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2025.12.26

企画展「綾錦 ―近代西陣が認めた染織の美―」(根津美術館)レポート。染織図案集『綾錦』からたどる、根津嘉一郎の隠れた染織コレクション

大正時代に優れた染織品の意匠を記録した図案集『綾錦』に残る記録から、根津美術館に現存する染織コレクションを紹介する展覧会「綾錦 ―近代西陣が認めた染織の美―」が開催中だ。稀代の蒐集家で同館の基礎を築いた初代・根津嘉一郎の新たな一面とともに、『綾錦』そのものの美と技の粋を堪能できる華やかな空間になっている。※画像は美術館の許可を得て撮影しています。

文・撮影=坂本裕子

会場展示風景から、手前は《縫箔 茶地立涌雪持松模様》(桃山時代・17世紀、根津美術館)
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『綾錦』とは?

 大正天皇即位の記念事業の一環として新築された西陣織物館(現・京都市考古資料館)では、大正4年(1915)より、国内外に伝来する「織物に関係ある名品秘宝」を、京都周辺の名刹や当時の染織コレクターから借用し、陳列する展覧会が開催された。およそ10年間、4ヶ月ごとにテーマを変えて展示替えされ、好評を博したという。

 これらの貴重な染織品を記録として残したいと考えた主催者たちにより、とくに優れた作品を選定し、意匠を再現した染織図案集が企画される。それが、大正5年から14年をかけて全11冊(うち1冊は古鏡号)刊行された『綾錦(あやにしき)』だ。

『綾錦』全11冊の表紙紹介パネル

 『綾錦』のうち、能装束や古更紗の巻には、出品者に、根津美術館の基礎を築いた初代・根津嘉一郎の名が多く見られ、この時期に彼が染織品のコレクターとして知られていたことを伝える。掲載されている図案からは、どんな作品を所持していたかも知ることができるそうだ。

 本展では、この『綾錦』に載る嘉一郎の所蔵品のうち、現在確認できる20件が紹介される。茶道具や、書画、武具などの蒐集で知られる嘉一郎は、大正から昭和にかけて、積極的に染織品をも蒐集していたことが記録から見えてくる。

 会場には、「能装束」「小袖」「古更紗裂」のジャンル別に、染織作品が『綾錦』に掲載される版画とともに並ぶ。鳥や吉祥のモティーフに高価な素材と高い技術を駆使した限りなく豪華な着物や、貴重な古更紗裂の美しさはもちろんだが、もうひとつの見どころが、この『綾錦』そのものだ。

 京都の美術書肆(しょし)・芸艸堂(うんそうどう)による本集は、作品の全図をコロタイプ印刷で、意匠図案については、京都の画家や図案家の模写を、料紙や扇子の装飾に携わっていた京版画の彫師や摺師が精密な多色摺木版画にして、1冊に50図を掲載している。

 拡大された図案の木版画は、布・糸のほつれや、織や刺繍の糸の1本1本までが細密に写し取られ、どのような技法を使っているか参考にできるほどの精巧な摺りになっている。

 そして表紙は、この装幀のためだけに織られたものだ。各200部限定の贅沢な図案集は、まさに綾錦。それだけで京都が培った美と技の集結した美術品といえる。

 それぞれの着物の役割や意匠の意味、驚嘆の染織技術とともに、この版画の精妙さを楽しんでほしい。

『綾錦』(西陣織物館編)全11冊のうち3冊(江戸時代・19世紀、根津美術館)
《唐織 薄茶石地畳団花に三扇散模様》(江戸時代・19世紀、根津美術館)第6巻の表紙は、この着物の意匠を再構成したもの

能装束

 能装束は、第2巻に5件、第6巻に22件が掲載され、6巻の19件(うち、3件は所在不明)が嘉一郎の所蔵品で、掲載全体の7割にあたる。大正6~7(1917~18)年までの展覧会に嘉一郎が出品した作品が25件というから、出品作の約8割が掲載されたことになる。いかに嘉一郎の染織品の鑑識眼が優れていたかが感じられる。

能装束の展示は衣桁(いこう)にも注目
『綾錦』の図案模写の版画。左は《縫箔 白地青海波に扇面散模様》から、右は《縫箔 紅浅葱段枝垂桜尾長鳥模様》から。驚嘆の再現力

 刺繍と金銀箔を組み合わせた「縫箔(ぬいはく)」、綾織地に金銀糸や色糸で模様を刺繍のように立体的に織り出す最高級の織物の「唐織(からおり)」、表着(うわぎ)の下に着用する「厚板(あついた)」、それぞれの技法のすばらしさと、意匠により着用する演目や役割などを思いながらたどってみたい。

