• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」(東京…
2026.4.25

「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」(東京都現代美術館)開幕レポート。絵本の枠を超えた一人の表現者としての創作の軌跡

東京・清澄白河の東京都現代美術館で、『はらぺこあおむし』日本語版50周年を記念した「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」が開幕した。会期は7月26日まで。会場をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

『はらぺこあおむし』1987年版 表紙(1987)エリック・カール絵本美術館
前へ
次へ

 東京・清澄白河の東京都現代美術館で、「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」が開幕した。会期は7月26日まで。担当は同館学芸員の八巻香澄。

 エリック・カール(1929〜2021)は米国ニューヨーク州生まれ。6歳でドイツに移住し、シュトゥットガルト州立芸術アカデミーでグラフィックデザインを学んだ。1952年にニューヨークへ戻り、デザイナーやアートディレクターとして活動。67年に作家ビル・マーティン・Jrの絵本『くまさん くまさん なに みてるの?』のイラストを手がけたことで絵本作家としてのキャリアをスタートさせた。ページのかたちや開き方に工夫を凝らし、光や音などのしかけを加えた「遊べる本であり、読めるおもちゃ」を目指し、生涯で約90冊の絵本を制作した。

 本展は『はらぺこあおむし』(1969)の日本語版50周年を記念し、米国マサチューセッツ州のエリック・カール絵本美術館との共同企画により開催されたもの。同作をはじめとした27冊の絵本原画に加え、デザイナー時代の仕事、構想段階の「ダミーブック」、コラージュ用の素材など約180点が展示されている。

『はらぺこあおむし』の誕生

 展示は全4章で構成される。第1章「はらぺこあおむしの誕生」では、同作の原画のほか、着想源となったダミーブック「みみずのウィリーのいっしゅうかん」を紹介している。エリック・カールの制作を象徴するのが、あらかじめ着色した紙を切り貼りするコラージュ技法だ。筆だけでなく、スポンジやカーペットの切れ端、靴の裏などを用いて独自の模様が生み出されている。モチーフだけでなく、それを構成する紙それぞれの素材の違いに着目してほしい。

第1章「はらぺこあおむしの誕生」の展示風景
第1章「はらぺこあおむしの誕生」の展示風景
『はらぺこあおむし』の原案となったダミーブック『みみずのウィリーのいっしゅうかん』(1969)エリック・カール絵本美術館

 会場に並ぶ「ダミーブック」も重要な見どころのひとつ。エリック・カールは物語の流れや構成を練る際、絵コンテの役割を果たす手製の見本をつくる。完成した絵本とは異なるイメージが残されていることも多く、創作のプロセスを辿ることができる。本展では、日本での開催では最多となる12点のダミーブックが展示されている。また、70以上の言語に翻訳された各国版の紹介からは、本作が世界中の子供たちに愛されていることがうかがえる。本章ではあわせて、虫を主人公とした『くもさん おへんじ どうしたの』や『だんまり こおろぎ』などのシリーズ作品も展示されている。

様々な言語で出版された『はらぺこあおむし』
第1章「はらぺこあおむしの誕生」の展示風景

「遊べる本、読めるおもちゃ」

 第2章「思い出を絵本に」では、カールが絵本作家になるまでの歩みを紹介する。ドイツ移住後に経験した戦争や抑圧的な社会状況のなか、当時の美術教師が密かに見せたパブロ・ピカソパウル・クレーアンリ・マティスらの複製作品の色彩に衝撃を受けた経験が、エリック・カールの創作の原点となった。ドイツ表現主義の画家フランツ・マルクの作品《青い馬Ⅰ》(1911)も大きな影響を与えており、カールの作品にはしばしば「青い馬」が登場する。

『いちばんのなかよしさん』の原画

 また、幼少期の友人との別れを題材にした『いちばんのなかよしさん』の原画が日本初公開されている。本作からは、エリック・カールが自身の個人的な経験をもとに制作を行っていたことがよくわかる。あわせて、デザイナー時代のポスター作品や、デビュー作『1,2,3 どうぶつえんへ』、しかけが特徴的な『パパ、お月さま取って!』などの原画も並び、エリック・カールの作家活動を知るうえで重要となる作品群を一望できる。

デザイナー時代のポスター作品など
『パパ、お月さま取って!』の原画

 第3章「遊べる本、読めるおもちゃ」では、カールの絵本の核である「しかけ」に焦点を当てる。ページをめくるフリップやポップアップなどの技法は、当時としては革新的な試みであった。読者が絵本とインタラクティブに関わる体験を重視したエリック・カールの設計が、各作品から見て取れる。

第3章「遊べる本、読めるおもちゃ」の展示風景

エリック・カールと日本

 第4章「エリック・カールのアトリエ」では、日本との関わりが紹介されている。『はらぺこあおむし』の複雑な穴あき製本は、当時米国で引き受け手が見つからず、日本の企業が初版の印刷・製本を担った経緯がある。また、カールは日本にある多くの絵本美術館を視察した経験から「絵本は子供が初めて出会うアートである」と位置づけ、2002年のエリック・カール絵本美術館設立へとつなげた。会場には来日時に制作された作品も展示されている。

来日時に制作された作品群
エリック・カールのアトリエ再現

 また、会場の最後では、エリック・カールのアトリエの様子が再現されている。使用していた画材や薄紙のほか、制作する際に着用していたスモックや靴も展示されており、作家の息遣いが感じられる空間となっている。

 世界中の子供に向けた数々の絵本で知られるエリック・カールだが、その創作の軌跡を辿ることで、一作家としての多岐にわたる活動内容が明らかになる。「大人にこそ見てほしい」と八巻がいう本展からは、絵本作家という枠組みを超え、グラフィックデザイナーやアーティストとして、生涯を通じて表現の可能性を模索し続けた姿が浮かび上がってくる。