばせごっこ」の展示風景 ©やなせたかし(公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵

 「アンパンマンの生みの親」という枠に収まらない、やなせたかしの多面的な創作活動を網羅した本展。その背景には、やなせの人生経験から導き出された確固たる哲学と信条がある。自身の人生に真っ直ぐ向き合い、何より「人を喜ばせること」を大切にした創作者の生き様を体感できる機会となっている。