能装束の展示。豪華で手の込んだ唐織は圧巻
手前は《厚板 紅格子段毘沙門亀甲に波輪龍模様》(江戸~明治時代・19世紀、根津美術館)。毘沙門天の甲冑に描かれた模様が由来の吉祥文様に有翼の龍が描かれる珍しい一作

小袖

 小袖類は、第2、5、7巻に約40件が掲載される。出版前の大正7(1918)年の展覧会で嘉一郎は6件を出品し、このうち2件が選ばれて7巻に収容された。当時の根津家の小袖コレクションは15件。4割が出品されたものの、掲載件数に物足りなさを感じたのか、その後、嘉一郎は、昭和9~10(1934~35)年に50件以上の小袖類を購入するなど、本格的な蒐集に乗り出したようだ。

《小袖 白綸子地石畳将棋模様》(江戸時代・17世紀、根津美術館)。モダンな意匠は左腰に余白を残す「寛文様式」。嘉一郎の購入時は綿入りの掻巻(かいまき)の状態だったが、2006年の修理で小袖に戻された
《腰巻 黒紅練緯地亀甲松竹梅折鶴模様》(江戸時代・18~19世紀、根津美術館)の精緻な亀甲紋はすべて手刺繍。その驚嘆の細かさはぜひ近くで

 ここでは、もうひとりの蒐集家・野村正治郎にも注目したい。古美術商を営み、早くから日本の染織の価値を見いだして質の高いコレクションを形成、同時にその魅力を国内外に伝えて、世界的にも知られる野村の旧蔵品は、戦後、紆余曲折を経てアメリカから買い戻され、現在は国立歴史民俗博物館にまとまって収蔵されている。

《振袖 綸子地御簾檜扇模様》(白と紅の2領)(江戸時代・19世紀 国立歴史民俗博物館)。大きなモティーフを大胆な構成に収めた婚礼衣装は野村正治郎旧蔵品。『綾錦』第2巻に掲載されている。もとは黒も揃う3領であったと考えられる

 見事な婚礼装束は本来、白地、紅地とともに黒地の3領揃いと思われるが、現存は2領。ただし、この着物を写したと考えらえる作品の図案が『綾錦』に掲載されており、往時をしのぶことができる。

『綾錦』の図案模写の版画。残る白地、紅地の2領と鳳凰の向きが異なっている。失われた黒地を参考に仕立てたもの(京都国立博館蔵)の模写と考えられている

古更紗裂

 『綾錦』には、第4巻に7件、第8巻に46件の古更紗裂の掲載があり、嘉一郎の所蔵品は、第8巻に10件の裂片が掲載されている。根津家の購入記録からは現存作品の特定が難しかったものの、『綾錦』の精細な版画によって、それが可能になってきているという。

 更紗は、17~18世紀にかけて東インド会社の貿易品として世界を席巻した。日本に舶来した布は、「古渡更紗」として珍重され、嘉一郎は古渡更紗155点を36面の台紙に貼り、折帖にしている。この折帖と『綾錦』の版画を楽しむ。同じ裂ではないか思えるほどの版画のクオリティに、改めて『綾錦』に注力した人々の熱意を感じられるだろう。

『古更紗帖』(インド17~18世紀、根津美術館)の展示
『古更紗帖』(インド17~18世紀、根津美術館)の展示
『綾錦』の図案模写の版画。実際の古裂と比べてみてほしい

 染織の本場・西陣が認めた染織品のきらびやかな競演の空間は、それだけでも新春の寿ぎにふさわしい伝統美と品格をたたえているが、極上の版画技術の粋もまた、京都に培われた精華だ。江戸(東京)の木版画とは異なる妙技を味わってみてはいかがだろうか。

同時開催:呉須手 ―吉祥の器―(展示室5)

 展示室5では、「呉須手(ごすで)」の器が紹介されている。16世紀末~17世紀前半に、中国・福建省漳州(しょうしゅう)市周辺で生産された磁器には、官窯の景徳鎮を模倣しながらも、民窯らしい、おおらかな筆致で吉祥文様が描かれた。赤絵、染付、瑠璃釉など、色味で分けられた会場は、ときに脱力しそうな、ときに吹き出しそうなゆるい楽しさで、福笑いに導いてくれること間違いなし。併せてぜひ。

展示室5 「呉須手―吉祥の器―」の展示風景