2026.2.21

「生誕1200年 歌仙 在原業平と伊勢物語」(三井記念美術館)開幕レポート。業平と『伊勢物語』が日本の美意識に与えた影響とは

東京・日本橋の三井記念美術館で、『伊勢物語』を題材とした絵画・工芸・茶道具を一堂に展示する特別展「生誕1200年 歌仙 在原業平と伊勢物語」がスタートした。会期は4月5日まで。会場の様子をレポートする。

《伊勢物語絵巻 第4段「西の対」部分 1巻》(鎌倉時代・13~14世紀、重要文化財)の展示風景
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 東京・日本橋の三井記念美術館で、開館20周年特別展「生誕1200年 歌仙 在原業平と伊勢物語」がスタートした。会期は4月5日まで。担当学芸員は清水実(三井記念美術館 参事・学芸部長)、藤原幹大(三井記念美術館 学芸員)。

 『伊勢物語』は平安時代に成立した短編の歌物語集で、その作者は諸説ある。その主人公「昔男」のモデルとしても知られる在原業平(825~80)は、平安時代初期から前期に存在した貴族であり、優れた歌人でもあった。物語を通じて立ち現れるその人物像は、「歌仙」にして「恋多き歌人」として描かれ、今日まで語り継がれてきた。本展監修の河田昌之(和泉市久保惣記念美術館学芸員)や根津美術館の協力を得て開催される本展では、『伊勢物語』を題材とした絵画・工芸・茶道具を一堂に展示し、そのイメージの広がりや多様な造形美を紹介している。

岩佐又兵衛《三十六歌仙図額の業平像》(寛永17年・1640、重要文化財)の展示風景

 まず最初の展示室では、現存最古の彩色写本とされる重要文化財《伊勢物語絵巻 第4段「西の対」部分 1巻》(鎌倉時代・13~14世紀)をはじめ、全125段から成る『伊勢物語』の名場面を描いた絵巻・色紙・かるた・合貝(あわせがい)・茶道具などが並ぶ。これらを通じて、物語のあらすじをダイジェスト的にたどることが可能となっている。

《伊勢物語絵巻 第4段「西の対」部分 1巻》(鎌倉時代・13~14世紀、重要文化財)の展示風景
色紙や合貝、かるたなど、様々な支持体で表現された『伊勢物語』のイメージにも注目したい

 絵画としての『伊勢物語』の変遷をたどる展示室では、中世の貴重な作品から、俵屋宗達の流れを汲む尾形光琳ら琳派による華やかな「伊勢絵」までが集結しており、非常に見応えがある。

手前は《伊勢物語図貼付屏風》(江戸時代・17世紀) 六曲一双の大画面、そしてやまと絵ならではの雅な画面が空間に迫力をもたらしている
《伊勢物語八橋・龍田川図屏風》(江戸時代・17世紀)の展示風景

 また、宗達の工房で制作されたいわゆる「宗達色紙」や、酒井抱一、鈴木其一、中村芳中といった、宗達・光琳の画風を規範とした絵師たちによる多彩な業平の姿も見どころのひとつだ。

左から、伝俵屋宗達筆《伊勢物語図色紙 第82段1「渚の院の桜」》(江戸時代・17世紀)、中村芳中筆《業平図》

 本展においてとくに注目したいのは、同館所蔵作品で今回初公開となる《押絵六歌仙帖》だ。「押絵」とは、下絵に合わせて彩色した厚紙を切り抜き、布などを被せて貼り合わせることで画面に立体感を持たせる手法を指す。その独特かつ華やかな質感が、宮廷文化においても親しまれたという。

 あわせて、同じく同館所蔵の『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺抄』といった業平に関する記述のある和歌集から、近世以降に誕生した豪華な「嵯峨本」までを展示。『伊勢物語』の成立と普及の歩みを体系的に知ることができる。

《押絵六歌仙帖》(江戸時代・18世紀)の展示風景。歌仙の下絵は御用絵師の鶴澤派に学んだ吉田元陳によるもの
展示風景より、『拾遺抄』(鎌倉時代・13世紀) 重要文化財

 さらに本展では、物語をモチーフとした工芸作品の意匠や、伝統芸能への展開にも着目している。例えば、第9段のエピソードを引用した田付長兵衛高忠作の《蔦の細道蒔絵文台硯箱》は、構図の大胆さと細部の緻密さのコントラストが美しい硯箱だ。本品のように、あえて登場人物を描かず、ゆかりの品々でストーリーを暗示する「留守模様」のデザインが多く見られるのも、『伊勢物語』の展開の大きな特徴だろう。

 これらに加え、能装束や謡本、能絵かるたなども紹介されており、『伊勢物語』というひとつの古典が、多岐にわたる領域でいかに豊かな表現の広がりを見せてきたかを改めて認識させられる。

田付長兵衛高忠《蔦の細道蒔絵文台硯箱》(江戸時代・17世紀)の展示風景
展示室7「伊勢物語の意匠化と芸能化」の風景

 在原業平の面影とともに、絵画や工芸、芸能などの多彩な作品、そして時代ごとの解釈の変遷を知ることができる本展。『伊勢物語』がいかに日本人の美意識を刺激し続けてきたのかが実感できる展覧会だ。

※展示風景はすべて主催許可を得て撮影