2026.2.15

保良雄「TOTEM ORGA(H)/トーテムオルガ」(港北水再生センター)会場レポート。排泄と循環、高低のダイナミズム

BankART1929の主催による、アーティスト・保良雄(やすら・たけし)の個展「TOTEM ORGA(H) /トーテムオルガ」が横浜市の下水処理施設「港北水再生センター」で開催されている。会期は2月13日〜15日、20日〜22日。

文=安原真広(編集部)

沈砂池の「HUMAN POO 88%」と刻印されたレンガ Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)
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 2004年の設立以来、横浜市の創造都市構想のもとでオルタナティブスペースを拠点に活動を展開し、アートを通じて都市や社会の構造を再解釈する実践を重ねてきたBankART1929。2024年度をもって約20年にわたる施設運営契約を終えた同組織は、都市の内部へと直接介入する新たな活動へと移行している。

 その自主事業の第1弾として開催されているのが、アーティスト・保良雄(やすら・たけし)の個展「TOTEM ORGA(H) /トーテムオルガ」だ。会場となるのは新横浜駅から徒歩20分ほどの場所に位置する横浜市の下水処理施設「港北水再生センター」。1972年に稼働を開始し、現在は港北区、緑区、神奈川区、青葉区、都筑区(区によっては一部)の下水を24時間処理し続けている、都市機能の維持に不可欠なインフラだ。

港北水再生センター外観 Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

 保良は1984年滋賀県生まれ。2018年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了、2020年、École nationale supérieure des beaux-arts修了。人間と非人間、主体と客体といった境界を超えて、あらゆる存在を単一の水平軸上に並べ直すことで、世界の新たな捉え方を提示してきた。

下水処理の行程とともにツアー形式で作品を見る

 本展は完全予約制のツアー形式となっており、2月13日〜15日、20日〜22日に開催。参加者は保良の作品とともに、下水の処理がどのように行われているのか、施設の各セクションの役割や構造を学びながら巡ることになる。

 会場の入口近くにある、施設に電力を安定供給する特別高圧受変電室の外壁上部には、保良がヒマラヤの氷河で撮影した写真作品が展示されており、鑑賞者はこの作品を中庭から双眼鏡で覗くことができる。5000メートルを超える高山の氷河が湛えた水と、人間に利用された水の最下流部である下水処理施設。この地球上の高低のダイナミズムと循環性を意識させる展示といえるだろう。こうした高低、あるいは循環は、施設の各所で感じさせられることになる。

特別高圧受変電室の外壁に掲示されたヒマラヤの氷河で撮影した写真作品 Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

 沈砂池は、家庭から出た下水を最初に処理する施設で、フィルターやかき揚げ棒、除塵機などによって下水のなかのゴミを取り除く役割を担う。施設内にはうっすらとアンモニア臭が漂っており、処理の初期段階であることがわかる。ここには保良の作品であるレンガのブロックがひとつ置かれている。このレンガはこの施設で処理される下水の汚泥と赤土を焼成してつくったもので、表面に刻印された「HUMAN POO 88%(人間の糞88パーセント)」という文字は、汚泥の配分が88パーセントであることを示している。この88パーセントという数字は、エクメーネ(地球上で人間が居住している場所の割合)と同じだ。

沈砂池の「HUMAN POO 88%」と刻印されたレンガ Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

 施設のなかでも大きな面積を占めているのが、最初沈殿池、反応タンク、最終沈澱池、接触タンクといった屋外施設だ。細かいゴミを取り除き、微生物の力を借りて物質を除去、それら微生物の塊を沈め、さらに消毒をして川へ放流できる状態にしていく。微生物の活動、あるいは地球の重力といった構造を利用しながら、水を浄化していることがよくわかる。

港北水再生センター 水処理施設 Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

 本施設では、このようにして浄化した水を使って鶴見川に生息する魚類を中心に飼育しており、見学者に「ミニ水族館」として公開している。ここにはクリスタルガラスによる作品が3点展示されている。表面と内側で異なる立体が表現されており、それぞれがいかなる関係にあるのかを考察してみてほしい。

「ミニ水族館」で展示されているクリスタルガラスの作品。表面がメデューサ、内部が目という関連する要素が組み合わされている。 Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

巨大なシステムのなかで自らを位置づける

 続いて向かうのは、24時間体制で下水処理の状況を管理する中央操作室のある中央管理棟だ。その玄関ホールには銀塩写真、地図、そして施設内の植物を組み合わせた作品が展示されている。写真の被写体となっているのは、エベレストのベースキャンプでリサーチをする保良の姿で、氷の壁面に手を押しあて体温によって氷を溶かし、水を生み出す様子が記録されている。

中央管理棟の玄関ホールに展示された、エベレストでの保良のリサーチを記録した写真を使ったインスタレーション Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)
保良のエベレスト・ベースキャンプにおける氷河リサーチ Support:Goldwin Field Research Lab © Yuto Kamisawa

 この管理棟の3階では、部屋をひとつ使用して作品が展開されている。暗闇のなかに組まれたジェットコースターのレールのうえを、鉄の塊が定期的に滑り落ちてくる。鉄の塊には、鉄の2.5倍の重さがある金箔が貼られており、その塊が重力に逆らいながら、人力による自転車の歯車の回転運動で昇り、そして滑走する仕組みだ。位置エネルギーと人力を組み合わせて循環をつくり出すこの構造は、微生物をはじめとした自然の力と人工のシステムを組み合わせ、排泄物で汚れた水を処理し循環させる本施設の役割とも関連づけられているのだろう。

管理棟3階に設置された台車がレールを走行する作品 Photo by Akihiro Itagaki (Nacasa & Partners)

 雨水滞水池は下水と雨水が一緒になる合流式下水道を流れてきた汚れた雨水を一時的に貯めておく場所だ。ここではインスタレーションとともに映像作品が上映されている。地下の雨水管などで撮影された本作には、ピエロたちが登場する。自身の身体を取り外したり、膨らませたりしながら、循環を感じさせる奇妙な行動を続ける、ユーモアと緊張感が同居する映像は、本施設が担っている人間の排泄物を人為的に循環させるという役割の、根本にある奇妙さを際立たせる。

 人間が都市生活をするうえで不可欠なインフラである下水処理施設を舞台に、標高5000メートルを超えるヒマラヤの氷河から、水の底に沈殿した汚泥までをつなぎ合わせ、循環のダイナミズムと滑稽さを同時に表現した本展。いま、自分はこの循環のどこにいるのか、どこを見ているのか。そんな問いが湧き上がる試みとなっている。